オイルパーム農園開発と闘う慣習法社会~中カリマンタン州キニパンの土地紛争~(松井和久)
【よりどりインドネシア第77号所収】
経済開発に付随して起こる、開発する側と開発される側との間で生じる土地紛争は、インドネシアでは、1960年代から続く大きな問題です。
大統領府土地問題解決促進チームによると、2016~2019年に全国から666件の紛争報告があり、これは17万6,132世帯の145万7,084ヘクタールが係争地となっています。そして、コロナ禍の2020年3~7月だけで28件の紛争報告が上がっています。
今回取り上げる中カリマンタン州でも、2005~2018年に住民とオイルパーム農園企業との紛争が少なくとも345件起こっています。とくに近年、土地紛争とともに、住民側が犯罪者扱いされる犯罪化のケースが目立ってきています。
今、インドネシアの各地で、長年にわたって地域に根づいてきた慣習法(adat)に基づく資源管理を行ってきた住民が先祖伝来のコミュニティの土地や資源をどう守るかという点と、政府が伝統社会の住民のエンパワーメントを図って生活を豊かにさせたいという点とがうまく調和できずに、外来の民間大資本による開発が優先されてしまう現実があります。
今回はその一例として、中カリマンタン州ラマンダウ県バタンカワ郡キニパン村を中心とする、ラマン・キニパン慣習法社会(Komunitas Adat Laman Kinipan: 以下「キニパン慣習法社会」とする)とオイルパーム農園開発会社 PT. Sawit Mandiri Lestari(以下「SML社」とする)との紛争の話を取り上げます。
直近の出来事のハイライトは、2020年8月26日、キニパン慣習法社会のエフェンディ・ブヒン(Effendi Buhing)代表が警察に逮捕された事件でした。ブヒン代表は、SML社のオイルパーム農園開発がキニパン慣習法社会の管理する慣習法林(hutan adat)に入ってくることを阻止する住民運動の中心メンバーで、長年、運動の先頭に立ってきました。
慣習法林を守る運動を続けてきたブヒン代表逮捕の情報は、SNS等を通じて広く拡散されました。そして、全国各地の慣習法社会の連合体である全国慣習法社会連合(AMAN: Aliansi Masyarakat Adat Nusantara)などが中心となり、地元の中カリマンタン州はもちろん、全国各地で逮捕への抗議デモが起こり、国際的にも注目される事態となりました。
中カリマンタン州の州都パランカラヤでのブヒン代表逮捕への抗議デモ (出所)https://indonews.id/artikel/312338/AMAN-Adukan-Polisi-Penangkap-Ketua-Adat-Kinipan-ke-Kompolnas-dan-Divpropam/
ブヒン代表の逮捕理由は、SML社所有のチェーンソーの窃盗を首謀という容疑で、警察は「慣習林や土地紛争とは関係ない」としていますが、そのように額面通りには受け取れない背景がありました。
以下では、ブヒン代表逮捕事件の流れをみた後、キニパン慣習法社会側とSML者側の大きく食い違う言い分を照らし合わせ、慣習法社会とオイルパーム農園開発の紛争の背後でうごめく政治利権の世界へ迫ってみたいと思います。
(以下に続く)
- ブヒン代表逮捕事件をめぐって
- SML社側の言い分
- SML社のオイルパーム農園開発史
- 慣習法領域の登録
- キニパン慣習法社会から見た変遷
- SML社をめぐる利権構造