【インドネシア政経ウォッチ】第126回 違法漁船との戦いは続く(2015年4月2日)

汚職撲滅をめぐって、政治エリートらから揺さぶりをかけられているジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権だが、外国漁船や密輸などの違法者との戦いも続いている。

ジョコウィ政権は、水産資源確保と国内水産業の振興を目的に、外国漁船の違法操業を取り締まり、違法漁船を海上で焼失させるなど激しい対応を見せている。そんな中、先週、マルク州のアンボン地裁は、パプア州南部のメラウケ沖で拿捕(だほ)され、アンボンへ護送された違法操業の漁船を、わずか2億ルピア(約185万円)という少額の罰金で釈放する判決を下し、スシ海洋・水産相が激怒する事件があった。

この漁船は4,306載貨重量トン(DWT)の大型漁船で、23人の中国人乗組員の乗るパナマ船籍の日本製漁船である。操業許可(SLO)を持たない違法操業で、船内には900トンの冷凍鮮魚・エビが積まれ、捕獲が禁止されているフカなどのほか、密輸品と思われる中国製品も搭載していた。

海洋・水産省によると、2004年に中国船としてインドネシア海域に入ったことがあるが、今回はパナマの国旗を掲げて入った。インドネシア海軍はこの船の侵入を把握できていなかったが、船舶モニタリングシステム(VMS)を意図的に切っていた可能性がある。実際、14年11月11日にフィリピンでこの船のVMSが確認された後、消息を絶ち、14年12月27日に拿捕された後、VMSが確認されている。

中国は、東インドネシア海域での水産資源開発に意欲を見せており、とくにマルク州では、大型水産加工基地建設などの構想が報じられている。証拠はないが、マルク州のアンボン地裁の判決は、こうした中国の動きを背景になされたものとも考えられる。

こうした問題は、中央政府が摘発に乗り出しても、地方レベルで隠蔽(いんぺい)または軽視される傾向がある。しかし、司法は地方分権化の対象ではなく、中央の権限である。地方レベルで違法者との癒着をどう断つかが大きな課題になる。

【インドネシア政経ウォッチ】第124回 政府はアグン派をゴルカル党の正統と判断(2015年3月19日)

2014年総選挙(国会議員選挙)で第二党となったゴルカル党は、大統領選挙でプラボウォ=ハッタ組を支持したアブリザル・バクリ派と、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)=カラ組を支持したアグン・ラクソノ派との間で分裂した。双方が正統性を主張してきたが、3月10日、ヤソナ法務・人権大臣がアグン派をゴルカル党の正統と判断したことで一応決着した。

先の大統領選挙では、ゴルカル党のアブリザル・バクリ党首は、ジョコウィ氏と組んだ元党首のユスフ・カラ氏を応援せず、ゴルカル党と直接の関係がないプラボウォ=ハッタ組を支持すると党決定した。悲願だった正副大統領いずれの候補にもなれなかったゴルカル党のアブリザル党首をプラボウォ=ハッタ組が厚遇で陣営に迎え入れたためである。アブリザル党首はこの決定に背いた党幹部を除名するなど厳しい姿勢を示したため、アグン・ラクソノ副党首が反発し、アブリザル降ろしへ動いた。

14年11月にアブリザル派がバリで党大会を開催してアブリザル党首の再任を決めると、すぐ後の12月にはアグン派がジャカルタで党大会を開催し、アグン副党首を党首に選任した。両派は互いに相手方の違法性を訴える裁判を起こしたが、いずれも訴えは却下された。そこでアグン派は、正統性を明確にするためのゴルカル党最高審議会の開催を求め、審議はされたものの、正統性について明確な判断は避けられた。ヤソナ法務・人権大臣の判断はその後に出されたのである。

ヤソナ大臣は闘争民主党員で、大臣就任前は、プラボウォ=ハッタ組を支持する国会の「紅白連合」に最も厳しく対峙(たいじ)した国会議員だった。当然、今回の判断の裏には、ジョコウィ政権安定のために、ゴルカル党を与党へ組み入れる戦略があるはずである。

もっとも、国会ゴルカル会派議員91人中、アグン派は6人にすぎない。アブリザル派は、ヤソナ大臣の判断に猛反発するとともに、アグン派による党大会開催における参加党員水増しの文書偽造を警察へ訴えるなど、徹底抗戦の構えである。

【インドネシア政経ウォッチ】第122回 外国漁船取り締まりの裏側(2015年3月5日)

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は、インドネシア海域の水産資源確保を目的に、外国漁船の操業を厳しく監視し、ときには違法操業の外国漁船を沈没させる措置も取っている。辣腕(らつわん)をふるうのは、航空会社スシ・エアの元社長でかつ水産物商でもあるスシ海洋・水産相である。

スシ大臣は、海洋・水産相令『2014年第56号』に基づき、14年11月3日から15年4月30日まで、外国漁船への操業許可の交付を停止し、総トン数30トン以上のすべての外国漁船に対する操業許可を再チェックしている。同時に、外国漁船のインドネシア領海内への立ち入りも禁止した。この「モラトリアム」措置の有効期間は延長の可能性がある。

「モラトリアム」措置の影響で、これまでインドネシア国旗を掲げ、インドネシア船籍に見せかけて操業してきた外国漁船の多くが姿を消した。週刊誌『テンポ』によると、これらの船の乗組員のほとんどは外国人であるが、そうした外国漁船を使っていたのは外国資本ではなく、実はインドネシア国内の実業家であった。

『テンポ』は、そうした実業家として、アルタグラハ・グループ総帥のトミー・ウィナタ氏、中ジャワ州スマラン出身のテックス・スルヤウィジャヤ氏、元ジャヤンティ・グループ総帥のブルハン・ウレイ氏に加えて、海洋・水産省のフスニ・マンガバラニ前漁獲総局長の名前を挙げている。外国漁船の多くがタイや中国の漁船であり、『テンポ』は、タイのバンコク周辺や中国福建省でインドネシア語名の残った漁船を確認している。

今回の外国漁船の操業停止措置に対しては、「国内の水産資源を外国による略奪から守った」と歓迎する意見が聞かれる。その一方で、外国漁船が買い付けに来なくなったので、水産物が売れなくなったと嘆く業者も少なくない。

外国漁船の実態を把握することは政策立案の観点から重要である。しかし、水産物の生産・販売が滞り、供給不足をきたす可能性もある。「モラトリアム」が単にナショナリズムを煽(あお)るだけの結果に終わらないことを願うばかりである。

【インドネシア政経ウォッチ】第121回 汚職撲滅委員会はつぶされるのか(2015年2月27日)

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は先週、唯一の国家警察長官候補だったブディ・グナワン警察教育訓練所長の任命を見送り、バドゥロディン国家警察長官代行を長官候補に改めて指名した。同時に、ブディ氏を汚職容疑者に指定した汚職撲滅委員会(KPK)のアブラハム・サマド委員長とバンバン・ウィジョヤント副委員長を更迭し、タウフィックラフマン・ルキ元KPK委員長、インドリアント・セノ・アジ弁護士、ジョハン・ブディKPK元報道官の3人をKPK委員長代行に任命した。はた目には、警察とKPKへのけんか両成敗となった。

KPKがブディ氏を汚職容疑者に指定したのは、同氏の非常識に多い銀行口座残高、親族への不審な送金、偽造身分証明証(KTP)での銀行口座開設の疑いなどによる。KPKはブディ氏が警察教育訓練所長の職権を使い、警察官の内部昇進に絡む賄賂を求めた可能性があるとも見ている。

他方、警察は、重箱の隅をつつくように、KPK正副委員長の過去から犯罪者として立件できそうな事由を見つけ出した。サマド委員長はパスポート不正申請、ウィジャヤント副委員長は裁判での偽証強要、との容疑で逮捕・勾留した。併せて、警察等から出向したKPK捜査員が拳銃等をまだ所持しているとの理由で逮捕に踏み切る可能性を匂わせている。

3人のKPK委員長代行のうち、ルキ氏とセノ氏の任命には批判が噴出している。ルキ氏はKPKが汚職捜査中の企業で重役を務める。セノ氏は以前、汚職容疑者を弁護してKPKと厳しく対決した。両者とも、KPKによるブディ氏の容疑者指定は不適切との南ジャカルタ地裁の判決を支持し、ブディ氏の件をKPKではなく警察へ委ねるべきとしている。

刑法第77条によると、裁判で適切かどうかを判断できるのは逮捕、勾留、捜査中止、控訴中止であり、容疑者指定は含まれない。しかし、南ジャカルタ地裁の判決を受けて、汚職容疑者が続々とKPKによる容疑者指定への異議申し立てを開始した。KPKは外からも中からも圧力を受けており、このままつぶされるのではないかとの懸念が広まり始めた。

【インドネシア政経ウォッチ】第120回 ブディ氏はなぜ大統領に対し強気だったか(2015年2月20日)

汚職撲滅委員会(KPK)が、唯一の次期国家警察長官候補であるブディ・グナワン警察教育訓練所長を汚職容疑者に認定したのは適切だったのか。ブディ氏側の不服申し立てを受けた予備裁判が南ジャカルタ地裁で行われ、2月16日、容疑者認定は不適切との判決が下された。法的にブディ氏の国家警察長官任命への障害はなくなったかにみえた。

しかし、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は18日、ブディ氏を任命せず、バドゥロディン長官代行を長官候補に指名した。同時に、サマド長官らKPK幹部を更迭し、代行3人を指名した。ジョコウィ大統領は、所属する闘争民主党(PDIP)を敵に回す覚悟で決断したのである。

なぜ、ブディ氏は大統領に対して強気だったのか。彼は「ジョコウィ氏の大統領選挙不正の証拠を出せる」と脅しとも取れる発言さえしている。実は 、ブディ氏はPDIPのメガワティ党首が副大統領(1999~2001年)・大統領(2001~2004年)だったときの護衛官だったのである。メガワティ党首の信頼が厚いブディ氏からは、一般党員にすぎないジョコウィ大統領を見下す様子さえうかがえる。

過去に次のような事件があった。 1999年総選挙で第一党となったPDIPのメガワティ党首は、国民協議会による大統領選出で民族覚醒党(PKB)のアブドゥラフマン・ワヒド(グス・ドゥル)党首に敗れ、副大統領に甘んじた。グス・ドゥル大統領は、東ジャワ州での紛争対応に問題があったとして、当時のビマントロ国家警察長官を解任したが、ビマントロ氏はそれを拒否し、警察が内部分裂した。その後、警察、軍、国会に背を向けられたグス・ドゥル大統領が解任され、メガワティ副大統領が念願の大統領に就任、ビマントロ氏は国家警察長官の任を継続した。

ブディ氏は当時、メガワティ大統領の護衛官としてその動きの中にいた。ちなみに、ユドヨノ前大統領が任命し、ジョコウィ大統領が任期途中で更迭したスタルマン前国家警察長官は当時、グス・ドゥル大統領の護衛官だった。メガワティ歴史劇場はまだ進行中なのである。

【インドネシア政経ウォッチ】第119回 再び現れた「国民車」の亡霊(2015年2月12日)

警察と汚職撲滅委員会(KPK)との対立が激しくなる中、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は東南アジア諸国を歴訪した。そして、最初の訪問国マレーシアで、「国民車」という亡霊が再び現れることになった。

マレーシアのプロトン・ホールディングス社とインドネシアのアディプルカサ・チトラ・レスタリ(ACL)社との間で協定書が結ばれ、インドネシアでの国民車開発・製造に関する協力がうたわれたのである。調印式にはジョコウィ大統領、マレーシアのナジブ首相、プロトンの創設者であるマハティール元首相が出席した。

インドネシアは1970年代から自動車製造の国産化を目指してきた。ハビビ元副大統領が進めた小型車マレオ。90年代後半にスハルト元大統領の三男トミー氏が大統領からの特別措置で韓国車を「国民車」に仕立てあげようとしたティモール。ほかにもビマンタラ、マチャン、カンチルなどが試みられたが、いずれも失敗に終わり、今に至るまで、自動車製造のほとんどを日系メーカーが占める構造は盤石のままである。

ジョコウィ大統領自身も、中ジャワ州ソロ市長時代に、地元の実業高校生が造った自動車をエスエムカーと名づけ、「国民車」として広めようとした。しかし、彼はまだ認めていないが、それは、東ジャワ州スラバヤから調達した中国からの輸入部品を使った自動車組立実習の成果に過ぎないことがのちに暴露された。

インドネシア側パートナーであるACL社の社長は、メガワティ闘争民主党党首の側近で、ジョコウィ大統領の当選に尽力したヘンドロプリヨノ元国家情報庁長官であるが、ACL社がペーパーカンパニーである可能性も指摘されている。ジョコウィ大統領は、民間=民間のビジネスであり、政府として特別扱いはしないと明言した。

協定書に基づき、プロトン=ACLは6カ月間の事前調査を行うとしている。東南アジア諸国連合(ASEAN)経済共同体(AEC)の発足を前に、プロトンがインドネシア市場へ食い込みたいのは間違いない。しかし、それに引っ付くインドネシア側には、「国民車」という亡霊しか見えてこない。

【インドネシア政経ウォッチ】第118回 地方首長直接選挙制を堅持(2015年2月5日)

インドネシアの地方首長選挙は、間接選挙制に変更するという動きがあったが、結局、従来通り、国民による直接選挙制が堅持された。ただし、内容に不備があるとの指摘がある。

国会は1月20日、地方首長選挙に関する法律代用政令『2014年第1号』および地方行政に関する法律代用政令『14年第2号』を法律として承認し、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が署名した。

振り返ると、14年9月25日、国会は、地方議会が地方首長を選ぶ地方首長選挙法、および地方議会に地方首長選出の権限を与えた地方行政法を可決した。間接選挙を支持したのは大統領選挙で敗北したプラボウォ=ハッタ組であり、国会での議席上の優位を生かし、ジョコウィ新政権に圧力をかける狙いがあった。

しかし、ユドヨノ大統領(当時)が同年10月2日、地方首長直接選挙を維持させるため、両法の執行を停止する2つの法律代用政令を発出した。政権の安定を図りたいジョコウィ大統領は、時間をかけて国会各会派を説得し、何とか直接選挙制を堅持させることができた。

説得が奏功したのは、国会各会派がこれらの法案を政治的駆け引きの道具として使ってきたためである。すなわち、各会派は賛成・反対の立場をその時々に応じて変え、一貫した主張を持たなかった。国の将来を見据えた本気の議論ではなく、党利党略の一環でしかないことがあらためて露呈した。政治家の機会主義的態度は今後も続くであろう。

もっとも、内容には不備が見られる。新法では、首長のみが直接選挙で選ばれ、副首長は当選した首長が推薦して任命される(第171条)。これまで当選後に正副首長が相互離反する場合が多発したためだが、従来のような正副ペアによって、地域内で拮抗(きっこう)する宗教・種族等を包含するのは難しくなり、対立抗争が増える懸念がある。他方、正副ペアでの立候補を示唆する条文(第40条)も残る。

ほかにも、憲法裁判所と最高裁判所のどちらが、選挙結果の異議申し立てを審議するのか明確でない。国会各会派は、早くも法律改正の必要を唱えている。

【インドネシア政経ウォッチ】第116回 国家警察長官の任命をめぐる確執(2015年1月22日)

国家警察長官の任命をめぐって、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が大きく揺さぶられている。

国家警察委員会の推薦を受けて、ジョコウィ大統領は1月9日、唯一の国家警察長官候補としてブディ・グナワン警察教育訓練所長を国会へ提示した。

ところが1月13日、汚職撲滅委員会(KPK)はブディ氏を不正資金の流れの証拠が複数あるとして汚職容疑者に断定した。にもかかわらず、国会は15日、民主党会派を除く全会派が同氏の国家警察長官就任に賛成した。結局、ジョコウィ大統領はブディ氏の任命を凍結し、バドゥロディン副長官を長官代行とした。これについては、前職の解任・新職の任命凍結のなかで代行とした手続論にさっそく批判が出ている。ともかく、汚職容疑者が警察トップになるという事態はいったん避けられた。

KPKはなぜこの時期にブディ氏を容疑者にしたのか。一部のメディアは、KPKのサマド委員長の政治的復讐のためと見る。サマド氏は先の大統領選挙の際、ジョコウィ候補と組む副大統領候補としてユスフ・カラ氏と競ったが、最後はカラ氏が副大統領候補になった。その際、サマド氏を外すよう強く進言したのが、闘争民主党(PDIP)のメガワティ党首が大統領だったときの副官のブディ氏だった。今回、サマド氏はその復讐を企てたというのである。

実は、まだ10月まで任期の残るスタルマン国家警察長官を解任する理由が明確でない。ユドヨノ前大統領が任命したスタルマン氏は、特に際立った問題を引き起こしていない。もっとも、スタルマン氏は前任が対立したKPKとの関係を改善し、汚職撲滅に協力する姿勢を見せていた。

ジョコウィ大統領を攻撃する絶好の機会にもかかわらず、国会反主流派までもがブディ氏の国家警察長官就任に賛成したのも不思議である。しかし、「誰が国会を汚職疑惑から守ってくれるのか」と考えれば、その疑問も解ける。

国政運営の観点から、汚職撲滅のトーンを事実上抑えざるを得なくなったジョコウィ大統領の苦悩が見て取れる。

【インドネシア政経ウォッチ】第115回 分配重視論への警戒(2015年1月15日)

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は、前半は成長よりも構造改革に取り組み、その成果を後半の成長につなげるというシナリオを描いている。すなわち、今後5年間の経済成長率を2015年の5.8%から19年には8%に引き上げるとともに、階層間の所得格差の指数であるジニ係数を0.41から0.39へ引き下げるとしている。

成長か分配か。これはインドネシアの経済開発論争の中心テーマである。過去50年を振り返ると、経済状況が苦境のときに成長重視論が強くなり、経済成長が進むと分配重視論が強くなる傾向がある。成長重視論は市場メカニズムの役割を強調するもので、インドネシア大学経済学部を中心としたアメリカ留学組が論陣を張った。

一方、分配重視論は貧困層への配慮を強調する立場であり、主にガジャマダ大学の農村経済学者らが論陣を張り、欧米流の手法に批判的な態度を示してきた。とくに外資に対しては、成長重視論は開放・活用を、分配重視論は制限・警戒を主張している。

構造改革の必要性はこれら両者に認知されているものの、その内容には違いがある。成長重視論は効率性を柱とした構造改革で、市場メカニズムが動くことで市場の逸脱を正せるとする。一方、分配重視論は公正性を重視した構造改革で、貧富格差の是正のために市場メカニズムを抑制して格差縮小を図るべきであると主張する。

分配重視論者のなかには、ユドヨノ政権の過去10年は成長重視だったが、ジョコウィ政権は分配重視に転換させると期待する向きもある。彼らは、長期的には資本収益率が経済成長率よりも大きくなり、富の偏在による経済的不平等が高まると論じる、トマ・ピケティの『21世紀の資本論』の議論をジョコウィ政権の姿勢にかぶせているように見える。

過去を振り返ると、分配重視論が前面に出てきたときには、富裕層(とくに華人)への反発、イスラムの政治利用傾向、社会不安の拡大が見られた。世界経済や治安情勢の動き次第では、これらが再起する可能性も念頭に置く必要がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第114回 スラバヤでテロ警戒の声明(2015年1月8日)

新年早々の1月3日、アメリカ大使館は、エアアジア機墜落事故の遺族が悲しみにくれる東ジャワ州スラバヤに住む在留アメリカ人に対してテロへの警戒を呼びかける声明を発表した。スラバヤの米系ホテル、銀行に対する潜在的な脅威がある、という内容である。

スラバヤは「インドネシアの治安状況を判断するバロメーター都市」と治安当局から認知されている。スラバヤ警察は、ときにデモ対策のために首都ジャカルタへ派遣されるほど一目置かれており、スラバヤが平穏であればインドネシアも平穏であるとされる。そのスラバヤでテロへの警戒がアメリカ大使館から呼びかけられるのは異例と言ってよい。

その背景には、インドネシア国内で最近、過激派「イスラム国」へ親近感を抱く者たちが表面に現れ始めたことがある。過去にアルカイダやジュマア・イスラミヤ(JI)などイスラム過激派組織に関わった人物らがイスラム国へ合流し始めている。

スラバヤでは、昨年1月と8月にテロリストが逮捕された。とくに、8月に逮捕されたアブ・フィダは、インドネシア人56人をシリアへ送ってイスラム国に合流させようとした。加えて彼は、2002年にテロリストの大物であるアズハリやヌルディン・トップをかくまったほか、中スラウェシ州ポソで軍事訓練を行うサントソ・グループとも関係することが分かった。

国家警察によると、昨年12月にポソで逮捕した4人のテロリストはイスラム国メンバーと認められた。アメリカ大使館は、イスラム国支持者の隠れた拠点となりうるスラバヤで、ポソのサントソ・グループと連携した何らかの動きが起こるという情報をつかんだ可能性がある。

大統領選挙でプラボウォ=ハッタ組についた福祉正義党(PKS)のアニス・マッタ党首は昨年8月、「わずか30万人のイスラム国に40カ国が宣戦するのは大げさだ」と述べた。すぐにPKSは「イスラム国を支持せず」と火消しに走ったが、プラボウォ支持のデモにイスラム国の旗が現れたことと併せ、ジョコウィ政権がイスラム国と関連づけてプラボウォ側をたたくのではないかとの見方もある。

【インドネシア政経ウォッチ】第112回 政党の内部分裂の歴史とアブリザル氏(2014年12月11日)

インドネシアでは政党の内部分裂がよくある。為政者側が分裂をけしかけ、反対勢力を非主流派にし、政権基盤を安定化させる。ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権もそれを踏襲しているのか。

先の大統領選挙でジョコウィ氏支持かプラボウォ氏支持かで割れた各政党は、ジョコウィ政権発足後も内部分裂を深めている。分裂と比較的無縁だったゴルカル党も、反ジョコウィのアブリザル・バクリ党首派と親ジョコウィのアグン・ラクソノ副党首派に分かれ、双方が党大会を開き、執行部を選出するという異常事態となった。

ゴルカル党内では、アブリザル党首の強引な党運営への批判と総選挙で劣勢に終わった責任を問う声が上がった。しかし、アブリザル氏はそれを無視し、党首再選のために2015年1月開催予定だった党大会を14年11月へ繰り上げ実施し、満場一致で再び党首となった。

アブリザル党首は内部分裂に縁がある。10年のインドネシア商工会議所(カディン)会頭選挙で、資金力に物を言わせて腹心のスルヨ・バンバン・スリスト氏を会頭に据え、自身の大統領立候補のためにカディンを政治的に活用できる体制を敷いた。そうした動きを抑えるため、カディン内部でスルヨ執行部を否定する別のカディンが結成され、内部分裂した。

スルヨ氏率いるカディン執行部が目の敵としたのが、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長(当時)である。彼は今、カラ副大統領の顧問として政権内にいる。そして、労組デモ解決のためにソフィヤン氏が頼りにしたのは、ゴルカル党幹部でパンチャシラ青年組織代表のヨリス・ヤレワイ氏で、彼は分裂したインドネシア労働組合総連合(KSPSI)総裁でもある。そのヨリス氏は今、アグン・ラクソノ派に属し、反アブリザルの急先鋒(きゅうせんぽう)だ。

すなわち、アブリザル氏の権力への異常な執念は、それを阻止しようとしてきたソフィヤン氏やヨリス氏との長い戦いの結果、生み出されたのである。それ故、アブリザル氏はプラボウォ氏と組み、紅白連合に固執し、ジョコウィ大統領やカラ副大統領を支えるソフィヤン氏に対抗し続けているのである。

【インドネシア政経ウォッチ】第111回 人権活動家ムニール殺人犯の釈放(2014年12月4日)

11月28日、一人の男が刑務所から釈放された。ちょうど10年前の2004年9月7日、著名な人権活動家であったムニール氏を殺害したとされるポリカルプス服役囚である。彼は05年、禁錮20年の判決を受けたが控訴し、13年の最高裁において禁錮14年へ減刑となった。そして今回、刑期を6年残し、条件付きで釈放されたのである。

ムニール氏は、インドネシアからオランダへ向かう途中で殺害された。遺体から青酸カリが検出され、当初、乗っていたガルーダ航空機内で出されたジュースに混入されたと見られていた。このため、ガルーダの重役らの事件への関与が疑われた。その後、トランジット中のシンガポールの空港で食べた食べ物に混入された可能性が有力となり、食事をムニール氏と同席したガルーダの非番パイロットであるポリカルプス服役囚が実行犯と断定されたのである。

政府に批判的なムニール氏の殺害は、当初から政府当局が指示したとの見方が強かった。当時、国家情報庁(BIN)副長官だったムフディ退役陸軍少将が頻繁にポリカルプス服役囚へ電話していたことから、08年6月に事件の黒幕として逮捕されたが、結局、証拠不十分で半年後に釈放された。

ムフディ氏は諜報畑の将校で、大統領選挙に立候補したプラボウォ退役陸軍中将に昔から寄り添い、プラボウォ氏が立ち上げたグリンドラ党の副党首も務めていた。しかし、大統領選挙直前の14年5月、ムフディ氏は突如、選挙でジョコウィ氏支持を表明し、プラボウォ陣営を去った。

ムニール氏殺害事件は、ユドヨノ政権誕生直前のメガワティ政権の時代に起きた。当時のBIN長官だったヘンドロプリヨノ退役陸軍中将はメガワティ氏に近く、数々の人権侵害の首謀者としてムニール氏らから強く批判されていた。そのヘンドロプリヨノ氏は今、ジョコウィ政権を支える実力者の一人となっている。

「過去の人権侵害問題にメスを入れる」と選挙中に約束したジョコウィ大統領は、早くも言行不一致との批判を受け始めた。

【インドネシア政経ウォッチ】第110回 検事総長任命の裏側に中国?(2014年11月27日)

ジョコウィ大統領は11月20日、延び延びになっていた検事総長のポストに全国民主党(NasDem)所属のプラスティヨ国会議員を任命した。

「働く内閣」を標榜するジョコウィ政権はプロフェッショナル人材を重用しており、たとえプラスティヨが最高検察庁の検事の経験者でも、政治家を司法のトップに起用したことが批判を招いている。しかも、今回の人選にあたっては、NasDemのスルヤ・パロ党首の意向が強く働いたとみられる。

週刊誌『テンポ』最新号は、今回の検事総長人事とスルヤ・パロのビジネスとの関係を考察する特集を組んだ。同誌は、スルヤ・パロが自身のビジネス上の利害から、人選の遅れている検事総長、投資調整庁(BKPM)長官、国家情報庁(BIN)長官の3ポストに自身の息のかかった人物を送り込もうとしているという見方を示している。

国営石油プルタミナは11月初め、アフリカ・アンゴラの国営石油ソナンゴルから原油を調達すると発表したが、その陰にもスルヤ・パロが存在する。ソナンゴルからの原油は中国ソナンゴル社を経由し、シンガポールのペトラルを通じてプルタミナが輸入する形をとっているが、スルヤ・パロは、中国ソナンゴル社株70%を持つ徐京華(サム・パ)と組んでいる。

二人は2000年にシンガポールで偶然出会った後、協力関係を築いてきた。両者で東ジャワ州のチェプ油田でのエクソン・モービル株を4.5%取得したほか、ジャカルタ首都特別州知事時代のジョコウィにも接触し、大量高速公共交通システム(MRT)事業などにかかる中国からの投資案件を強力にオファーしてきた。

果たして、検事総長などの人事にも、スルヤ・パロらを通じて、中国の意向が反映されているのだろうか。徐は中国のアフリカ進出における中心的な役割を果たし、ジンバブエのムガベ大統領再選など、政界工作も盛んに行った過去がある。欧米が嫌う彼は中国の石油ビジネス輸入を仕切っている。中国が彼を使ってアフリカで行ったことをきちんと学んでおく必要がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第109回 石油燃料価格値上げをさっそく断行(2014年11月20日)

長期の外遊を終えて帰国したジョコウィ大統領は11月17日夜、石油燃料価格値上げを発表し、18日午前0時から新価格が適用された。石油燃料補助金の付くプレミアム・ガソリンが1リットル当たり6,500ルピアから8,500ルピアへ、同じく補助金付きの軽油が5,500ルピアから7,500ルピアへ引き上げられた。

石油燃料補助金の削減、すなわち石油燃料の値上げは、ユドヨノ前政権のときから慎重に準備が進められ、それを受け入れざるを得ないという世論も十分に形成されてきた。ユドヨノ前大統領は自ら決行しなかったが、前政権のお膳立てなしには新政権発足から1カ月も経たぬうちに実行することはできなかった。

用意は周到だった。あらかじめ、燃料値上げで家計が圧迫される貧困層を対象に「福祉家族カード」「健康なインドネシアカード」「頭の良いインドネシアカード」を配布し、医療・教育面での負担を減らすセーフティーネットを張った。物流や公共交通機関への配慮も施されている。ほとんどは前政権によって準備されてきたものであるが、結果的に、「決断力のあるジョコウィ」というイメージづくりに貢献することになった。

振り返ると、ジョコウィの与党・闘争民主党(PDIP)は、ユドヨノ前政権の石油燃料価格値上げ方針に一貫して反対してきた。国際石油市況が軟化しているのになぜ値上げするのか、という批判もある。党内の一部の政治家は今回の値上げにも反対しているが、党としては黙認の姿勢である。ちなみに、ジョコウィと対抗してきたプラボウォは、党首を務めるグリンドラ党とは逆に、今回の値上げを強く支持している。

ジョコウィは同時に、石油燃料に絡む汚職や不正取引を行っているとされる「石油マフィア」の撲滅を目指す特別チームを結成し、この問題に以前から警告を発してきた著名エコノミストのファイサル・バスリ氏をそのトップに起用した。様々な「マフィア」に宣戦布告したジョコウィ政権の本気度がさっそく試されることになる。

【インドネシア政経ウォッチ】第108回 外交デビューは積極的な投資セールス(2014年11月13日)

ジョコウィ大統領の外交デビューは、中国・北京で開催中のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議となった。何よりも、新大統領としての自分を各国首脳に知ってもらうことが最も重要である。

英語が流暢なユドヨノ前大統領とは対照的に、ジョコウィは各国首脳との会談でインドネシア語を使った。彼は英語が大丈夫なのかという不安がよぎったのも束の間、トップ・ビジネスマンが集った最高経営責任者(CEO)サミットの場で、映像や画像を使い、原稿なしの英語でプレゼンテーションを行った。インドネシア語を使ったのは、あくまでも、国家や政府を代表する公式会談では自国語を使うという原則に従ったにすぎなかった。

CEOサミットでのプレゼンテーションで、ジョコウィはインドネシアの今後の発展可能性を示しただけでなく、「インドネシアに投資をするなら今しかない」「チャンスを逃すな」と攻めの姿勢を貫いた。就任して間もないのに、新人として控えめに振る舞うことなく、百戦錬磨のCEOを相手に積極的な投資セールスを行ったのである。

ジョコウィは、インドネシアの全在外公館に対して、インドネシアを売り込むセールスマンの役割を果たし、具体的な成果を出すよう求めている。自ら率先して投資セールスを行い、在外公館が続かざるを得ない雰囲気を作るのがジョコウィ流といえる。

しかし、いくらセールスをしても、肝心の投資許認可手続きが改善されなければ、全く意味がない。もちろん、ジョコウィはそれを重々承知している。彼が大統領に就任後、最初に抜き打ち視察を行ったのが投資調整庁(BKPM)であったことは記憶に新しい。それがあったからこそ、今回、北京での投資セールスが意味を持ってくるのである。

外資企業からはジョコウィ政権のナショナリズム的性格を懸念する声も出ているが、今回の投資セールスはその懸念を払拭しようとするものでもある。ただし、外資ならば何でもよいというわけではない。外資側にも、「インドネシアにとってのメリットは何か」をしっかり説明することが求められてくるだろう。

【インドネシア政経ウォッチ】第107回 スンダ海峡大橋の建設を凍結(2014年11月6日)

ジョコウィ新政権の重要課題の一つは、言うまでもなくインフラ整備である。しかし、インフラ整備への取り組み方については、ユドヨノ前政権とは異なる考えを示し始めた。

10月31日、アンドリノフ・チャニアゴ国家開発計画大臣/国家開発企画庁(バペナス)長官は、ジャワ島とスマトラ島を結ぶスンダ海峡大橋の建設計画を凍結することを明らかにした。その理由として、225兆ルピア(約2兆1,000億円)という膨大な投資額に加え、既存の連絡船舶や港湾整備のほうが喫緊の課題であることを挙げた。

インフラが整っていない東部との地域格差を助長することや、周辺・沿線の不動産価格の高騰により住民に低価格で住宅を提供することが困難になることも問題とみている。スンダ海峡大橋は、海洋利用、人間・コミュニティ開発を優先する新政権の方針にマッチしない、という判断である。

スンダ海峡大橋の建設は、スカルノ時代の1960年から構想されていたが、具体化は2009年にランプン州とバンテン州がプレF/S調査結果を公表してからである。スマトラ南部で豊富な石油ガス・石炭といった天然資源を首都ジャカルタ周辺に供給しやすくし、一大産業開発ベルト地帯をつくることが計画されていた。

当時、半島部のマラッカとスマトラ島のドゥマイとを結ぶマラッカ海峡大橋の構想がマレーシアから出されていた。政府は、スンダ海峡大橋を優先してより早期の建設を推進する方針を打ち出し、ユドヨノ政権では経済開発加速化・拡充マスタープラン(MP3EI)の目玉とした。

その旗振り役を務めたのが南スマトラ州出身のハッタ・ラジャサ経済調整大臣(当時)であり、副大統領候補(後に落選)となったハッタの後任であるハイルル・タンジュン経済調整大臣も、在任中に建設促進のための政府機関づくりを急いだが、結局、実現しなかった。

スンダ海峡大橋計画の凍結は、インフラ問題解決を最優先するという新政権の意向が如実に示されたものである。MP3EIも見直される見込みで、中進国入りを視野に入れた中長期のインフラ整備計画がしっかり立てられるのかどうか、気になるところである。

【インドネシア政経ウォッチ】第106回 新内閣が発足、工業化戦略に不安(2014年10月30日)

10月26日、ジョコウィ新政権の閣僚名簿が発表された。「働く内閣」と命名された新内閣の閣僚34人のうち、19人が政党無所属の専門家、15人が政党所属という構成で、過去の閣僚経験者はわずか3人というフレッシュな陣容となった。宗教別や地域出身別にも配慮がなされ、女性閣僚数8人は過去最多である。

閣僚名簿の発表は何度か延期された。閣僚候補の過去の汚職疑惑履歴を汚職撲滅委員会(KPK)が精査し、8人が問題ありとされ、差し替えに時間がかかったためである。問題となった8人が誰かは明らかにされていないが、事前に有力だった閣僚候補の何人かはここでふるい落とされた。KPKの事前精査は今回が初めてである。

新内閣では、国家官房と国家開発企画庁(バペナス)が、調整4大臣が束ねる各省の枠外に出た。実際の開発政策においては、バペナスが開発計画全体の立案と調整を担当し、それに基づいて各省庁が計画を実施するという形になる。今後の開発の方向性を明確にしていくうえで、バペナスの計画立案能力が大きなカギを握ることになる。

新政権の重点部門とされるのは、農業と海洋である。それに比べると、工業に対する関心はあまり高くない印象を受ける。農業大臣に農薬製造を中心に成長した企業グループのアムラン・スライマン最高経営責任者(CEO)が就いたのに対し、産業大臣は東ヌサトゥンガラ州出身のハヌラ党のサレ・フシン国会議員である。過去に産業大臣候補として何度か名前の挙がった実業家のラフマット・ゴーベル氏は貿易相に就いた。当初、産業省と貿易省は商工省として統合が構想されたが、実現しなかった。

中進国を目指すインドネシアにとって、過去10年以上の製造業部門の後退を克服するためにも、新たな工業化戦略が必要とされているはずだが、今回の組閣からはその意向が読み取れなかった。ミクロ志向の強い新政権のなかで、今後の国家開発の方向性を示すマクロ面が疎かにならないためには、バペナスの役割に期待するほかはない。

【インドネシア政経ウォッチ】第105回 ユドヨノの10年を振り返る(2014年10月23日)

10月20日、ジョコウィ新大統領とユスフ・カラ新副大統領が正式に就任した。大統領選挙で敗北し、リベンジに燃えていたプラボウォも就任式に出席し、新政権への賛意を示した。プラボウォとともに動いたゴルカル党のアブリザル・バクリ党首も、新政権に協力する姿勢を示し、まずは丸く収まる形で新政権がスタートできた。

来る者がいれば去る者もいる。2期10年にわたって政権を担当してきたユドヨノ前大統領は、インドネシアでは初めて円満な政権交代を果たした大統領となった。大統領官邸での新旧交代式は、去る者から来る者への期待、来る者から去る者への感謝が現れた温かいものだった。今後、これが政権交代の新しい伝統となることが期待される。

ユドヨノの10年は、インドネシアが民主国家として経済発展を進めていく基礎の固まった時期であった。権力者の一存で物事を決めず、誰もが法規を順守し、時間がかかっても所定の手続きを経ることを定着させた。テロや暴動を抑え、安心して経済活動のできる環境が整えられた。そして、一国の利益を追求するだけでなく、国際貢献をも果たそうとし始めた。人間に例えれば、10年で大人の仲間入りを果たしたともいえようか。

「なかなか決められない」というのがユドヨノに対する批判であった。しかし、もしかすると、聡明なユドヨノは熟考に熟考を重ねていたのかもしれないし、自分はこうしたいと思っていてもじっと待っていたのかもしれない。民主国家としての基礎の定着には、寛容や忍耐、「待つ」という時間もある程度必要だった。

改革派軍人だったユドヨノは、スハルト政権崩壊後、自らが新しい民主国家づくりに参画する意志をもって、2001年に民主党という政党を設立し、それを「乗り物」として大統領に就いた。彼自身には大統領の任期10年を全うしたという感慨があるだろう。しかし、10年経っても、自分を大統領へと導いた民主党が自立できなかったことが心残りのはずである。

【インドネシア政経ウォッチ】第104回 ジョコウィと議会幹部との面会(2014年10月16日)

インドネシアでは、間もなく新政権が発足するにもかかわらず、ルピア安、株安のダブル安が進行中である。市場が最も懸念しているのは、新政権の安定性である。

すなわち、大統領選挙で敗北したプラボウォ=ハッタ陣営の政党が結集した紅白連合が、地方首長選挙法成立に伴う議会による首長選出という間接選挙への変更、国会(DPR)の新正副議長ポスト、そして正副大統領就任を承認する国民協議会(MPR)の新正副議長ポストを占め、ジョコウィ=カラ新政権の政策運営を妨げる可能性が出ているためである。

実際、紅白連合に属するゴルカル党のアブリザル・バクリ党首は、130以上の現行法を国会で改正する意向を示したほか、プラボウォの弟である実業家のハシム氏は、新政権の政策運営を妨害するとも取れる発言をして物議を醸した。なかには、正副大統領就任に抗議して、紅白連合所属議員がMPRをボイコットするのではないかとの噂さえ流れた。

このため、ジョコウィはMPR・DPR議長らと非公式に会合を持ち、正副大統領就任を予定通り行うことに加えて、大統領側と議会側幹部とが毎月コンタクトを取り、両者間のコミュニケーションを図ることを確認した。

ルピア下落に加えて、貿易赤字の拡大、食料輸入の増加、インフラ整備の遅延、年間200万人の失業者への雇用機会創出、貧富の格差拡大、石油燃料補助金の削減など、深刻な経済課題はすべて新政権へ持ち越される。これらの課題を忘れて、大統領選挙のリベンジや汚職摘発逃れなどの政治ゲームに時間を費やす余裕は、今のインドネシアにはない。市場関係者は、新政権の経済閣僚が誰になるのかを注目している。

ジョコウィは、新政権で政党出身の閣僚には政党要職の兼務を禁止すると繰り返してきた。ジョコウィ=カラ新政権はプロフェッショナル人材を登用することを基本としている。ジョコウィと議会幹部との会合は、ジョコウィ自身が自らの政党色を薄めて、議会における政党間の対立の枠の外に身を置き始めたものと見られる。

【インドネシア政経ウォッチ】第103回 宗教をめぐる新たな動き(2014年10月9日)

ジョコウィ次期大統領がジャカルタ特別州知事を辞任し、規定に従って同州のアホック副州知事が州知事に昇格する。しかし、イスラム擁護戦線(FPI)などイスラム強硬派の一部が、アホックの昇格に反対するデモを繰り返している。彼のこれまでの言動が過激で思慮を欠くということのほか、華人でキリスト教徒ということを反対の理由としている。

先のジャカルタ特別州知事選の際にも、FPIなどはジョコウィと組んだアホックに対して同様の批判を行ったが、選挙結果を左右することはなかった。アホック自身、かつて9割以上の住民がイスラム教徒であるバンカブリトゥン州東ブリトゥン県知事を務め、在任中に多数のモスクを建設したことで大きな支持を得ていた。

しかし、FPIなどの行動には一貫性がない。FPIはアホックを批判する一方で、新たに選出されたゴルカル党のスティヤ・ノバント国会議長(キリスト教徒)はむしろ歓迎している。イスラム教を建前にしているが、ただ単に「アホックが嫌いだ」という感情的な理由で動いていることの証左である。FPIなどがアホックを批判するのは、彼が地方首長選挙法に反対して、所属していたグリンドラ党を離党したことも関係があるはずである。

アホックは「身分証明証の宗教欄をなくすべき」とも主張し、それを支持する知識人らも現れた。ジョコウィ新政権構想でも、一時、宗教省を廃止する案が有力視されたが、時期尚早として見送られた。宗教欄や宗教省の廃止論の背景には、宗教の政治利用だけでなく、アフマディヤなどイスラム教少数派への多数派からの迫害を防ぐ意味がある。

他方、政府内には、宗教の定義自体を緩めようという見直し論も出ている。宗教省は、規定の6宗教以外の地方宗教についても、信仰ではなく宗教として認める可能性を探るため、実態調査を開始する。「唯一神信仰」という建国五原則(パンチャシラ)の第一原則との食い違いの問題はあり得るが、注目すべき動きである。

1 2 3 4