ブカシで技能実習生OBとの面会

2月13日、ジャカルタで用事を1件済ませた後、スディルマン通りからクバヨランバルを抜けて、テンデアン通りを通って、高速道路に乗るまで1時間半、それから1時間かけて、予定より1時間遅れの夜8時にブカシ着。待ち受けていた技能実習生OBと面会した。

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彼らは、アイムジャパンの技能実習生派遣事業で日本に行った経験を持つ方々で、インドネシア研修生事業家協会(Ikatan Pengusaha Kenshusei Indonesia: IKAPEKSI)の幹部たちだった。IKAPEKSIは、アイムジャパン事業で日本へ行き、帰国した後に、事業を行っている元研修生の集まりで、全元研修生4万5,000人のうち、約6,000人がIKAPEKSIの会員、ということであった。

この組織は、彼らが自発的に作ったもので、日本側からの関与はない、とのことである。

彼らは、今後、日系企業とどのような関係を持っていけるか模索している様子。まずは、IKAPEKSIの存在を日本側へアピールすることが必要だろう。とにかく日本が好きなんだ、と、こちらが恥ずかしくなるぐらい、強くアピールされた。

インドネシアと日本との関係をより深く確実なものにしていくためには、毎年毎年ほぼ自動的に増え続ける日本への研修生とどのように付き合っていくか、帰国後の彼らを日本側がどうサポートしていくかが重要になるだろう。元研修生は、ジャカルタ周辺だけでなく、インドネシアの地方のほぼ全てに存在しており、日本人が地方へ旅をしたり、あるいは日本語パートナーズが地方の高校で活動する際には力強いサポーターになってくれるものと思う。

もちろん、元研修生にも色々な人がいるだろう。真面目に事業を行っている人もいれば、日本へ行ったのはカネだけが目的だった人とか、日本人をカモにしよう、日本人にタカろうと思っている人さえ、いるかもしれない。だから、元研修生といっても、必ずしもいい人とは限らないので、それをどのようにコントロールするかも課題ではないか、とIKAPEKSIの方々にはひとこと釘を刺した。

彼らは3月7日、ブカシで全国大会を開催するそうで、さっそく、そこで講演するよう頼まれただけでなく、アドバイザーになって欲しいとも頼まれた。彼らの存在を活かしていくことが、今後のインドネシアと日本との関係を広く深くするためにも重要だと考え、引き受けることにした。

彼らと一緒に、これから何を起こしていけるのだろうか。彼らには、日本の地方都市で過ごした経験を持つ者が少なくない。また、帰国後、インドネシアの地方で活動しているものも少なくない。日本の地方とインドネシアの地方を結びつけたい自分としては、何か面白いことができる要素があるような気がする。ちょっと楽しみではある。

 

インドネシア・ウォッチ講演会のお知らせ(2015.3.4)

久々に、ジャカルタでインドネシア・ウォッチ講演会を行うことになりました。

以前お世話になったJACインドネシアと一緒に、下記のような内容で講演させていただきます。よろしければ、是非ご参集ください。

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インドネシア・ウォッチ講演会

「試練に直面するジョコウィ新政権 ~もがき続けるインドネシアの民主主義~」

2014年10月の発足から約4ヵ月を経たジョコウィ政権は、早くも様々な試練に直面しています。大統領選挙で破ったプラボウォ支持派を何とか懐柔し、国会運営を軌道に乗せ始めた矢先に、新国家警察長官任命をめぐって、警察と汚職撲滅委員会との対立が激化してしまいました。その背景には、政党や官僚に翻弄されるジョコウィ大統領の優柔不断さと孤独が見て取れます。

国際収支安定化、国内産業競争力強化、地域格差是正という経済政策の基本線は堅持されており、投資許認可プロセスの改善なども進められていますが、民主主義の成熟が今後のインドネシアの安定を支えていけるのかどうか。本講演では、試練に直面するジョコウィ新政権の虚と実に迫ります。

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日時:2015年3月4日(水) 9:00 – 11:30 (受付開始 8:30)

場所:Fortice セントラル・スナヤン2 オフィス
Sentral Senayan 2, 16th Floor, Jl. Asia Afrika No. 8, Gelora Bung Karno, Senayan, Jakarta

参加費:550,000 ルピア(税込)

*当日、現金にてお支払い頂きます。その際に、JACインドネシアより領収書をお渡しします。
請求書がご入用の場合は、別途事前にご連絡下さい。

定員:60名(定員になり次第、締め切らせていただきます)

申込方法: 下記をアルファベットにて記入の上、JACの藤倉さん(fujikura@jac-recruitment.co.id)までお申し込みください。
1)会社名 (アルファベット・ローマ字にてご連絡ください)
2)氏名および役職
3)メールアドレス
4)携帯電話番号
5)参加ご希望のセミナー名

ワークショップ進行役(2015.1.28)&バンコク(2015.1.29-1.31)

今週は私の誕生日から始まりましたが、怒涛のような一週間でした。ふーっ。

1月27日に某日系企業でインドネシア人職員を相手に、インドネシア語で午前午後2回の講演&ワークショップを行なったことは、一つ前の活動報告で書きました。

翌28日は、経済産業省主催の「インドネシア日本、新たなパートナーシップ」(知日派セミナー)と題するワークショップで、午後の経済分科会のパネルディスカッションにおいて、日本語とインドネシア語で進行役を務めました。

パネルディスカッションなので、台本はなく、パネリストがどんなことを話すかも予め分からず、出たとこ勝負。果たして、3時間の間にうまくまとまるのかどうか、ハラハラのし通しでした。

それでも、中身のある議論をしたいと思ったので、パネリストの話した内容を咀嚼しながら、議論を深めようと努めた結果、「インドネシアの製造業競争力強化のために、インドネシアと日本が協力して人材をどのように育てるのか」という一点に絞った議論とならざるを得ず、他の想定トピックは割愛せざるを得ませんでした。いったい、会場の200名以上の出席者の方々には、どのように受け止められたのでしょうか。

これだけでもうヘロヘロで、終わった途端にどっと疲労感が溢れかけていたのですが、すぐに気を取り直し、休みもとれないまま、ワークショップのレセプションでも進行役を続けました。パネルディスカッションと比べれば、こちらはずいぶんと気が楽。

2人の友人に登壇してもらい、TEDx風にプレゼンをしてもらいました。2人ともインドネシア人と日本人のハーフで、両者の架け橋になるという思いをプレゼンに込めてもらいました。これからの新しいインドネシアと日本との関係の拡大・深化のなかで、彼らのような両者を体現する方々にどんどん活躍していただきたいと願いました。そして、進行役の私は「彼らこそがインドネシア=日本の未来そのものです」と叫んでしまいました。

28日のワークショップとレセプションが終わったら、もうダメでした。27日から連日の疲労がどっと押し寄せ、ベッドの上に横たわったら、翌朝まで眠り続けてしまいました。

29日はジャカルタからバンコクへ移動。同乗したジャカルタの英国国際学校の生徒たちが機内で大騒ぎしていたため、ゆっくりと休むこともできないまま、バンコクに到着。

夜は、束の間の楽しみでした。以前の職場の後輩や知人たちと久々に再会し、沖縄料理屋で飲んで語り合いました。私も含めて、以前の職場を離れてから様々なことがありました。でも、こうやって集まると、あたかも昨日も会ったかのような気分になれるのは、本当に嬉しいことです。ただし、疲労困憊の身に泡盛はちょっと辛かったです。

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30日は、バンコクで朝から夕方まで会議。アジア各国で活動するジェトロの中小企業海外展開現地支援プラットフォーム・コーディネーターが一同に会した会議でした。会議の内容はともかく、素晴らしい方々に出会えて、とてもよい刺激になりました。

さて、今日(31日)は、バンコクからジャカルタへ向かいます。今晩はジャカルタで1泊し、明日、来客アポを1本こなしてから、夜便でスラバヤへ戻ります。その後は、少しゆっくりしたいです。本当に。

 

日系企業での連続講演(2015.1.27)

1月27日は、ジャカルタから車で2時間のチレゴンへ行き、某日系企業に依頼された講演を午前・午後2回にわたって行なってきました。

内容は、どのようにして社内のコミュニケーションを改善して働きやすい職場を創っていくか、というテーマで、午前中は管理職・マネージャー、午後は一般職員を相手に、ほぼ同じ内容でインドネシア語での講義を行いました。

内容については差し控えますが、一方的な講義ではなく、参加者とやりとりをしながらの講義、というかワークショップに近いようなやり方で進め、参加者の気づきを促そうと努めました。

ただし、午前と午後ではテーマに対する反応が異なり、企業における責任の所在、帰属意識の大小の違いが現れたものと理解しました。

たとえば、事例討議で、「ある職員の子どもが産まれそうなのだが、その職員は、会社にとって必須の会議に必ず出席するように社長から命じられている。その職員は妻の出産に立ち会えないことに憤っている。このケースの場合、社長の命令は間違っているか」という問いを投げかけました。

管理職・マネージャーは「それはやむを得ない。その職員は妻に了解してもらって会議に出るべき」と答えましたが、一般職員は「その職員がかわいそうだ。社長は間違っている」と答えました。その後、色々議論を深めて、社長は最後まで代替案を探そうと努めること、妻には納得してもらうこと、出産に立ち会えずに必須の会議に出てほしいと言われたその職員は会社にとって不可欠な人材であることを認識すること、などが事前の解決策として出されました。

実は、この日は、3時間ぐらいしか寝ておらず、午前・午後、集中して参加者と議論を進めるのはかなりきついものがありました。実際、午後は、ちょっと気を許すとボーっとしてしまいそうな状態で、何とか最後まで緊張感を持ち続けられたのは本当にラッキーでした。

さて、今日(1月28日)は、午後に「日本=インドネシアの新パートナーシップ・シンポジウム」(知日派セミナー)で、日本語・インドネシア語でのバイリンガル進行役を務めます。昨晩は6時間ぐらいは眠れたので、何とか、最後まで持ちこたえられるといいのですが。

 

ジャカルタで地場中小企業調査結果ワークショップ(2015.1.14)

日本経済研究所(JERI)の2名のコンサルタントと一緒に、インドネシアの地場中小企業へのインタビュー調査結果をフィードバックするワークショップを1月14日、ジャカルタのホテル・グラン・メリアで開催しました。

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ワークショップには、工業省中小工業総局長のほか、協同組合・中小事業省からは次官が3名出席するなど、関心の高さがうかがえました。

我々のチームは、2014年10月下旬〜11月上旬に、自動車部品を製造する地場中小企業17社のインタビュー調査を行ないました。その結果を踏まえ、かつ、工業省中小工業総局および協同組合・中小事業省による政策と照らし合わせながら、いくつかのポイントに論点を絞って議論を行いました。

そのポイントとは、地場中小企業による大企業へのマーケティングと新技術導入・設備投資を支える政策金融の2点です。

大企業へのマーケティングのためには、地場中小企業による共同受注をいかに可能とするかが課題の一つですが、そのためには、そこに関わる地場中小企業各々の詳細なデータベースづくりが必要となる、と提案しました。しかし、議論を通じて、データベース作りを担う優秀なコンサルタントをどう確保するか(インドネシアの経営指導員・中小企業診断士では難しいのではないかとの声あり)、データベースを作った後のデータの更新・メンテナンスを継続して行える体制を作れるのか、といった課題も明らかになりました。

また、新技術導入・設備投資のための政策金融については、既存の工業省による機械更新補助金やKURなどが念頭に置く中小企業に比べて、自動車部品製造の中小企業の設備投資額がかなり大きくなることから、同一レベルでは考えられないのではないかという声がありました。政策金融を新たに特殊銀行のような機関を作って実施するというアイディアに対しては、過去の経験を踏まえ、消極的な意見が出されました。

ともかく、今後のインドネシアでの中小企業支援政策を考えていくうえで、いくつかのヒントを提示することはできたのではないかと思います。最終報告書は3月、委託元である日本の中小企業庁へ提出される予定です。

それにしても、日本語とインドネシア語を怪しげに使い分けながら、3時間以上の議事進行を、途中でだらけることのないよう、集中して行なったため、かなり疲れました。しかも、朝から飲まず喰わずだったので、午後3時半に、我慢できずにペペネロでミートソース・パスタを食べてしまったのでした。そして、その2時間半後には焼肉+石焼ビビンバを食べてしまったのでした。

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LEADプログラムの若者とディスカッション(2015.1.13)

1月13日、スラバヤ11月10日工科大学(ITS)にて、LEADプログラムに参加している若者9人とディスカッションを行う機会がありました。

LEADプログラムは、各国で将来指導者となる若者への教育訓練プログラムで、今回の9人はNGO活動家、大学教師、企業CSR担当者などでした。

与えられたテーマは「社会起業家と持続のための社会開発」。何を話したらいいのか、全くまとまらず、プレゼン資料を何も用意できないまま、ディスカッションに臨みました。

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社会起業家と単なる起業家との違いは何か、という問いから始め、利益獲得動機から始まる起業家と問題解決動機から始まる社会起業家との違いについて気づいてもらいました。

すると、一人の参加者から、自分が問題だと思っているものと村人が問題だと思っているものが違っていて、村人は何も分かっていないと思った、という経験談から、正しい問題を見つけ出すことが社会起業家にとって重要だという気づきが現れ、どうしたら問題を正しく認識できるかという話になりました。そこで、事実質問の重要性について少し話をしました。

準備不足のディスカッションで、参加者が果たして満足できたのかどうか、私としては何とも言えませんが、少なくとも、彼らにとって、よく聞く話ではなかったような印象を持ってくれた様子でした。

ともかく、やはり、インドネシアの若者たちとのディスカッションは楽しいです。

スラバヤで愛媛県商談会(2015.1.12)

スラバヤへ戻った翌日の1月12日、さっそく仕事開始!

というわけで、シェラトン・スラバヤで開催された愛媛県商談会へ出かけました。商談会自体への出席ではなく、愛媛県からきた中小企業の面談が3件あり、同じくJETROプラットフォーム・コーディネーターの宮本敬太氏とともに、スラバヤの状況等についてお話をしました。

夜は、愛媛県主催の懇親会に招かれ、愛媛県の中村時広県知事とも色々とお話する機会に恵まれました。県知事は以前、商社に勤めていた際、ジャカルタに度々来て仕事をしていたとのことで、1980年代半ばのインドネシアの話題で盛り上がりました。

商談会自体は、愛媛県からの企業さんにもそれなりに好評だったようです。スラバヤで商談会をやってよかった、と少しでも思ってくださったなら、個人的にはとても嬉しいです。

 

バニュワンギは可能性いっぱいの県

東ジャワ州東部のバニュワンギ県は、ジャワ島の最東部、バリ島に面した県です。なぜかスラバヤでは、「バニュワンギ県にはぜひ行きなさい」と様々な人から勧められていたので、何があるのか、一度行ってみたいとずっと思っていました。

12月18〜19日、そのバニュワンギ県へ行ってみました。18日、まずは、バニュワンギ県知事のアズワル・アナス氏と面会。まだ40歳の若いこの県知事は、様々な斬新で革新的な行政運営で、東ジャワ州内、いや全国的にも注目されている県知事です。

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県知事との面会は1時間弱でしたが、やる気満々の様子。1年間ほぼ途切れなく続くイベントを活用しながら、バニュワンギ県を対外的にアピールし、アグロ関連への投資を積極的に誘致しようとしています。許認可はもちろんワンストップサービス、許認可手続にかかる時間は全国でも有数の速さを自認しています。

県知事と面会した後、県許認可サービス局で細かな投資環境についての話を聞き、詳細な情報を得ることができました。この県許認可サービス局には相談室が設けられ、入口には、バニュワンギ県の年間イベントカレンダーに関する垂れ幕が掲げられていました。

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今回の出張でお世話になっているインドネシア銀行ジュンブル支店は、バニュワンギ県で有機農業の支援も行っている。インドネシア銀行はインドネシアの中銀ですが、もともとはオランダ植民地時代のジャワ銀行を起源としており、CSRの一環として、地方支店は地元の中小企業や地域産業の振興に貢献することが求められています。今回は、彼らとともに、有機農業で赤米や黒米を生産している農民グループを訪ねました。

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19日は、バニュワンギ県許認可サービス局の職員の案内で、まず、漁港とそのすぐ側にあるロングビーチを訪問しました。バリ島を前に見る素敵なビーチでした。

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バニュワンギの北方向の海岸はなかなかきれいですが、ここはけっこう深い海のようで、新しい港の建設計画がいくつかあるとのことでした。

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この海岸から遠くないところに、工業団地をいくつか建設する計画があり、そこにはすでに、インドネシアの大手食品工場や製粉工場のほか、中国の製鉄会社が進出を計画しているということでした。ここでのポイントの一つは、水深18メートルの港湾建設計画でした。

それら工業団地の一つを建設予定の民間企業ウォンソレジョ社で話を聞きました。すでに、政治家ルートで、日系企業からも問い合わせが来ているとのことでした。

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バニュワンギ県は、実はコーヒーの産地でもあります。標高の低いところでとれるロブスタ種ですが、バニュワンギ県内でのローカルブランドをいくつか立ち上げ、地場コーヒーの振興を試みていました。味もなかなかで、ロブスタ種でも美味しいものは美味しい、と感じました。

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端的に言えば、バニュワンギはいろいろな意味で可能性がいっぱいの県だと思いました。スラバヤよりもバリのほうが近い、という地理的条件も、このバニュワンギをユニークなものとしているように思われます。

バニュワンギ県の投資環境調査結果については、別途、ジェトロを通じて報告を行う予定です。

ニュースレター発行終了に関して

2012年9月から開始し、JACニュースレターとして2014年9月まで継続、JAC退職後も購読期間の残った方へ送り続けてきた、私のインドネシア政治経済に関する週刊ニュースレターの発行を本日付で終了。これまで全2615本の記事を送りました。

来年以降の活動の方向性を踏まえ、今後どうするか現在検討中です。

インドネシア政治経済に関する有料メルマガを新たに発刊するか。その場合、購読してくださる方はどれぐらいいるのか。他方、私家版として自分の作業用メモに留めるほうがよいのか。

ご意見・ご提案等あれば、よろしくお願いいたします。

枝豆のジュンブル県を訪問

12月17〜19日の予定で、東ジャワ州ジュンブル県とバニュワンギ県を訪問し、投資環境情報を収集中です。この2県は、スラバヤにてよく話題にのぼり、なぜそんなに注目されているのか、一度行ってみて中身を確かめたいと思っていました。

この2県には、スラバヤから直行便が飛んでいます。一つの州のなかだけで直行便が複数ルート飛ぶというのは、広大なパプア州などを除いてとても珍しいことです。

ジュンブル県へは、1日1便、ガルーダ・インドネシア航空がプロペラ機を飛ばしています。時間節約のため、今回はこれでスラバヤからジュンブルへ飛びました。

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ジュンブル空港にて

ジュンブル県は、もともと高級葉タバコの産地。国内のタバコ工場へ出荷するだけでなく、葉巻などの原材料としてヨーロッパへ輸出されています。葉タバコ栽培やタバコ工場が大きな雇用機会となっていますが、近年、合理化のためタバコ工場が相次いで閉鎖されたことが大きな話題となっています。

今回は、中銀であるインドネシア銀行ジュンブル支店のお世話になっています。インドネシア銀行はもともとオランダ植民地時代のジャワ銀行を前身としており、単なる金融管理だけでなく、CSRとして地場の事業者育成や地域振興に対しても取り組んでいます。ジュンブル支店は今回訪問したジュンブル県、バニュワンギ県のほか、ルマジャン県、ボンドウォソ県、シトゥボンド県の計5県を管轄しています。

インドネシア銀行ジュンブル支店のアレンジで、ジュンブルにあるインドネシア国内最大の枝豆工場へも訪問しました。

ジュンブル県の枝豆工場にて。

ジュンブル県の枝豆工場にて。

日本へは冷凍して枝豆を輸出していますが、かつて枝豆生産がここで始まった陰に、日本のジェトロ(日本貿易振興機構)の貢献が大きかったことを遅ればせながら知ることができました。

これからどのように生産規模を大きくしていくか、原材料供給増のためにどのように農家レベルでの枝豆生産を増加させていくかが課題となっています。枝豆自体は、インドネシアでは、通常の大豆よりもかなり価格が高く、消費者から見ればまだ高級品ですが、健康食品としての認知度が高まっており、Edamameという日本語が定着しつつあります。

今回は時間の関係で訪問できませんでしたが、ジュンブルには農業省管轄のコーヒー・カカオ研究所があります。次回、訪問する機会があれば、この研究所にも行ってみたいと思います。

また、ジュンブルは、ジュンブル・ファッション・カーニバル(JFC)というイベントでも有名で、毎年、違ったテーマを決めて、様々に工夫をこらしたコスチュームをまとった人々が街中を練り歩きます。この時期には、約10万人の観光客が訪れ、ジュンブルのホテルだけでは訪問者を収容できず、近隣のボンドウォソやルマジャンのホテルにまで人があふれるそうです。現在、ジョコウィ大統領が市長を務めていた時のソロをはじめ、インドネシアでは約20の地方自治体でカーニバルを行なっていますが、それを最初に始めたのがこのジュンブルだったとのことです。

なお、今回の訪問中に、地元のメディアからインタビューを受け、KISS FMというラジオ局の記事になりました。参考までにリンクを貼ります。私が話したニュアンスとはちょっと違うのですが、まあ、しかたないでしょう。

Investor Jepang Tertarik Berinvestasi di Jember Dan Banyuwangi

今回のジュンブル県、バニュワンギ県での投資環境調査の詳細については、別途、ジェトロへの報告書として公表する予定です。

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