【スラバヤの風-12】リスマ=ジョコウィ+アホック

昨今、ジャカルタ首都特別州を変えようとするジョコ・ウィドド(ジョコウィ)州知事とアホック州副知事が注目されているが、スラバヤのリスマ市長も負けてはいない。どこにでもいる普通のおばさんといった風貌の彼女は、ジョコウィの庶民性とアホックの戦闘性の両方を兼ね備え、スラバヤを変革してきた手腕が国内外から高く評価されている。

トゥリ・リスマハリニ(リスマ)市長の前職はスラバヤ市環境美化局長だった。2005年に同局長へ就任後、市内の緑化やゴミ対策など環境改善へ取り組んできたが、政治的野心はなかった。2010年、3期目に立候補できないバンバン市長(当時)が副市長へ立候補して市政をコントロールするため、彼女を市長候補に担ぎあげた。しかし、当選後のリスマ市長は副市長の操り人形にはならず、独自のスタイルを見せていった。

リスマ市長の庶民性に関するエピソードは事欠かない。彼女はバイクの後部座席にまたがり、カンプンの細い路地へ入って住民と直接対話し、そこで出された問題を解決していく。毎朝の散歩の際にゴミを拾って歩くのが日課であるが、水が濁って悪臭を発する排水路に溜まったゴミを見つければその場で自ら掻き出す。汚れないように指先でゴミをつまんでいたアシスタント職員には「明日から出勤に及ばず」と告げ、その場で解雇した。 夕方から夜にかけては、公園でたむろする若者たちに声をかけ、家へ帰って勉強するように諭す。東南アジア最大ともいわれる赤線地帯を閉鎖に至らせ、売春婦の再就職や売春に走る少女たちの更生にも熱心に取り組む。さらに、目の前で交通渋滞があれば、乗っていた車からいきなり降りて、自ら交通整理を始めることさえあった。

リスマ市長は同時に、間違ったことに対する戦闘性も発揮する。たとえば、パサール・トゥリを緊急視察した際に、建物のデザインが当初の予定と違っていたことに怒り、本来のデザインに1週間で戻させた。また、2ヵ月経っても工事を始めない建設業者に対して、工事の中止やブラックリスト化だけでなく、裁判に訴えると圧力をかけた。

ジャカルタ首都特別州のアホック副知事は、許認可などの行政サービス、効率的な予算作成手法、ゴミ対策などをスラバヤ市から学ぶことを表明している。リスマ市長はジョコウィとアホックの特徴を兼ね備えるだけでなく、彼らの学びの対象ともなっている。 リスマ=ジョコウィ+アホック。従来とは根本的に異なる新しい指導者が地方から生まれ始めている。

 

(2013年10月18日執筆)

 

 

【インドネシア政経ウォッチ】第123回 追加提案予算で法外なマークアップ(2015年3月12日)

ジャカルタ首都特別州のアホック州知事と州議会との間の対立が先鋭化している。先週、アホック州知事が州議会による追加提案予算の中身を暴露する事態が起きた。

例えば、州内8郡・56区すべてに無停電装置(UPS)を配置する予算は1台42億ルピア(約3,900万円)、中学校21校へは同60億ルピアが計上された。UPSはパソコンなどの電源確保に使われ、通常でも200万ルピア程度であることからすれば、法外なマークアップとなる。ほかにもアホック州知事の開発思想に関する3巻本の出版予算に30億ルピアが計上された。

アホック州知事が確認すると、担当部局長や郡長・区長などは全く知らない提案であった。アホック州知事自身が開発思想の3巻本の出版を提案するはずもなかった。

州政府と州議会は2015年度予算の総枠を73兆ルピアとすることで1月初旬に合意した。これを受け、アホック州知事は各部局に対して州議会からの追加予算提案を認めないよう指示した。州議会本会議での予算審議が終了し、予算案の数字を電子予算システムへ入力する間際になって、州議会は前述の事例を含む8兆8,000億ルピアの追加予算をひそかに提案してきた。実は、予算審議終了後に州議会が追加提案予算を出すのは長年の慣例となっていた。

アホック州知事は、州議会からの追加提案予算を含まない当初予算案を中央政府(内務省)へ提出した。しかし、内務省はこの予算案を差し戻し、州議会の同意を求めた。州議会を無視して当初予算案を内務省へ提出したアホック州知事に対して、州議会はその責任を問いただす質問権の行使を決めた。一方、アホック州知事は、州議会による追加提案予算に汚職の疑いがあるとして汚職撲滅委員会(KPK)へと報告した。

不正を追及するアホック州知事に対して、州議会は議会制民主主義にのっとった手続き論を唱える。しかし、制度や手続きを悪用した不正資金づくりの一端が見える形となった。

【インドネシア政経ウォッチ】第103回 宗教をめぐる新たな動き(2014年10月9日)

ジョコウィ次期大統領がジャカルタ特別州知事を辞任し、規定に従って同州のアホック副州知事が州知事に昇格する。しかし、イスラム擁護戦線(FPI)などイスラム強硬派の一部が、アホックの昇格に反対するデモを繰り返している。彼のこれまでの言動が過激で思慮を欠くということのほか、華人でキリスト教徒ということを反対の理由としている。

先のジャカルタ特別州知事選の際にも、FPIなどはジョコウィと組んだアホックに対して同様の批判を行ったが、選挙結果を左右することはなかった。アホック自身、かつて9割以上の住民がイスラム教徒であるバンカブリトゥン州東ブリトゥン県知事を務め、在任中に多数のモスクを建設したことで大きな支持を得ていた。

しかし、FPIなどの行動には一貫性がない。FPIはアホックを批判する一方で、新たに選出されたゴルカル党のスティヤ・ノバント国会議長(キリスト教徒)はむしろ歓迎している。イスラム教を建前にしているが、ただ単に「アホックが嫌いだ」という感情的な理由で動いていることの証左である。FPIなどがアホックを批判するのは、彼が地方首長選挙法に反対して、所属していたグリンドラ党を離党したことも関係があるはずである。

アホックは「身分証明証の宗教欄をなくすべき」とも主張し、それを支持する知識人らも現れた。ジョコウィ新政権構想でも、一時、宗教省を廃止する案が有力視されたが、時期尚早として見送られた。宗教欄や宗教省の廃止論の背景には、宗教の政治利用だけでなく、アフマディヤなどイスラム教少数派への多数派からの迫害を防ぐ意味がある。

他方、政府内には、宗教の定義自体を緩めようという見直し論も出ている。宗教省は、規定の6宗教以外の地方宗教についても、信仰ではなく宗教として認める可能性を探るため、実態調査を開始する。「唯一神信仰」という建国五原則(パンチャシラ)の第一原則との食い違いの問題はあり得るが、注目すべき動きである。

【インドネシア政経ウォッチ】第99回 カキリマの合法化(2014年9月11日)

ジャカルタ首都特別州は、カキリマと呼ばれる移動式屋台や露店の合法化を開始した。カキリマとは5本足という意味で、移動式屋台にある2つの車輪、営業場所で屋台を固定する支え棒、それに人間の足2本、の5本の「足」があることから「カキリマ」と呼ばれる。カキリマは、都市雑業層、いわゆるインフォーマル・セクターを象徴する存在である。

州政府は、カキリマに対して事業内容票の作成、州営バンクDKIへの預金口座開設、デビットカード機能付きの会員証の作成を求め、それを満たせば、カキリマを正式の商業活動として認めることとした。カキリマはこれまで1日5,000ルピア(約45円)の場所代をクルラハン(地区)治安秩序員へ現金で支払ってきたが、今後それは、州利用者負担金(retribusi)として、デビットカードによる自動引き落としの形で支払うことになった。

インフォーマル・セクターに属するカキリマは、正式の営業許可も場所の使用許可もなしに活動し、それが故にいつでも警察の取り締まりの対象になるという恐怖感を持つとともに、警察に対抗して彼らを守る「ならず者集団」(プレマン)に金を払ってでも従属せざるを得ない、という弱い立場にあった。参入障壁の低いカキリマは、こうしてなかなか近代的な商業活動へ育つことが難しかった。

そこへ行政が介入した。州政府がカキリマを強制排除せず、フォーマル・セクターへ導く役目を果たし始めた。カキリマの営業上の権利を守る一方、そのために必要な義務を果たすよう求めている。たとえば、先の条件が満たせなければ、カキリマの営業は認められない。また、歩道や公園でのカキリマの営業は認めない方向で、シンガポールのように特定の場所へカキリマを移転させていくことが予想される。

これは、ジョコウィ=アホックのコンビが率いるジャカルタ首都特別州で起こっている変化の一コマである。果たして、ジョコウィ次期大統領の下で、こうした変化が全国各地で見られるようになるのだろうか。

【インドネシア政経ウォッチ】第79回 闘争民主党と「空気」を読む政治(2014年3月20日)

3月14日、闘争民主党のメガワティ党首は、ジャカルタ首都特別州のジョコ・ウィドド(通称・ジョコウィ)州知事を同党の大統領候補と正式に決定し、ジョコウィもそれを受諾した。ジョコウィの出馬表明で、4月9日投票の総選挙(議会議員選挙)と7月9日投票の大統領選挙が一気に動き始めた。

過去に大統領を務め、前回も前々回も大統領選挙に出馬したメガワティ党首は、今回も出馬に固執しているという見方もあった。なぜなら、闘争民主党はメガワティの父であるスカルノ初代大統領の政治思想を継承し、今回の大統領候補決定を含め、メガワティがすべてを決める「メガワティの党」だからである。当然、ジョコウィを利用して総選挙に勝利し、それを踏まえて自分が出馬、というシナリオもあり得た。

だが、世論調査の結果は、メガワティの当選可能性はジョコウィよりもはるかに低いことを示した。党内にはメガワティを大統領候補、ジョコウィを副大統領候補にする考えもあったが、「ジョコウィを自分の権力欲のために利用した」との批判が巻き起こり、場合によっては、ジョコウィが党を離れる事態も考えられた。ジョコウィ人気を総選挙での闘争民主党の勝利に活用したい。しかし、ジョコウィが副大統領候補では党への支持が集まらない。メガワティは現実的な選択をした。

ちまたでは、「ジョコウィが大統領になる」という「空気」が強まって、面と向かってジョコウィを批判できない雰囲気すら漂い始めている。筆者は、ジョコウィが不出馬の場合の政治的混乱や治安の悪化をむしろ懸念していた。同時に、「空気」を読んだ機会主義者が、これからジョコウィへどんどんすり寄っていく。実際、総選挙を戦う前から、複数の有力政党がジョコウィと組む副大統領候補について言及している。

ジョコウィと組む副大統領候補は誰か、大統領選挙でどのぐらい得票するか、後任のジャカルタ首都特別州知事には華人系のアホック副知事が就くのか、政治の焦点は移り始めている。