【スラバヤの風-36】海外へ出稼ぎに向かう人々

スラバヤ空港から国際線に乗ると、ほぼ必ずと言っていいほど、出稼ぎへ向かう集団と一緒になることが多い。彼らの多くは若者で、お揃いの制服を着ているのですぐ分かる。

スラバヤからはシンガポール、クアラルンプール、香港、台北などへ直行便が飛んでいるが、そのいずれでも出稼ぎへ向かう人々がいる。今や、それらの国際線の主要乗客となっているかのようである。スラバヤは、東ジャワ州だけでなく、ロンボク島などの西ヌサトゥンガラ州や南スラウェシ州などからの海外出稼ぎ者の経由地ともなっている。

最新データによると、2014年1〜9月の東ジャワ州から海外への出稼ぎ者は3万6547人であり、そのうち、政府公認の正規出稼ぎ者が1万1811人、家事労働などの非正規出稼ぎ者が2万4736人である。出稼ぎ先で多いのはアジア太平洋諸国で2万9486人と大半を占める。ちなみに中東諸国への出稼ぎ者は6119人、欧米諸国は530人、オセアニア諸国は98人である。アジア太平洋諸国への出稼ぎ者はほとんどが非正規であるのに対して、中東諸国は正規・非正規が半々、その他は正規がほとんどである。

一方、同期の出稼ぎ者による東ジャワ州への海外送金額は1兆9318億ルピア(約180億円)に達する。そのうち、アジア太平洋諸国の非正規の出稼ぎ者による海外送金額が1兆1799億ルピアを占める。すなわち、海外送金額のほとんどは、アジア各国で働く家事労働者などからの仕送りであり、国家から見れば、彼らは重要な外貨獲得源になっている。彼らが「外貨の英雄」などと称される所以である。

実は、東ジャワ州を含め、ここ数年、インドネシアから海外への出稼ぎ者数は横ばいないし低下傾向にある。数字のうえからは、好調なインドネシア経済の下で、国内での雇用機会が順調に増えていることが理由のようにみえるが、実際には、マレーシアや中東諸国による非正規出稼ぎ者の受け入れ制限の影響のためである。

出稼ぎ者が農村などから出て行くことを考えると、インドネシアの農村は外部に対して閉じられた空間ではなく、我々の予想以上に外の世界との心理的距離が近い世界とも言える。筆者も農村を訪れた際に、日本に居た経験を持つ人々に出会うことが少なくない。

11月初め、西アフリカのリベリアで7ヵ月間働いて帰国した東ジャワ州出身の出稼ぎ者2人が、エボラ出血熱に感染した疑いで隔離され、入院する事態が起こった。結局、保健省は彼らが陰性であったと発表したが、同時に、海外への出稼ぎを通じて、インドネシアの農村が外部世界からの脅威をも容易に受け入れ得ることが示された。

 

(2014年11月7日執筆)

 

【スラバヤの風-24】出稼ぎ送り出し県からの脱却

中ジャワ州南部のウォノギリ県は、水が乏しく農業にあまり適さない山間部にあり、ジャワ島有数の貧困県と見なされてきた。多くのウォノギリ出身者が、以前から建設労働者や家事労働者として、その後は工場労働者として、ジャカルタなどへ出稼ぎに出ていた。ウォノギリ県の人口は120万人、そのうちの少なくとも2割が出稼ぎ人口である。今でも、ジャカルタとウォノギリとの間にはたくさんの直行バスが運行している。

この貧しい出稼ぎ送り出し県を、今では、毎日のように投資家が訪れている。とくに、韓国系ビジネスマンが熱心に通い詰める。ジャカルタ周辺の賃金高騰の影響で、繊維や縫製などの企業が中ジャワ州南部で工場移転の可能性を探っている。近くのボヨラリ県には、韓国政府の資金で繊維・縫製向けの工業団地の建設が始まっている。ボヨラリ県の2014年最低賃金(月額)は111万6000ルピア、ウォノギリ県のそれはさらに低い95万4000ルピアであり、これが投資家を工場移転に誘う要因となっている。

ウォノギリ県では、今年7月までに合板工場と女性下着工場が操業を開始する。いずれもインドネシア地場企業で、両工場を合わせて4100人の雇用機会が生まれる。このうち、700人がジャカルタでの出稼ぎから戻って就職すると見られる。加えて、韓国系の繊維工場やカバン製造工場がウォノギリ県への立地へ向けた最終段階に入っている。

ウォノギリ県ではダナル・ラフマント県知事が先頭になって動く。前述の女性下着工場の用地買収では、36人の地権者を説得し、わずか2週間で用地買収を成功させた。また、県知事自ら村々をまわり、工場で働く女性労働者の募集さえも行なった。

南海岸に建設されるセメント工場と合わせた港湾整備、複数の工業団地建設計画。出稼ぎ送り出し県からの脱却を熱く語る県知事の姿は、まさに、1970年代の日本の高度成長期、企業誘致にかけた地方の熱気を思い出させる。最貧県のイメージを一新するような変化がウォノギリ県で起こり始めている。

 

(2014年4月25日執筆)

 

【スラバヤの風-21】出稼ぎの民、マドゥラ人

マドゥラ島を出自とするマドゥラ人は、インドネシアではジャワ人、スンダ人、バタック人についで4番目に人口の多い種族集団である。2010年人口センサスによると、国内のマドゥラ人の人口は718万人で、そのうち東ジャワ州に居住する者が644万人である。マドゥラ島にある4県の人口が合計362万人で、そのすべてをマドゥラ人と仮定すれば、マドゥラ人の分布は、マドゥラ人の2人に1人はマドゥラ島外へ出ていることになる。

すなわち、マドゥラ人は出稼ぎの民といってよい。歴史的に見ると、マドゥラ人の出稼ぎのきっかけは17世紀にさかのぼる。当時、ジャワ島を支配するマタラム王国に対して、マドゥラ人の英雄トゥルノジョヨが反乱を起こしたが、オランダ東インド会社をバックにしたマタラム王国に敗北した。その際、トゥルノジョヨに従ったマドゥラ人多数が島から逃げ出し、生計を立てるため、逃亡先で様々な雑業に就いたとされる。もっとも、マドゥラ島自体が農業に不向きな、塩田に頼る貧しい土地だったことも要因として挙げられる。

彼らの就く雑業といえば、たとえば、ジャカルタなどの都市で見かけるサテ(串焼き)屋やソト(実だくさんスープ)屋、住宅地などを歩きまわる移動式屋台(カキリマ)や自転車にインスタント飲料とお湯を乗せた売り子などである。ほかには、マドゥラ人の理髪師のネットワークがあり、西ジャワ州のガルット出身者と並んで知られる。マッサージ業界でも、マドゥラ人のマッサージ師は一大勢力となっている。雑業以外にも、中央政界・財界で活躍するマドゥラ人は少なくない。

スラバヤには、人口の約4分の1に当たる80万人ものマドゥラ人が居住し、とくに市の北部に集中している。様々な雑業のなかでも、とくに目立つのがクズ鉄や古紙などの廃品回収やゴミ収集・分別に従事する者や、市場(パサール)や路上で商品売買をする商人などである。商人については、スラバヤだけでなく、マドゥラ人居住者の多い北東海岸部に加えて、マランなどの内陸部の市場に入ると、そこはマドゥラ語が支配的な世界である。

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スラバヤ市北部のくず鉄・廃品市場。ありとあらゆる廃品が売買されている。ここもマドゥラ人が牛耳っている。

このように、マドゥラ人は東ジャワ経済にとって不可欠な存在である。温厚で感情を露わにしないジャワ人とは対照的に、より敬虔なイスラム教徒であるマドゥラ人は、感情をストレートに表現することで知られる。出稼ぎの民・マドゥラ人は、そのバイタリティを発揮しながら、東ジャワやスラバヤ、インドネシアにおける経済の基底を支えている。

 

(2014年3月14日執筆)

 

 

【インドネシア政経ウォッチ】第52回 出稼ぎ労働者が地域経済を支える(2013年8月29日)

8月18~19日、インドネシア外務省の肝いりで、ジャカルタで第2回海外在住インドネシア人会議が開催された。現在、海外在住のインドネシア国籍保持者およびインドネシア系外国籍保持者は、26カ国に約2,000万人いるとみられるが、政府が公式に把握しているのは約800万人にとどまる。その中には、約200万人の出稼ぎ労働者が含まれるが、インドネシア経営者協会(Apindo)によれば、実際には700万~800万人とみられる。

インドネシア人出稼ぎ労働者は、サウジアラビア、カタールなどの中東諸国だけでなく、シンガポール、マレーシア、台湾、香港、韓国などのアジア諸国にも在住し、主に男性は建設現場や工場での単純労働、女性は家事・看護・介護労働に従事している。近年、格安航空網の発達で彼らの移動はスムーズになり、どこへ行っても、彼らと出会うことが多い。

毎年6%台の経済成長が続き、雇用機会も拡大しているインドネシアにおいて、海外へまだ多数が出稼ぎに行く現状は、根強い地方の貧困層の存在や彼らを吸収しえない国内労働市場の構造問題を示唆する。実際、彼らが帰国した後の就業や起業は難しく、政府もようやくその支援に乗り出し始めた。また、海外出稼ぎ労働者の技能・熟練度を高め、労働力の質を上げなければ、2015年の東南アジア諸国連合(ASEAN)自由市場化を控えて、インドネシアは単純労働力の送り出し国にとどまったままになる、という危機意識も政府内にある。

しかし、その一方で、彼らがインドネシア国内へ送る海外送金は、インドネシアにとっての貴重な外貨収入であり、その額は2013年上半期に37億1,600万米ドル(約3,610億円)と推計される。とくにレバラン(イスラム教の断食明け大祭)前には送金額が急増し、彼らの郷里の地域経済はその恩恵を受けることになり、しばしば「外貨獲得の英雄」と持ち上げられる。また、彼らの海外送金は、今の厳しい国際収支の状況を若干なりとも緩和してくれる。

きらびやかな首都ジャカルタの発展の陰で、「英雄」たちの海外送金は、地域経済を支えている。

 

http://news.nna.jp/cgi-bin/asia/asia_kijidsp.cgi?id=20130829idr019A

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