【インドネシア政経ウォッチ】第139回 高速鉄道事業をめぐる顛末(2015年10月8日)

ジャカルタ~バンドン間の高速鉄道事業をめぐる日中の受注競争は、結局、中国に軍配が上がった。ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は、いったんは双方案を白紙にし、中速鉄道として再提案を受けると表明していたが、最後にそれを翻した。

当然、日本政府は反発した。受注できなかったからというよりも、インドネシア側の対応に誠意と一貫性がなかったからである。地元メディアは、早くも「二国間の信頼関係に影響を及ぼす」との懸念を伝えている。

そもそも本件は、日本による事前調査は行われたものの、中期計画に組み込まれるような緊急性の高い案件ではなかった。政府から「実施するなら国家予算や政府保証なしで」という条件が付いたのはその表れである。

実は、4月時点で中国・インドネシアの国営企業が本件でコンソーシアム(企業連合)を組むことが内定していた。インドネシア幹事の国営建設ウィジャヤ・カルヤ(ウィカ)は7月、このために3兆ルピア(約 256 億円)の政府追加出資を求めた。リニ国営企業大臣は10 月5日、ウィカに4兆ルピアの政府追加出資を行うと発表したが、高速鉄道建設関連ではないとわざわざ強調している。

リニ大臣によると、事業実施に当たって中国との合弁企業を設立し、インドネシア側が60%出資する。また、返済40年(支払猶予10年)、年利2%で、 国営銀行3行が中国開発銀行から50億米ドル(約6,000億円= 30%は元建て)を借り入れる。

国家予算から国営企業へ政府追加出資があり、国営銀行が仮に返済できない場合には政府の後ろ盾がある。「国家予算も政府保証もない」という条件を満たすかといえば、実は微妙なのではないか。

日本側の不満を受けて、テテン・マスドゥキ大統領府長官は、「日本側にはまだ投資可能な案件が多々あ る」と弁明したが、その例のなかに、ジャカルタ~スラバヤ間の高速鉄道が含まれていた。今回のジャカル タ~バンドン間とは別なのか。中国の動きを見ながら、日本もインドネシア側のニーズをしっかり汲み取りつつ、戦略を練っていく必要がある。

 

(2015年10月6日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第137回 警察高官人事の裏で政権内部の争い?(2015年9月10日)

高速鉄道事業をめぐる日本案と中国案の対決は、最終的にジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が「両案不採用」という結果を出して終わったが、その陰で、汚職疑惑をめぐって政権内部に対立が起こっている様子がうかがえる。

数日前、国家警察ブディ・ワセソ犯罪捜査局長を国家麻薬取締庁長官へ異動する人事が発表された。ブディ・ワセソ氏はかつて、警察と汚職撲滅委員会(KPK)が対立した際、KPKに対して最も厳しく当たった人物で、闘争民主党(PDIP)のメガワティ党首に近いブディ・グナワン警察副長官の側近と見られてきた。

そのブディ・ワセソ氏が直近で捜査に着手した対象が、ジャカルタ北部のタンジュンプリオク港を管轄する国営プラブハン・インドネシア(ぺリンド)2である。ペリンド2はジャカルタ・コンテナターミナル運営を香港系のハチソン社と契約しているが、同社との2015年の契約額が1999年よりも安価であることが疑問視されるほか、中国製クレーンや船舶シミュレーターの購入に関する汚職疑惑が取り沙汰されている。ブディ・ワセソ氏の標的はペリンド2のリノ社長である。

ブディ・ワセソ氏の動きの背後には、マフィア撲滅を図りたいジョコウィ大統領からの特別の指示があるという見方があり、新任のリザル・ラムリ海事担当調整大臣がかき回し役を果たし始めている。こうした動きに対して、猛然と反発したのがリニ国営企業大臣である。そして、ユスフ・カラ副大統領も、警察に対してペリンド2の捜査を行わないよう要請した。ブディ・ワセソ氏の人事異動は、ペリンド2への捜査を止めさせる目的があったとも見られている。

そういえば、高速鉄道の中国案を強力に推したのもリニ国営企業大臣で、不採用になっても、国営企業4社を中国側と組ませる形ですでに採択へ向けて動いている。中国をめぐる利権では、リニ国営企業大臣と闘争民主党が厳しい対立関係にあり、ペリンド2の汚職疑惑などへの追及もまた、表向きの汚職撲滅の掛け声とは裏腹に、政権内部の利権獲得競争の一部にすぎない可能性がある。

 

(2015年9月8日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第117回 ジャワ高速鉄道事業の中断(2015年1月29日)

国家開発計画庁(バペナス)のアンドリノフ・チャニアゴ長官は1月14日、日本企業と進めている20事業の投資案件のうち、3事業を中断して事業内容の再検討を行うと発表した。併せて、その3事業のなかに、日本の新幹線方式の導入を検討してきたジャワ高速鉄道事業が入ることを明らかにした。

ジャワ高速鉄道事業では、ジャカルタ特別州~東ジャワ州スラバヤ間の全長約730キロメートルのうちのジャカルタ~西ジャワ州バンドン間の約140キロメートルに関する実現可能性調査が2014年1月からすでに進行中である。ジャカルタ~バンドン間の敷設費用は約5,000億円、20年完成、所要時間は37分、運賃は20万ルピア(約1,880円)と想定された。全線開通時のルートは、ジャカルタ~バンドン~チレボン~中ジャワ州スマラン~スラバヤと計画された。

ジャワ高速鉄道事業は、ユドヨノ政権下で前向きに検討されていたが、国鉄クレタ・アピは当時からすでに消極的な姿勢を示していた。続くジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権で、国鉄のジョナン社長が運輸相に就任したことも、ジャワ高速鉄道事業中断の大きな要因といえるかもしれない。

ジョナン大臣は、ジャワ高速鉄道事業に使う予算をジャワ以外での鉄道建設・整備に充てる意向を表明した。スマトラやカリマンタンでの石炭輸送や鉄道複線化のほか、スラウェシやパプアでの鉄道建設を進める。これは、経済開発における地域間格差の解消、ジャワ以外でのインフラ整備の優先、という現政権の基本路線を基にしている。外部資金の活用も債務負担増につながるとして難色を示している。もっとも、これらジャワ島外の鉄道整備・建設の費用対効果が十分かどうかは甚だ疑問である。

他方、ジャワ高速鉄道事業には中国が強い参入意欲を見せている。それを受けて、ジョコウィ大統領は14年11月に中国企業を招いたほか、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で訪中した際、北京~天津間の高速鉄道に試乗した。それは日本が実現可能性調査を実施中の出来事であり、今後の展開を注意深く見守る必要がある。