【インドネシア政経ウォッチ】第105回 ユドヨノの10年を振り返る(2014年10月23日)

10月20日、ジョコウィ新大統領とユスフ・カラ新副大統領が正式に就任した。大統領選挙で敗北し、リベンジに燃えていたプラボウォも就任式に出席し、新政権への賛意を示した。プラボウォとともに動いたゴルカル党のアブリザル・バクリ党首も、新政権に協力する姿勢を示し、まずは丸く収まる形で新政権がスタートできた。

来る者がいれば去る者もいる。2期10年にわたって政権を担当してきたユドヨノ前大統領は、インドネシアでは初めて円満な政権交代を果たした大統領となった。大統領官邸での新旧交代式は、去る者から来る者への期待、来る者から去る者への感謝が現れた温かいものだった。今後、これが政権交代の新しい伝統となることが期待される。

ユドヨノの10年は、インドネシアが民主国家として経済発展を進めていく基礎の固まった時期であった。権力者の一存で物事を決めず、誰もが法規を順守し、時間がかかっても所定の手続きを経ることを定着させた。テロや暴動を抑え、安心して経済活動のできる環境が整えられた。そして、一国の利益を追求するだけでなく、国際貢献をも果たそうとし始めた。人間に例えれば、10年で大人の仲間入りを果たしたともいえようか。

「なかなか決められない」というのがユドヨノに対する批判であった。しかし、もしかすると、聡明なユドヨノは熟考に熟考を重ねていたのかもしれないし、自分はこうしたいと思っていてもじっと待っていたのかもしれない。民主国家としての基礎の定着には、寛容や忍耐、「待つ」という時間もある程度必要だった。

改革派軍人だったユドヨノは、スハルト政権崩壊後、自らが新しい民主国家づくりに参画する意志をもって、2001年に民主党という政党を設立し、それを「乗り物」として大統領に就いた。彼自身には大統領の任期10年を全うしたという感慨があるだろう。しかし、10年経っても、自分を大統領へと導いた民主党が自立できなかったことが心残りのはずである。

【インドネシア政経ウォッチ】第100回 地方首長選挙法案とプラボウォのリベンジ(2014年9月18日)

国会で審議中の地方首長選挙法案をめぐって、大きな議論が巻き起こっている。同法案では、地方首長選挙を国民が一票を投じる直接選挙から、地方議会が選出する間接選挙へ変更する案が有力である。直接選挙は資金がかかりすぎて非効率であり、汚職撲滅も予想ほど進まなかったことが背景にある。

問題なのは、議論の中身だけではない。間接選挙への変更を支持する国会6会派は、いずれも大統領選挙で敗れたプラボウォ=ハッタ組の「紅白連合」に属する。

憲法裁判所に不服申し立てを却下され、大統領選挙での敗北を認めさせられた「紅白連合」に所属する政党は、新国会および新地方議会では多数派を占める。新国会・新政権発足前の現国会会期中に地方首長選挙法案を通せば、全国のほぼすべての議会で「紅白連合」は自らに都合の良い地方首長を選ぶことが可能となる。

すなわち、ジョコウィ=カラ政権は、プラボウォの息のかかった全国の地方首長・地方議会と対峙(たいじ)することになり、政権運営が不安定になる。新政権に揺さぶりをかけ、あわよくば任期途中で政権を崩壊させて大統領選挙に持ち込み、そこでプラボウォが再起を期す。いや、国会で大統領直接選挙をも間接選挙へ変更させてしまうかもしれない。これらの変更は行き過ぎたリベラリズムのイデオロギー的修正だ、という声さえ聞こえてくる。

まさに、プラボウォのリベンジである。そしてこれは時間の勝負となる。つまり、政策やイデオロギーとは関係ない「紅白連合」をプラボウォの政治母体として維持させるには、新政権発足前に法案を決着させなければならない。しかし、時間が延びると、ジョコウィ政権側へなびく政党が続出して、プラボウォのリベンジ・シナリオは崩壊する。

たしかに、インドネシア民主化の到達点ともいえる地方首長直接選挙には、まだ改善の余地がある。しかし、今の動きは国民不在の政治ゲームに過ぎない。国民はプラボウォの悪あがきに対して、とっくに愛想を尽かしている。

【インドネシア政経ウォッチ】第97回 憲法裁判断にみる民主主義の成熟(2014年8月28日)

8月21日、憲法裁判所は裁判官全員一致で、プラボウォ=ハッタ組から出された大統領選挙に対するすべての不服申し立てを棄却した。これにより、7月22日に総選挙委員会が発表した大統領選挙でのジョコウィ=カラ組の勝利が確定し、正式に次期正副大統領となった。プラボウォ=ハッタ組も憲法裁判所の判断を受け入れた。

プラボウォ=ハッタ組は当初、「証拠書類をトラック10台分用意する」などと豪語していたが、実際の証拠書類はトラック5台分に過ぎず、かつ証拠として不備が多かった。証人の多くも事実に基づかない証言に終始し、裁判官が思わず失笑する場面さえあった。これに対し、訴えられた側の総選挙委員会はトラック21台分の証拠書類を用意し、必要に応じて密封された投票箱を開封するなどの対応を行った。

プラボウォ=ハッタ組は、連日、憲法裁判所前へ支持者の動員をかけた。動員されたのは、イスラム擁護戦線(FPI)、パンチャシラ青年組織(Pemuda Pancasila)、パンチャマルガ青年組織(Pemuda Panca Marga)などの暴力沙汰をよく引き起こす団体。金属労連などの労働組合組織も加わった。

しかし、彼らの抗議デモは、4,000人の警察官による催涙ガスや放水などによって抑えこまれた。ジャカルタ市内には「暴動が起こるのではないか」という噂が強く流れたが、一部で交通渋滞が発生したほかは、平穏に終わった。

暴力集団の動員や暴動の噂による威圧は、結果的には、憲法裁判所の判断に何の影響も与えなかった。もともと、プラボウォ=ハッタ組による不服申し立ての稚拙な内容からして、大統領選挙結果が覆る可能性はほとんどなかった。

しかし、憲法裁判所はこの不服申し立てを決してないがしろにせず、手続きに従って丁寧に対応した。国民の多くは、大統領選挙後のプラボウォの態度に大きく失望したが、不服申し立て自体は制度上認められた権利であるとし、静かに見守った。そこに見られたのは、インドネシアにおける民主主義の成熟であった。

【インドネシア政経ウォッチ】第95回 プラボウォの大統領職への執念(2014年8月14日)

7月22日に総選挙委員会(KPU)が大統領選挙でのジョコウィ=カラ組の勝利を確定する少し前に、プラボウォ=ハッタ組は、大統領選挙が不正まみれだったとして、選挙プロセスからの離脱を宣言した。プラボウォ=ハッタ組は敗北を認めないだけでなく、KPUが組織ぐるみで不正選挙を行ったと訴えたのである。

当初、大統領選挙結果への不服申し立てを行わないとしていたプラボウォ=ハッタ組ではあったが、そのままでは自らの正当性を確立できないため、結局は7月26日に憲法裁判所へ訴え出た。

不服申し立てに関する憲法裁判所での審議は8月6日に開始。プラボウォ=ハッタ組は、書類の提出や証人の出廷により不正を証明しようとしたが、KPUやジョコウィ=カラ組から反論されたり、憲法裁判所から再度にわたって事実に基づく証言を求められたりした。プラボウォ=ハッタ組は、憲法裁判所前に支持者の動員をかけるなどして圧力をかけたが、審議自体への影響力は乏しかった。

現実的にみて、プラボウォ=ハッタ組が憲法裁判所で勝てる見込みはない。今の構図からすると、不服申し立てが認められなければ、KPUと同様、憲法裁判所を批判の矛先とする可能性もあり得る。どこかでプラボウォ=ハッタ組が矛を収められる落とし所を探らなければならないのだが、その筋書きがまだはっきりと見えていない。

それにしても、大統領職へのプラボウォ元陸軍戦略予備軍司令官の執念は並大抵ではない。軍の後輩で、1998年の活動家拉致事件などをめぐり、プラボウォの軍籍離脱を求めた将校の一人であるユドヨノ氏が、民主党を設立して先に大統領となった。それを見ながら自分もグリンドラ党を設立し、大統領を目指した。

プラボウォは、スハルト時代以来の自身に対する悪名や誹謗を一掃するには、自ら大統領になるしかないとの一心で政治人生を突っ走ってきたのだと想像する。「政治家としては未熟だ」と公言する彼は今、その政治人生の墓穴を未熟のまま掘り続けている。

【インドネシア政経ウォッチ】第94回 民主主義は守られた(2014年7月24日)

インドネシア総選挙委員会(KPU)は7月22日、大統領選挙の開票確定結果を発表し、ジョコウィ=カラ組が7,099万7,833票で当選した。ここでの得票率53.15%は、7月9日の投票後に出された8社のクイックカウント結果とほぼ同じで、真偽の疑われたクイックカウントの信頼性が再確認された。

大統領選挙では、誹謗・中傷のネガティブキャンペーンもさることながら、投票集計表などの原データ自体を改ざん・捏造しようとする動きが執拗に見られた。それを防ぐため、KPUは全国に54万6,278カ所ある投票所の投票集計表を一つ一つスキャンし、ウェブサイトに掲載するという措置を採った。集計プロセスが信頼されていれば必要のない、日本では見たことのないやり方である。

そして、カワル・プミル(「総選挙を守る」の意味)という名の民間組織を通じて、約700人のボランティアがスキャンされた投票所単位の集計結果を入力し、カワル・プミルのサーバーに集約させた。ボランティアは国内だけでなく国外にも散らばり、カワル・プミルのフェイスブック・ページに登録した者のみがサーバーにアクセスできた。

すなわち、KPUの正式の開票・集計プロセス以外に、カワル・プミルが投票所レベルのデータを基にして独自に集計を行ったのである。これにより、KPUの開票・集計プロセスで原データの改ざん・捏造が起こらないようにチェックし、起こった場合でもどこで起こったかを追跡できる状況を作り出した。

実際、カワル・プミルのサーバーは、ハッカーから激しいサイバー攻撃を受けた。幸いにもサーバーは守られたが、そこまでしてデータの改ざんを画策した勢力がいたのは驚きである。改ざん・捏造されたデータが公式結果となっていたら、選挙だけでなくそれを実施した政府や国家への信頼が失墜したはずである。

カワル・プミルのボランティアたちの活躍でインドネシアの民主主義は守られた、と言ったら言い過ぎだろうか。でも、早くカワル・プミルが不要な状況になってほしいものである。

【インドネシア政経ウォッチ】第93回 プラボウォ陣営の不気味な自信と焦り(2014年7月17日)

大統領選挙は7月9日に投票が行われたが、クイックカウントで調査会社8社がジョコウィ氏、4社がプラボウォ氏の勝利と伝え、両者ともに勝利宣言を行う事態となった。当初から予想された動きではあるが、ユドヨノ大統領は両者を私邸へ呼び、自省を呼び掛けた。

プラボウォの勝利を伝えたクイックカウントの4社には、同陣営の選対幹部ハリー・タヌの所有するテレビ局の関連会社や、かつて南スマトラ州知事選挙でクイックカウントの捏造を行った会社が含まれている。クイックカウント実施会社が共同記者会見を開いた際に、これら4社は欠席した。ジョコウィの勝利を伝えた会社は定評があるが、多くがジョコウィ支持を打ち出していたため、中立性に疑問が呈された。今回の件で、クイックカウントに対する信頼が失われる懸念がある。

7月22日の総選挙委員会(KPU)による公式開票結果の発表へ向けて、両陣営の駆け引きはリアルカウントへと舞台が移った。両陣営とも、それぞれの勝利を正当化する数字を出している。このリアルカウントでKPUの開票プロセスに影響を与えようとしている。

KPUのウェブサイトには、投票所ごとの開票集計結果表がスキャンされて掲示されているが、そのなかに不正の疑いのあるものが発見された。合計が合わない、空白だった百の桁に1などの数字が加えられた、両陣営の証人の署名がない、などの欠陥がある。またマレーシアからの郵送投票の9割がプラボウォ票だったことが問題視されており、公式の集計結果表が偽造・捏造される懸念が高まっている。

国会では議会構成法が改正され、国会議長を総選挙結果の第一党から自動的に選ぶ形から国会議員の投票で選ぶ方法へ変更された。プラボウォ陣営はこれを「プラボウォ当選への布石」と位置づけたため、今回第一党となった闘争民主党が激しく反発している。

まさか「プラボウォ当選」のシナリオ通りに事が進んでしまうのか。不気味な自信を見せるプラボウォ陣営だが、焦りも交じる。

【インドネシア政経ウォッチ】第90回 『人民の灯火』がジョコウィを攻撃(2014年6月26日)

今回の大統領選挙戦の特徴のひとつは、候補を個人攻撃する誹謗・中傷のひどさである。総選挙監視委員会によると、ジョコウィへの攻撃がプラボウォへの8倍に達した。

なかでも、タブロイド紙『人民の灯火』(Obor Rakyat)は、「ジョコウィはキリスト教徒」「米国の手先」「メガワティの操り人形」「実は華人」など、事実を歪曲(わいきょく)した悪意ある記事でジョコウィを厳しく攻撃した。この『人民の灯火』によって、ジョコウィ=カラ組の支持率は約8%下落したと見られる。

『人民の灯火』は、ジャワ島各地のプサントレン(イスラム寄宿学校)へ広範に無料配布された。各プサントレンの住所を把握している宗教省の名簿が使われた可能性がある。 西ジャワ州バンドン中央郵便局から一括で10万袋(1袋10部程度)以上発送されたが、それだけで2億ルピア(約170万円)かかる。ジョコウィ側は、『人民の灯火』を含む自陣営への誹謗・中傷攻撃に約200億ルピア(約1億7,000万円)がつぎ込まれたと見ている。

警察の捜査等により、『人民の灯火』の編集長スティヤディが大統領府地域開発担当特別スタッフだと分かったが、大統領府は関与を強く否定した。スティヤディは先のジャカルタ州知事選挙でジョコウィに敗れたファウジ・ボウォ前知事の選対メンバーで、任期を全うせずに大統領選挙に出たジョコウィへの恨みが動機という。出版資金は自前調達したと言い張るが、誰もそれを信じていない。

攻撃記事を書いたのはダルマワンというベテラン記者で、スティヤディとはかつて週刊誌『テンポ』で一緒だった。ジョコウィを批判するネット媒体『イニラ・ドット・コム』に属し、『人民の灯火』はその系列のイニラ出版で印刷された。ダルマワンは1990年代からイスラム系雑誌等に執筆し、以前からプラボウォ周辺に近かったと見られる。

その規模から見て、『人民の灯火』は相当に組織的な作戦だったとみて間違いない。ジョコウィ側も、誹謗・中傷を否定するタブロイドをプサントレンなどへ配布し始めた。

【インドネシア政経ウォッチ】第89回 第2回討論、両者とも精彩を欠く(2014/06/19)

6月15日夜、大統領候補による2回目のテレビ討論が生中継された。今回のテーマは経済開発と社会福祉で、副大統領候補を伴わず、プラボウォとジョコウィの一騎打ちとなった。

両者とも、インドネシアの国益に沿った自立した競争力のある経済を確立する、貧困層に配慮した社会福祉を進める、といった開発の方向性に大きな違いはなかった。外国資本に対しては、表現に差はあるものの、インドネシア自身の利益に沿わない場合には規制をかけるという点で同じだった。自国民を念頭に置いた選挙運動を行っているため、実際の政策はより現実的になると予想されるものの、注意を払う必要はある。

しかし、両者の政策実施の方法論は全く違っていた。プラボウォは国富が外国資本を通じて国外へ大量に漏れていることを前提に、その漏れをなくし、国内で活用することで、インフラ整備も庶民経済も社会福祉も実現できると説いた。とくに大臣や官僚の福利厚生を高め、適切な政府介入を行うことを強調した。また、外国投資を歓迎するが、地場企業を弱体化させないことを求めた。

他方、ジョコウィは、既存の予算を精査し、効率的かつ公正に執行するための電子化を進め、燃料補助金などを削減して教育・保健へ振り向けるとした。とくに教育は彼の説く「精神革命」の根本であり、「最優先で予算配分する」と述べた。外国投資については、既存の契約の順守が基本だが、中身を精査し、国家利益を著しく阻害するものは改訂するという考えを示した。

テレビ討論を見る限り、両者とも経済は得意でない様子がうかがえた。とくにジョコウィは言葉に力がなく、いかにも自信なさげだった。一方、プラボウォは朗々と話すものの、中身が乏しかった。創造産業に関する議論で、プラボウォが「良いものは良いと認めたい」とジョコウィに賛意を示す一幕もあったが、両者とも精彩を欠き、筆者から見ると、引き分けに終わった観がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第88回 第1回討論会はジョコウィが圧倒(2014年6月12日)

6月9日夜、正副大統領候補による第1回のテレビ討論が生中継された。テーマは民主主義、清潔な政府、法の支配の確立である。

プラボウォ=ハッタ組の弁舌は滑らかで、さすがに演説慣れしている。しかし、話のほとんどは規範的かつ一般的な内容に終始し、司会者の質問に的確に答えられない部分もあった。他方、ジョコウィ=カラ組の弁舌はややぎこちなく、持ち時間をかなり余すなど、時間を有効に使えなかった。ただ、話のなかには電子政府システムの構築や地方への予算施行など、 細かいテクニカルな内容も含まれ、司会者の質問にもほぼ的確に答えていた。

圧巻は、両者間での相互質問だった。ジョコウィ=カラ組のカラは、プラボウォが大統領に当選した場合、彼自身が関わったとされる活動家の拉致・行方不明事件など過去の人権問題へどう対処するかを質した。プラボウォは「自身が軍職を解かれたのは上官の判断」「人権問題に関わったかどうかは上官に聞いてほしい」とやや感情的に答えたが、その判断が不当であるとは訴えなかった。

間接的だが、プラボウォは公開の場でその上官の判断を容認したのである。そして、「爆弾などを使って国家破壊を企てる者たちから国を守ってきた」「罪のない多くの国民を守ってきたのが自分だ」と強調した。過去の人権問題への対応に関する答えはなかった。

一方、プラボウォはジョコウィに対して、金のかかる地方首長選挙や地方政府分立への対処法を質した。ジョコウィは、地方首長選挙の一括開催や開発効果を基にした地方政府分立案の検討を通じて、予算節約を図ると答えた。国家予算を使って地方政府を中央に従わせる「予算政治」という用語を使った。

途中、プラボウォ=ハッタ組がジョコウィ=カラ組の主張する電子政府システムに賛成するなど、第1回討論はジョコウィ=カラ組が圧倒したという見方がソーシャルメディアでは支配的だった。大統領選挙投票までにテレビ討論はさらに4回開催される。

【インドネシア政経ウォッチ】第87回 政党の党員拘束は効かない(2014年6月5日)

総選挙委員会は5月31日、書類審査、健康診断などの結果を踏まえ、プラボウォ=ハッタ組とジョコウィ=カラ組を正副大統領候補として正式決定し、翌6月1日、 前者が1番、後者が2番と候補ペア番号を確定した。そして6月4日から選挙運動が始まった。

各政党は、中立を表明した民主党を除いていずれかの候補ペアへの支持を表明したが、各党内は支持一本化でまとまっていない。最終段階でプラボウォ=ハッタ組への支持を表明したゴルカル党では、「支持と大臣ポストとを取引したことは許せない」と息巻く若手党員や退役軍人出身者のほか、カラ元副大統領の地盤であるインドネシア東部地域の党地方支部の一部が公然とジョコウィ=カラ組支持を唱えている。

ゴルカル党のアブリザル党首は、党の方針に従わない党員への処分をちらつかせるが、元党首のカラ自身が党員でありながらジョコウィと組み、それを黙認したことからも分かるように、党の方針に反する者を除名した前例がない。ジョコウィ=カラ組へは、ゴルカル党の半数以上が支持に回ると見ている。

また、ハッタが党首を務める国民信託党(PAN)では、PANの設立者であるストリスノ元党首がジョコウィ=カラ組支持を表明し、同組の選挙チームに加わった。

他方、ジョコウィ=カラ組を支持する民族覚醒党(PKB)でも、当初大統領候補としていたマフッド元憲法裁判所長官と歌手のロマイ・ラマが同党執行部への不満を露わにし、プラボウォ=ハッタ組の選挙チームへ加わった。

中立を掲げた民主党も分裂した。大統領候補選考会に出た党員も、ダラン国営企業大臣やパラマディア大学のアニス学長はジョコウィ=カラ組へ、ユドヨノ大統領の従兄弟であるプラモノ元陸軍参謀長やマルズキ国会議長はプラボウォ=ハッタ組へそれぞれついた。

このように、大統領選挙では政党による党員拘束が実はほとんど効かない。したがって、政党を軸に大統領選挙を予測するのはあまり有効ではないと考える。

【インドネシア政経ウォッチ】第86回 正副大統領候補決定、一騎打ちへ(2014年5月22日)

大統領候補届け出の締め切り1日前の5月19日、2組の正副大統領候補の出馬宣言が行われ、大統領選挙は一騎打ちとなることになった。

大統領候補のジャカルタ首都特別州のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)知事は、ゴルカル党の重鎮ユスフ・カラ元副大統領を副大統領候補と発表し、ジャカルタ市内の「1945年闘争会館」で出馬を宣言した。ジョコウィ=カラ組は、闘争民主党(PDIP)、民主国民党(NasDem)、民族覚醒党(PKB)、ハヌラ党の4党が推薦する。出馬宣言後、2人はPDIPのメガワティ党首宅に寄った後、自転車で総選挙委員会へ出向き、 届け出を済ませた。

もう1人の大統領候補、グリンドラ党のプラボウォ党首は、ハッタ・ラジャサ国民信託党(PAN)党首・前経済調整大臣を副大統領候補と発表し(届け出は20日)、スカルノ初代大統領が住んだ「ポロニアの家」で出馬宣言をした。プラボウォ=ハッタ組は、グリンドラ党、PAN、開発統一党(PPP)、福祉正義党(PKS)、月星党(PBB)に加え、総選挙得票率2位のゴルカル党が土壇場で加わり、6党が推薦することになった。

ゴルカル党は、ジョコウィかプラボウォかで支持が揺れたが、アブリザル・バクリー党首へ一任された。まず、プラボウォへ接近するが、3兆ルピアの献金を要求されて決裂。次にジョコウィへ接近し、連携の見返りに11閣僚ポストを求めて拒否された。そして最後、プラボウォが上級相ポストをアブリザルに提示した後、プラボウォ支持が確定した。ゴルカル党は党員のユスフ・カラを支持せず、他党候補を支持することになった。

残る民主党は、大統領候補党内選考会で1位となったダラン・イスカン国営企業大臣を擁立せず、 副大統領候補にユドヨノ党首(大統領)の義弟であるプラモノ・エディ元陸軍参謀長を推し、アブリザルと組ませようとしたが、断念した。民主的な手続きを無視しても、汚職事件への関与を疑われるユドヨノ周辺を守る意味合いがあり、親族であるハッタ側につくものと見られる。

【インドネシア政経ウォッチ】第85回 ジョコウィ人気に陰り?(2014年5月8日)

大統領選挙投票日の7月9日まで2カ月となった。しかし、2期10年で任期満了となるユドヨノ大統領に代わる新大統領を選ぶというのに、ユドヨノ再選となった前回と比べても、今回はさらに盛り上がりに欠けている。

4月9日投票の総選挙(議会議員選挙)の開票確定結果は5月9日に公表される予定だが、それに基づいて各党の得票数や議席数が確定し、政党間の合従連衡を経て正副大統領候補ペアが具体的に決まるので、大統領選挙が盛り上がるとすればその後だろう。

そんな低調ムードのなか、想定される大統領候補の人気投票最新版の結果が5月4日に発表された。SMRCというコンサルティング会社によると、ジャカルタ首都特別州知事のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)の支持率は、2013年3月時点では41%だったが同年12月には51%まで上昇。それが14年2月には39%へ一気に下がり、同年3月に52%に急上昇した後、同年4月には再び47%へ下降している。

一方、グリンドラ党のプラボウォ党首の支持率は、13年6月時点で20%程度だったのが、14年4月には32%へ大きく上昇している。過去1年の支持率の変化を見ると、プラボウォの方がジョコウィよりも急上昇したことになる。

ちなみに、ゴルカル党のアブリザル・バクリー党首は14年4月現在で9%程度であり、大統領選挙は事実上、ジョコウィとプラボウォの2人で争われる形となっている。低調な雰囲気のなかで、メディアやインターネットを使ったジョコウィ陣営とプラボウォ陣営の中傷合戦は、露骨な個人攻撃も含めて激しさを増している。

もっとも、現時点で確実に大統領選挙へ出馬できそうなのは、闘争民主党と全国民主党(NasDem)が推し、民族覚醒党(PKB)も加わるのが確実なジョコウィのみである。他方、プラボウォ側は、党首を務めるグリンドラ党と他党との連立がまだ固まっておらず、焦りすら見える。その意味でも、人気がやや落ち目とはいえ、ジョコウィがまだリードを保っているといえる。

【インドネシア政経ウォッチ】第79回 闘争民主党と「空気」を読む政治(2014年3月20日)

3月14日、闘争民主党のメガワティ党首は、ジャカルタ首都特別州のジョコ・ウィドド(通称・ジョコウィ)州知事を同党の大統領候補と正式に決定し、ジョコウィもそれを受諾した。ジョコウィの出馬表明で、4月9日投票の総選挙(議会議員選挙)と7月9日投票の大統領選挙が一気に動き始めた。

過去に大統領を務め、前回も前々回も大統領選挙に出馬したメガワティ党首は、今回も出馬に固執しているという見方もあった。なぜなら、闘争民主党はメガワティの父であるスカルノ初代大統領の政治思想を継承し、今回の大統領候補決定を含め、メガワティがすべてを決める「メガワティの党」だからである。当然、ジョコウィを利用して総選挙に勝利し、それを踏まえて自分が出馬、というシナリオもあり得た。

だが、世論調査の結果は、メガワティの当選可能性はジョコウィよりもはるかに低いことを示した。党内にはメガワティを大統領候補、ジョコウィを副大統領候補にする考えもあったが、「ジョコウィを自分の権力欲のために利用した」との批判が巻き起こり、場合によっては、ジョコウィが党を離れる事態も考えられた。ジョコウィ人気を総選挙での闘争民主党の勝利に活用したい。しかし、ジョコウィが副大統領候補では党への支持が集まらない。メガワティは現実的な選択をした。

ちまたでは、「ジョコウィが大統領になる」という「空気」が強まって、面と向かってジョコウィを批判できない雰囲気すら漂い始めている。筆者は、ジョコウィが不出馬の場合の政治的混乱や治安の悪化をむしろ懸念していた。同時に、「空気」を読んだ機会主義者が、これからジョコウィへどんどんすり寄っていく。実際、総選挙を戦う前から、複数の有力政党がジョコウィと組む副大統領候補について言及している。

ジョコウィと組む副大統領候補は誰か、大統領選挙でどのぐらい得票するか、後任のジャカルタ首都特別州知事には華人系のアホック副知事が就くのか、政治の焦点は移り始めている。

【インドネシア政経ウォッチ】第72回 憲法違反でも選挙は実施(2014年1月30日)

憲法裁判所は1月23日、国会議員選挙と分けて大統領選挙を行うことは憲法違反との判断を下した。インドネシア大学のエフェンディ・ガザリ講師と『同時選挙のための国民連合』という団体が求めた違憲審査が認められたことになる。

憲法の第6A条2項には「大統領・副大統領候補ペアは、総選挙参加政党もしくはその複数政党の連合体によって総選挙実施前に決定する」とあるほか、第22E条には「総選挙は国会議員、地方代表議会議員、正副大統領、地方議会議員を選出するために実施される」とあり、総選挙後に、政党が合従連衡して正副大統領候補ペアが決まる現状は違憲状態にあるとの判断である。

ただし、憲法裁判所は、2014年の総選挙と大統領選挙は実施準備が最終段階に入っているとして、現状のまま実施し、同時選挙は次回の19年から実施することも決定した。これに合わせて、地方議会議員選挙と地方首長選挙も、20年からの同時実施が検討されよう。

現在の制度では、国会議員選挙と地方議会選挙を「総選挙」と称して同時に実施し、その後に大統領選挙が行われるが、地方首長選挙は各州・県・市でそれらとは関係なくバラバラに実施されている。今後は国会議員選挙と大統領選挙、地方議会選挙と地方首長選挙がそれぞれ同時に実施されることになる。

今回の憲法裁判所の判断に対しては、同時選挙とすることによって費用と労力を軽減し、有権者も理性的な判断がしやすくなるとの期待がある一方、政治家からは14年の選挙が憲法違反のまま行われることへの批判もある。違憲判断で14年の総選挙・大統領選挙が中止となる可能性もあったが、結局、それは回避された。

一方、「国会議員選挙で25%以上の得票率の政党または政党連合のみが正副大統領候補ペアを出せる」という規定についても違憲審査がなされたが、憲法裁判所はそれを退けた。これにより、14年の総選挙・大統領選挙の実施に関する懸念事項は解消された。

【インドネシア政経ウォッチ】第70回 ジョコウィ立候補を阻むものは?(2014年1月16日)

7月の大統領選挙を前に、ジャカルタ首都特別州のジョコ・ウィドド(以下、ジョコウィ)州知事への期待が高まり続けている。彼自身は大統領選挙への立候補について何も発言していないが、現時点で選挙が行われれば、確実に彼が当選する。

有力紙『コンパス』の大統領候補に関する世論調査では、2013年12月時点でのジョコウィの支持率は、前回13年6月の32.5%から43.5%へと大きく上昇した。すでに立候補を表明しているグリンドラ党のプラボウォ党首は15.1%から11.1%へ低下、ゴルカル党のアブリザル・バクリ党首は8.8%から9.2%へ微増、ハヌラ党のウィラント党首が3.3%から6.3%へ上昇しているが、ジョコウィへの支持は圧倒的である。

これに気をよくしているのは、闘争民主党(ジョコウィは同党の一般党員)である。同党は「ジョコウィ・ブーム」を活用し、大統領選挙前の4月の総選挙(議会議員選挙)で第一党となる戦略である。そしてメガワティ党首は、「大統領候補の正式決定は総選挙後」「大統領候補の決定は党首に一任されている」とし、自身の立候補に含みを残している。

もっとも、これは選挙へ向けた政党間の政治的駆け引きの一環とみたほうがよい。実際、大統領候補としてのメガワティの人気は微々たるもので、ジョコウィとは雲泥の差がある。闘争民主党がメガワティを大統領候補、ジョコウィを副大統領候補とすれば、不人気のメガワティの個人的エゴと捉えられ、闘争民主党への支持は急速に冷めるだろう。勝手に膨らむ人気に押され、ジョコウィは大統領選挙に立候補せざるを得なくなったと言ってよい。

では、ジョコウィ立候補を阻むものはあるのか。スキャンダルや汚職疑惑以外に、心配なのはジャカルタの洪水である。抜本的な洪水対策に取り組まざるを得ない状況になれば、「それを放り投げて大統領選挙に出るのは許されない」と他党が騒ぎ立て、真面目なジョコウィは洪水対策に専心するだろう。その意味でも今季の洪水は注目である。