Mie Gondangdiaが焼失

12月9日、ジャカルタ出張中に、Mie Gondangdiaの前を通ったら、店がなかった。黄色い線が張られていた。焼けた跡だった。

2014-12-09 16.17.36

この店にはものすごく愛着がある。今から29年前の1985年8月、研究所に就職して休暇をとり、初めてインドネシアへ旅行に来ていた。バンドンやジョグジャカルタを長距離バスでまわって、ジャカルタにたどり着き、ジャカルタに滞在していた研究所の先輩研究者Mさんの家に2日間居候させてもらった。そのとき、Mさんが連れて行ってくれたのが最初のMie Gondangdiaとの出会いだった。

Mさんがこの店を勧めてくれたのは、麺のスープに化学調味料の味がしない、ということだった。なるほど、チキンベースのあっさりしたスープは、舌に味がいつまでも残らない。麺はやや縮れた細麺で、スープにうまく絡み合う。ゆで加減が絶妙で、シコシコした麺の味わいが何とも言えなかった。

その後、ジャカルタに来るたびに、この店へ通うようになった。定番はワンタンとバッソ(牛肉団子)の入ったMie Ayamで、濃い目に味付けしたマッシュルームと青菜が麺の上にのる。麺を食べる前に、机の上にあるオタオタ(細い笹かまぼこのような練り物を焼いたもの)をピーナッツベースの甘辛ダレにつけて食べながら麺を待つ。

デザートも充実していて、よく食べたのは、仙草ゼリー入りのシロップや、缶詰の果物やタペ(キャッサバを発酵させたもの)の入ったかき氷(エス・シャンハイ)。とくに、エス・シャンハイの満足度はとても高かった。

そして今に至るまで、この店とともに私はインドネシアと関わってきたといっても過言ではない。日本から来たインドネシア研究者の友人・知人たち、インドネシア人の友人たち、そして我が家族と、何度この店で麺を食べ、冷たいデザートを楽しんで、幸せな気分になったことか。

1968年に創業したこの店は、今年で46年目だった。新聞報道によると、焼失したのは12月4日で、プロパンガスの爆発によるものだったようである。私が見たわずか5日前の出来事だったのだ。いつも番台にいた華人系の店のご主人は、ご存命なのだろうか。

2年前、ジャカルタで私の最も好きなエス・チャンプルを出していた店が閉店した。少しずつ、確実に、私を育んでくれたインドネシアの古くからの食べ物屋が消えていく。「懐かしいインドネシア」がまた一つなくなってしまった。

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