ブラウィジャヤ大学での特別講義

5月18日、朝5時起きして、スラバヤから車で2時間のマランにある国立ブラウィジャヤ大学へ行き、日本語学科の学生を対象に「インドネシアの日系企業」という題で特別講義を行ってきた。

集まった学生は約120人、正直言って、かなりたくさんの学生が日本語を勉強していることに改めて驚いた。聞くと、ほとんどが日本語検定3〜4級程度、2級以上の学生は少ないようだ。2級以上になれば、そのほとんどが日系企業に就職できている。

床に薄いカーペットを敷いて座る形。考えてみれば、日本もそうだが、椅子はもともと外から持ち込まれたもので、床に座って、低い机に向かって学んだり作業したりするのが一般的にみえる。

かつて、マカッサルにいたとき、我が家の4分の3を地元の若者たちの活動に開放した際、彼らの運営する図書館(実はマカッサルで最初の民間図書館といってもよかった)では、床に座って低い机で本を読む形式だった。椅子は夭死していたにもかかわらず、である。

ブラウィジャヤ大学の学生たちは、床に座る形式のほうがリラックスして和やかな雰囲気でよい、という。たしかにそう思う。私の特別講義も、いつもより容易に笑いがとれ、リラックスした気分で行うことができた。

ブラウィジャヤ大学の日本語学科は、日本語検定2級取得を目標としている。講師陣も充実しており、日本人の講師の方が2名活躍されている。大学では4年時点で実地研修(KKN: Kuliah Kerja Nyata)を数ヵ月間行うが、将来の自分の職業に合わせて、学生が自分で探す。日本語学科の学生たちは、日系企業でのKKN受入を希望しており、実際、経験者もいるようだ。

また、ブラウィジャヤ大学は、株式会社ニキサエ・ジャパンと協力して、スカイプによるインドネシア語講座を開設している。最近、じゃかるた新聞などでも取り上げられた。

日本インドネシア語学院

学生は講義をとても熱心に聞いてくれ、質問も活発だった。情報が行き交っているためか、以前に比べると、的外れな質問は本当に少なくなった。日本があこがれの国であることは確かだが、かつてのようなステレオタイプな日本イメージがいい意味で変わっていく様子がうかがえた。

現地視察同行中

昨日と今日はスマランに来ている。日本からのお客様の視察同行中。単なる視察ではなく、今後に何かをつなげられるような、ヒントをつかむためでもある。

その意味で、今回の視察は、スラバヤも含めて3日間という短いものだが、今後の様々な展開を意識させられるような内容になった。お客様も、「こんな方々と会えるとは思わなかった」「新しい発見がいろいろあった」と満足されている様子。

現地視察同行の中身を常に充実させ、お客様の満足度とその後の展開へつなげられるような、質の高い視察同行を行なっていきたいと思う。

インドネシアの、特に地方への視察同行の希望があれば、当方へご連絡いただきたい。

これからまた、スマランでアポ3件、朝食もまだ食べていないのでこの辺で。

 

ジャワ・ポス紙編集部訪問

5月15日、パートナーコンサルタントのM氏の紹介で、スラバヤを本社とする全国日刊紙『ジャワ・ポス』(Jawa Pos)の編集部を訪問し、編集長はじめ編集スタッフと面会してきた。その様子が、さっそく、5月16日付の『ジャワ・ポス』に掲載された。

実は、『ジャワ・ポス』の編集部へ行ったのはもう10年ぶりぐらいだった。あの頃からずっと、ジャワ・ポスの編集ルームはインドネシアで一番広いと言われていたが、どうも今もそうらしい。変わっていなかった。

この『ジャワ・ポス』紙は、全国の地方紙100紙以上にネットワークを持ち、記事を配信している。おそらく、全国をくまなくカバーしている新聞メディアといってよいだろう。

実は、首都ジャカルタに本社を置く新聞社で、『ジャワ・ポス』と同様のネットワークを持っているところはなく、クォリティペーパーとされる『コンパス』が『ジャワ・ポス』を追い上げようとしているが、全国地方紙のカバレッジでは、『ジャワ・ポス』に大きく後れを取っている。

『ジャワ・ポス』は、数は多くはないが、スラバヤがジャカルタを凌駕する事例の一つといってよいかもしれない。

この『ジャワ・ポス』に、定期的に日本=インドネシア関係に関するエッセイをインドネシア語で書いてみたいと考えている。その話を持ちかけると、編集部は大賛成。まずは、こちらで書いたものを読んでもらってから判断する、ということになった。

うまくいけば、この前のブログで呼びかけた「日本企業がインドネシアでどのような役割を果たし、どう貢献しているのか」をインドネシア語で発信する場を確保できそうである。しかも、うまくいけば、系列の地方紙にも転載されるようだ。

さあ、これから、である。

【スラバヤ】バッウォン @ Bakwon Kapasari

バッウォン(Bakwon)というのは、ミートボール、肉団子のことである。バソ(Bakso)とよく似ているが、団子の肉のかたまりがややソフトな印象である。

5月11日昼、1931年創業という老舗のバッウォン屋Kapasariに行ってみた。この店は、中華系の店で、漢字で「手作り肉団子」などと書かれている。

初めてだったので、全部入りのソフト・バッウォン(Bakwon Campur, Rp. 48,000)を頼んだ。丸いのが2つ、四角いのが1つ、豆腐にくっついたものが1つ、レタスに包まれたのが1つ入っている。ほかに、揚げたのが2つつく。

ほかの客を見ると、ほとんどがこれにご飯を付けて食べている。これにはちょっと違和感を感じた。マカッサルではよくバソを食べに行ったが、バソだけで食べるのが普通で、好みに応じて麺やビーフンを入れる、という食べ方だったからである。ジャカルタのバソもほぼ同様だと思う。このKapasariでは、ご飯のおかずになっている。

味は、期待ほどではなかった、というのが正直なところ。マカッサルでは、スラバヤ由来といわれるニュッニャン(Nyuk Nyan)という豚肉団子もよく食べたが、あのおいしさはなかった。Kapasariには豚肉団子のメニューもあったので、次回は試してみたい。

Bakwan Kapasari
Jl. Mayjend Sungkono, Surabaya

発信力を強化せよ

5月8日の第1回日本インドネシア経営者会議」で、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長が、「日本企業よ、発進力を強化せよ」と何度も力強く強調していたのが印象的だった。

ソフィヤン会長は、これまで長年にわたり、日本企業のよきパートナーであり、理解者である。彼は日本企業がこれまでのインドネシアの経済発展に多大な貢献をしてきたことを深く理解している。それをもっと、インドネシア社会にアピールすべきではないか、と呼びかけたのである。

何度かお会いし、お話をしたこともあるソフィヤン会長の気持ちは、察するにあまりある。日本に擦り寄るのではなく、かといって日本を利用して自分が、というのでもなく、パートナーとして、互いに確かな信頼を持って、ウィン・ウィンの関係を築きたい、というメッセージと受けとめた。

インドネシアの市場には、二輪車や自動車をはじめ、様々な日本製品があふれている。インドネシアの人々は意外に品質にこだわる。安ければいい、というマーケットでは必ずしもない。しかし、同じ価格帯のモノであれば、品質のよいほうを選び、同じ品質のモノであれば、価格の安いほうを選ぶのは、当たり前のことであろう。

そうやって、たまたま選ばれたのが日本製品だった、ということではないか。日本が好きだから、日本製品を信じているから、インドネシアの人々が日本製品を選んでいるのでは必ずしもないと考える。

しかし、日本製ならば必ず売れる、みんな日本が好きだから、と思い込んでいる向きは決して少なくない。日本を前面に出しているから売れるとは限らない。基本は、いいものを安く、というシンプルな原則である。

実際、日用品や家庭用品でかなりの市場シェアを持っている日本製品について、現場で話を聞くと、人々は必ずしも日本製とは意識していない。日本製と知らないケースも少なくない。彼らは、安くて品質の良いものだから購入しているのである。

フォーラムでは、ユニチャームの高原社長の講演も興味深かった。まず、一般家庭が家計のどれだけを生理用品や紙おむつに支出するかを調べると、わずか5%しか支出しない。一般家庭の平均月収から算出して、その5%内に収まるように製品の価格設定をする。売り方も一回分を小口でバラ売りする。村々までそうやってマーケティングをして、製品を浸透させていく。

しかし、そこで「日本だから」は売り文句にしていない。売り文句にする必要はないし、「日本製品は高い」と思い込んでいる消費者にかえって不信感を与えることになってしまうかもしれない。ユニチャームのやり方は、極めてオーソドックスで、当たり前に思えた。

それでも、日本企業との付き合いもあるであろう同フォーラムの参加者から、「日本企業は閉鎖的でよく分からない」という声を聞いたのは、今さらながら軽い驚きであった。そのイメージこそが、外国(日本)企業はインドネシアにやってきてコストを抑えて生産し、利益はすべて本国へ持ち帰ってインドネシアには何のメリットもない、というステロタイプ化したイメージを植えつけてしまう。

ソフィヤン会長は「日本企業よ、発進力を強化せよ」と訴えた。それは、「日本だから、を強調せよ」という話では必ずしもない。日本からインドネシアに進出して、インドネシアにどのような貢献をしてきたのか、インドネシアの人々にとってどのように役に立ってきたのか、それを淡々と発信すればよいのである。日本というイメージの陰にある、自分の顔を見せて欲しい、ということである。日本で、日本社会にどう貢献してきたのか、日本の人々にとってどのように役立ってきたのか、それを考えてこなかった日本企業はほとんどないと思う。インドネシアでも、それと同じことをすればいいだけの話、ではないだろうか。

日本企業の方々に個人的な提案がある。

日本からインドネシアに進出して、自分の企業はインドネシアにどのような貢献をしてきたのか、インドネシアの人々にとってどのように役に立ってきたのか、を、日本語でよいので、1〜2枚程度書いてみて欲しい。そして、それを私あてに送って欲しい。

それを基に、私は、自分のブログやFacebook、できれば地元新聞コラム等を通じて、インドネシア語でインドネシア社会へ発信する。ささやかながら、日本企業の発進力強化のお手伝いをさせていただきたいのである。

まずは、書いてみて欲しい。そして、それを私の個人アドレス(matsui01@gmail.com)へ送って欲しい。

微力だと思う。しかし、何もしないよりはよいだろう。少しずつ、少しずつ、我々がインドネシアで、インドネシアと何かをよりしていきやすい環境を作ることに関わっていきたい。

お詫び:5月9日付ブログの訂正

5月9日付ブログは、「国内唯一の産業廃棄物処理施設」というタイトルで書きましたが、その後、同企業の方から、「国内唯一の産業廃棄物向け最終処分場」というのが正しい、とのご指摘を受けました。インドネシア国内には、焼却や(廃油等の)再利用施設ほか、中間処理施設は複数存在するとのことです。

このご指摘に従って、5月9日付ブログのタイトルと中身を訂正しました。読者の皆様に謹んでお詫び申し上げます。

T様、ご指摘をいただき、誠にありがとうございました。

日本側の思い込み病

5月8日、ジャカルタで日経BP社とKompas Gramedia Groupの主催による「第1回日本インドネシア経営者会議(The 1st Indonesia-Japan Business Forum)」に出席した。

会議は日本語・インドネシア語の同時通訳で行われ、会場のケンピンスキーホテルには、多くの方々が集っていたが、残念ながら、日本側に比べて、インドネシア側の出席者の数が大幅に少なかった。一つのテーブルに6人いると、インドネシア人の出席者は1人、という感じだった。

タイトルは「生活革命」。インドネシアの消費市場に大きな変化が起きており、それをうまく取り込んで業績をどのように上げていくか。果敢に攻めるいくつかの日本企業のトップにお話をうかがうというのがメインであった。

一言でいうと、いかにインドネシア市場の現実を知るか、ということにつきる。よそから来た者が自分に都合のいい現実を探し、それに合わせるようにマーケットへ強要しても、マーケットがそれに反応するとは限らない。一度、真っ新な気持ちになって、インドネシア市場の現実から学ぶ姿勢が重要であろう。

日本でうまくいったものが、インドネシアでうまくいくとは限らない。それは、日本国内で、関東でうまくいったものが関西で必ずしもうまくいかないのと同じである。基本中の基本である。しかし、日本とインドネシアの関係になると、なぜか、日本でうまくいったものはインドネシアでも必ずうまくいくはず、だって日本のほうが製品の品質が優れているから、という話が聞こえてくる。それは、単なる思い込みにすぎない。

思い込み病は日本企業に限らない。私が研究所に勤めていた頃、理論に基づいて論文を書いた方に「現実はこうなっている」といくら説明しても、「そうなるはずがない」とわかってもらえなかった。私のような地域研究者は理論面が弱い、というのは認めるにしても、だからといって現実を見ないというのは、たとえ理論研究者であっても、許されることではないと思ったものだ。

また、援助専門家として働いていたときに、「インドネシア側はこのように変わった」といくら担当者に言っても、「あいつらがそんな風に変わるはずがない。うそだよ」と相手にされないどころか、担当者から疎まれた。「あいつら」という言葉にもびっくりしたが、せめて、その人には、自分が経験したインドネシアの実際の話をしてもらいたかった。ほとんどインドネシアの方とはお付き合いのない方だったからである。

思い込み病の患者さんたちは、その予備軍ともいえる方々に同意を求め、患者さんたちで閉じられたグループを作る傾向がある。そして、事あるごとにそれが「正しい」ことを、彼らの狭い世界で確認し合う。その間に、現実はどんどん変わっていく。早く気がつけば、現実に向き合って修正することもできるが、遅くなってしまうと、間違った認識を持ってきたことを素直に認められなくなり、逆に意固地になってしまうことさえある。

ビジネスの世界は正直である。意固地になったところに対して、現実は寛容に対応してはくれない。インドネシアは寛容だといわれるが、ビジネスの世界で甘めに見てもらえることはない。思い込み病が悪化した日本企業は、「こんなはずじゃなかった」状態に陥ってしまうだろう。

思い込み病は、実は、インドネシアでの自分たちの外の世界へ向けての発信力不足にも関わってくる。「第1回日本インドネシア経営者会議」で発言した数少ないインドネシア側スピーカーの一人、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長が何度も強調していたのが、「日本企業よ、発進力を強化せよ」だった。

これについては、別のブログで改めて論じたいと思う。

【ジャカルタ】ジャワ化した中華 @ Restoran “Rendezvous”

1973年に開業したこの店は、ジャカルタの古き良き時代の庶民的な中華料理の味を今も守っている。名前の通り、この店で出会ったり、デートをしたりしたジャカルタっ子も多いことだろう。

私もここ数年、よく通っていた店である。何回かに一度、何度かインドネシアに赴任して馴染んでいる知り合いの邦人の方にお会いするのである。まさに、ランデブー。

今回のジャカルタ出張中、5月7日の夜に友人夫婦と一緒に夕食をとった。お目当てのシウマイ(Siumai Komplit)は、ニガウリもキャベツもないとのことで見送り。今回食べたのは以下の料理である。

Gohiong Udang Saus Mentega: Rp. 70,000
(エビ肉詰め揚げのバターソース)
 Lindung Fumak: Rp. 60,000
(ウナギの野菜辛味炒め)
Babi Cah Brokoli: Rp. 55,000
(豚肉とブロッコリーの炒め物)
Sup Kimlo Ayam: Rp. 50,000
(鶏肉入りのキムロスープ)

この店の中華料理は、本場風でとても美味しい、という感じではない。本物と比べると、どこか何となく抜けていて、逆に親しみを持ってしまうような味である。中華料理がジャカルタにやってきて、しっかりとこの土地に馴染んだ、そんなジャワ化した中華の味わい、といってよいかもしれない。

以前、この店で Lo Mie(あんかけそば)を頼んだとき、コシのない麺にドロッとした餡のかかった麺が出てきたときは、中華料理とは認めたくない気持ちがした。でも、食べているうちに、これも有りかもしれないと妙に納得した記憶がある。

そう、この古っぽい店でゆったりと食事をしていると、それだけで何となく落ち着いた気分になってくるのである。いつも、若い頃はここでランデブーだったのだろうと思われるお年寄りのカップルを見かけるのだが、なかなか微笑ましい。ふっと、20年前のジャカルタにタイムスリップできるような空間である。

Restoran “Rendezvous” (Pertemuan)
Jl. Johar No. 2B-C, Jakarta Pusat
Tel: 021-3905973, 31923784, 31923468

【スラバヤ】マカッサルの麺 @ Depot Hongkong

ジャカルタからスラバヤへ移って感じるのは、インドネシアで一番馴染んでいるマカッサルに近くなったという気分である。ジャカルタからマカッサルまでは飛行機で2時間、スラバヤからマカッサルは1時間。スラバヤにはマカッサル出身者のコミュニティももちろんあり、我が家の近くにもマカッサルの焼き魚屋がある。

でも、マカッサルで最も舌に馴染んでいたのは、やはり麺である。スラバヤの麺は美味しいにしても、やはりマカッサルの麺を食べたい、と無性に思うことがある。そんなときのために、スラバヤでマカッサルの麺が食べられる店を知っておきたい。

ということで、4月27日に、友人が連れて行ってくれた店が Depot Hongkong である。

まずは、揚げ焼きそば。マカッサルでは Mie Kering、またはMie Goreng Kantonと呼ぶが、この店の呼び名は、Mie Goreng Kwangtong、微妙に違う。Rp. 29,000だった。

マカッサルでいうと、カニで有名なSurya Super Crabの揚げ焼きそばによく似ている。カリカリの揚げ細麺の上に豚肉入りのあんかけが乗っている。細麺のパリッとした感触が何ともいえず心地よい。でも、マカッサルでは必ずレモンをかけ、サンバル・クニンと一緒に食べるのだが、ここにはそのどちらもないので、マカッサルの味に慣れた身としては若干物足りない感じがしないでもない。

これだけでもそれなりに満足なのだが、やはり、マカッサルの麺といえば、ワンタン麺(Mie Pangsit)を頼まずにはいられない。ここでは、Pangsit Mie Ujung Pandang Biasaを頼んだ。やはり名前が微妙に異なる。Rp. 24,000、けっこう高い。

ちなみに、Ujung Pandangとはマカッサル(Makassar)の旧名である(というか、もともとマカッサルという名の都市だったのを1971年にウジュンパンダンに改名し、1999年にマカッサルへ戻したのである)。

ゆで鶏、叉焼(豚)、青ネギの乗った太めのシコシコゆで麺の下に、茹でたワンタンが2個隠れている。これに別添のスープを適宜かけて食べる。

マカッサルのMie Pangsitを食べるときの重要なコツは、ゴマ油をかけて食べることである。ゴマ油はスープに入れても、麺にかけてからスープを加えても、どちらでもよい。これをすると、風味が一層増して、スープにコクが出る。

麺のゆで加減はさすがスラバヤ、という絶妙の加減。しかし、ワンタンが茹でワンタン2個だけというのはちょっと物足りない。マカッサルだと、さらに揚げワンタン1個が乗り、さらに豚の内臓が少し乗るのである。

これもまた、サンバル・クニンがないのが淋しい。といっても、これをそういうものだと思って食べれば、もちろん、それなりに美味しいのではあるが。なお、ワンタン麺には、レモンをかけることは、マカッサルのおいても、ない。

この店のHongkongという名前がちょっとひっかかった。というのは、マカッサルには、かつて行きつけだった中華料理レストランにHongkongというのがあったからである。その店で、私たち家族は、ナマコやカエルなどに目覚めて、病みつきになってしまったのである。

店番の女性に尋ねると、予想通り、「知らない」との答え。でも、この店を経営しているのはマカッサル出身の華人とのことだった。何か関係があるかもしれない。その調査は次回に。

Depot Hongkong
Jl. Kedungdoro B-36-46, Blok B 31, Surabaya
Tel: 031-5315529

支店が以下にもある。
– Jl. Waspada No. 74, Surabaya
– Jl. Karet No. 73, Surabaya
– Jl. Manyar Kertoarjo (Resto Park), Surabaya
– Pasar Atom前のCarrefur ITC内、Surabaya
– Jl. Sungai Ampal Blok AB 4 No. 27, Balikpapan

国内唯一の産業廃棄物向け最終処分場(訂正済)

ジャカルタ出張中の5月8日、午後から日経BPのシンポジウムに出席する前に、西ジャワ州ボゴール県チルンシにあるPT. Prasadha Pamunah Limbah Industri (PPLI) を訪問した。この企業は、日本のDOWAエコシステムの関連会社である。

企業自体は1994年に設立され、元々はアメリカのWMI社の子会社だった。それが2000年にMAEH社にとって代わり、2009年にはそれをDOWAエコシステムが買収し、日系企業となった。

このPPLI社は、産業廃棄物処理を行う企業である。産業廃棄物は、石油ガスなどのプラント現場や工場などから出る金属や化学物質など有害な廃棄物であり、家庭ごみなどの一般廃棄物よりもはるかに危険で有害な物質を含んでいる。このため、特殊な処理を施して無害化して最終処分場に埋めたり、一部は燃料化するなどしている。

インドネシアの都市部では近年、ゴミ問題が深刻な問題となっているが、それは一般廃棄物の問題であり、より有害な産業廃棄物についての関心はまだ大きくないのが現状である。

実際、インドネシアには産業廃棄物処理施設が何ヵ所あるのか。焼却や(廃油等の)再利用施設ほか、中間処理施設は複数存在するそうだが、最終処分場は、このPPLI社1ヵ所なのである。

ちなみに、日本での産業廃棄物処理施設は、中間処理施設が1万9417ヵ所、最終処分施設が2047ヵ所あるとされる(こちらを参照)。

PPLI社には、処理される物質の有害度に応じて2種類の最終処分場がある。さらに、ブカシのMM2100工業団地、スラバヤ、ラモンガン、バタムに産業廃棄物を収集する中継基地を設け、このPPLI社の最終処分施設へ産業廃棄物を搬送する専門のトラック部隊を持っている。

顧客のほとんどは、日系企業を含む外資系企業で、インドネシアの地場企業は少ない。有害物質を扱う企業は自社内で産業廃棄物処理をしている。しかし、少なからぬ企業が産業廃棄物として区別することなく、一般廃棄物として処理している可能性が高い。知らぬ間に、有害な産業廃棄物が一般ごみに交じって処理されている可能性が高いということである。

その背景には、PPLI社での廃棄物処理費用が相当に高いこととともに、産業廃棄物の有害性に対する企業や市民の認識がまだ高くないという事情もある。これは筆者の予感であるが、インドネシア各地で、実は産業廃棄物のまずい処理によって健康被害を被り、身体に異常をきたしている人々は少なからずいるはずだろう。しかし、彼らの多くはそうした知識もなく、それが普通の状態だと思っている可能性がある。そのため、いわゆる公害問題として表面化してこない。

環境問題を取り上げるNGOや市民団体は存在する。しかし、その多くは、科学的な調査に基づくデータ準備力が弱く、それが公害問題であることを立証できていない。一部には、住民をネタにして、政府に圧力をかけたり、個人的な政治的利害の材料に使ったりする場合もあり得る。

グローバル化の中で、企業はコスト競争力の強化を求められ、コスト削減を至上命題としている。市民の安全性への関心が低いことに助けられて、本来考えるべき産業廃棄物処理コストが無視される状態をいつまで続けることができるだろうか。そこにこそ、実は政府の役割があるはずなのだが、インドネシア政府は、民間顔負けの短期的な費用対効果重視の姿勢を見せ、民間にできないことを政府でという姿勢が薄い。それは、インフラ整備を民間資金に頼ろうとする姿勢にもつながる。

インドネシアが産業化していく中で、産業廃棄物処理の問題は益々重要性を持ってくる。社会が豊かになるコストを、関係ステークホルダーが適切に分かち合える方向性を明確にすることが求められてくる。

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