家の近くの福建麺

4月24日の夕食は、前から気になっていた家の近くの福建麺の店に行った。

この周辺には、メダンを冠する小さな料理屋が何軒かあり、米粉の平たい麺のクエティアウ(Kwetiaw)、蜂蜜漬けチャーシューなどを食べさせてくれる大衆的な店である。

皆、メダン出身の華人の店なのだろうか。何軒か行ってみたが、皆、それぞれに美味しい。レベルはけっこう高い。家の近くに手軽に入れるこんな店がいくつもあるのが嬉しい。

さて、この福建麺の店、Hok Kien Mie Akiatも、店の前にKweitiaw Medanと大きく書かれている。しかし、まずは福建麺を食べなければ。メニューを見ると、汁麺、焼きそばで麺の種類がMie、Bihun、Kwetiaw、Tamieといろいろあり、そのすべてが「福建麺」であった。ちなみに、Tamieというのは、玉子麺を油で揚げた麺である。

注文したのは、Hok Kien Mie Rebus。汁麺である。いつも食べる福建麺と同じようなもの。 出てきた福建麺は、ボリュームたっぷりだった。

このなかに、麺が見えないほどの量の海老、豚肉、豚耳、チャーシュー、もやし、青菜、魚団子などいろいろな具が入っている。途中まで食べて、次の写真のような感じである。

また、この福建麺のスープが何ともいえぬいい味を出している。 太い玉子麺とスープの絡みも絶妙である。

すっかり満足したここの福建麺。おそらく、インドネシアでは、私がよく通ったジャカルタの福建麺を凌駕していると思う。思わず、「最強の福建麺」とツイートしてしまった。

この店、実が創業が1932年。そんな昔からスラバヤにあったのだろうか。あるいは、メダンで創業したということなのか。

Hok Kien Mie Rebusは34,000ルピア。近所のワルンで1万ルピア程度で食べられることを考えれば、決して安い食べ物ではないが、たぶん、ジャカルタに比べれば安いだろう。

スラバヤ西部地区であれば、出前配達もしてくれるようだ。この店の常連になりそうな気がする。

Hok Kien Mie Akiat / Kwetiaw Medan
Jl. Mayjend Sungkono, Surabaya
出前注文:031-6031-5910, 031-838-77-168

 

バティックにロゴマーク

バティックといえば、インドネシアが誇るユネスコの世界無形文化遺産の一つである。

工業省は、インドネシア国産のバティック(蝋纈染め)に対してロゴマークを付けることを明らかにした。近年、中国など他国でバティックの生産が盛んになり、それとインドネシア国産とを区別する必要が出ていたことが背景にある。

もともと、工業省には国産バティックにロゴを付けることを決めてはいた。バティックマークの使用に関する工業大臣令2007年第74号、及びその実施規則である中小工業総局長令2009年第71号である。

バティックは大きく、手書きバティック(Batik Tulis)、型押しバティック(Batik Cap)、印刷バティック(Batik Printing)の3つがあり、価格も大きく異なる。もちろん、最も安いのが印刷バティックである。

工業省によると、手書きバティックはゴールド、手書き+型押しバティックはシルバー、型押しバティックはホワイトのロゴが付く。これらのロゴを使うためには、ジョグジャカルタにある国立工芸品・バティック研究所(Balai Besar Industri Kerajinan dan Batik)が行う認証試験にパスしなければならない。

どんなロゴなのかを探していたら、以下のページにそのサンプルらしきものが見つかった。

The simplest way to determine Indonesia original Batik

ここで注目されるのは、印刷バティックにはロゴがないことである。すなわち、印刷バティックはインドネシア国産バティックとして政府が認証しないのである。なぜなら、それは蝋纈染めではなく、バティックの模様を印刷したにすぎないので、バティックとは見なさないのである。

ところが、バティックが世界無形文化遺産に制定されてからというもの、インドネシア国内各地でご当地バティックが大流行となった。もともと、バティックを作ったり着たりする習慣がないところでも、地元産のバティックが作られ始めた。しかし、それを作る素地がないところは、デザインは地元風でも、実際の作成はジャワ島のジョグジャカルタやバンドンへデザインを送って作ってもらうという体制になった。

もともと、バティックの本拠はジャワである。ご当地バティックの背景には、政府が毎週金曜日、政府職員にバティック着用を求めたこともある。それまで、絣など地元の伝統服を着ていた地方でもバティックを着用するようになった。いつの間にか、ジャワ由来のバティックをその伝統がない地方でも着用し、しかもデザインは地元風でも、作る場所はジャワ、という状態が広がった。

今のところ、こうした状況への反発が地方で生まれているという話は聞かない。スハルト時代には、地方がジャワ風の押しつけに反対し、「ジャワ化」(Jawanisasi)への反発が強かったが、今とは対照的である。

ご当地バティックについては、以下の拙稿も合わせてご覧いただければと思う。

バティック・パプアについて

バティック・バンテン

リアウのバティック

ブンクルのバティック

マランのウベホテル

4月24日にマランへ行った際に、午後2時からウベホテルというホテルで面会者と待ち合わせをした。それまで、国立ブラウィジャヤ大学で用事があるので、その近くのホテルということで、ウベホテルで人と会うことになった。

マランのホテルといえば、1985年に始めてマランへ行ったときに泊まったスプレンディッド・インと、その後何度か泊まった、コロニアルな作りのホテル・トゥグが頭にすぐ浮かぶが、ウベホテルというのは知らなかった。

どんなホテルなのか楽しみにしていたら、そこはブラウィジャヤ大学にあまりにも近いところにあった。

なぜなら、ブラウィジャヤ大学のキャンパス内にあったからである。

ウベホテルというのは、ウーベーホテル(UB Hotel)だった。ウーベーはUB、Universitas Brawijayaの略称だったのだ。大学がホテルを経営しているのである。

たしかに、ジョグジャカルタの国立ガジャマダ大学も、バンドンの国立バンドン工科大学も、ホテルを持っている。当初は、大学への来訪者向けだったゲストハウスや宿泊施設をホテルに変えていったのだろう。

このウーベーホテルの「スアサナ・カフェ」(Suasana Cafe)には、ユニークなジュースがたくさんある。「ヘルシージュース」の項目に、ビタミン繊維ジュース、 スタミナ・ジュース、アスパラガス・セロリジュース、人参セロリジュース、尿酸値を下げるためのレモングラスと蜂蜜など、いろいろである。

私が頼んだのは、こちら。

緑キャベツ・パンチである。説明は英語で、「尿酸値を下げるためのチコリーとからし菜とオレンジとリンゴをブレンドした飲み物」とある。さっぱりしてとても美味しい飲み物だった。

ブラウィジャヤ大学の有名学部の一つが農学部で、ヘルシージュースのラインナップにその一端を見ることができた。

1泊の宿泊料金は以下の通りである(下記の料金に税・サービスが含まれているかどうかは要確認)。

Superior: Rp. 500,000
エアコン、テレビ、電話、コーヒーメーカー、冷・温シャワー、
朝食(2人分)、新聞、ツインベッド

Deluxe: Rp. 600,000
エアコン、テレビ、電話、ミニバー、コーヒーメーカー、冷・温シャワー、
朝食(2人分)、フルーツバスケット、新聞、ダブル/ツインベッド

Junior Suite: Rp. 700,000
エアコン、テレビ、電話、ミニバー、コーヒーメーカー、冷・温シャワー、
朝食(2人分)、フルーツバスケット、新聞、ダブル/ツインベッド
コネクティングルーム可

Executive Suite: Rp. 800.000
エアコン、テレビ、電話、ミニバー、コーヒーメーカー、冷・温シャワー付きバスタブ、
朝食(2人分)、フルーツバスケット、新聞、ダブル/ツインベッド

宿泊のほか、会議、結婚パーティー、テーブルマナーのパッケージもある。

連絡先は以下の通りである。

UB Hotel
Jl. MT Haryono 169, Malang 65145
Phone: +62-341-558585
Fax: +62-341-575810
Email: info@ubhotelmalang.com
URL: www.ubhotelmalang.com
Hotline Service: +62-81-252-11-222-5

なお、余談だが、ブラウィジャヤ大学は日本の様々な大学と協定を結んでおり、最近では日本語教育でも注目されている。現在、日本人ネイティブの日本語教師を募集中。詳細は当方までご連絡されたい。

軽油不足と大渋滞

昨日(4/24)は、スラバヤからマランへ日帰り出張した。マランにある国立ブラウィジャヤ大学の日本文学科を訪問するためである。

スラバヤを出発したのは午前8時。午前10時のアポで間に合うと思ったのが浅はかだった。スラバヤ市内からグンポルまで高速道路を走って、快調に進んでいたのだが、パンダアンの手前付近から大渋滞になった。何台ものトラックが延々とガソリンスタンドへ向けて列を作っていた。

新聞報道にもある通り、軽油が不足気味なのである。多くのガソリンスタンドでは、軽油のストックが無くなっていた。まだ軽油のあるガソリンスタンドへ、トラックやバスなどが集中して押しかけてきたという図である。

5月から、補助金付きのガソリンと軽油の値段が二重になる。すなわち、公共交通機関用とバイク用は現在と同じ1リッター4500ルピアのまま値段が据え置かれる一方、それ以外については同6500〜7000ルピアへ値上げとなることが告知されている。政治的な理由から、石油燃料向け補助金の明示的な削減が難しいので、二重価格制をとることで、少しでも補助金負担を減らそうという政策である。

いつものことだが、価格引き上げが見越されれば、その商品は市中で品薄になる。値上げ前に少しでも買っておこうとする消費者心理とともに、値上げ期待で売り惜しみをする生産者・販売者も存在する。

2014年総選挙・大統領選挙を控えて、石油燃料向け補助金の削減・石油燃料値上げは、極めて政治的な意味を持つ。2年前、国会予算委員会では政府提出の値上げ案をすべての政党が承認していたが、各地で値上げ反対デモが起こり、しかもそれが暴力性を伴って展開したため、事態を沈静化させる必要と人気取りを優先した政党が前言を翻し、国会本会議で揃って反対へ転じた。結局、石油燃料価格は値上げできなかった。

政府はそれを学習し、かつ、石油燃料補助金の恩恵を受けているのが実は高額所得者ではないかという議論も踏まえて、今回のような二重価格制の導入を試しにやってみようとしているのだろう。

補助金支出が財政上の大きな負担となり、インフラ整備などへ予算を配分できない状態が指摘されて久しい。政治的理由から石油燃料補助金を一気に削減することは難しく、二重価格制のような小細工を使いながら、実質的な補助金削減を少しでも果たそうとするのは、苦肉の策ではある。

5月に上記が実施され、7月から断食に突入、8月初めの断食明けまでの物価上昇の季節である。経常収支も赤字傾向が続き、通貨ルピアは安含みで展開、輸入減少は期待できないので、輸入品価格も上昇となる。雨季作の米の作柄がそれほど悪くないとして、それがどれぐらい物価を安定させるかが鍵になるが、やはり物価上昇傾向はより鮮明になる。

そういえば、最近は「市場操作」(Operasi Pasar)という言葉をあまり聞かなくなった。以前のインドネシアでは、市中で米や灯油が足りなくなると、政府が「市場操作」でそれらを注入し、価格を安定させようとした。今は、市場メカニズムに委ねるという方向なのだろう。政府が「市場操作をやる」と表明するだけで、売り惜しみをしている側がストックを放出するというデモンストレーション効果も期待できるはずだが、最近はあまり聞かれない。

2013年第1四半期の投資は依然好調

4月22日にインドネシア投資調整庁(BKPM)から発表された2013年第1四半期(1〜3月)の投資実施額は、前年同期比30.6%増の93兆ルピア(約95億ドル、約1兆円弱)となった。投資実施総額の70%を外国投資が占めた(65.5兆ルピア)が、伸び率では国内投資が前年同期比39.6%増となり、外国投資(同27.2%増)を上回った。

カティブ・バスリBKPM長官によると、国内投資の急伸は旺盛な外国投資の影響を受けている。すなわち、外国投資が増えるとともに、その外国投資へモノを供給する、あるいは外国投資による製品に関係する国内投資が増える構造になる。カティブ長官は、自動車産業への部品サプライヤーの例を挙げて、外国投資の増加が国内投資へスピルオーバー効果をもたらしていると解釈する。

国内投資の大きかった業種は、鉱業(6兆ルピア)、倉庫・通信業(6兆ルピア)、金属・機械・電機(1.8兆ルピア)、電気・ガス・水道(1.7兆ルピア)であった。

国内投資の大きかった地域は、東ジャワ(9兆ルピア)、東カリマンタン(4.8兆ルピア)、南カリマンタン(3.4兆ルピア)、北スマトラ(2兆ルピア)、ジャカルタ(1.9兆ルピア)の順である。

一方、外国投資の大きかった業種は、鉱業(14億ドル)、化学・薬品(12億ドル)、金属・機械・電機(10億ドル)、輸送機器(9億ドル)、製紙・印刷(6億ドル)であった。

外国投資の大きかった地域は、西ジャワ(13億ドル)、バンテン(11億ドル)、パプア(8億ドル)、東ジャワ(6億ドル)、リアウ(6億ドル)の順である。

外国投資の大きかった国は、シンガポールを抜いて日本(12億ドル)がトップになった。
日本に続くのがアメリカ(9億ドル)、韓国(8億ドル)、シンガポール(6億ドル)の順である。

やはり、日本からの投資、とくに自動車関連の投資がここに来て、投資全体のなかで相当に大きな地位を占めていることが改めて分かる。なお、日本からの自動車関連投資については、別稿として考察してみたいことがある。

BKPMによる2013年通年の投資実施額の目標は390.3兆ルピア。その意味では、幸先のよいスタートを切ったといえるかもしれない。しかし、これが第2四半期にも続くかどうかは、決して楽観はできない。

たとえば、2013年2月の投資財の輸入は前月比 1.59%減となった。カティブ長官は、投資財輸入減少が今後も続くようならば、投資実施にも影響が出てくると懸念する。

APEC貿易大臣会合の会場前にて

4月20日、APEC貿易大臣会合が開催されているスラバヤのGrand City Convention Centerの前にいた。というのは、隣がGrand City Mallになっていて、そこへ行ったついでにConvention Centerの前にいた、というわけだ。決して、貿易大臣会合に何か関係があったわけではない。

Convention Center前にずらっと並んだ警察の白バイ。なかなか圧巻である。

スターバックスで警察官や会合関係者が談笑したりしていて、けっこう和やかな雰囲気だった。ちょうど4月20日は「カルティニの日」。隣のGrand City Mallでは、おそろいの制服を着た軍人・警察官・役人の奥様方が集まって、歌や踊りのイベントをしていた。

けっこう和やかな雰囲気のAPEC貿易大臣会合の現場だったが、実は、スラバヤ市内のJl. Basuki RachmatでAPEC会議開催に反対する学生たちのデモがあり、3人が拘束されたことを後で知った。

Demo Tolak APEC Dibubarkan Polisi, 3 Pendemo Diamankan
(インドネシア語記事)

デモをした学生たちは、APECを資本主義や帝国主義の観点から批判したのだろうか。搾取する側、される側という話なのか。学生も、そろそろ埃をかぶったイデオロギーを持ち出して、イメージでデモをするのを止めたほうがよい。今、ここで議論すべきは、たとえばTPP協議への参加が是か非か、といった議論になるのではないだろうか。

インドネシアでは、まだTPPに関する議論はほとんど表面に現れていないが、一部の識者から「TPPへインドネシアも参加すべきだ」との議論が出てきている。もし、今、TPPに関する議論が公に行われれば、来年の大統領選挙へ向けて大きな議論となり、おそらく現状ではTPPに反対する候補が勝つ可能性が高い。インドネシアをTPPへ引き入れたい側は、今はその議論をそっとしたままにしておきたいだろう。

そして、スラバヤでのAPEC貿易大臣会合と並行した別の交渉で、すでにTPP協議に参加している国々の同意によって、日本のTPP交渉への参加が認められた。日本での新聞報道によると、日本側が積極的に、日本のTPP協議参加への同意を既参加国へ働きかけていたということである。

TPP、世界GDPの4割 日本の交渉参加を正式承認

日本のTPP加盟へ向かう一歩は、事実上、このスラバヤで始まったのである。

美味しいソト・アヤムと出会う

私の最も好きなインドネシア料理といえば、それはナシ・ソト・アヤムである。ナシはご飯。ソト・アヤムは、鶏肉の入った実だくさんの野菜スープである。

ソト・アヤムは地方ごとに味付けや中に入れる野菜の種類などが異なる。独断と偏見でいえば、大きく、東ジャワ系と中ジャワ系に分かれる。東ジャワ系(ソト・マドゥラ、ソト・アンベガンなど)は全般に黄色っぽいスープで、ターメリックが若干入っているようである。一方、中ジャワ系(ソト・クドゥス)は全般に黒茶っぽい色のスープである。

ソト・アヤムのなかにご飯を入れて、雑炊のようにして食べるのは、東ジャワと中ジャワだが、多くの場合、ご飯を一緒に入れるか、ご飯をソト・アヤムと分けるか、と聞かれる。

ちなみに、ジャカルタでは、ほとんどの場合、ご飯とソト・アヤムは別々に運ばれてくる。そして、筆者が観察した限りでは、ソト・アヤムのなかにご飯を入れて食べている人を見かけたことはない。ご飯のうえにソト・アヤムをかけて食べている人が大多数である。

日本でも、味噌汁にご飯を入れて食べたりすると「猫マンマ」などと言われて、あまりしない方がいいように言われていたように思うが、ジャカルタでは、ソト・アヤムにご飯を入れるのも、そのような感覚で捉えられているのだろうか。

ソトにはソト・アヤム以外にもソト・ダギン(牛肉のソト)などがあり、スラウェシにはソトがないこと、スープ(ソプ)とソトはどう違うかなど、ほかにも色々と書きたいことはあるが、別の機会に書くことにして、4月20日に食べた美味しいソト・アヤムの紹介に移る。

場所は、スラバヤ市内のJl. Indragiriの薄汚れた名もないワルンである。市の中心部からJl. Dr. Sutomoを通ってJl. Mayjend Sungkonoへ抜ける手前の左側、ワルンが並んでいるところの一角である。

暗いワルンのなかでフラッシュをたかないで撮影したので、ちょっとはっきりしないかもしれない。ここのソト・アヤム、ソトのうえに細かい揚げ玉のようなものがふんだんにかけられている。これがアクセントになって、口の中に入れると何ともいえずいい。余談だが、インドネシアでナシ・ゴレンやガドガドにクルプック(揚げせんべい)が付いてくるのは、口の中にアクセントを求めるジャワ人のテイストなのではないかと思っている。

次にスープ本体だが、ややドロッとしたスープで、鶏の味が出ていて、しっかり煮込んである感じがする。極細の素麺らしきものとキャベツなどの野菜のバランスも良い。鶏肉は最初から煮込むのではなく、後から切って入れられる。これに、好みに応じてレモンやサンバルを加える。

筆者はナシ・ソト・アヤム、すなわち、ご飯がすでに中に入っているのを頼んだので、スープの下からご飯が現れる。ややドロッとしたスープとご飯との相性がまた格別である。

カウンター席の前には揚げ豆腐、揚げテンペ、ウズラの煮卵の串刺し、鶏の腸の串刺しなどがあり、それを適当につまみながらソト・アヤムを食べる、という形式である。

ナシ・ソト・アヤムが1杯7000ルピア、ウズラの煮卵の串刺し1本500ルピア、冷たいお茶2000ルピアで、しめて9500ルピアだった。普通のワルンでの食事に比べるとちょっと高めかとも思ったが、十分に経済的な値段である。

ワルンの前に置かれている屋台からすると、ラモンガン出身者のようである。ラモンガンはスラバヤから西へ車で2時間弱の地方都市で、ソト・アヤムが有名である。また、出稼ぎ者も多く、筆者がかつて住んでいたマカッサルでは、海岸沿いのジャワ人のやっている屋台のほとんどがラモンガン出身者だった。

この名前のないワルンは、昼間しか営業していない。おそらく、初めての人はなかなかたどり着けないだろうが、心配はいらない。タクシーの運転手ならみんな知っているからである。

ジャカルタと比べるとスラバヤは・・・

4月17日、日帰りでスラバヤからジャカルタへ出張してきた。今週は、締切原稿が月〜水で通常より1本多い3本だったこともあり、ブログの更新を怠ってしまった。

実は、新たに、インドネシアで発行されている日本語媒体4誌に連載を書くことになった。ほとんどがスラバヤについて書くことになっており、このブログも含めると、少なくとも5つの媒体でスラバヤのことを書くことになる。当然、同じ内容は書けないので、日夜、アンテナを張りながら、書く内容のネタ探しに勤しむことになる。それはそれで楽しいのだが、けっこうしんどいかもしれない。5つの媒体で各々中心テーマを定めながら、重複しないように書いていくことになる。

と、ここ数日、更新できなかった言い訳めいたことを書いた後で、スラバヤに来てから思っていたジャカルタとの「感覚的な」違いを少しメモしておく。今回、ジャカルタへ日帰り出張したことで、さらにその違いを実感した部分もある。

その1。渋滞である。ジャカルタの渋滞は、ノロノロ流れていればいいほうで、多くの場合はスタックして停まってしまう。本当に動かなくなるのがジャカルタの渋滞だ。一方、スラバヤでもタクシーの運転手が「スラバヤでも渋滞が最近多くてねえ」という話をするが、ノロノロでも車が流れている。スラバヤの渋滞はまだ車が動いている。

その2。ジャカルタでは空港高速に西のタンゲラン方面へ行くトラックやトレーラーが混在するので、渋滞があちこちで起きる。一方、スラバヤの空港への高速はガラガラである。これは、空港高速がほかの高速と一緒になっている部分が少ないためである。たしかに、タンジュン・ペラッ港と南のグンポルまでの区間はトラックやトレーラーが多く走り、時間によっては速度が落ちるが、分岐点から空港高速に入った途端、車がほとんど無い。ちなみに、我が家からは30分である。

その3。セキュリティーチェックについて。ジャカルタでは、爆弾テロ事件が頻発したことで、オフィスビル、ホテルやショッピングセンターでのセキュリティーチェックが今も行われている。以前に比べれば形式的になったとはいえ、それは続けられている。一方、スラバヤではそうした検知器を配したセキュリティーチェックにほとんど出会わない。スラバヤのほうがのんびりした雰囲気を感じる一因は、セキュリティーチェックのものものしさが無いことにもあるように思える。

ちなみに、ジャカルタでセキュリティーチェックがけっこうな数の雇用機会を生み出しているだろう。安全になったからといって、一度創った雇用機会をなくすわけには行かないという事情もある。たまたま、スラバヤではジャカルタのような爆弾テロが起こらなかったというだけに過ぎない。

その4。スラバヤでの地元の簡単な食事の値段がジャカルタよりずっと安い。これは体感的なもので、統計的に調べたものではない。しかし、ジャカルタでは1食に付き5万ルピアぐらいは覚悟するのに対して、スラバヤでは3万ルピアぐらいで済んでしまうという実感がある。道端の小さなワルンでナシ・ラウォン(ご飯にラウォンをかけたもの。ラウォンは牛肉を煮込んだ黒っぽいスープ料理)食べれば、コーヒーも入れて5000ルピアだったりする。

その5。スラバヤの公共交通機関は貧弱である。公共バスも乗合も走っているが、その数がジャカルタと比べて圧倒的に少ない。多くの人は自家用バイクや自家用車を使っている様子である。何度か乗合(ジャカルタのミクロレットのようなもの)に乗ったが、短い距離でも3000ルピアだった。この値段はジャカルタより高く、マカッサルとほぼ同じ金額である。反面、ジャカルタのように、道路でジグザグ運転するバスもないので、車は比較的素直にスムーズに流れている印象がある。

まだまだ色々あるが、ネタを常に仕入れる必要もあり、今回のところはこの辺で。

 

お詫び:スラバヤ市の姉妹都市は高知市と北九州市

3月15日付「4月からスラバヤへ」のブログの前のバージョンで「スラバヤ市と大阪市は姉妹都市」と書きましたが、誤っておりました。

スラバヤ市の姉妹都市は高知市と北九州市です。すでに、上記ブログを訂正いたしました。読者の皆様に謹んでお詫び申し上げます。

4月からスラバヤへ(訂正済み)

謎の赤いバツ・マーク

数日前、我が家の近所を歩いていたら、店の看板に赤いバツ・マークが貼られているのに気がついた。店の人が自分で貼ったとは思えない貼り方だった。

よくみると、「税金未納」と書かれている。

「スラバヤ市条例2009年第10号により、スラバヤ市政府の許可無く剥がしてはならない」と書かれている。おそらく、店が閉まって街が寝静まった夜中に、市職員が密かにやって来て、夜が明けるまでに貼り付けていったのであろう。

2009年以降、毎年やっていることなのだろうか。毎年恒例ならば、税金未納側も何らかの対策を打つと思うのだが。もしかしたら、今回初めてなのかもしれない。

それにしても、スラバヤ市のやり方は大胆だ。これが貼られているということは、市民の誰もがその店が税金を払っていないことを否が応でも知ってしまうからである。当然、税金を払わない店の評判に関わる話になる。

しかし、表通りのスンコノ少将通り(Jalan Mayjen Sungkono)に面した店では、赤いバツ・マークの貼られた店は見当たらなかった。さすがに、貼られたらバツが悪いということなのか。それだけでも、納税促進の効果はあるというものだ。今回、赤いバツ・マークを見たのは、スンコノ少将通りから一歩入ったところにある店である。「大通りに面していないから大丈夫だろう」と店側が高をくくったのではないか。

インドネシアはかつて石油大国だった。今から思うと、1980年代前半までは、ブルネイのように、国民に税金を払わせなくてもやっていける国を本気で目指していたように思える。1980年代前半に石油価格が暴落し、それを見越して世銀などの支援で進めた税制改革の結果、付加価値税など税収を増やして石油収入の減少を補う施策を採ってきた。それからもう30年、石油の純輸入国となったインドネシアはOPEC(石油輸出国機構)からも脱退し、税収増なしには財政をまわしていけない普通の国になった。

スラバヤ市も税収増に躍起になっている地方政府の一つであるが、それにしても、こんなふうに、赤いバツ・マークを付ける強引なやり方を見たのは初めてである。これも、新しいインドネシアの一つの表れなのだろうか。

(追記)その後、スラバヤの大きな通りを注意深く観察していると、やはりいくつかの大通りに面している建物にも赤いバツ・マークが付けられていた。たとえば、我が家の近くでは、ガソリンスタンド、ホテルなどに赤いバツ・マークが付いていた。ただし、排ガスなどの影響だろうか、色が若干薄くなっていた。

1 48 49 50 51 52 53