【スラバヤの風-14】スラバヤは物語を持っている
スラバヤでは、自分の街を愛する人々に多く出会う。「ジャカルタに行ってみたけれど数ヵ月でスラバヤへ戻ってきた」という人によく会うし、ものすごく優秀な人材なのにスラバヤからジャカルタへ行こうとしない者がいたりする。
街中には100年以上前に建てられた素敵なコロニアル風の建物がいくつも残り、今もその多くは現役である。スラバヤの古い写真を収集して保存する運動をしている団体や、自分たちの祖先の跡をたどる街歩きをする華人系のグループなどもある。
スラバヤは「英雄の町」とも呼ばれる。それは、1945年8月の独立宣言の後、再侵入してきたオランダなどの連合軍へ、全国で最初に市民蜂起した歴史を背景としている。そんな歴史もまた、スラバヤっ子が自分の街に誇りを持つ所以なのかもしれない。
10月末、スラバヤの街に関わる様々な人々や事象を書き留めた『スラバヤは物語を持っている』という本が出版された。著者はダハナ・アディ(通称・イプン)というフリーランスのジャーナリストで、11月2日の出版記念セミナーには私も顔を出した。
本の中身は、昔にスラバヤで流行った様々な映画、戦時中に日本軍がプロパガンダで利用したことで知られるスリムラットと呼ばれる大衆娯楽劇、オランダで活躍した「ティルマン・ブラザース」というインドネシア人バンド、インドネシアン・ポップスの先駆者ゴンブロー、伝説的なジャズ音楽家ブビ・チェン、マス川のほとりを歩いた際の見聞録、トゥリ市場やジュアンダ空港の歴史など、スラバヤゆかりの人々や事象を取り上げている。この本は第1巻と銘打っており、今後続刊が期待される。
イプンは「次世代の子供たちにスラバヤをもっとよく知り、愛し、誇りを持ってもらいたいので、この本を書いた」と語る。私としては、そうしたイプンの活動自体に敬意を表する。と同時に、様々な人々が持つそれぞれのスラバヤの物語が生まれることも期待してしまう。
たとえば、以前住んでいたマカッサルでは2007年、若者たちがマカッサルに関わる様々な事象を調べた『マカッサル0キロメートル』という本を出版した。その後、一般市民が自分の身の回りの事象を調べて書いたエッセイから成る『パニンクル』という投稿サイトが生まれ、既存メディアに対抗する市民ジャーナリズムの先駆けとなった。
スラバヤではどうだろうか。イプンが語る「スラバヤ」を人々が受け止めるだけでなく、人々もまた自分たちの「スラバヤ」を自ら紡いでゆく。その結果、『スラバヤは物語を持っている』はより豊かになり、スラバヤの人々みんなのものとなっていくことだろう。
(2013年11月29日執筆)