【インドネシア政経ウォッチ】第128回 大統領は政党の下僕なのか(2015年4月23日)

闘争民主党(PDIP)は4月9~12日に全国党大会を開催し、メガワティ現党首が再選された。メガワティ体制は2019年まで続き、今回もまた、メガワティの党というイメージを払拭(ふっしょく)することがなかった。それどころか、娘のプアン氏と息子のプラナンダ氏が中央執行委員会の役員に選出され、メガワティ・ファミリーの政党という性格はむしろ強まったといえる。

この全国党大会には、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領も出席したが、大統領としての演説はなかった。ジョコウィ氏はPDIPの一般党員に過ぎないというのが理由だが、政党の全国大会で大統領が出席したのに演説しなかったというのは極めて異例であり、PDIPは大統領職を誹謗(ひぼう)したとの批判が巻き起こった。

しかし、メガワティ党首やその側近は、従来から「一般党員であるジョコウィ大統領は、PDIPの下僕である」との発言を撤回しようとしなかった。今回の党首就任演説でメガワティ党首は、あたかも自分が真の大統領であるかのような表現さえ使った。

娘のプアン氏はジョコウィ内閣の人材開発・文化調整大臣であり、ジョコウィ大統領からPDIPの要職を離れることを再三求められたにもかかわらず、それを無視してきたばかりか、今回の全国党大会で再び党の要職に就いた。ジョコウィ大統領はメガワティ・ファミリーから完全に見下される形となった。

国家警察長官人事などをめぐって、メガワティ党首やPDIPにはジョコウィ大統領が自分の思うように動いてくれないことへの強いいら立ちがある。しかし、PDIPは、ジョコウィ大統領が政党批判層を取り込んだからこそ大統領選挙に勝利したことを無視し続けている。

ジョコウィ大統領がPDIPの一般党員である限り、メガワティ党首らの大統領職に対する侮蔑は続き、政党の下僕というイメージを払拭することは難しい。ジョコウィ大統領が離党して新党をつくるという期待もあるが、ジョコウィ大統領への失望が無党派層などで急速に広まれば、それも難しくなるだろう。ジョコウィ政権は予想以上に短命で終わるのだろうか。

【インドネシア政経ウォッチ】第120回 ブディ氏はなぜ大統領に対し強気だったか(2015年2月20日)

汚職撲滅委員会(KPK)が、唯一の次期国家警察長官候補であるブディ・グナワン警察教育訓練所長を汚職容疑者に認定したのは適切だったのか。ブディ氏側の不服申し立てを受けた予備裁判が南ジャカルタ地裁で行われ、2月16日、容疑者認定は不適切との判決が下された。法的にブディ氏の国家警察長官任命への障害はなくなったかにみえた。

しかし、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は18日、ブディ氏を任命せず、バドゥロディン長官代行を長官候補に指名した。同時に、サマド長官らKPK幹部を更迭し、代行3人を指名した。ジョコウィ大統領は、所属する闘争民主党(PDIP)を敵に回す覚悟で決断したのである。

なぜ、ブディ氏は大統領に対して強気だったのか。彼は「ジョコウィ氏の大統領選挙不正の証拠を出せる」と脅しとも取れる発言さえしている。実は 、ブディ氏はPDIPのメガワティ党首が副大統領(1999~2001年)・大統領(2001~2004年)だったときの護衛官だったのである。メガワティ党首の信頼が厚いブディ氏からは、一般党員にすぎないジョコウィ大統領を見下す様子さえうかがえる。

過去に次のような事件があった。 1999年総選挙で第一党となったPDIPのメガワティ党首は、国民協議会による大統領選出で民族覚醒党(PKB)のアブドゥラフマン・ワヒド(グス・ドゥル)党首に敗れ、副大統領に甘んじた。グス・ドゥル大統領は、東ジャワ州での紛争対応に問題があったとして、当時のビマントロ国家警察長官を解任したが、ビマントロ氏はそれを拒否し、警察が内部分裂した。その後、警察、軍、国会に背を向けられたグス・ドゥル大統領が解任され、メガワティ副大統領が念願の大統領に就任、ビマントロ氏は国家警察長官の任を継続した。

ブディ氏は当時、メガワティ大統領の護衛官としてその動きの中にいた。ちなみに、ユドヨノ前大統領が任命し、ジョコウィ大統領が任期途中で更迭したスタルマン前国家警察長官は当時、グス・ドゥル大統領の護衛官だった。メガワティ歴史劇場はまだ進行中なのである。

【インドネシア政経ウォッチ】第79回 闘争民主党と「空気」を読む政治(2014年3月20日)

3月14日、闘争民主党のメガワティ党首は、ジャカルタ首都特別州のジョコ・ウィドド(通称・ジョコウィ)州知事を同党の大統領候補と正式に決定し、ジョコウィもそれを受諾した。ジョコウィの出馬表明で、4月9日投票の総選挙(議会議員選挙)と7月9日投票の大統領選挙が一気に動き始めた。

過去に大統領を務め、前回も前々回も大統領選挙に出馬したメガワティ党首は、今回も出馬に固執しているという見方もあった。なぜなら、闘争民主党はメガワティの父であるスカルノ初代大統領の政治思想を継承し、今回の大統領候補決定を含め、メガワティがすべてを決める「メガワティの党」だからである。当然、ジョコウィを利用して総選挙に勝利し、それを踏まえて自分が出馬、というシナリオもあり得た。

だが、世論調査の結果は、メガワティの当選可能性はジョコウィよりもはるかに低いことを示した。党内にはメガワティを大統領候補、ジョコウィを副大統領候補にする考えもあったが、「ジョコウィを自分の権力欲のために利用した」との批判が巻き起こり、場合によっては、ジョコウィが党を離れる事態も考えられた。ジョコウィ人気を総選挙での闘争民主党の勝利に活用したい。しかし、ジョコウィが副大統領候補では党への支持が集まらない。メガワティは現実的な選択をした。

ちまたでは、「ジョコウィが大統領になる」という「空気」が強まって、面と向かってジョコウィを批判できない雰囲気すら漂い始めている。筆者は、ジョコウィが不出馬の場合の政治的混乱や治安の悪化をむしろ懸念していた。同時に、「空気」を読んだ機会主義者が、これからジョコウィへどんどんすり寄っていく。実際、総選挙を戦う前から、複数の有力政党がジョコウィと組む副大統領候補について言及している。

ジョコウィと組む副大統領候補は誰か、大統領選挙でどのぐらい得票するか、後任のジャカルタ首都特別州知事には華人系のアホック副知事が就くのか、政治の焦点は移り始めている。

【インドネシア政経ウォッチ】第70回 ジョコウィ立候補を阻むものは?(2014年1月16日)

7月の大統領選挙を前に、ジャカルタ首都特別州のジョコ・ウィドド(以下、ジョコウィ)州知事への期待が高まり続けている。彼自身は大統領選挙への立候補について何も発言していないが、現時点で選挙が行われれば、確実に彼が当選する。

有力紙『コンパス』の大統領候補に関する世論調査では、2013年12月時点でのジョコウィの支持率は、前回13年6月の32.5%から43.5%へと大きく上昇した。すでに立候補を表明しているグリンドラ党のプラボウォ党首は15.1%から11.1%へ低下、ゴルカル党のアブリザル・バクリ党首は8.8%から9.2%へ微増、ハヌラ党のウィラント党首が3.3%から6.3%へ上昇しているが、ジョコウィへの支持は圧倒的である。

これに気をよくしているのは、闘争民主党(ジョコウィは同党の一般党員)である。同党は「ジョコウィ・ブーム」を活用し、大統領選挙前の4月の総選挙(議会議員選挙)で第一党となる戦略である。そしてメガワティ党首は、「大統領候補の正式決定は総選挙後」「大統領候補の決定は党首に一任されている」とし、自身の立候補に含みを残している。

もっとも、これは選挙へ向けた政党間の政治的駆け引きの一環とみたほうがよい。実際、大統領候補としてのメガワティの人気は微々たるもので、ジョコウィとは雲泥の差がある。闘争民主党がメガワティを大統領候補、ジョコウィを副大統領候補とすれば、不人気のメガワティの個人的エゴと捉えられ、闘争民主党への支持は急速に冷めるだろう。勝手に膨らむ人気に押され、ジョコウィは大統領選挙に立候補せざるを得なくなったと言ってよい。

では、ジョコウィ立候補を阻むものはあるのか。スキャンダルや汚職疑惑以外に、心配なのはジャカルタの洪水である。抜本的な洪水対策に取り組まざるを得ない状況になれば、「それを放り投げて大統領選挙に出るのは許されない」と他党が騒ぎ立て、真面目なジョコウィは洪水対策に専心するだろう。その意味でも今季の洪水は注目である。

【インドネシア政経ウォッチ】第64回 為政者としてのウィバワの移転(2013年11月21日)

インドネシアの人々はウィバワ(wibawa)という言葉をよく使う。威力あるいは威厳という意味だが、落ち着いた大人の対応ができる人を評する場合にも使う。大統領選挙を前に、為政者としてのウィバワが移り始めたと感じられる出来事が起こっている。

低価格グリーンカー(LCGC)をめぐる議論はそのひとつである。ジャカルタのジョコ・ウィドド(ジョコウィ)州知事は、個人所有のLCGCがジャカルタの渋滞をさらに悪化させることを懸念し、むしろ公共交通機関の整備が先決であると主張した。これに対してユドヨノ大統領は、渋滞の管理責任はジャカルタ特別州政府にあると批判したが、ジョコウィはそれをポジティブに受けとめるとともに、中央からジャカルタへの予算配分にさらなる配慮を求めた。

先週、ユドヨノから「LCGCは個人向けではなく、村落での交通手段を想定し、しかも電気自動車やハイブリッド車だったはず」との発言が飛び出した。もともと、LCGCは個人向けと村落交通手段の2本立てと認識していた産業大臣や日本の自動車メーカー関係者は驚いたが、明らかに、ジョコウィのLCGC批判を念頭に置く言い訳めいた発言である。

他方、ユドヨノが党首を務める民主党は、ジョコウィや彼の所属する闘争民主党への接近を試み始めた。ジョコウィ批判を繰り返した党幹部はユドヨノから叱責(しっせき)され、民主党内に批判を控える雰囲気が現れた。また、11月13日に開催された全国婦人会セミナーで、アニ大統領夫人は、歴代唯一の女性大統領だった闘争民主党のメガワティ党首を褒めたたえた。汚職問題で存亡の危機にある民主党が、生き残りを模索する姿でもある。

ジョコウィ自身は、大統領選挙へ立候補するそぶりをまだ何も見せておらず、山積する首都ジャカルタの問題に集中する姿勢を崩していない。にもかかわらず、世論調査で大統領候補として常に人気トップのジョコウィに対して、大統領であるユドヨノを含めた政治家が気を使っている。ウィバワはユドヨノからジョコウィへ、その空気を人々は読み始めている。