【インドネシア政経ウォッチ】第137回 警察高官人事の裏で政権内部の争い?(2015年9月10日)

高速鉄道事業をめぐる日本案と中国案の対決は、最終的にジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が「両案不採用」という結果を出して終わったが、その陰で、汚職疑惑をめぐって政権内部に対立が起こっている様子がうかがえる。

数日前、国家警察ブディ・ワセソ犯罪捜査局長を国家麻薬取締庁長官へ異動する人事が発表された。ブディ・ワセソ氏はかつて、警察と汚職撲滅委員会(KPK)が対立した際、KPKに対して最も厳しく当たった人物で、闘争民主党(PDIP)のメガワティ党首に近いブディ・グナワン警察副長官の側近と見られてきた。

そのブディ・ワセソ氏が直近で捜査に着手した対象が、ジャカルタ北部のタンジュンプリオク港を管轄する国営プラブハン・インドネシア(ぺリンド)2である。ペリンド2はジャカルタ・コンテナターミナル運営を香港系のハチソン社と契約しているが、同社との2015年の契約額が1999年よりも安価であることが疑問視されるほか、中国製クレーンや船舶シミュレーターの購入に関する汚職疑惑が取り沙汰されている。ブディ・ワセソ氏の標的はペリンド2のリノ社長である。

ブディ・ワセソ氏の動きの背後には、マフィア撲滅を図りたいジョコウィ大統領からの特別の指示があるという見方があり、新任のリザル・ラムリ海事担当調整大臣がかき回し役を果たし始めている。こうした動きに対して、猛然と反発したのがリニ国営企業大臣である。そして、ユスフ・カラ副大統領も、警察に対してペリンド2の捜査を行わないよう要請した。ブディ・ワセソ氏の人事異動は、ペリンド2への捜査を止めさせる目的があったとも見られている。

そういえば、高速鉄道の中国案を強力に推したのもリニ国営企業大臣で、不採用になっても、国営企業4社を中国側と組ませる形ですでに採択へ向けて動いている。中国をめぐる利権では、リニ国営企業大臣と闘争民主党が厳しい対立関係にあり、ペリンド2の汚職疑惑などへの追及もまた、表向きの汚職撲滅の掛け声とは裏腹に、政権内部の利権獲得競争の一部にすぎない可能性がある。

 

(2015年9月8日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第136回 内閣改造は成功するのか?(2015年8月27日) 

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は、独立記念日に先立つ8月12 日、内閣改造を断行し、6閣僚、すなわち、3調整大臣、国家開発計画大臣、商業大臣、内閣官房長官が入れ替わった。いずれもジョコウィ政権を支える重要な閣僚ポストと言えるが、昨今の経済減速への政府対応が奏功していないとの政府批判をかわす目的がうかがえる。

しかし、この内閣改造はプラスとなるのだろうか。早速、政権内部で不協和音が聞こえ始めた。その音源はリザル・ラムリ海事調整大臣である。

リザル大臣は、リニ国営企業相の政策に噛みついただけでなく、政府による3万5,000メガワットの電力供給計画を野心的だとして、これを主導するユスフ・カラ副大統領を批判した。しかも、カラ副大統領に会いに来るよう求めるといった尊大な態度さえ見せ、彼を任命したジョコウィ大統領からも叱責された。

リザル氏は、かつてアブドゥルラフマン・ワヒド政権で経済担当調整大臣を務めたが、その後は政府に批判的な経済評論家としてメディアを賑わせてきた。最近では、インドネシア商工会議所(カディン)の内部対立で生まれた反主流派カディンの会頭にも就任している。特定政党に所属してはいないが、政治的な発言を繰り返し、正統なエコノミストとはみなされていない。

ジョコウィ大統領は、新設で組織固めが終わらないものの、インフラ関係を仕切れる「おいしい」海事調整大臣ポストに、問題児とわかっていたはずのリザル氏をなぜ起用したのか。リザル氏自身の政治的野心を利用して利権を狙う勢力の存在も考えられる。

リザル氏のほかにも、中銀総裁として目立った成果を上げていないダルミン・ナスチオン氏を経済調整大臣に起用したのも疑問である。ダルミン氏は実物経済やマクロ経済全般への目配りが弱い。

今回の内閣改造を見ると、閣僚としての適材が不足しているとの印象を改めて感じる。内閣改造でジョコウィ政権の経済運営が改善される可能性は期待薄と言わざるを得ない。

 

(2015年8月25日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第131回 大統領と副大統領の確執(2015年6月10日)

このところ、事あるごとに、ジョコ・ウィドド大統領とユスフ・カラ副大統領との間の意見の相違が表面化している。

直近の出来事としては、全インドネシア・サッカー連盟(PSSI)活動凍結問題がある。組織運営に問題があるとして、イマム青年スポーツ大臣がPSSIの活動凍結を決定し、ジョコウィ大統領もそれを支持した。それに対して、カラ副大統領はPSSI活動凍結の見直しを強く求めたが、イマム大臣は決定を覆さなかった。

PSSIの活動凍結の背景には、政治家がPSSIに影響を与える傾向が強まったことがある。とくに、ゴルカル党のアブリザル・バクリ党首はPSSI傘下の複数クラブチームを持ち、大統領立候補など自身の政治的野心のためにPSSIを利用する懸念があった。ジョコウィ大統領からすれば、現在でも動員力のある PSSIを通じて政治的圧力を受ける恐れがあり、政権基盤の安定にはPSSI活動凍結が有益と判断したとみられる。

ジョコウィ政権は、2つに分裂したゴルカル党のうち、アグン・ラクソノ前副党首を党首とするグループを正統と認め、アブリザル・バクリ党首派を切り捨てようとした。しかし、行政裁判所がアブリザル・バクリ党首の正統性を認めたため、元ゴルカル党党首でもあるカラ副大統領が両派の仲介に当たっている。アチェ和平など紛争終結に努めてきたカラ副大統領は、敵と味方を峻別せず、両者を包含してゴルカル党を丸くまとめようと試みているように見える。

カラ副大統領は以前、ユドヨノ大統領と組んで副大統領を務めた際、「真の大統領」とメディアに名付けられるほどのやり手ぶりを見せ、警戒したユドヨノ大統領が2期目には組まなかった過去がある。

ジョコ・ウィドド大統領がルフト・パンジャイタン氏を長とする大統領府オフィスを新設したのも、同様の警戒の表れである。カラ副大統領は「事前に話がなかった」として、同オフィスの新設に反発した。両者は、ブディ・グナワン氏をめぐる国家警察長官人事でも対立した。大統領と副大統領との確執はまだまだ続きそうである。