【インドネシア政経ウォッチ】第50回 ジョコウィは「現場」を作らせない(2013年 8月 15日)

ジャカルタ特別州のジョコ・ウィドド知事(通称・ジョコウィ)は、頻繁に現場訪問へ出かける。しかし、どこへ行くかは直前になっても一部の関係者にしか知らされない。メディア関係者が追っかけをしても、現場へ着く前に振り切られてしまう。

通常、地方政府のトップが現場訪問するとなれば、訪問される現場では周到な準備を行う。しかも、多くの場合、トップは部下を何人も引き連れてくる。現場としては、トップから何らかの見返りを期待するので、トップが立腹しないように細心の注意を払う。食事や飲み物を用意するだけではなく、お土産の準備や、対話する住民の選定と発言内容までチェックする。

しかし、ジョコウィの現場視察ではそれが通用しないのである。ジョコウィは何の準備もできていない現場にやって来る。言い換えれば、部下に「現場」を作らせないのである。実はこれまで、政治家が語る「現場」のほとんどは、作られたものであった。そこで語られる住民の声は、すでにチェック済みのものであった。スハルト政権が崩壊して民主化の時代になっても、「現場」を作ることは続いていた。ジョコウィはこうした現状をいとも簡単に壊しているのである。

ジョコウィの頻繁な現場訪問は予算の無駄遣い、という批判がある。しかし、おカネがかかるのは、ジョコウィの乗る公用車のガソリン代よりも、むしろ「現場」を作る費用ではないのか。「現場」を作る側は、そこから汚職まがいの利益を得てはいなかったか。

ジャカルタ市内のタナアバン市場前は路上営業者で埋まり、深刻な交通渋滞となっていたが、ジョコウィはこの問題をわずか数カ月で改善させた。それは、作られた「現場」を前提とせず、本物の現場を把握したからこそである。

上司の心証を良くするために気に入られるような「現場」を作る。このインドネシアに根強い文化を変えていけるのか。日本でも稀なタイプの一政治家が、それへ果敢に挑み始めている。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第47回 軍にクーデターの伝統はない?(2013年 7月 18日)

7月3日、エジプトで軍の絡む政権交代劇が起こった。合法的な選挙で選ばれたモルシ大統領が政権の座を追われ、軍主導の新政権が発足した。一部報道では「軍によるクーデター」とされるが、日米とも「クーデター」という言葉を注意深く避けている。

このエジプト政変に対して、7月4日、インドネシアのユドヨノ大統領がいち早くツイッターでつぶやいた。ユドヨノは「エジプトにおける軍の役割はインドネシアのそれと同じく、民主化を支持するということだ」「民主化への移行期には軍の役割が決定的に重要であるとオバマ米国大統領に語った」「劇的な政治変化を経験した民族は和解を進めなければならない。反対勢力を一掃すべきではない」などとつぶやき、今回のエジプト政変では民主化を進めるために軍が動いたと肯定し、国民和解への期待を示した。

しかし、インドネシアの民主化運動家やイスラム指導者などは、軍による事実上のクーデターとみなし、民主主義を否定する動きとしてエジプト新政権樹立を批判的にとらえた。ユドヨノ大統領のつぶやきは、あたかも民主化のためならば軍事クーデターを肯定するかのようにインドネシア社会で受け止められる可能性が出ていた。

こうした空気を察知したのか、7月8日、ムルドコ陸軍参謀長は「インドネシア陸軍にクーデターの伝統はない」「合法政権をクーデターのような非合法な手段で陸軍が覆すことはない」と発言した。実際、退役軍人の一部にはユドヨノ大統領への強い不満があり、彼らが軍と結んで政権打倒へ動くことをユドヨノ周辺が恐れる様子もあったのである。

果たして、インドネシアの軍にはクーデターの伝統が本当にないのか。この国には、1965年9月30日事件やアブドゥルラフマン・ワヒド政権末期など、軍が政権交代に関わった歴史があるが、軍のクーデターとはみなされていない。民主化で政治に口出しすることのなくなった軍だが、本当に民主化を進める役割を果たすのだろうか。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第21回 2013年は選挙の年(2013年 1月 10日)

インドネシアの各都市は、無数の花火の打ち上げとともに新年を迎えた。花火を見に来るだけでなく、自分で買って打ち上げる人も少なくない。人混みの中から打ち上げる様子に恐怖を覚えつつ、庶民が花火の打ち上げに参加する時代になったことに対し、爆竹や花火の使用が厳しく禁止されていたスハルト時代を思い出すと隔世の感がある。民主化されたインドネシアの一面を映す風景といえる。

インドネシアの民主化は、2004年の大統領直接選挙、および地方首長直接選挙の実施で制度上の目的をほぼ達成した。現在は政治家と名のつく人物はすべて国民による選挙の洗礼を受けている。スハルト時代のような大統領による任命議員は1人もいない。しかも全国33州、500以上の県・市で、任期5年の地方首長直接選挙が別々のスケジュールで、選挙運動などで死傷者を出さずに実施されることが当たり前の光景となっているところにも、インドネシア社会の成熟を感じる。

今年は15州で州知事選挙が行われる。今月22日投票の南スラウェシ州を皮切りに、パプア、西ジャワ、北スマトラ、東ヌサトゥンガラ、西ヌサトゥンガラ、バリ、中ジャワ、南スマトラ、東カリマンタン、北マルク、マルク、東ジャワ、リアウ、ランプンと続く。多数の県知事選挙・市長選挙も予定されている。

多くの政党は、一連の地方首長直接選挙を14年の総選挙・大統領直接選挙の前哨戦と位置付けている。現行法では政党を通じないと立候補できないため、政党が立候補者として地方の有力者を探す一方、地方の有力者も立候補に際してどの政党を使うかを算段するという状況が生じている。このため、大政党の立てた候補者が敗れ、マイナーな小政党に担がれた候補が当選することも頻繁に起こる。これらも念頭に置きつつ、今年1年のインドネシア政治の動きを見誤らないようにウオッチしていきたい。

 

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