インドネシアのメーデーに思う
インドネシアは、今年から5月1日が祝日になった。メーデーとしてである。
インドネシアは、いつの間にか、労働組合が堂々と動ける国になった。堂々と動けるだけでなく、政治的な圧力団体の一つとして認知されるに至った。力を持ったと認識した労働組合は、数の力で自分たちの要求を通そうとすらする。そうした労働組合を、政党や政治家は自分たちの得票のために活用しようとしている。
スハルト時代、労働運動は基本的に制限され、SPSIのみが唯一の翼賛的な労働組合として認められていた。SPSIは政府に協力的で、労働争議が頻発するといったことはまずなかった。あったとしても、左翼的な行動と捉えられ、事実上、弾圧の対象となった。
大統領選挙を前にした時期が時期だけに、各労働組合連合体が自分たちの支持する大統領候補を表明し始めている。
最も活発にデモや労働争議を主導してきたKSPIは、グリンドラ党のプラボウォ党首の支持を表明した。5月1日にKSPIが主催したジャカルタのブン・カルノ競技場での集会にはプラボウォも出席、あたかもプロボウォ支持者の総決起集会の趣さえあった。
もともと、KSPIを率いるサイド・アクバル議長は、政治的野心があると指摘されている。かつては福祉正義党から総選挙に立候補して落選、その後、先の最低賃金引き上げ要求に係るブカシなどでの労働争議では、闘争民主党の政治家に擦り寄った。そして今、グリンドラ党のプラボウォ党首に近づいている。
KSPIは10項目の要求を提示したが、プラボウォはそれをすべて飲むことを約束した。念のため、10項目を以下に挙げておく。
1.2015年の最低賃金を30%引き上げ。最賃計算の根拠となる「適正な生活のための必需品」のアイテム数を現在の60品目から84品目へ増やす。
2.最低賃金の実施凍結を拒否。
3.2015年7月にすべての労働者への年金保証を実現させる。
4.全国民への健康保険の実施。料金を定めた2013年保健大臣令第69号の破棄、健康保険制度や労災制度への監査など。
5.アウトソーシング業務の廃止(とくに国営企業)、同従事者の正規社員化。
6.家事労働者法の制定と出稼ぎ者保護法の改訂。
7.社会団体法の廃止と集会法の制定。
8.臨時公務員・臨時教師の正規公務員化、臨時教師への月100万ルピアの補助。
9.労働者のための公共交通機関と住宅の整備。
10.義務教育12年間の実施、労働者子弟への大学までの奨学金供与。
プラボウォが大統領になったとしても、この約束を守るかどうかはわからない。しかし、今の時点では、KSPIを集票の道具に使いたい。
一方、もう一人の大統領候補のジョコウィは、全く違う行動をとった。大勢の人々が集まる集会には顔を出さず、何人かのインフォーマル部門で働く人々を訪ねたのである。
労働組合に属する労働者は、フォーマル部門で働く賃金労働者である。毎月、定期的に賃金をもらって生活する人たちである。しかし、インドネシアには、そうした正規労働者を上回る数のインフォーマル部門で働く人々がいる。もちろん、労働組合は彼らには遠い存在である。
ジョコウィは、そうした人々への眼差しを忘れていないことを強調するとともに、増長気味の労働組合の要求に対して自省を求めたのである。フォーマル部門の労働者がインフォーマル部門の人々のことをもっと気にしてもいいのではないか、と。
ジョコウィの行動もまた、プロボウォとは別の意味で政治的なパフォーマンスであろう。2014年のジャカルタの最低賃金を前年比10%台に抑えたジョコウィは、KSPIのサイド・イクバルからは敵視されているが、あのとき、結局、ジョコウィが強腕を使わずとも通ってしまったことはもっと注目されてもいいかもしれない。
KSPI以外の労働組合連合体であるKSPSIとKSBSIは、大統領候補としてジョコウィを支持していると言われる。KSPSIのトップは闘争民主党員であるが、分裂したもう一方のトップはゴルカル党員であり、一枚岩と見るのは控えたほうがいいかもしれない。
ところで、プラボウォはまだ、大統領候補として出られるかどうかが実は確定していない。他の政党との連立で、議席数の25%、得票数の20%を超えないと出られないのである。プラボウォが党首を務めるグリンドラ党と正式に連立を決めた政党はまだない。KSPIとの動きなどに、プラボウォの焦りが見られる。
他方、ジョコウィは、闘争民主党、民主国民党(NasDem)、民族覚醒党(PKB)の連立で上記条件をクリアしており、すでに大統領候補として出られることが確立している。ジョコウィのイメージを落とすためのブラックキャンペーンは激しさを増しているが、現段階ではまだジョコウィのほうが一歩リードしている。