ローカルの味方になる

本日、原稿を1本仕上げて、メール添付で送付した。このところ、エッセイのような短いものを多く書いてきたが、原稿用紙換算で30枚ほどのちょっと長めの原稿だった。

これは、昨年半ばからご一緒させていただいているある研究会向けの原稿である。その研究会は、コミュニティビジネスを通じた日本のローカルと海外のローカルとの連携の可能性を考える、けっこう意欲的な研究会だった。「日本の一村一品運動とコミュニティビジネスの関係について話をしてほしい」と誘われ、議論が面白かったので、そのまま研究会に毎月顔を出し、その勢いで僭越にも原稿まで書いてしまった。

2015-12-01 15.52.15

日本のローカルが直面する問題と海外のローカルが直面する問題とは、基本は同じなのではないか。そんなことを10年以上前から感じ、それが正しいのではないかとますます思えるようになってきた。それをひとことで言えば、アイデンティティ危機と言えるかもしれない。地域が、ローカルが、それ自体の存在意義を感じられなくなり始めているのではないか。東京などの中心から見れば、それぞれの地域は地方とかローカルといった概念でほとんど同じに扱われる。

「地方創生」という言葉が大流行りで、それを念頭に置いたプロジェクトや大学の学部さえも出現している。地方創生を絶好のビジネス機会と考えるコンサルタントも少なくないことだろう。我々は、少し前に、「ふるさと創生」という言葉に振り回されたことを忘れてしまったのかもしれない。あの「ふるさと創生」と「地方創生」とは、いったい何が異なるというのだろうか。東京の官僚は、言葉遊びで相違を示そうとするだろう。しかし、ローカルから何か意味のある違いを表出できているだろうか。

国が「地方創生」などと言わずとも、地方は自らを創り続けてきた。その営みに対する国から地方への敬意がこの言葉のなかにあるのだろうか。

シャッターの降りた商店街。耕作放棄された田畑。子どもの声が聞こえなくなってしまった集落で、先祖代々、どのような暮らしの営みが続いてきたか。それを深く思ったうえで、コミュニティが最期を迎えることに敬意を表する。そんな接し方を私たちはしてきただろうか。

人間は誰もが、自分の生き方や生きざまを、何も知らないよそ者に否定されたくはない。自分の暮らし方を正しいか間違っているかなどで計ってもらいたくない。その人がそこでそのように暮らしたことには、それなりのしっかりした理由があり、誰もがそれを認めてほしいと思うはずである。

今の世の中で急速に失われたのは、そうした他者を認め尊敬する気持ちではないか。他者の暮らしの舞台である地方への敬いではないか。本当は複雑な世の中の現実のはずなのに、勝ち負け、白黒、正誤といった単純な二項対立で、それをインスタントに切り取ることで薄っぺらい(安っぽい)自己満足を得ているだけなのではないか。

2020年に東京オリンピックが開催される。でも、日本は東京からは変わらないだろう。いや、日本は、むしろローカルから変わるのではないか。そんな予感を持ち始めている。

進んだ都市が遅れた地方を助けるのではない。進んだ、遅れた、という価値観や概念自体が変わってくるのではないか。それぞれのローカルが各々の評価軸を持ち、他のローカルを真似して事足れりではない、いくつものローカルを自分で創り出す時代がくるのではないか、という予感である。それは、大都市とローカルを、ローカルとローカルを、国境をも超えて、風のように軽やかに行き来する人々によって創られる新しいダイナミックな空間になるだろう。

一人の人間の価値が一本の定規などで測れないように、それぞれのローカルを杓子定規に計ることの愚かさに、少しずつ皆が気づいている。他者と安易に比べず、自分が良いと思う個性を遠慮なく提示し、それを他者と認め合い、楽しみ合う世界。それは夢なのかもしれないが。

それでも、自分はローカルの味方として生きていきたい。日本でも。インドネシアでも。世界中のどこでも。そんなことを思いながら、いつの間にか1月が終わっていた。

 

【活動報告】アジアNGOリーダー塾で講義(2015年10月11日)

ずいぶんと長い間、ブログの更新を怠っておりました。もちろん、生きております。この間にも、ボチボチとですが、活動しておりました。

最近は、インドネシアに関する活動もさることながら、日本やアジアの地域づくりに関わる活動も増やしています。

9月からは、発展途上国のコミュニティ・ビジネスに関する研究会にもお邪魔するようになり、早速、9月14日に「一村一品運動の展開とコミュニティ・ビジネス」という題で発表させていただきました。発表では、「コミュニティ」と「ビジネス」、「ものづくり」と「地域づくり」という観点から、日本やインドネシアでの事例や私自身の経験を交えて、お話をしました。ご興味のある方は、その時に提出したA4で1枚のレジュメをご参照ください(リンクはこちらから)。

この研究会の縁で、アジア・コミュニティ・センター21(ACC21)からお話があり、10月11日、アジアNGOリーダー塾で「途上国の地域づくりとコミュニティ・ビジネス~国際協力NGOの関わり方~」と題して、ちょっとした講義をさせていただきました。塾生の皆さんは意欲的な方ばかりで、ミャンマーからSkypeで参加していただいた方もおりました。

DSC_0505

このときの様子がウェブ上で公開されています。以下のリンクをご参照ください。

開催報告

報告の中でも触れられていますが、日本でもインドネシアでも、おそらくその他世界中でも、コミュニティや地域の抱える根本問題は同じであろうという確信を持っています。それは、「我々は一体何者であるか。我々のいる場所はどのような意味を持つ場所なのか」というアイデンティティの危機ではないかと思うのです。

言い換えると、自分の居場所の問題。自分の居場所、安心できる場所、自分であることを確認できる場所がなくなるということではないか、と。その場所にずっと刻まれてきた自然と人間の営み、それによって育まれてきた様々な慣習や広い意味での文化、それらを含む関係性の総体としての人々の暮らし。

それが色々な意味で壊れていくのではないか、という危機感が、ところ変われば品変わり、程度の差こそあれ、世界中で起こっているのではないか。いや、それは歴史の中でずっと起こってきたことかもしれないが、その危機感がますます強くなっていく世の中なのではないか、と。

そんな中で、もう一度、自分の足元を見つめなおし、外にないものをねだるのではなく、自分にあるもの、自分にしかないものを見つけ出そうとする。そのうえで色々な環境や人々との交わりの中で、新たな何かを作り出していく。そんな自分事として動くプロセスが増えていくことで、世の中が徐々に少しずつ変化していくのではないか。そんなことを思うのです。

ちょっと話はずれるかもしれませんが、パリでのテロ事件を見ながら、アイデンティティ危機の深化を感じるとともに、自分と同じ仲間を増やすのではなく、自分と違うことを互いに認めたうえでそれを尊重しあえる仲間、を増やしていくことが求められていると感じました。そのためには、そうした人々やコミュニティをつなげていく役割が実はとても重要なのだということに改めて気づいたのです。