【インドネシア政経ウォッチ】第46回 貧困層向け現金給付はどう使われるのか(2013年 7月 11日)

前々回の本コラムで取り上げたように、石油燃料値上げの補償プログラムとして、政府は貧困層へ現金直接給付を始めている。社会保障カード(KPS)が配られた1,550万世帯へ計9兆3,000億ルピア(約940億円)を給付するのだが、案の定、登録漏れや不正受給などの問題が起きている。一部では、末端の村長が「政府から名簿が来ていない」として給付を拒む事態も出ている。

現金直接給付は、1世帯1カ月当たり15万ルピアを一定期間給付する。石油燃料値上げによる諸物価上昇が最も打撃を与える、貧困層の購買力低下を緩和するための措置である。

では、実際に給付された現金はどう使われているのだろうか。現金直接給付は2005年と08年にも実施されており、その際に政府は追跡調査を行っていた。その結果のほんの一部が先週の『コンパス』紙に紹介されていた。

05年の調査によると、調査対象の約60%は給付された現金を借金の返済に充てていた。貧困層の多くは、あちこちから借金をしながら生活必需品などをそろえている。農民や漁民は毎月定期的に収入がなく、日々の現金需要を知人や高利貸などからの借金で補う。だが、現金が借金の返済に消えるのでは、貧困層の購買力を補填して内需を保つという趣旨には合っていない。貧困層の生活を助けてはいるが、購買力は低下したままということになる。

借金返済のほかでは、たばこ代にも消える。最貧困層の半数以上がたばこを吸っており、物乞いがたばこを吸っている光景もよく見る。中央統計局が毎年貧困線の基準を算出する際にも、たばこ代のウェイトが大きい。先般、たばこ税の引き上げでたばこが値上げとなったこともあり、給付現金がたばこ代に消えることが予想されるのである。

借金もたばこも、現在の貧困層の生活にとっては必需である。給付現金は彼らを貧困から抜け出させるのが目的ではない。給付される一定期間、その重荷を緩和するに過ぎない。中進国を目指すインドネシアの貧困問題はまだまだ終わらない。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第44回 石油燃料値上げと補償プログラム(2013年 6月 27日)

西インドネシア時間6月22日午前零時、政府は満を持して石油燃料を値上げした。ガソリンは1リットル当たり4,500ルピア(約44円)から6,500ルピアへ、軽油は同じく5,500ルピアへ、全国一律の引き上げである。すぐに、各地の公共交通料金が15%程度値上げされた。

今回の石油燃料値上げは用意周到だった。まず、値上げの影響が大きいとされる貧困層1,550万世帯向けに暫定直接補助金(BLSM)9兆3,000億ルピアを配る。1世帯・1カ月当たり15万ルピアを2カ月分ずつまとめて郵便局で受け取る仕組みである。

政府は6月初め、すでにこの貧困層へ社会保障カード(KPS)を配っており、その保持世帯のみにBLSM受給資格を与えた。最終的に、人口の約25%に当たる6,000~6,300万世帯へKPSが発行される予定だが、今回のBLSMの対象は1,550万世帯に限られる。KPS保持世帯は、家の床がタイル張りでない、部屋が狭苦しい、電気使用が微量、世帯収入元が不明確、などの特徴のある世帯である。KPSは個人情報がバーコード化されているので不正しにくいはず、と政府は説明する。

ほかに、貧困層向けにコメの廉価支給プログラム(Raskin)があり、向こう15カ月間、KPS保持世帯へ毎月15キログラムのコメを1キログラム当たり1,600ルピアで販売する。また、貧困学生支援プログラムもあり、KPS保持世帯の小学生へ年間1人45万ルピア、中学生へ同75万ルピア、高校生へ同100万ルピアが奨学金として支給される。対象生徒は1,660万人である。

ユドヨノ大統領が石油燃料値上げをなかなか発表しなかったのは、実は、これらの仕組みの準備に時間がかかっていたためともいえる。実際、KPS保持者情報を受け取っていないとして、末端レベルの村長がBLSMの配布を見合わせるなどの混乱が見られる。それでも、2005年や08年の貧困層向け直接補助金に比べれば上出来という評価である。

14年の大統領選挙を控え、確かに政治的な得点稼ぎの意味はある。しかし、KPS導入は一過性ではなく、今後の国民皆健康保険導入などへつながる動きとしても注目される。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第43回 学生の石油燃料値上げ反対デモ(2013年 6月 20日)

補助金対象石油燃料の値上げを控え、全国各地で学生らによる反対デモが頻発している。とくに激しいのが南スラウェシ州の州都マカッサルで、州知事庁舎へ強引に突入しようとした学生らと警官隊が衝突したほか、連日、古タイヤを路上で燃やしたり、タンクローリーを襲ったりして、幹線道路を封鎖し、大渋滞を引き起こしている。

かつてマカッサルに長く住んだ筆者の記憶では、激しい学生デモがマカッサルで起こり始めたのは1996年頃である。発端は乗合バスの料金値上げ反対デモだったが、学生らが警察を挑発、それに乗った警察が発砲して学生が死亡、地元紙の1面にその遺体の写真が掲載された。これをきっかけに拡大したデモは軍や警察に対する反抗デモへと転化し、スハルト強権体制への批判につながっていった。振り返れば、あれがその後の体制転換への導火線だったとも思える。

その後も、事あるごとに学生デモが頻発し、マカッサルは「デモの町」というイメージが固定した。だが、学生に聞くと、理論武装のための学習会を行った形跡はない。何が目的か分からない者も多数いた。カネをもらったと白状する者さえいた。こうして、学生デモは一種の「伝統」となり、先輩らのそれを超えること自体が目的となる。渋滞を引き起こす自分らのパワーに酔っているのかもしれないが、住民には本当にいい迷惑である。

実際、デモで目立つ学生活動家は政治の世界へ入っていく。学生デモは政治家へのステップなのである。今回、全国各地でデモを主宰するのは、イスラム学生連合(HMI)やインドネシア・ムスリム学生行動連盟(KAMMI)など全国組織のイスラム系学生団体であり、多くの政治家の出身母体でもある。

マカッサルなど、デモの起こっている地方都市はまさに地方首長選挙の最中であり、学生の先輩である政治家がこの機会を利用する。同様に、石油燃料値上げ反対を標榜した福祉正義党(PKS)など政党の動きとも連動していることはまず間違いない。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第41回 燃料値上げ反対の福祉正義党(2013年 6月 7日)

牛肉輸入枠をめぐる汚職事件に深く関与した福祉正義党が、来年の総選挙を控えて、組織存続のためになりふり構わぬ行動に出た。ユドヨノ政権が計画している補助金対象石油燃料の値上げに反対の姿勢を明確にしたのである。同党は政権与党であり、しかも、値上げに賛成した過去もある。だが、党内では、今回の牛肉輸入枠汚職事件で、ユドヨノ大統領が守ってくれなかったことへの不満が大きいと予想される。

福祉正義党は、牛肉輸入枠を特定業者に配分するために工作した見返りとして業者から賄賂を受け取っただけでなく、それを組織的にマネーロンダリング(資金洗浄)した疑いが持たれている。実際、党所属の一部政治家の問題で済ますことはできず、党首や党最高顧問までもが積極的にかかわった疑いが出ている。

牛肉輸入枠をめぐっては、党員のススウォノ農相の関与も取り沙汰され、このままでは福祉正義党は解党せざるを得ないとの危機感さえも現れている。実際、それを見越すかのように、すでに、党幹部のタムシル・リルン国会議員がマカッサル市長選挙へ立候補を表明するなど、福祉正義党の地盤沈下を見越した生き残り策を模索する党員も出始めた。

もともと福祉正義党は、清廉なイスラムのイメージを前面に、反汚職のためのジハード(聖戦)を訴え、旧来政治の刷新を目指す政党だった。コーランに基づくイスラムの教えを忠実に伝えるダクワ(布教)政党の一面も持ち、イスラム原理主義的な性格さえうかがえた。しかし、イスラム政党への支持が広がらないなかで、ユドヨノ政権与党となって政治の現実世界へのかかわりを強めるにつれ、同党だけが清廉さを維持することは難しくなった。そして今回の汚職事件で、かつての清廉イメージは回復不可能となった。

福祉正義党の石油燃料値上げ反対表明は、汚職事件から世論の目をそらせる小細工に過ぎない。世論の目は厳しく、解党の危機はむしろ深まっていくことだろう。

 

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