【スラバヤの風-43】最低賃金から見る地方経済

過去3年間のジャワ島内の最低賃金の変化を県・市レベルで眺めてみる。一般に、経済活動が活発化すると最低賃金が大きく上昇し、停滞するところでは上昇率が低いと考えられる。最低賃金の算出には、当地での物価水準や家計の消費行動が反映されるので、最低賃金をみることは、地方経済の活況度合いを計ることにもつながる。

ざっと見て、ジャワ島の地方経済に起こっている現象には2つのポイントがある。

第1に、最低賃金の上昇トレンドの継続である。なかでも、2015年最低賃金の上昇率でとくに注目されるのは、そろって20%以上上昇した東ジャワ州のスラバヤ市とその周辺4県で、すでにジャカルタ周辺地域と遜色ないレベルに達した。「労働コストの低いスラバヤ周辺へ」とはもはや言えない。その一方で、中ジャワ州は全般に10%台の上昇に留まる。

ジャワ島全体の116県・市で最低賃金が100万ルピア未満だった県・市の数は、2013年が58だったのが2014年に11へ減り、2015年はゼロになった。反対に、200万ルピア以上は、2013年の12から2014年が20、2015年は24へ増えた。ちなみに、2015年最低賃金の最高は西ジャワ州カラワン県の295万7,450ルピア(これにさらに業種別課金が加わる)、最低は中ジャワ州バニュマス県の110万ルピアであった。約3倍の差である。

第2に、最低賃金が大きく上昇した県・市がジャワ島の北海岸に集中する一方、それ以外は上昇率が総じて低いことである。すなわち、ジャワ島全体で北部の大都市周辺が豊かになる一方、中南部は停滞気味という「南北問題」の色彩が強まっている。

なかでも、西ジャワ州南東部(パガンダラン県、チアミス県など)と中ジャワ州南西部(バニュマス県、プルバリンガ県、バンジャルヌガラ県など)、及び中ジャワ州南東部(ウォノギリ県、スラゲン県など)と東ジャワ州南西部(マゲタン県、パチタン県、ポノロゴ県、トレンガレック県など)といった州境付近の県・市の最低賃金は、まだ110〜120万ルピア程度である。これらは人口の多い貧しい農業地域で、これまでジャカルタ周辺などへ工場労働者や家事労働者などを供給してきた。

日本側で一般的に知られるジャカルタ周辺やスラバヤ周辺では、安い労働コストを求める事業展開はもはや限界に来つつある。そこでは地場中小企業でさえ、機械化・自動化を検討している。他方、ジャワ島中南部の最低賃金はまだジャカルタ周辺の2分の1以下であり、手先が器用で従順な女性労働力などを活用する労働集約企業が生き残れる余地は大いにある。そこでは、ほどなく工場進出による農村社会の大きな変貌が起こることだろう。

ジャワ島内の地域格差問題を視野にいれると、1970年代の日本の変化がどうしても重なって見えてくる。

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中ジャワ州ソロ市の地場縫製工場にて

 

(2015年2月15日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第127回 企業移転と地方の投資誘致競争(2015年4月9日)

交通渋滞、洪水、コスト上昇、労働争議など投資環境の悪化を嫌う企業が、ジャカルタ周辺から他の地域への企業移転、工場増設に動いている。

その主力は国内企業である。2014年の州別の国内からの直接投資(DDI)実績で、第1位は、38兆1,320億ルピア(約3,530億円)の東ジャワ州である。東ジャワ州は、実は12年から第1位を占めている。西ジャワ州は海外からの直接投資(FDI)実績で第1位だが、DDIでは東ジャワ州に次ぐ第2位となっている。また、中ジャワ州も13年から投資実績が急増している。

一方、ここ数年のジャワ島における各県・市の最低賃金上昇率を見ると、工業団地の集中する州都周辺・北海岸が高く、それ以外の南部では相対的に低い。州内で「南北問題」とでもいうべき経済格差が拡大する気配がある。その最低賃金水準が低い南部へ労働集約型産業の投資が進出を加速しているのである。

例えば、中ジャワ州南東部のボヨラリ県のDDI実績は、12年は1,056件・2,733億ルピア、13年は938件・1兆1,217億ルピア、14年は804件・1兆1,704億ルピアと急増したが、その大半は繊維・縫製関連投資である。中には、ボヨラリ県から周辺の別の県へ企業移転・工場増設するケースさえ出ている。FDIでも、韓国系のパン・ブラザース・グループが先導する形で、他の韓国系繊維企業が企業移転先を物色している。

こうした状況下で、中ジャワ州や東ジャワ州の各県・市では、首長が率先して用地買収や従業員確保に当たったり、許認可手続きの簡素化を進めたりして、投資誘致競争を繰り広げている。投資許認可手続きのワンストップ・サービスはすでに各県・市が導入しており、各手続きの料金と所要日数は明記され、その低料金化と日数短縮で競い合う。中には、手続きをすべてオンラインで行い、許可証発行の最終手続き時にオリジナル書類を提出すればよいところもある。

各県・市と投資調整庁(BKPM)とのオンライン化も始まり、地方の投資誘致競争にいっそう拍車がかかりそうである。

【インドネシア政経ウォッチ】第91回 東ジャワ3自治体で業種別最低賃金導入(2014年7月3日)

東ジャワ州は、メーデー1日前の2014年4月30日付州知事令により、パスルアン県、シドアルジョ県、スラバヤ市の3自治体において、14年業種別最低賃金を設定した。対象となるのは、海外直接投資(FDI)企業、株式公開している国内直接投資(DDI)企業、国営企業である。

業種別最低賃金は、すでに西ジャワ州ブカシ県やカラワン県などで導入されており、業種ごとに、既に定められた最低賃金に一定比率を上乗せする形となっている。

業種別最低賃金は、就業期間が1年未満の労働者に対してのみ適用される。これに伴う就業期間1年以上の労働者の賃金改定は、経営者と労働者・労働組合との間で書面による同意を取り付けて行うこととなっている。

昨年から業種別最低賃金を導入しているパスルアン県では、今年は第1部門26業種において10.0%を上乗せした240万9,000ルピア(約2万1,000円)、第2部門11業種において7.5%上乗せの235万4,250ルピア、第3部門7業種において5.0%上乗せの229万9,500ルピア、と定められた。第1部門には金属加工、機械、家電、医薬品、化学、製紙、金融など、第2部門には飲食品加工、プラスチック製品など、第3部門には繊維、木製品・家具、ホテル業などが含まれる。ちなみに、13年業種別最低賃金は、48業種に対して一律5.0%を加えた180万6,000ルピアであった。

新たに業種別最低賃金が設けられたシドアルジョ県では、295業種に対して5.0%を加えた229万9,500ルピア、スラバヤ市では78業種に対して同じく5.0%を加えた231万ルピアと定められた。

パスルアン県とともに2013年に業種別最低賃金を定めていたグレシク県は、14年は州知事に対して導入提案をしなかった。モジョケルト県も州から業種別最低賃金の提案を求められているが、まだ対応できていない。このため、この両県での14年業種別最低賃金の導入は見送られた。

東ジャワ州は、他の県・市でも業種別最低賃金の導入を促す意向である。これは、スラバヤ市周辺が、もはや低賃金を理由に企業進出する場所ではなくなりつつあることを示している。

【インドネシア政経ウォッチ】第65回 ジャワ島の14年最低賃金を読む(2013年11月28日)

11月になり、各県・市の2014年最低賃金が決定された。政府は14年の最低賃金に関して「消費者物価上昇率+10%以下(労働集約産業は+5%以下)」という目安を提示したが、今年ほどではないにせよ、14年も20%前後の高い上昇率となった。

ジャワ島内では11月25日までに、112県・市のうちバンテン州セラン県を除く111県・市の14年最低賃金が決定した。最高が西ジャワ州カラワン県第3グループ(鉱業、電機、自動車、二輪車など)の281万4,590ルピア(1円=112ルピア、以下同じ)、最低が中ジャワ州プルウォレジョ県の91万ルピアであり、その差は3倍以上ある。

地域別にみると、ジャボデタベックと呼ばれるジャカルタ周辺の県・市が235万ルピア以上だが、そのすぐ後には、東ジャワ州スラバヤ周辺が続いている。スラバヤ周辺の最低賃金はもはや決して低いとは言えなくなった。スラバヤ周辺に続くのが西ジャワ州バンドン周辺で、このあたりで最低賃金200万ルピアの線が引ける。

一方、中ジャワ州とジョクジャカルタ特別州は相対的に最低賃金がまだ低い。最高でも前者ではスマラン市の142万3,500ルピア、後者ではジョクジャカルタ市の117万3,300ルピアにとどまる。特に、中ジャワ州の中央から南側に立地する9県では最低賃金が100万ルピア未満である。

ちょうど100万ルピアは、中ジャワ州に4県、東ジャワ州南西部に6県・市、西ジャワ州に1県ある。これらはいずれも、各州内で開発の遅れた地域に属しており、最低賃金水準から地域内の経済格差の様子が見えてくる。

昨今、ジャカルタ周辺の工場が中ジャワや東ジャワへ移転する動きが見られるようになったが、一般に、最低賃金の低い県・市では、投資認可関連手続きの経験が不足しており、企業設立などで時間的・資金的なロスが生じる可能性がある。企業進出に当たっては、最低賃金水準だけで決めるのではなく、行政サービスの質やインフラ状況などを総合的に判断する必要があるのは言うまでもない。