【インドネシア政経ウォッチ】第143回 フリーポート口利き事件、録音会話の衝撃(2015年12月10日)

スティヤ・ノバント国会議長が石油商リザ・ハリッド氏とともに米系鉱山会社フリーポートの株式を要求したとされる2015 年6月8日の面会は、同席した同社のマルフ・シャムスディン社長によって会話がすべて録音されていた。当初、その一部のみ公開されたが、その後、全会話の内容がリークされた。その内容は、フリーポート関連に留まらない衝撃的なものだった。

たとえば、大統領選挙において、当初、リザ氏は親友のハッタ・ラジャサ前調整相(経済担当)を副大統領候補としてジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領候補と組ませようとしていたが、ジョコウィ氏が所属する闘争民主党のメガワティ党首から拒否されたこと。大統領選挙では、ジョコウィ=カラ、プラボウォ=ハッタの両陣営に多額の資金を提供したこと。新国家警察長官にブディ・グナワン氏を就けることで政界を説得してきたのに、ジョコウィ大統領が拒否し、メガワティ党首がジョコウィ大統領に対して激怒したこと。

これらは、国営石油プルタミナのシンガポールの貿易子会社プルタミナ・エナジー・トレーディング(ペトラル)を牛耳ったリザ氏が、政商として、いかにインドネシア政界で暗躍していたかを物語るものである。

リザ氏が暗躍できるのは、石油貿易にかかる利権を握っていたためである。その一部は、インドネシア政界に広く配分されてきた可能性がある。今回、リザ氏がフリーポート口利き事件に絡んでいるのも、彼が牛耳ったペトラル解散の話と関連づけて見る必要がある。

国会顧問委員会によるノバント議長の喚問は非公開となった。政界は、フリーポート口利き事件を特定個人の問題として、幕引きしたいようである。実際、同議長辞任要求デモも起こっている。そうでなければ、リザ氏の暗躍に見られるような、政界全体における石油利権の話に飛び火するからである。

この事態をほくそ笑んで静観するのは、リザ氏の宿敵である。ペトラルを解散させ、新たな石油利権を手中にしつつある者たちである。

 

(2015年12月8日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第142回 フリーポート口利き事件は氷山の一角(2015年11月26日)

パプア州にある米系鉱山会社フリーポート社は、世界有数の金鉱や銅鉱を産出する優良企業である。1960年代半ばにスカルノからスハルトへ政権が移行し、経済運営が資本主義へ変化した後の外国投資認可第1号が同社だった。

フリーポート社の契約は2021 年に切れるが、その2年前の19 年までに契約延長か否かが決定される必要があり、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は現状では延長しない方針である。同社はもちろん契約延長を望んでおり、仮に同社が21年以降国営化されるような事態にでもなれば、インドネシアへの外国投資に甚大な負の影響を与えることになる。

スティヤ・ノバント国会議長による口利き事件には、こうした背景があった。同議長は15年6月8日、フリーポート社の社長らと会い、フリーポート社契約延長へのロビーの見返りに、同社がパプア州パニアイ県に建設するウルムカ水力発電所の49%の株式を同議長に渡すことを求めた。さらに、ルフット調整相(政治・治安)名で、正副大統領に20%の株式を提供することを求めた。

事態を重く見たスディルマン・エネルギー・鉱物資源相は、上記の事実を大統領へ報告し、国会顧問委員会宛にノバント議長を告発した。同議長には、正副大統領への名誉毀損、フリーポート社への詐欺、汚職の嫌疑がある。

ノバント国会議長は、ハチミツ売りから建設、ホテル、繊維などの実業家へのし上がったゴルカル党幹部で、アブリザル・バクリ党首の側近である。これまで1999 年のバンク・バリ事件など様々な汚職疑惑があったが、今日までうまく切り抜けてきている。

なお、ノバント議長は、フリーポート社社長との会合に石油商リザ・ハリッド氏を常に同席させていた。彼こそ、ユドヨノ政権下で国営石油プルタミナのシンガポールの貿易子会社プルタミナ・エナジー・トレーディング(ペトラル)を牛耳った人物で、選挙で副大統領候補だったハッタ・ラジャサ前調整相(経済)と密接な関係がある。どうやら今回の事件は、ノバント議長個人だけに帰せられる問題ではなさそうである。

 

(2015年11月24日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第134回 断食明け大祭の朝、パプアで暴動(2015年7月23日)

1ヵ月間の断食期間(プアサ)が明けた翌朝のイード礼拝は、日本で言えば年越し後の初詣に当たる神聖な祈りの儀式で、通常は屋外で行われる。パプア州トリカラ県の県都カルバガに住むイスラム教徒は7月17日朝、このイード礼拝を妨げられた。

トリカラ県のあるパプア州の高地はキリスト教徒が多数を占める。トリカラ県では同県キリスト教団のセミナーが7月15〜20日に開催されており、キリスト教団はイード礼拝がセミナーに支障を与えないよう求めた。当初はイード礼拝自体に難色を示したが、「拡声器を使わない」「イード礼拝をモスクの屋内で行う」との条件をイスラム教徒側に求め、キリスト教団によれば、イスラム教徒側はそれを了承したとされる。

しかし当日、イスラム教徒側はその条件を守らず、イード礼拝を屋外で挙行し、拡声器も使ったらしい。イスラム教徒側によれば、怒った群衆がイード礼拝会場へ押し寄せてモスクに火を放ったとされる。一方、キリスト教団側は、条件を守らないことに抗議する地元民へ警察が発砲し、死者1人、重軽傷者10数人が出た。それに怒った群衆が商店や家屋へ放火し、それがモスクに延焼したという。ともかく、神聖なイード礼拝は妨げられた。

この事件に対して、全国のイスラム教徒は神聖な宗教行為への侵害だとして、異宗教への不寛容に対する批判が一斉に巻き起こった。一方、キリスト教団側はモスクが焼かれたことを謝罪する一方、その引き金になった警察による国家権力の乱用を批判した。パプアの中央への不信感が表出した形である。国家警察は真相究明に乗り出すことを約束した。

実は、トリカラ県では2012年、県知事選挙に立候補した前知事派と当選した現知事派との間で死者の出る激しい抗争があり、商店や家屋のほか前知事宅も焼かれた。パプア州知事の仲介で両者は和解したが、両者の対立は今も根強く残る。次の県知事選挙を控え、今回の暴動の背後に前知事派と現知事派との抗争が反映されている可能性もある。

 

【インドネシア政経ウォッチ】第113回 パプア・パニアイ県での殺害事件の背景(2014年12月12日)

パプア州パニアイ県で住民の殺害事件が起きた。12月7日夜、無灯火の自動車が丘の上を通った際、それを見た青年たちが無灯火をとがめた。自動車に乗っていた者たちは仲間を連れて引き返し、とがめた青年たちに暴行し、仲間の一人が発砲した。8日朝、500人前後の住民が軍の詰め所や警察署に押しかけ、その際に4人の住民が射殺された。

この事件をきっかけとして、地元のキリスト教指導者の一部が、12月27日にセンタニ県で開催される全国クリスマス祝賀式典へのジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領の出席を拒否する声明を発表した。ジョコウィ大統領が事件に対する遺憾の意を表明せず、事態の深刻さを理解していないという理由からである。もっとも、インドネシア・キリスト協会(GKI)は、大統領の出席拒否は個人的な意見にすぎないとして、大統領の出席を歓迎するとしている。

軍や警察は、インドネシアからの分離独立を掲げる自由パプア運動(OPM)が関与した可能性をにおわせているが、GKIはそれを否定している。OPMを持ち出すのは、パプアで何か起きた際に治安当局が採る常とう手段である。それどころか、地元の軍や警察がOPMへ武器や銃器を横流ししているとの報道が依然なされる一方、OPMは単なる犯罪集団にすぎないという見方が警察から出されたことがある。軍や警察に反抗する勢力に安易にOPMというレッテルを貼るケースが頻繁にあることが想像できる。

殺害事件直前の8日未明、事件現場近くの総選挙委員会(KPU)事務所が焼かれるという事件も起こった。大統領選挙結果をめぐる憲法裁判所の審議で、グリンドラ党パニアイ支部長ノベラさんが住民代表として「パニアイ県で投票が行われなかった」と証人陳述したが、選挙結果をめぐる対立が今も未解決な様子である。

パニアイ県では不法な金採掘が盛んに行われ、それを軍・警察が保護していると言われ、それに絡む殺害事件も発生したことがある。ノベラさんも金採掘ビジネスに関わる。パニアイ県での殺害事件の背景には、様々な思惑が絡み合っている。

【インドネシア政経ウォッチ】第82回 村落向け資金を管理・運営できるのか(2014年4月10日)

2013年12月末の国会承認を経て、村落法(法律2014年第6号)が施行された。この法律には、村の設立条件、村の権限、村長選挙、村議会、村条例、村財政などが定められている。また、村のカテゴリーに、行政上の村に加えて慣習村を初めて法的に位置付けた。

なかでも、特にメディアで話題となったのは、中央政府から県・市政府へ配分される均衡資金(日本の地方交付税交付金に相当)のうち、特定目的にのみ使われる特別配分金を除いた分の最低10%を村落へ配分すること、および県・市が地方税や利用者負担金で得た歳入の最低10%を村落へ再配分すること、が定められたことである。

今年度の国家予算で試算してみると、県・市経由で村に配分されるのは59兆2,000億ルピア(約5,380億円)、県・市の地方税・利用者負担金からの再配分が45兆4,000億ルピアであり、合計104兆6,000億ルピアが全国7万2,000村へ配分される。単純計算で一村当たり14億ルピアの資金が流入する。

2014年総選挙を控えた時期でもあり、国会はこの村落向け資金配分にこだわった形跡がある。実際、今回の選挙キャンペーンでは、村落法制定への自党の貢献をことさらにアピールする政党がいくつかあった。総選挙を前に、村落向け資金も政治的に利用される可能性が高いため、執行は15年からに延ばされた。

政府は、村落向け資金の会計報告に関する村落行政官の責任などを定める実施規則を5月までに策定する意向である。しかし、村落行政官はこれらの資金を有効に管理・運営できるのだろうか。

日本と違い、インドネシアの村落行政体はオフィスの体を成していない。村落行政官のほとんどは公務員ではなく、地元住民の有志である。資金管理を行うには、まず帳簿の付け方から学び始めなくてはならない状況にある。

パプア州では、過去数年間にわたり、すでに各村へ毎年10億~30億ルピアもの資金が配分されたが、住民にはその使途が知らされず、汚職の温床となっている。残念ながら、こうした現象が全国的に起こらない保証はない。

【インドネシア政経ウォッチ】第29回 資金まみれのパプア州で州知事選挙(2013年 3月 7日)

パプア州選挙委員会は2月13日、先に行われた州知事選挙の結果、民主党推薦のルーカス・エネンベ(前プンチャック・ジャヤ県知事)=クレメン・ティナル(前ミミカ県知事)組が119万9657票(得票率52%)を獲得して当選、と発表した。

この州知事選挙自体、前職のバルナバス・スエブ州知事が過去に2回州知事を務めたことを理由に選挙委員会から立候補を取り消されるなど、紆余(うよ)曲折を経て、何度か延期された後で実施された。候補者の多くが現職県知事であるなか、人口の多い中央高地を抑え、資金力に勝るルーカス候補が最有力視されていた。

パプア州の開発政策では、点在する村々へ一定額の資金を配分する形態が採られる。とくに中央高地の村々へのアクセス手段が限られているため、バラまき型にせざるを得ない面もある。各村には州からの10億ルピアに加えて、県からさらに10億~30億ルピアの資金が投下される。これらの資金は、町中の銀行にある各村の銀行口座へ振り込まれ、村から定期的に町へ降りてきて資金を引き出す、という形を採る。

特別自治を行うパプア州は、中央政府から通常の地方交付金に加えて、特別自治交付金を受け取る。県や村が分立して数が増えたため、その額は毎年増加している。その意味でパプアは決して貧しくない。村レベルへ配分される資金も、村人にとっては見当もつかないような額である。果たしてこれらの資金はどのように使われているのか。いや、そもそも、こうした資金の存在を村人は知っているのだろうか。

州知事選挙の結果発表後、2月21日にパプア州内2カ所で、民間武装勢力が軍施設を急襲し、8人の軍人と4人の民間人が死亡した。当選したルーカス候補のお膝元プンチャック・ジャヤ県で起きたため、選挙結果への不満が原因との見方もある。パプアではこうした暴力事件が後を絶たないが、「パプア独立」といったイデオロギーよりも、むしろ、どろどろしたカネの話が背景に絡んでいる可能性が高い。

 

http://news.nna.jp/cgi-bin/asia/asia_kijidsp.cgi?id=20130307idr020A

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