【スラバヤの風-35】手作業クレテックのたそがれ

スラバヤ市北部、オランダ植民地時代の建物が残る一角に「ハウス・オブ・サンプルナ」がある。ここは、インドネシア特有の丁字入りタバコ「クレテック」の大手メーカーの一つ、サンプルナが最初に建てた工場の跡地で、博物館とカフェがある。平日の午前中ならば、クレテックを手作業で製造する工程を博物館の2階から眺めることができる。ずらっと並んだ工員たちの目にも留まらぬ速さの手作業は一見の価値がある。

House of Sampoerna, Surabaya

このサンプルナが2014年5月末、東ジャワ州ジュンブル県とルマジャン県の2工場を閉鎖した。いずれも手作業によるクレテック工場だが、これにより従業員4900人が一時解雇された。同じく大手のベントゥールも、11工場のうち8工場を閉鎖する計画に伴って、9月に1000人を早期退職させた。さらに、最大手のグダンガラムも1万2000人の早期退職者を募集し、10月半ばまでに約5000人が応じた。

各社とも、退職者に対して、事業を起こすための研修・講習などを施しているが、多くが勤続20年以上、40〜50歳前後の工場労働者であり、その成果は限定的とみられる。

元々、東ジャワでのタバコ栽培は19世紀後半から拡大し、クレテック製造はサンプルナが1913年、グダンガラムが1958年に開始した。タバコ産業の地域経済への影響力は、雇用創出や関連産業などからみても大きく、クディリ市はグダンガラムの企業城下町といっても過言ではない。大手以外にも、東ジャワ州には手作業による中小の丁字タバコ製造工場が多数存在していたが、3年ぐらい前から閉業・倒産が相次いでいる。

国会では、タバコを中毒性物質と認定して規制を法制化しようとする保健省などの勢力と、規制をかけさせまいとするタバコメーカーとの駆け引きが20年間にわたって続いてきた。同時に、通常のフィルター付きタバコを製造する外資系を牽制するという名目で、ニコチン含有量などで不利なクレテックを守る動きも見られる。

では、タバコ産業に打撃を与えているのは、昨今の禁煙ブームによるタバコ需要の減少なのだろうか。答えは否である。タバコ生産量は2013年の3419億本に対して、2014年は3530億本が見込まれ、実は減少していない。

従業員の一時解雇は機械化のためである。タバコ生産全体に占める手作業によるクレテック製造の比率は2004年の36.5%から2013年には26.6%へ低下する一方、機械によるクレテック製造は55.8%から67.3%へ上昇した。各社ともに、機械によるクレテック製造工場については、まだまだ新設する予定なのである。

工員たちの目にも留まらぬ速さの手作業は、ほどなく無形文化遺産となるかもしれない。

 

(2014年10月17日執筆)