【インドネシア政経ウォッチ】第51回 雇用調整は中進国への試練(2013年8月22日)

経常収支悪化、外貨準備高減少、ルピア安、物価上昇、6%を割った経済成長率。インドネシア経済に黄信号がともっている。こうした中、国内では労働集約型産業での雇用調整が少しずつ表面化してきている。

8月のイスラム教の断食明け大祭(レバラン)を前に、中ジャワ州クドゥスのたばこ製造会社では、解雇を言い渡された従業員1,070人が退職金やレバラン手当の支払いを求めてデモを行った。たばこ産業といえば、多数の低賃金労働者を雇用する典型的な労働集約型産業であるが、昨今の禁煙の広がりに加えて、労働コストの上昇が企業経営を難しくしている。クドゥスのほか、ジャカルタのチャクンやマルンダなどでも、このたばこ製造会社と同様のデモが起こった。

インドネシア経営者協会(Apindo)のソフィヤン・ワナンディ会長によると、製靴業ではすでに少なくとも4万4,000人が解雇されたほか、韓国、台湾、日本、インドなど外資系の労働集約型企業の工場閉鎖や撤退により、約10万人が職を失ったと見られている。ソフィヤン会長は、最低賃金の大幅な引き上げなどを政府が容認し、それに対する労働集約型産業への配慮を怠った結果であると認識し、政府の対応を批判している。

1人当たり国民所得が3,500米ドルを超えたインドネシアの労働集約型産業は、もはや低賃金を武器に輸出を伸ばした1980~90年代のそれとは異なる。本来ならば、生産性や効率性を視野に入れたワンランク上の輸出志向の工業化を目指さなければならないのに、政府はそれを怠り、市況の良かった石炭などの一次産品輸出へ回帰してしまった。この間、中国などから工業製品が流入し、それに対抗できない労働集約型企業は徐々に消えていった。

生産性や効率性を度外視して雇用すれば政府が喜ぶ時代は終わった。地場企業でさえも、機械化や合理化を推進し始めている。雇用調整を迫られる現況は、経済悪化による一時的な話ではなく、中進国へ向かうインドネシアの不可避的な試練なのである。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第26回 顕著となる石油ガス部門の貿易赤字(2013年 2月 14日)

2月1日に発表された貿易統計速報によると、インドネシアの2012年の輸出総額は前年比6.6%減の1,900億4,460万米ドル、輸入総額は8.0%増の1,916億7,090万米ドルとなり、貿易収支は16億2,630万米ドルの赤字となった。この貿易赤字については、投資ブームで中間財・資本財の輸入が大きく増加する一方、世界経済の低迷で先進国市場への輸出が伸び悩んだことが原因、と説明される。しかし、貿易赤字を詳しく見ると、石油ガス部門での55億9,220万米ドルの赤字を、非石油ガス部門での39億6,590万米ドルの黒字で補うという構造になっている。貿易赤字で深刻なのは、実は石油ガス部門なのである。

石油ガス部門の貿易赤字を詳しく見ると、原油は14億9,020万米ドルの黒字、石油製品が245億2,130万米ドルの赤字、液化天然ガス(LNG)が174億3,890万米ドルの黒字であり、ガソリンなどの石油精製品の赤字を原油・LNGの黒字で補っている。石油製品の赤字は10年が141億600万米ドル、11年が232億2,120万米ドルで、国際石油価格の変動はあるにせよ、11年頃から大幅に輸入量が増加した可能性がある。インドネシア国内での二輪車及び自動車生産・販売台数の増加とそれに伴うガソリン需要増がある。

インドネシアは石油の純輸入国となり、石油輸出国機構(OPEC)からも脱退。原油からLNGへという動きが加速している。しかし、安泰と思われたLNGでも、インドネシアは輸入を増加させ、12年の輸入額は前年比118.2%増の30億8,160万米ドルとなった。経済成長につれてLNGの国内需要が高まる一方、国内でのガス田開発には時間がかかる。インドネシアは日本などとLNG輸出に関する長期契約を結んできたが、11年の契約更新時にその量を大幅に削減した。かつて日本向けLNG輸出基地だったアチェ州アルンのプラントをLNG輸入基地へ転換する計画もある。すでに国内では、LNG供給不足により、発電所や工場などの現場で生産活動に支障が生じている。

石油ガス部門の貿易赤字は、新規の石油・ガス田開発が進まなければ、ますます顕著となろう。成長するインドネシア経済のボトルネックである。

 

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【インドネシア政経ウォッチ】第7回 警戒すべき経常収支の赤字増大(2012年 9月 13日)

インドネシア経済に、おぼろげながら黄信号が灯り始めたかもしれない。黒字基調だった経常収支が2011年第4四半期(10~12月)から赤字へ転換し、赤字幅は今年第2四半期(4~6月)に69.4億ドルに拡大した。経常収支の対国内総生産(GDP)比も政府目標の2%を上回る3%超となり、公的対外債務比率も久々に30%を超えた。一方で、資本収支の黒字は、直接投資と証券投資の流入で急増し、経常収支の赤字を補てんしている。

輸出減少と輸入増加が、経常収支が赤字に陥っている原因である。輸出では石炭、ゴムなど主要コモディティ価格が低下して生産・輸出とも大きく減少し、繊維・化学製品の輸出も落ち込んだ。国別では中国向けを除いて軒並み減少し、特にシンガポール向けの落ち込みが目立つ。これに対して輸入は、機械類や電機など資本財の輸入増が著しく、国別でも日本や中国からの輸入が急増した。まさに、直接投資がそれに必要な機械などの資本財輸入を誘発している。

実は1980年代半ば~1990年代初期のインドネシアも、同様に大幅な経常収支の赤字に悩んでいた。ただ当時は、金融政策で切り下げた通貨ルピアを武器に、低賃金・労働集約製品の輸出振興を図り、外国から輸出向けの直接投資を呼び込む戦略をとった。

しかし、現在インドネシアに流入する直接投資の多くは、消費ブームに沸く国内市場を標的とし、輸出への貢献は期待できない。労働コストも年々上昇しており、低賃金・労働集約製品の優位性もなくなってきている。また、コモディティ以外に競争力のある輸出品は極めて限定的である。

政府は製造業向けの投資が工業化に果たす役割に期待するが、経常収支の赤字はしばらく続く見通しだ。それにどこまで耐えられるのか。輸入増は外貨準備を減少させ、通貨ルピアへの信頼を低下させる。米ドル買いなどの投機的な動きが海外への資本逃避を誘発すれば、国内市場は一気に冷え込む可能性もある。1990年代後半の通貨危機の経験を踏まえ、慎重に動向を見極める必要がある。

 

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2013年の経済成長見通し

インドネシア政府関係者は、2013年のインドネシアの経済成長率について、現段階でどのような見通しを持っているのか。

公式の政府による2013年経済成長率目標は、今のところまだ6.6〜6.8%である。識者によれば、ポイントは対米ドルレートが1米ドル=9700ルピアよりも下がるかどうか、という点にある。政府内ではもちろん、レートがさらにルピア安に振れることを想定したシナリオもあるようだ。バンバン・ブロジョヌゴロ大蔵省財政政策庁長官代行は6.3%というシナリオがあることを認めているほか、アルミダ国家開発企画庁長官は6.4%程度が現実的という見方をしている。

日本についていうと、対円のルピア・レートは、円安の進行にともなって、大幅なルピア高に転じている。昨年は1円=120ルピア前後で動いていたのが、本日朝時点では1円=102ルピア程度となっている。昨年、実行された投資が今年、原材料や設備を日本から輸入する、というケースならば、円高から円安への転換をうまく活用できるかもしれない。しかし、これからの日本からの投資は、昨年よりもコストがかかるため、相対的に不利にならざるをえない。

インドネシア国内で懸念されるのは、前に本ブログでも述べた輸出減・輸入増による経常収支赤字、ガスも含めたエネルギー供給に加えて、ここ数ヶ月顕著となっているインフレ傾向である。ここ数年安定してきた消費者物価上昇率が、かなり上昇へ転じてきているからである。経常収支赤字、ルピア安、インフレ懸念。これらは、長年にわたって、インドネシア経済の構造的問題とされてきたものだが、かつて懸念することのなかったエネルギー問題がこれらに加わっているのが今の特徴である。

さらに、日本についていうと、このようなインドネシアに対して円は多くの場合、対ルピアで円高だったのが、今は円安となっている。

国内消費需要は、まだある程度の勢いは維持しており、政府は、今年は昨年以上の投資流入を期待している。とくに、近い将来に輸出向け生産を計画している製造業投資を歓迎している。これによって、国際収支上の輸入圧力を抑え、ルピア安にある程度の歯止めをかけたいのである。

2015年のASEAN市場自由化を控えて、インドネシアは製造業における競争力強化に赤信号が灯り始めており、政府は性急に何らかの方策を採らなければと焦っている様子がうかがえる。

2013年のインドネシア経済は、経済成長率の数字以上に、新たな制約事項も加味しながら、インドネシアが本当に経済構造上の問題を克服するきっかけをつかめるかどうかが問われる試練の年となる。

そして、実は、日本からの製造業投資のパフォーマンスがその点に関わる一つの大きなカギを握るような気がしている。投資実施における外国投資の比重が高く、その製造業が二輪車や自動車など、労働集約型ではない次の高付加価値製造業への橋渡し役を果たすものだからである。

日系の製造業投資は、その意味でインドネシア経済における「お客さん」ではなく、「当事者」「アクター」の一つであるという意識をもってもらうとともに、そのような観点から、インドネシア政府に対して、投資環境改善要求を行なっていく必要があると考える。

2012年経済実績のおさらい

すでに、2013年2月時点で発表された数字だが、備忘録として、2012年1年間の経済実績の数字を下記に書き留めておく。

<GDP成長率>
2012年は目標の6.5%を下回る6.23%。

<貿易>
2012年通年の輸出は1,900.4億ドル、輸入は1,916.7億ドルで、貿易収支は16.3億ドルの赤字を記録。石油ガスが59.9億ドルの赤字、他方、非石油ガスは39.6億ドルの黒字。
貿易赤字の大きかったのは中国(81億ドル)、タイ(58億ドル)、日本(56.4億ドル)。ASEAN全体との貿易も4億5540万ドルの赤字。
輸出の61.1%は工業製品。

<観光客>
2012年通年の観光客数は前年比5.16%増の804万人。2012年の観光による外貨収入は前年比5.81%増の91億ドルに達した。
2012年通年の航空利用者数は、国内線が前年比5.87%増の5450万人、国際線が同9.54%増の1190万人。
海運では、旅客数は前年比8.68%減の690万人だが、貨物量は同10.61%増の2億950万トン。
鉄道では、旅客数が前年比1.43%増の2億220万人、貨物量は同15.56%増の2360万トン。

<製造業>
2012年の大中工業生産の成長率は4.12%、小・零細工業生産のそれは4.06%。

<消費者物価上昇率>
2012年通年では前年比4.30%増となり、2011年通年の3.79%増よりは若干上昇したが、比較的低い水準を維持。

<直接投資>
外国直接投資(PMA)が前年比26.1%増の245億ドル、国内直接投資(PMDN)が同21.3%増の92.2兆ルピア。
日本からの投資は前年比67%増の25億ドルで、国別ではシンガポール(49億ドル)に次いで第2位。韓国からの投資は19億ドルだが、2012年第4四半期に限ると、韓国が国別で2位。
外国直接投資の17%(43億ドル)は鉱業部門へ。増加率が最も高かったのは化学・薬品の前年比86%増(28億ドル)。
外国直接投資の立地別では、西ジャワが42億ドル、ジャカルタが41億ドル、バンテンが27億ドル、東ジャワが23億ドル、東カリマンタンが20億ドル。ジャワ島に全体の56.1%。

<自動車・二輪車>
2012年のインドネシア国内での自動車販売総数は111万6230台。また、2012年のインドネシアからの自動車輸出はCKDを含めて27万3490台。
2012年のインドネシア国内での二輪車販売台数は706万台(2011年は801万台)。

輸出の減退、輸入の増加による経常収支赤字を、直接投資・証券投資の流入による資本収支黒字で補って、何とか国際収支(総合収支)全体を保っているという状態。この構造は、かつて、石油ガス依存から脱却しようとしていた1980年代〜1990年代前半のインドネシアの国際収支構造に似ている。あのときには、通貨ルピアが過大評価されがちで、一気にルピアを切り下げたことが何度かあった。現在は、そのようなドラスティックな措置をとれる状況にはなく、中銀が懸命に為替介入を試みながら、ルピアの変動をできる限り緩やかに調整しようと試みている。おそらく、対ドルでのルピア下落はある程度避けられないであろう。

また、経済が発展するにつれて、国内産業のエネルギー需要が高まっている。価格高騰かつ環境負荷の大きい石油から天然ガスへの転換がインドネシア国内でも進んでいるが、ガス田開発の遅れと供給体制の不備などで、北スマトラなど一部の地方ではガス供給が逼迫している(昨年問題となった東ジャワのガス供給逼迫は改善の方向にある)。このため、インドネシアにおいても、石油に加えて、中東地域で輸入向け天然ガスの確保などが始まっている。

自動車や二輪車の販売台数が増えれば、ガソリン需要も増える。インドネシアにはガソリン向け石油精製施設の整備が遅れており、輸入に依存している。このため、自動車や二輪車が増えるとガソリン輸入も増え、経常収支を圧迫することになる。加えて、2014年へ向けた政治的理由から、ガソリン向け補助金の削減が難しくなっており、2013年も財政的にも厳しい状況が続く。

経常収支赤字とエネルギー供給。この二つが、インドネシア経済の持続的発展の鍵を握る重要なファクターとなっている。