バトゥ、ジャカルタへ出張(2018年5月11~17日)

先週は、JICA中小企業海外展開支援事業(案件化調査)「バトゥ市青果物のサプライチェーン再構築と福島との共同ブランディング事業案件化調査」チームの一員として、インドネシアの東ジャワ州バトゥ市とジャカルタへ出張しました。

バトゥ市では、本調査の内容や方向性について、バトゥ市長及び政府関係者と議論したほか、ジャカルタでは農業省において、本調査に関する意見・情報交換を行いました。

本調査チームは、福島にある銀嶺食品、JAふくしま未来、中央大学の杉浦教授、ERM Japan、私などから構成されています。断食明けの7月に、バトゥ市長を団長とするバトゥ市訪問団を福島市へ招聘する予定です。

懇談後にバトゥ市長らと。高橋奈央子氏撮影。2018年5月14日、バトゥ市長室にて。

福島=バトゥ事業のキックオフ・ミーティング

2018年4月26日、JAふくしま未来のオフィスにて、福島市とバトゥ市(インドネシア・東ジャワ州)との間の農業協力事業に関するキックオフ・ミーティングを行いました。本件のタイトルは「バトゥ市青果物のサプライチェーン再構築と福島との共同ブランディング事業案件化調査」です。インドネシア側とのキックオフ・ミーティングのため、5月12~15日に相手であるバトゥ市を訪問します。

福島とバトゥ、農業分野で連携へ

今年は、JICA案件で、何度も福島市とインドネシア・東ジャワ州のバトゥ市とを行き来しました。

そして、この案件での最後のインドネシア出張(10/30-11/5)で、福島市の銀嶺食品を中心に、バトゥ市と農業分野で連携していく方向性が明確になりました。

11/8付の福島民報が以下のリンクで報じています。

6次化福島モデル世界へ インドネシアに農業支援 銀嶺食品

なお、インドネシアのバトゥ市での面会は、複数の現地紙で報道されています。

Datang ke Kota Batu, Pejabat Jepang: Apel Batu Belum Seperti Apel Fukushima

(バトゥ市へ来た福島の高官:バトゥのリンゴはまだ福島のリンゴのようではない)10/31付 Surya Malang

Fukushima Kembangkan Apel Batu

(バトゥのリンゴを福島が発展させる)10/31付 Malang Post

Kota Fukushima-Kota Batu Jajagi Kerjasama Peningkatan Branding Buah Apel

(福島市とバトゥ市、リンゴのブランディングを高める協力を進める)10/31付 Malang Voice

いよいよ、これからです。

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バトゥ市長とともに。

福島市の皆さんとマラン市・バトゥ市へ

JICA案件の関係で、福島市の皆さんをお連れして、7月26〜28日、インドネシアの東ジャワ州マラン市とバトゥ市へ行ってきました。

この案件では、農業部門において、日本の地方自治体とインドネシアの地方政府とが官民連携できる可能性を探ることを目的としています。

福島市とマラン市・バトゥ市をつなげるものは、果物です。今回の出張では、マラン市・バトゥ市の現場を実際に視察しながら、果物の生産・加工において、両者で協力・提携できるものがあるかどうか、ありそうな場合にはどのように協力・提携を進めていくか、といったことを話し合いました。

日本でよく言われる6次産業化という観点からすると、マラン市では、農民と果物集荷業者と加工・販売業者が密接な関係を結ぶなかで果物加工が進められている一方、バトゥ市では、観光を刺激として、農民(または農民グループ)が加工と販売へ乗り出す形が生まれてきており、2つのタイプの異なる6次産業化の端緒が見られるのが興味深いです。

福島市はこれまで桃、梨、リンゴなどの生食用の果物を中心に生産してきましたが、今後は、規格外品を使った加工にも力を入れていく方向を示しています。

原発事故で被った放射性物質への極めて厳しい対策の経験を踏まえた、安全安心な農産物出荷への福島市の取り組みは、今後、インドネシアや東南アジアの他地域の農産物との差別化を進めるという文脈で、マラン市やバトゥ市も大きな興味を示していました。

9月には、今度は、マラン市とバトゥ市の農業局長が福島市を訪れ、農業システムの現状を視察し、協力・連携の可能性をさらに探る予定です。

マラン市やバトゥ市が福島市から学ぶことは大いにありますが、実は福島市がマラン市やバトゥ市から学ぶことも色々ありそうで、今後の展開が楽しみになってきました。

 

【スラバヤの風-25】国内唯一のリンゴの運命は?

寒冷な地方で育つリンゴが熱帯のインドネシアでも栽培されているのをご存知だろうか。国内で唯一、リンゴ栽培の行われているのが東ジャワ州バトゥ市周辺である。

バトゥ市は面積202平方キロメートル、人口約20万人。標高2000メートル以上の山々の裾に位置する、平均海抜827メートルの高原都市である。市内には洞窟、温泉、プール、動物園、観光農園、遊園地などのほか、ホテルや別荘が多数あり、週末や祝休日には多くの観光客が訪れる。その数は年間約300万人、国内有数の観光都市でもある。

バトゥ市は2001年にマラン県から分立した。このため、バトゥで栽培されるリンゴは、今も「マラン・リンゴ」(Apel Malang)と呼ばれることが多い。

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バトゥでリンゴが栽培され始めたのは植民地時代の1930年代で、涼しい気候に目をつけたオランダ人が苗木を持ち込んだ。その後、リンゴ栽培は拡大し、リンゴを使ったドドール(日本の羊羹に似た菓子)、クリピック(スナックせんべい)、リンゴ酢などが作られ、リンゴを自分で摘める観光農園も広がった。

しかし、1980年代頃から、他の果物や高原野菜、花卉など、より儲かる産品への転換が急速に進んだ。たとえば、ブミアジ郡では、最盛期に約300ヘクタールあったリンゴの栽培面積が今では60〜70ヘクタールへ減少し、ミカンへ15〜20ヘクタール、サトウキビへ約20ヘクタールと転換し、10年前から宅地化も進行した。

バトゥで栽培される野菜には有機肥料を使うのが一般的で、リンゴもそうだった。しかし成果が上がらず、リンゴだけは再び化学肥料へ戻ってしまった。リンゴの木は剪定されずに空高く伸び、果実は直径約5〜6センチと小さい。価格はキロ当たり2500ルピア(約22円)程度と安く、甘みが少ないため、質でも量でも輸入リンゴに対抗できない。

リンゴはもうダメだ、と地元の人は言う。大量のリンゴ輸入のせいだとする声もある。しかし、厳しい言い方をすれば、これは、付加価値を上げる栽培・加工上の工夫を追求できなかった結果である。国内唯一のリンゴは、果たして復活できるのだろうか。

 

(2014年5月10日執筆)