【インドネシア政経ウォッチ】第110回 検事総長任命の裏側に中国?(2014年11月27日)

ジョコウィ大統領は11月20日、延び延びになっていた検事総長のポストに全国民主党(NasDem)所属のプラスティヨ国会議員を任命した。

「働く内閣」を標榜するジョコウィ政権はプロフェッショナル人材を重用しており、たとえプラスティヨが最高検察庁の検事の経験者でも、政治家を司法のトップに起用したことが批判を招いている。しかも、今回の人選にあたっては、NasDemのスルヤ・パロ党首の意向が強く働いたとみられる。

週刊誌『テンポ』最新号は、今回の検事総長人事とスルヤ・パロのビジネスとの関係を考察する特集を組んだ。同誌は、スルヤ・パロが自身のビジネス上の利害から、人選の遅れている検事総長、投資調整庁(BKPM)長官、国家情報庁(BIN)長官の3ポストに自身の息のかかった人物を送り込もうとしているという見方を示している。

国営石油プルタミナは11月初め、アフリカ・アンゴラの国営石油ソナンゴルから原油を調達すると発表したが、その陰にもスルヤ・パロが存在する。ソナンゴルからの原油は中国ソナンゴル社を経由し、シンガポールのペトラルを通じてプルタミナが輸入する形をとっているが、スルヤ・パロは、中国ソナンゴル社株70%を持つ徐京華(サム・パ)と組んでいる。

二人は2000年にシンガポールで偶然出会った後、協力関係を築いてきた。両者で東ジャワ州のチェプ油田でのエクソン・モービル株を4.5%取得したほか、ジャカルタ首都特別州知事時代のジョコウィにも接触し、大量高速公共交通システム(MRT)事業などにかかる中国からの投資案件を強力にオファーしてきた。

果たして、検事総長などの人事にも、スルヤ・パロらを通じて、中国の意向が反映されているのだろうか。徐は中国のアフリカ進出における中心的な役割を果たし、ジンバブエのムガベ大統領再選など、政界工作も盛んに行った過去がある。欧米が嫌う彼は中国の石油ビジネス輸入を仕切っている。中国が彼を使ってアフリカで行ったことをきちんと学んでおく必要がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第109回 石油燃料価格値上げをさっそく断行(2014年11月20日)

長期の外遊を終えて帰国したジョコウィ大統領は11月17日夜、石油燃料価格値上げを発表し、18日午前0時から新価格が適用された。石油燃料補助金の付くプレミアム・ガソリンが1リットル当たり6,500ルピアから8,500ルピアへ、同じく補助金付きの軽油が5,500ルピアから7,500ルピアへ引き上げられた。

石油燃料補助金の削減、すなわち石油燃料の値上げは、ユドヨノ前政権のときから慎重に準備が進められ、それを受け入れざるを得ないという世論も十分に形成されてきた。ユドヨノ前大統領は自ら決行しなかったが、前政権のお膳立てなしには新政権発足から1カ月も経たぬうちに実行することはできなかった。

用意は周到だった。あらかじめ、燃料値上げで家計が圧迫される貧困層を対象に「福祉家族カード」「健康なインドネシアカード」「頭の良いインドネシアカード」を配布し、医療・教育面での負担を減らすセーフティーネットを張った。物流や公共交通機関への配慮も施されている。ほとんどは前政権によって準備されてきたものであるが、結果的に、「決断力のあるジョコウィ」というイメージづくりに貢献することになった。

振り返ると、ジョコウィの与党・闘争民主党(PDIP)は、ユドヨノ前政権の石油燃料価格値上げ方針に一貫して反対してきた。国際石油市況が軟化しているのになぜ値上げするのか、という批判もある。党内の一部の政治家は今回の値上げにも反対しているが、党としては黙認の姿勢である。ちなみに、ジョコウィと対抗してきたプラボウォは、党首を務めるグリンドラ党とは逆に、今回の値上げを強く支持している。

ジョコウィは同時に、石油燃料に絡む汚職や不正取引を行っているとされる「石油マフィア」の撲滅を目指す特別チームを結成し、この問題に以前から警告を発してきた著名エコノミストのファイサル・バスリ氏をそのトップに起用した。様々な「マフィア」に宣戦布告したジョコウィ政権の本気度がさっそく試されることになる。

【インドネシア政経ウォッチ】第108回 外交デビューは積極的な投資セールス(2014年11月13日)

ジョコウィ大統領の外交デビューは、中国・北京で開催中のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議となった。何よりも、新大統領としての自分を各国首脳に知ってもらうことが最も重要である。

英語が流暢なユドヨノ前大統領とは対照的に、ジョコウィは各国首脳との会談でインドネシア語を使った。彼は英語が大丈夫なのかという不安がよぎったのも束の間、トップ・ビジネスマンが集った最高経営責任者(CEO)サミットの場で、映像や画像を使い、原稿なしの英語でプレゼンテーションを行った。インドネシア語を使ったのは、あくまでも、国家や政府を代表する公式会談では自国語を使うという原則に従ったにすぎなかった。

CEOサミットでのプレゼンテーションで、ジョコウィはインドネシアの今後の発展可能性を示しただけでなく、「インドネシアに投資をするなら今しかない」「チャンスを逃すな」と攻めの姿勢を貫いた。就任して間もないのに、新人として控えめに振る舞うことなく、百戦錬磨のCEOを相手に積極的な投資セールスを行ったのである。

ジョコウィは、インドネシアの全在外公館に対して、インドネシアを売り込むセールスマンの役割を果たし、具体的な成果を出すよう求めている。自ら率先して投資セールスを行い、在外公館が続かざるを得ない雰囲気を作るのがジョコウィ流といえる。

しかし、いくらセールスをしても、肝心の投資許認可手続きが改善されなければ、全く意味がない。もちろん、ジョコウィはそれを重々承知している。彼が大統領に就任後、最初に抜き打ち視察を行ったのが投資調整庁(BKPM)であったことは記憶に新しい。それがあったからこそ、今回、北京での投資セールスが意味を持ってくるのである。

外資企業からはジョコウィ政権のナショナリズム的性格を懸念する声も出ているが、今回の投資セールスはその懸念を払拭しようとするものでもある。ただし、外資ならば何でもよいというわけではない。外資側にも、「インドネシアにとってのメリットは何か」をしっかり説明することが求められてくるだろう。

【インドネシア政経ウォッチ】第107回 スンダ海峡大橋の建設を凍結(2014年11月6日)

ジョコウィ新政権の重要課題の一つは、言うまでもなくインフラ整備である。しかし、インフラ整備への取り組み方については、ユドヨノ前政権とは異なる考えを示し始めた。

10月31日、アンドリノフ・チャニアゴ国家開発計画大臣/国家開発企画庁(バペナス)長官は、ジャワ島とスマトラ島を結ぶスンダ海峡大橋の建設計画を凍結することを明らかにした。その理由として、225兆ルピア(約2兆1,000億円)という膨大な投資額に加え、既存の連絡船舶や港湾整備のほうが喫緊の課題であることを挙げた。

インフラが整っていない東部との地域格差を助長することや、周辺・沿線の不動産価格の高騰により住民に低価格で住宅を提供することが困難になることも問題とみている。スンダ海峡大橋は、海洋利用、人間・コミュニティ開発を優先する新政権の方針にマッチしない、という判断である。

スンダ海峡大橋の建設は、スカルノ時代の1960年から構想されていたが、具体化は2009年にランプン州とバンテン州がプレF/S調査結果を公表してからである。スマトラ南部で豊富な石油ガス・石炭といった天然資源を首都ジャカルタ周辺に供給しやすくし、一大産業開発ベルト地帯をつくることが計画されていた。

当時、半島部のマラッカとスマトラ島のドゥマイとを結ぶマラッカ海峡大橋の構想がマレーシアから出されていた。政府は、スンダ海峡大橋を優先してより早期の建設を推進する方針を打ち出し、ユドヨノ政権では経済開発加速化・拡充マスタープラン(MP3EI)の目玉とした。

その旗振り役を務めたのが南スマトラ州出身のハッタ・ラジャサ経済調整大臣(当時)であり、副大統領候補(後に落選)となったハッタの後任であるハイルル・タンジュン経済調整大臣も、在任中に建設促進のための政府機関づくりを急いだが、結局、実現しなかった。

スンダ海峡大橋計画の凍結は、インフラ問題解決を最優先するという新政権の意向が如実に示されたものである。MP3EIも見直される見込みで、中進国入りを視野に入れた中長期のインフラ整備計画がしっかり立てられるのかどうか、気になるところである。

【インドネシア政経ウォッチ】第106回 新内閣が発足、工業化戦略に不安(2014年10月30日)

10月26日、ジョコウィ新政権の閣僚名簿が発表された。「働く内閣」と命名された新内閣の閣僚34人のうち、19人が政党無所属の専門家、15人が政党所属という構成で、過去の閣僚経験者はわずか3人というフレッシュな陣容となった。宗教別や地域出身別にも配慮がなされ、女性閣僚数8人は過去最多である。

閣僚名簿の発表は何度か延期された。閣僚候補の過去の汚職疑惑履歴を汚職撲滅委員会(KPK)が精査し、8人が問題ありとされ、差し替えに時間がかかったためである。問題となった8人が誰かは明らかにされていないが、事前に有力だった閣僚候補の何人かはここでふるい落とされた。KPKの事前精査は今回が初めてである。

新内閣では、国家官房と国家開発企画庁(バペナス)が、調整4大臣が束ねる各省の枠外に出た。実際の開発政策においては、バペナスが開発計画全体の立案と調整を担当し、それに基づいて各省庁が計画を実施するという形になる。今後の開発の方向性を明確にしていくうえで、バペナスの計画立案能力が大きなカギを握ることになる。

新政権の重点部門とされるのは、農業と海洋である。それに比べると、工業に対する関心はあまり高くない印象を受ける。農業大臣に農薬製造を中心に成長した企業グループのアムラン・スライマン最高経営責任者(CEO)が就いたのに対し、産業大臣は東ヌサトゥンガラ州出身のハヌラ党のサレ・フシン国会議員である。過去に産業大臣候補として何度か名前の挙がった実業家のラフマット・ゴーベル氏は貿易相に就いた。当初、産業省と貿易省は商工省として統合が構想されたが、実現しなかった。

中進国を目指すインドネシアにとって、過去10年以上の製造業部門の後退を克服するためにも、新たな工業化戦略が必要とされているはずだが、今回の組閣からはその意向が読み取れなかった。ミクロ志向の強い新政権のなかで、今後の国家開発の方向性を示すマクロ面が疎かにならないためには、バペナスの役割に期待するほかはない。

【インドネシア政経ウォッチ】第105回 ユドヨノの10年を振り返る(2014年10月23日)

10月20日、ジョコウィ新大統領とユスフ・カラ新副大統領が正式に就任した。大統領選挙で敗北し、リベンジに燃えていたプラボウォも就任式に出席し、新政権への賛意を示した。プラボウォとともに動いたゴルカル党のアブリザル・バクリ党首も、新政権に協力する姿勢を示し、まずは丸く収まる形で新政権がスタートできた。

来る者がいれば去る者もいる。2期10年にわたって政権を担当してきたユドヨノ前大統領は、インドネシアでは初めて円満な政権交代を果たした大統領となった。大統領官邸での新旧交代式は、去る者から来る者への期待、来る者から去る者への感謝が現れた温かいものだった。今後、これが政権交代の新しい伝統となることが期待される。

ユドヨノの10年は、インドネシアが民主国家として経済発展を進めていく基礎の固まった時期であった。権力者の一存で物事を決めず、誰もが法規を順守し、時間がかかっても所定の手続きを経ることを定着させた。テロや暴動を抑え、安心して経済活動のできる環境が整えられた。そして、一国の利益を追求するだけでなく、国際貢献をも果たそうとし始めた。人間に例えれば、10年で大人の仲間入りを果たしたともいえようか。

「なかなか決められない」というのがユドヨノに対する批判であった。しかし、もしかすると、聡明なユドヨノは熟考に熟考を重ねていたのかもしれないし、自分はこうしたいと思っていてもじっと待っていたのかもしれない。民主国家としての基礎の定着には、寛容や忍耐、「待つ」という時間もある程度必要だった。

改革派軍人だったユドヨノは、スハルト政権崩壊後、自らが新しい民主国家づくりに参画する意志をもって、2001年に民主党という政党を設立し、それを「乗り物」として大統領に就いた。彼自身には大統領の任期10年を全うしたという感慨があるだろう。しかし、10年経っても、自分を大統領へと導いた民主党が自立できなかったことが心残りのはずである。

【インドネシア政経ウォッチ】第104回 ジョコウィと議会幹部との面会(2014年10月16日)

インドネシアでは、間もなく新政権が発足するにもかかわらず、ルピア安、株安のダブル安が進行中である。市場が最も懸念しているのは、新政権の安定性である。

すなわち、大統領選挙で敗北したプラボウォ=ハッタ陣営の政党が結集した紅白連合が、地方首長選挙法成立に伴う議会による首長選出という間接選挙への変更、国会(DPR)の新正副議長ポスト、そして正副大統領就任を承認する国民協議会(MPR)の新正副議長ポストを占め、ジョコウィ=カラ新政権の政策運営を妨げる可能性が出ているためである。

実際、紅白連合に属するゴルカル党のアブリザル・バクリ党首は、130以上の現行法を国会で改正する意向を示したほか、プラボウォの弟である実業家のハシム氏は、新政権の政策運営を妨害するとも取れる発言をして物議を醸した。なかには、正副大統領就任に抗議して、紅白連合所属議員がMPRをボイコットするのではないかとの噂さえ流れた。

このため、ジョコウィはMPR・DPR議長らと非公式に会合を持ち、正副大統領就任を予定通り行うことに加えて、大統領側と議会側幹部とが毎月コンタクトを取り、両者間のコミュニケーションを図ることを確認した。

ルピア下落に加えて、貿易赤字の拡大、食料輸入の増加、インフラ整備の遅延、年間200万人の失業者への雇用機会創出、貧富の格差拡大、石油燃料補助金の削減など、深刻な経済課題はすべて新政権へ持ち越される。これらの課題を忘れて、大統領選挙のリベンジや汚職摘発逃れなどの政治ゲームに時間を費やす余裕は、今のインドネシアにはない。市場関係者は、新政権の経済閣僚が誰になるのかを注目している。

ジョコウィは、新政権で政党出身の閣僚には政党要職の兼務を禁止すると繰り返してきた。ジョコウィ=カラ新政権はプロフェッショナル人材を登用することを基本としている。ジョコウィと議会幹部との会合は、ジョコウィ自身が自らの政党色を薄めて、議会における政党間の対立の枠の外に身を置き始めたものと見られる。

【インドネシア政経ウォッチ】第103回 宗教をめぐる新たな動き(2014年10月9日)

ジョコウィ次期大統領がジャカルタ特別州知事を辞任し、規定に従って同州のアホック副州知事が州知事に昇格する。しかし、イスラム擁護戦線(FPI)などイスラム強硬派の一部が、アホックの昇格に反対するデモを繰り返している。彼のこれまでの言動が過激で思慮を欠くということのほか、華人でキリスト教徒ということを反対の理由としている。

先のジャカルタ特別州知事選の際にも、FPIなどはジョコウィと組んだアホックに対して同様の批判を行ったが、選挙結果を左右することはなかった。アホック自身、かつて9割以上の住民がイスラム教徒であるバンカブリトゥン州東ブリトゥン県知事を務め、在任中に多数のモスクを建設したことで大きな支持を得ていた。

しかし、FPIなどの行動には一貫性がない。FPIはアホックを批判する一方で、新たに選出されたゴルカル党のスティヤ・ノバント国会議長(キリスト教徒)はむしろ歓迎している。イスラム教を建前にしているが、ただ単に「アホックが嫌いだ」という感情的な理由で動いていることの証左である。FPIなどがアホックを批判するのは、彼が地方首長選挙法に反対して、所属していたグリンドラ党を離党したことも関係があるはずである。

アホックは「身分証明証の宗教欄をなくすべき」とも主張し、それを支持する知識人らも現れた。ジョコウィ新政権構想でも、一時、宗教省を廃止する案が有力視されたが、時期尚早として見送られた。宗教欄や宗教省の廃止論の背景には、宗教の政治利用だけでなく、アフマディヤなどイスラム教少数派への多数派からの迫害を防ぐ意味がある。

他方、政府内には、宗教の定義自体を緩めようという見直し論も出ている。宗教省は、規定の6宗教以外の地方宗教についても、信仰ではなく宗教として認める可能性を探るため、実態調査を開始する。「唯一神信仰」という建国五原則(パンチャシラ)の第一原則との食い違いの問題はあり得るが、注目すべき動きである。

【インドネシア政経ウォッチ】第102回 ユドヨノは民主主義の破壊者?(2014年10月2日)

懸念されていた事態が起こった。9月26日午前1時半ごろ、国会は賛成226、反対135で地方首長選挙法案を可決した。これで10年前から続いてきた地方首長直接選挙は廃止され、その前の形式、すなわち、地方議会が地方首長を選ぶ間接選挙へ戻ることになった。

賛成したのは前の大統領選挙で敗北したプラボウォ=ハッタ組を支持した政党、反対したのは勝利したジョコウィ=カラ組支持の政党である。しかし法案可決の主役は、中立を装った民主党だった。民主党は、10条件付きで直接選挙という案を示し、闘争民主党などジョコウィ=カラ組が土壇場でそれを飲んだ。ところが、国会議長が民主党案を認めなかったという理由で、民主党は議場から退場した。これが法案可決の決め手になった。

民主党の退場を歓迎したプラボウォ=ハッタ組からは、「当初のシナリオ通り」という声も聞こえた。元々、プラボウォ=ハッタ組は、大統領選挙に勝利した場合、民主党へ重要ポストを約束していた。今回、退場を先導したヌルハヤティ民主党会派代表には、次期国会での副議長ポストがほのめかされていた。

最後の外遊中のユドヨノ大統領は、自らが党首を務める民主党の行動に驚きを見せた。ユドヨノは「10条件付きで直接選挙」を堅持し、必ず投票するように民主党へ指示していたからである。すぐに、地方首長選挙法の違憲審査を党として憲法裁判所へ申請すると息巻き、打開策を検討し始めた。

しかし、間接選挙を中身とする法案を提出したのはユドヨノ政権で、国会で法案成立を見届けたガマワン内相はユドヨノの代理となる。つまり、ユドヨノが地方首長選挙法に反対するのは矛盾である。国民には、ユドヨノが自分を悪者にしないための演技としか映っていない。

皮肉なことに、京都で立命館大学から「インドネシアの民主化に貢献した」として名誉博士号を授与されたユドヨノは、帰国後ただちに、「民主主義の破壊者」との痛烈な批判に迎えられたのであった。

【インドネシア政経ウォッチ】第101回 ジャワ島の水田が消えてゆく(2014年9月25日)

好況で投資ブームに沸くインドネシアは、人口ボーナスも続き、中長期的な成長可能性が大きいが、実はその陰で深刻な問題が露呈している。コメの供給問題である。

インドネシア人の主食は今、9割以上がコメである。1950年代頃は主食に占めるコメの比率が5割程度で、キャッサバ、トウモロコシ、サゴヤシでんぷん、イモなども主食の一角を占めていた。ところが、70年代のいわゆる「緑の革命」でコメの高収量品種が導入されて生産が急増したため、主食のコメへの転換が進んだ。その結果、インドネシアの食糧政策の基本はコメの自給・供給確保となった。

しかし、そのコメを作る水田面積が減り続けている。9月21日付コンパス紙によると、2006年から13年の7年間、毎年約4万7,000ヘクタールが新田開発された一方で、毎年約10万ヘクタール以上が、宅地や工業用地など水田から他目的の用地へ転換された。

中央統計局によると、水田面積は02年に1,150万ヘクタールだったのが、10年後の2012年には808万ヘクタールへと減少した。とくにジャワ島では561万ヘクタールから344万ヘクタールに減少し、過去10年間の全国の水田減少面積の63.4%を占めた。米作の中心地であるジャワ島の水田面積の減少は今後も進行していくものとみられる。

水田面積の減少にもかかわらず、コメの生産量は、02年の5,140万トンから12年には6,874万トンへ増加した。コメの土地生産性は大きく上昇し、今やタイを上回るという。しかし、農家世帯あたりの水田面積は、タイの3.5ヘクタールに対して、インドネシアは0.3ヘクタールに過ぎない。

若者はどんどん農村を離れ、農業の後継者不足が深刻化している。少額とはいえ土地建物税が課され、収益の少ない水田を、農家が売ろうとすることを抑えることは難しい。

政府には、コメ生産向けの肥料補助金の効果的利用や農家子弟の教育のための奨学金を増やすなどの考えがあるが、コメ生産の零細性を変える抜本的な農地改革に取り組めるかどうかが注目される。

【インドネシア政経ウォッチ】第100回 地方首長選挙法案とプラボウォのリベンジ(2014年9月18日)

国会で審議中の地方首長選挙法案をめぐって、大きな議論が巻き起こっている。同法案では、地方首長選挙を国民が一票を投じる直接選挙から、地方議会が選出する間接選挙へ変更する案が有力である。直接選挙は資金がかかりすぎて非効率であり、汚職撲滅も予想ほど進まなかったことが背景にある。

問題なのは、議論の中身だけではない。間接選挙への変更を支持する国会6会派は、いずれも大統領選挙で敗れたプラボウォ=ハッタ組の「紅白連合」に属する。

憲法裁判所に不服申し立てを却下され、大統領選挙での敗北を認めさせられた「紅白連合」に所属する政党は、新国会および新地方議会では多数派を占める。新国会・新政権発足前の現国会会期中に地方首長選挙法案を通せば、全国のほぼすべての議会で「紅白連合」は自らに都合の良い地方首長を選ぶことが可能となる。

すなわち、ジョコウィ=カラ政権は、プラボウォの息のかかった全国の地方首長・地方議会と対峙(たいじ)することになり、政権運営が不安定になる。新政権に揺さぶりをかけ、あわよくば任期途中で政権を崩壊させて大統領選挙に持ち込み、そこでプラボウォが再起を期す。いや、国会で大統領直接選挙をも間接選挙へ変更させてしまうかもしれない。これらの変更は行き過ぎたリベラリズムのイデオロギー的修正だ、という声さえ聞こえてくる。

まさに、プラボウォのリベンジである。そしてこれは時間の勝負となる。つまり、政策やイデオロギーとは関係ない「紅白連合」をプラボウォの政治母体として維持させるには、新政権発足前に法案を決着させなければならない。しかし、時間が延びると、ジョコウィ政権側へなびく政党が続出して、プラボウォのリベンジ・シナリオは崩壊する。

たしかに、インドネシア民主化の到達点ともいえる地方首長直接選挙には、まだ改善の余地がある。しかし、今の動きは国民不在の政治ゲームに過ぎない。国民はプラボウォの悪あがきに対して、とっくに愛想を尽かしている。

【インドネシア政経ウォッチ】第99回 カキリマの合法化(2014年9月11日)

ジャカルタ首都特別州は、カキリマと呼ばれる移動式屋台や露店の合法化を開始した。カキリマとは5本足という意味で、移動式屋台にある2つの車輪、営業場所で屋台を固定する支え棒、それに人間の足2本、の5本の「足」があることから「カキリマ」と呼ばれる。カキリマは、都市雑業層、いわゆるインフォーマル・セクターを象徴する存在である。

州政府は、カキリマに対して事業内容票の作成、州営バンクDKIへの預金口座開設、デビットカード機能付きの会員証の作成を求め、それを満たせば、カキリマを正式の商業活動として認めることとした。カキリマはこれまで1日5,000ルピア(約45円)の場所代をクルラハン(地区)治安秩序員へ現金で支払ってきたが、今後それは、州利用者負担金(retribusi)として、デビットカードによる自動引き落としの形で支払うことになった。

インフォーマル・セクターに属するカキリマは、正式の営業許可も場所の使用許可もなしに活動し、それが故にいつでも警察の取り締まりの対象になるという恐怖感を持つとともに、警察に対抗して彼らを守る「ならず者集団」(プレマン)に金を払ってでも従属せざるを得ない、という弱い立場にあった。参入障壁の低いカキリマは、こうしてなかなか近代的な商業活動へ育つことが難しかった。

そこへ行政が介入した。州政府がカキリマを強制排除せず、フォーマル・セクターへ導く役目を果たし始めた。カキリマの営業上の権利を守る一方、そのために必要な義務を果たすよう求めている。たとえば、先の条件が満たせなければ、カキリマの営業は認められない。また、歩道や公園でのカキリマの営業は認めない方向で、シンガポールのように特定の場所へカキリマを移転させていくことが予想される。

これは、ジョコウィ=アホックのコンビが率いるジャカルタ首都特別州で起こっている変化の一コマである。果たして、ジョコウィ次期大統領の下で、こうした変化が全国各地で見られるようになるのだろうか。

【インドネシア政経ウォッチ】第98回 難しいカカオの品質向上(2014年9月4日)

インドネシアがコートジボアールに次ぐ世界第2位のカカオ生産国であることは、日本であまり知られていない。インドネシアのカカオは、その多くが未発酵カカオであり、チョコレート原材料としてこれまで重視されてこなかった。実際、インドネシア製のチョコレートでも、香りを出すためにガーナ産の発酵カカオを3割ほど混ぜている。

なぜ未発酵カカオが主なのか。それは、発酵カカオと未発酵カカオとの買付価格にほとんど差がないためである。カカオを発酵させるには7~10日間かかる。しかし価格差がなければ、農民は未発酵のまま売って早く現金を手にしたい。

ビスケットやパンなどに使われる低級チョコや、化粧品などに使われるカカオ油脂は、発酵カカオでも未発酵カカオでも中身に変わりはない。このため、カカオの輸出業者がチョコレート用以外の用途に使うカカオを手早く安定的に調達するため、発酵カカオと未発酵カカオを区別しなかったものとみられる。

ただ、2010年からカカオ豆に輸出税がかけられたことを契機に、この状況に変化が現れた。カカオバターやカカオパウダーなどを製造するカカオ加工工場の建設が進められ、カカオ豆の流れが輸出業者から加工工場へと変化したのである。10年のカカオ輸出は約45万トン、工場向けは約15万トンだったが、12年には前者が約16万トン、後者が約31万トンに逆転した。加工工場が未発酵カカオと発酵カカオとの価格差を1キログラム当たり約2,000ルピア(約18円)としたことで、品質向上への期待も高まった。

現在のカカオの国際市況は過去最高に近い状況で、輸出商の買取価格は3万8,000ルピアに達している。他方、加工工場は稼働に必要な需要を満たすため、輸入のほか、たとえ未発酵カカオでも買取価格にプレミアムを付け、輸出商の買取価格よりも高く提示する。このため、農家レベルではやはり未発酵カカオを選好する傾向が改まらない。インドネシアのカカオは、再び、品質向上の契機を失ってしまうのだろうか。

【インドネシア政経ウォッチ】第97回 憲法裁判断にみる民主主義の成熟(2014年8月28日)

8月21日、憲法裁判所は裁判官全員一致で、プラボウォ=ハッタ組から出された大統領選挙に対するすべての不服申し立てを棄却した。これにより、7月22日に総選挙委員会が発表した大統領選挙でのジョコウィ=カラ組の勝利が確定し、正式に次期正副大統領となった。プラボウォ=ハッタ組も憲法裁判所の判断を受け入れた。

プラボウォ=ハッタ組は当初、「証拠書類をトラック10台分用意する」などと豪語していたが、実際の証拠書類はトラック5台分に過ぎず、かつ証拠として不備が多かった。証人の多くも事実に基づかない証言に終始し、裁判官が思わず失笑する場面さえあった。これに対し、訴えられた側の総選挙委員会はトラック21台分の証拠書類を用意し、必要に応じて密封された投票箱を開封するなどの対応を行った。

プラボウォ=ハッタ組は、連日、憲法裁判所前へ支持者の動員をかけた。動員されたのは、イスラム擁護戦線(FPI)、パンチャシラ青年組織(Pemuda Pancasila)、パンチャマルガ青年組織(Pemuda Panca Marga)などの暴力沙汰をよく引き起こす団体。金属労連などの労働組合組織も加わった。

しかし、彼らの抗議デモは、4,000人の警察官による催涙ガスや放水などによって抑えこまれた。ジャカルタ市内には「暴動が起こるのではないか」という噂が強く流れたが、一部で交通渋滞が発生したほかは、平穏に終わった。

暴力集団の動員や暴動の噂による威圧は、結果的には、憲法裁判所の判断に何の影響も与えなかった。もともと、プラボウォ=ハッタ組による不服申し立ての稚拙な内容からして、大統領選挙結果が覆る可能性はほとんどなかった。

しかし、憲法裁判所はこの不服申し立てを決してないがしろにせず、手続きに従って丁寧に対応した。国民の多くは、大統領選挙後のプラボウォの態度に大きく失望したが、不服申し立て自体は制度上認められた権利であるとし、静かに見守った。そこに見られたのは、インドネシアにおける民主主義の成熟であった。

【インドネシア政経ウォッチ】第96回 来年度国家予算案は大幅見直しか(2014年8月21日)

8月15日、ユドヨノ大統領の最後の独立記念日演説があった。2期10年の成果、とくに民主化システムの定着を自賛する内容で、演説は大きな拍手を持って終わった。

同時に、2015年度国家予算案が提示された。予算規模は、国家歳入総額が1,762兆3,000億ルピア(14年補正予算比7.8%増)、国家歳出総額2,019兆9,000億ルピア(同7.6%増)と引き続き赤字予算で、これを国債等で埋める。財政赤字の対GDP比率は2.32%に抑える。

予算案の算出根拠となる15年の想定経済指標は、GDP成長率が5.6%、インフレ率が4.4%、3カ月物政府証書利率が6.2%、為替相場が1米ドル=11,900ルピア、インドネシア原油価格が1バレル当たり105米ドル、原油生産量が日量84万5,000バレル、ガス生産量が原油換算で日量124万8,000バレル、となっている。

予算案の最大の焦点は、補助金削減ができるかどうかにある。予算案では、電力向け補助金は14年補正予算比30.3%減と大幅にカットする一方、石油燃料向けは同18.1%増、非エネルギー向けは32.8%増と大きく増加させた。こうして、補助金全体で国家歳出と同じ伸びに抑え、何としてでも補助金が突出しないように留意した様子がうかがえる。

さっそく、ジョコウィ次期大統領と次期政権移行チームがこの予算案にかみついた。これでもまだ補助金削減の努力が足りない、という批判である。さらに、この予算案には、ジョコウィ側の意見や考えは反映されていない。プラボウォ側が憲法裁判所に異議申し立てをして係争中で、大統領選挙結果が21日まで確定していないためである。

ジョコウィ側は、この予算案のままでは自らの政策実施の自由度が相当に縛られると意識しており、補助金削減だけでなく、その他の予算でも無駄を省く大幅な見直しを行いたい意向である。現政権も次期大統領側と話し合って予算案を変更するとしているが、時間的に間に合うかどうかがカギとなる。

当然、各省庁が予算削減に強く抵抗するのは間違いない。ジョコウィと既存官僚組織との戦いは既に始まってい

【インドネシア政経ウォッチ】第95回 プラボウォの大統領職への執念(2014年8月14日)

7月22日に総選挙委員会(KPU)が大統領選挙でのジョコウィ=カラ組の勝利を確定する少し前に、プラボウォ=ハッタ組は、大統領選挙が不正まみれだったとして、選挙プロセスからの離脱を宣言した。プラボウォ=ハッタ組は敗北を認めないだけでなく、KPUが組織ぐるみで不正選挙を行ったと訴えたのである。

当初、大統領選挙結果への不服申し立てを行わないとしていたプラボウォ=ハッタ組ではあったが、そのままでは自らの正当性を確立できないため、結局は7月26日に憲法裁判所へ訴え出た。

不服申し立てに関する憲法裁判所での審議は8月6日に開始。プラボウォ=ハッタ組は、書類の提出や証人の出廷により不正を証明しようとしたが、KPUやジョコウィ=カラ組から反論されたり、憲法裁判所から再度にわたって事実に基づく証言を求められたりした。プラボウォ=ハッタ組は、憲法裁判所前に支持者の動員をかけるなどして圧力をかけたが、審議自体への影響力は乏しかった。

現実的にみて、プラボウォ=ハッタ組が憲法裁判所で勝てる見込みはない。今の構図からすると、不服申し立てが認められなければ、KPUと同様、憲法裁判所を批判の矛先とする可能性もあり得る。どこかでプラボウォ=ハッタ組が矛を収められる落とし所を探らなければならないのだが、その筋書きがまだはっきりと見えていない。

それにしても、大統領職へのプラボウォ元陸軍戦略予備軍司令官の執念は並大抵ではない。軍の後輩で、1998年の活動家拉致事件などをめぐり、プラボウォの軍籍離脱を求めた将校の一人であるユドヨノ氏が、民主党を設立して先に大統領となった。それを見ながら自分もグリンドラ党を設立し、大統領を目指した。

プラボウォは、スハルト時代以来の自身に対する悪名や誹謗を一掃するには、自ら大統領になるしかないとの一心で政治人生を突っ走ってきたのだと想像する。「政治家としては未熟だ」と公言する彼は今、その政治人生の墓穴を未熟のまま掘り続けている。

【インドネシア政経ウォッチ】第94回 民主主義は守られた(2014年7月24日)

インドネシア総選挙委員会(KPU)は7月22日、大統領選挙の開票確定結果を発表し、ジョコウィ=カラ組が7,099万7,833票で当選した。ここでの得票率53.15%は、7月9日の投票後に出された8社のクイックカウント結果とほぼ同じで、真偽の疑われたクイックカウントの信頼性が再確認された。

大統領選挙では、誹謗・中傷のネガティブキャンペーンもさることながら、投票集計表などの原データ自体を改ざん・捏造しようとする動きが執拗に見られた。それを防ぐため、KPUは全国に54万6,278カ所ある投票所の投票集計表を一つ一つスキャンし、ウェブサイトに掲載するという措置を採った。集計プロセスが信頼されていれば必要のない、日本では見たことのないやり方である。

そして、カワル・プミル(「総選挙を守る」の意味)という名の民間組織を通じて、約700人のボランティアがスキャンされた投票所単位の集計結果を入力し、カワル・プミルのサーバーに集約させた。ボランティアは国内だけでなく国外にも散らばり、カワル・プミルのフェイスブック・ページに登録した者のみがサーバーにアクセスできた。

すなわち、KPUの正式の開票・集計プロセス以外に、カワル・プミルが投票所レベルのデータを基にして独自に集計を行ったのである。これにより、KPUの開票・集計プロセスで原データの改ざん・捏造が起こらないようにチェックし、起こった場合でもどこで起こったかを追跡できる状況を作り出した。

実際、カワル・プミルのサーバーは、ハッカーから激しいサイバー攻撃を受けた。幸いにもサーバーは守られたが、そこまでしてデータの改ざんを画策した勢力がいたのは驚きである。改ざん・捏造されたデータが公式結果となっていたら、選挙だけでなくそれを実施した政府や国家への信頼が失墜したはずである。

カワル・プミルのボランティアたちの活躍でインドネシアの民主主義は守られた、と言ったら言い過ぎだろうか。でも、早くカワル・プミルが不要な状況になってほしいものである。

【インドネシア政経ウォッチ】第93回 プラボウォ陣営の不気味な自信と焦り(2014年7月17日)

大統領選挙は7月9日に投票が行われたが、クイックカウントで調査会社8社がジョコウィ氏、4社がプラボウォ氏の勝利と伝え、両者ともに勝利宣言を行う事態となった。当初から予想された動きではあるが、ユドヨノ大統領は両者を私邸へ呼び、自省を呼び掛けた。

プラボウォの勝利を伝えたクイックカウントの4社には、同陣営の選対幹部ハリー・タヌの所有するテレビ局の関連会社や、かつて南スマトラ州知事選挙でクイックカウントの捏造を行った会社が含まれている。クイックカウント実施会社が共同記者会見を開いた際に、これら4社は欠席した。ジョコウィの勝利を伝えた会社は定評があるが、多くがジョコウィ支持を打ち出していたため、中立性に疑問が呈された。今回の件で、クイックカウントに対する信頼が失われる懸念がある。

7月22日の総選挙委員会(KPU)による公式開票結果の発表へ向けて、両陣営の駆け引きはリアルカウントへと舞台が移った。両陣営とも、それぞれの勝利を正当化する数字を出している。このリアルカウントでKPUの開票プロセスに影響を与えようとしている。

KPUのウェブサイトには、投票所ごとの開票集計結果表がスキャンされて掲示されているが、そのなかに不正の疑いのあるものが発見された。合計が合わない、空白だった百の桁に1などの数字が加えられた、両陣営の証人の署名がない、などの欠陥がある。またマレーシアからの郵送投票の9割がプラボウォ票だったことが問題視されており、公式の集計結果表が偽造・捏造される懸念が高まっている。

国会では議会構成法が改正され、国会議長を総選挙結果の第一党から自動的に選ぶ形から国会議員の投票で選ぶ方法へ変更された。プラボウォ陣営はこれを「プラボウォ当選への布石」と位置づけたため、今回第一党となった闘争民主党が激しく反発している。

まさか「プラボウォ当選」のシナリオ通りに事が進んでしまうのか。不気味な自信を見せるプラボウォ陣営だが、焦りも交じる。

【インドネシア政経ウォッチ】第92回 元憲法裁長官に無期懲役判決(2014年7月10日)

ジャカルタ汚職裁判所は6月30日、地方首長選挙結果の最終判断に絡んで収賄を繰り返してきた元憲法裁判所長官のアキル・モフタル被告に対して、無期懲役の判決を下した。合わせて、100億ルピア(約8,700万円)の罰金を科し、国民としての権利である選挙権・被選挙権を剥奪した。

この判決はもちろん、これまでの汚職裁判での最高刑である。スハルト政権崩壊後の改革(レフォルマシ)の時代のなかで、司法改革の目玉となったのが違憲審査を行う憲法裁判所の新設であり、汚職撲滅委員会とともに国民から高い信頼を受けてきた機関であった。しかし、今回のこの汚職事件により、憲法裁判所への国民の信頼は地に落ちた。アキル被告への無期懲役の判決は、その信頼失墜の責任も負わされたものであった。

地方首長選挙の開票結果に不服がある場合、憲法裁判所に対して不服申立がなされ、憲法裁判所が審査したうえで判断を下す。そこでは、憲法裁判所の判断をチェックする機関はなく、憲法裁判所の判断がそのまま最終結果となる。アキル被告はこれを悪用し、申立者からの収賄を繰り返したのである。

今回の裁判でアキル被告が収賄を行ったと証明されたのは、バンテン州レバック県知事選挙、中カリマンタン州グヌンマス県知事選挙、東南スラウェシ州ブトン県知事選挙、東ジャワ州知事選挙、パプア州の4県知事選挙・1市長選挙など、合計14の地方首長選挙であり、収賄総額は572億8,000万ルピアと50万米ドル(計約5億5,000万円)に達する。

アキル被告は控訴する意向を示した。憲法裁判所は自浄努力を進め、国民の信頼回復に努めているが、本当にアキル被告一人の特殊ケースとして片付けられるのだろうか。

7月9日に大統領選挙の投票が行われた。僅差と言われた一騎打ちの今回、負けたとされた陣営が開票結果への不服申立を憲法裁判所へ持ち込む。その際に、果たして憲法裁判所は公正に判断できるのか。そこで再び贈収賄が行われない保証はどこにもない。

【インドネシア政経ウォッチ】第91回 東ジャワ3自治体で業種別最低賃金導入(2014年7月3日)

東ジャワ州は、メーデー1日前の2014年4月30日付州知事令により、パスルアン県、シドアルジョ県、スラバヤ市の3自治体において、14年業種別最低賃金を設定した。対象となるのは、海外直接投資(FDI)企業、株式公開している国内直接投資(DDI)企業、国営企業である。

業種別最低賃金は、すでに西ジャワ州ブカシ県やカラワン県などで導入されており、業種ごとに、既に定められた最低賃金に一定比率を上乗せする形となっている。

業種別最低賃金は、就業期間が1年未満の労働者に対してのみ適用される。これに伴う就業期間1年以上の労働者の賃金改定は、経営者と労働者・労働組合との間で書面による同意を取り付けて行うこととなっている。

昨年から業種別最低賃金を導入しているパスルアン県では、今年は第1部門26業種において10.0%を上乗せした240万9,000ルピア(約2万1,000円)、第2部門11業種において7.5%上乗せの235万4,250ルピア、第3部門7業種において5.0%上乗せの229万9,500ルピア、と定められた。第1部門には金属加工、機械、家電、医薬品、化学、製紙、金融など、第2部門には飲食品加工、プラスチック製品など、第3部門には繊維、木製品・家具、ホテル業などが含まれる。ちなみに、13年業種別最低賃金は、48業種に対して一律5.0%を加えた180万6,000ルピアであった。

新たに業種別最低賃金が設けられたシドアルジョ県では、295業種に対して5.0%を加えた229万9,500ルピア、スラバヤ市では78業種に対して同じく5.0%を加えた231万ルピアと定められた。

パスルアン県とともに2013年に業種別最低賃金を定めていたグレシク県は、14年は州知事に対して導入提案をしなかった。モジョケルト県も州から業種別最低賃金の提案を求められているが、まだ対応できていない。このため、この両県での14年業種別最低賃金の導入は見送られた。

東ジャワ州は、他の県・市でも業種別最低賃金の導入を促す意向である。これは、スラバヤ市周辺が、もはや低賃金を理由に企業進出する場所ではなくなりつつあることを示している。

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