南スラウェシ州ピンラン県、バンタエン県を訪問

2017年10月23~24日は南スラウェシ州ピンラン県、10月25~26日は同州バンタエン県を訪れ、農業の現状についての情報を得るとともに、県政府や農民グループとの意見交換を行いました。

福島とバトゥ、農業分野で連携へ

今年は、JICA案件で、何度も福島市とインドネシア・東ジャワ州のバトゥ市とを行き来しました。

そして、この案件での最後のインドネシア出張(10/30-11/5)で、福島市の銀嶺食品を中心に、バトゥ市と農業分野で連携していく方向性が明確になりました。

11/8付の福島民報が以下のリンクで報じています。

6次化福島モデル世界へ インドネシアに農業支援 銀嶺食品

なお、インドネシアのバトゥ市での面会は、複数の現地紙で報道されています。

Datang ke Kota Batu, Pejabat Jepang: Apel Batu Belum Seperti Apel Fukushima

(バトゥ市へ来た福島の高官:バトゥのリンゴはまだ福島のリンゴのようではない)10/31付 Surya Malang

Fukushima Kembangkan Apel Batu

(バトゥのリンゴを福島が発展させる)10/31付 Malang Post

Kota Fukushima-Kota Batu Jajagi Kerjasama Peningkatan Branding Buah Apel

(福島市とバトゥ市、リンゴのブランディングを高める協力を進める)10/31付 Malang Voice

いよいよ、これからです。

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バトゥ市長とともに。

福島市の皆さんとマラン市・バトゥ市へ

JICA案件の関係で、福島市の皆さんをお連れして、7月26〜28日、インドネシアの東ジャワ州マラン市とバトゥ市へ行ってきました。

この案件では、農業部門において、日本の地方自治体とインドネシアの地方政府とが官民連携できる可能性を探ることを目的としています。

福島市とマラン市・バトゥ市をつなげるものは、果物です。今回の出張では、マラン市・バトゥ市の現場を実際に視察しながら、果物の生産・加工において、両者で協力・提携できるものがあるかどうか、ありそうな場合にはどのように協力・提携を進めていくか、といったことを話し合いました。

日本でよく言われる6次産業化という観点からすると、マラン市では、農民と果物集荷業者と加工・販売業者が密接な関係を結ぶなかで果物加工が進められている一方、バトゥ市では、観光を刺激として、農民(または農民グループ)が加工と販売へ乗り出す形が生まれてきており、2つのタイプの異なる6次産業化の端緒が見られるのが興味深いです。

福島市はこれまで桃、梨、リンゴなどの生食用の果物を中心に生産してきましたが、今後は、規格外品を使った加工にも力を入れていく方向を示しています。

原発事故で被った放射性物質への極めて厳しい対策の経験を踏まえた、安全安心な農産物出荷への福島市の取り組みは、今後、インドネシアや東南アジアの他地域の農産物との差別化を進めるという文脈で、マラン市やバトゥ市も大きな興味を示していました。

9月には、今度は、マラン市とバトゥ市の農業局長が福島市を訪れ、農業システムの現状を視察し、協力・連携の可能性をさらに探る予定です。

マラン市やバトゥ市が福島市から学ぶことは大いにありますが、実は福島市がマラン市やバトゥ市から学ぶことも色々ありそうで、今後の展開が楽しみになってきました。

 

【スラバヤの風-38】有機農業は広がるか

インドネシア農業の大きな問題の一つが土地の肥沃度である。かつて1970年代の米の自給を目指したいわゆる「緑の革命」では、高収量品種と化学肥料・農薬のセットで単収上昇が図られた。その影響は今も続き、化学肥料を多投する農業が一般化した。必要以上に化学肥料を投入すると、土地が肥料を保持する力が落ち、生産性が低下する。すると農家はさらに化学肥料の投入量を増やす。その連続が農業を支える農地の疲弊を起こす。

東ジャワ州でも、化学肥料に依存した農業からの脱却が図られている。まずは土を作り直すことから始める必要があり、化学肥料から有機肥料への流れが定着しつつある。近年、化学肥料価格が上昇し、農家収入を圧迫していることもその流れを促しており、一部には、価格上昇を理由に、人糞を使ったコンポスト化にも抵抗がない農家さえ存在する。

東ジャワ州南部のルマジャン県の農村でも、すでに有機肥料の利用が行われていた。この農村には、牛糞、鶏糞、山羊の糞をベースとしたコンポスト工場が3年前に建てられ、EM菌や他の菌を混ぜて発酵させて有機肥料を生産する。1袋30キロの有機肥料を毎月約4,000袋生産し、県内の6郡へ販売している。売価は1袋1万2,000ルピア(キロ400ルピア)で、一度に約1,000袋分を製造して5日で売り切る、というサイクルである。

農家レベルでも、牛糞などを発酵させて田畑へ撒いたりするが、この工場で製造された有機肥料を購入して使うケースも少なくない。あたかも、化学肥料を手軽に購入したように、有機肥料を購入する感覚である。しかし、持ち運びしやすい化学肥料とは違い、大量の有機肥料を圃場へ運ぶのはなかなか至難である。これが化学肥料から有機肥料への転換がなかなか進まない理由の一つとも指摘されており、配送方法に工夫が求められる。

他方、東ジャワ州での最大の有機肥料生産企業は、国営ペトロキミア・グレシック社である。石油化学工場が主であるこの企業は、炭素と窒素の比率であるC/N比、酸性・アルカリ性の度合いを示すpH値、含水率などの一定基準を満たしたうえで、石灰を独自の配合で加えた有機肥料を毎月1,000トン生産している。各県に工場があり、ルマジャン県にも3工場ある。農家にはキロ500ルピアで販売する。

有機肥料の生産が進む東ジャワ州ではあるが、果たして、州政府の望み通りに有機農業は広がっていくのだろうか。バトゥ市のリンゴのように、有機肥料から化学肥料へ戻ってしまったケースもある。後継者不足による農業の持続性の問題も含め、有機農業を広げるための明確な政策支援が必要な気がする。

 

(2014年12月5日執筆)

 

【スラバヤの風-17】日本向け野菜生産の聖地となるか

熱帯に属するインドネシアは、日本など温帯産の農作物の栽培には適さないと考えられがちだが、それは一面的である。標高差を生かすと、温帯に近い高山気候のような環境で農作物の栽培が可能になる。しかも四季がないので、年間を通じて栽培できる。

ジャワ島の高原地帯の多くは火山灰地帯であり、肥沃な土壌を生かして高原野菜が栽培されている。キャベツ、白菜、ニンジン、トマトなどが畑でトラックに積まれ、夕方から夜明け前頃までに大都市へ毎日運ばれてくる。ジャカルタではクラマット・ジャティ市場、スラバヤではクプトゥラン市場がそうした野菜の一大集積地である。

東ジャワでは、国内市場向けだけでなく、輸出向けの野菜生産・冷凍も行われている。最も有名なのは、ジェンブル県を中心に生産される枝豆で、その8割以上が日本向けである。中心となる国営合弁企業では、年間約5500トンの枝豆を生産するほか、オクラ、ナス、サツマイモ、大根、インゲンなども日本向けに生産している。

いくつかの日本企業も、東ジャワの高原地帯で野菜の委託生産を試みている。昨年9月に訪問したマラン市の野菜加工工場では、長ネギ、マッシュルーム、サツマイモ、ニラ、大根などを扱い、契約栽培された野菜を水洗いした後、乾燥、冷凍、チルド、水煮などの状態にして、日本及びシンガポール向けに出荷する。野菜加工工場の指導員が栽培農家を回り、圃場で野菜作りや農薬の使用方法などを細かく指導している。

たとえば、日本企業のスペックに合わせてカットされた野菜は、大腸菌の発生を防ぐため殺菌液に浸けられた後、急速冷凍され、半製品として日本へ輸出される。日本市場に受け入れられるよう、日本で味付けをしたり衣をつけたりしたものが、おでんセットの大根や、駅の立ち喰い蕎麦屋のイモ天となって市場に出る。インドネシアからの輸入量はまだわずかだが、すでにインドネシア産野菜が日本食材の一部となっているのである。

しかし、すべての日本向け野菜生産が成功している訳ではない。低コストを狙って委託生産を試みたある日本企業は、昨年初めに東ジャワから撤退した。品質管理や圃場管理の難しさに加え、5年契約で借地代の一括払を要求するといった、農民レベルでの拝金主義の横行も近年目立つという。そして、日本市場が要求する安全・安心への保証をどう確立するかが極めて重要な課題となるだろう。果たして、東ジャワは日本向け野菜生産の聖地となるのだろうか。

 

(2014年1月17日執筆)

 

 

【インドネシア政経ウォッチ】第101回 ジャワ島の水田が消えてゆく(2014年9月25日)

好況で投資ブームに沸くインドネシアは、人口ボーナスも続き、中長期的な成長可能性が大きいが、実はその陰で深刻な問題が露呈している。コメの供給問題である。

インドネシア人の主食は今、9割以上がコメである。1950年代頃は主食に占めるコメの比率が5割程度で、キャッサバ、トウモロコシ、サゴヤシでんぷん、イモなども主食の一角を占めていた。ところが、70年代のいわゆる「緑の革命」でコメの高収量品種が導入されて生産が急増したため、主食のコメへの転換が進んだ。その結果、インドネシアの食糧政策の基本はコメの自給・供給確保となった。

しかし、そのコメを作る水田面積が減り続けている。9月21日付コンパス紙によると、2006年から13年の7年間、毎年約4万7,000ヘクタールが新田開発された一方で、毎年約10万ヘクタール以上が、宅地や工業用地など水田から他目的の用地へ転換された。

中央統計局によると、水田面積は02年に1,150万ヘクタールだったのが、10年後の2012年には808万ヘクタールへと減少した。とくにジャワ島では561万ヘクタールから344万ヘクタールに減少し、過去10年間の全国の水田減少面積の63.4%を占めた。米作の中心地であるジャワ島の水田面積の減少は今後も進行していくものとみられる。

水田面積の減少にもかかわらず、コメの生産量は、02年の5,140万トンから12年には6,874万トンへ増加した。コメの土地生産性は大きく上昇し、今やタイを上回るという。しかし、農家世帯あたりの水田面積は、タイの3.5ヘクタールに対して、インドネシアは0.3ヘクタールに過ぎない。

若者はどんどん農村を離れ、農業の後継者不足が深刻化している。少額とはいえ土地建物税が課され、収益の少ない水田を、農家が売ろうとすることを抑えることは難しい。

政府には、コメ生産向けの肥料補助金の効果的利用や農家子弟の教育のための奨学金を増やすなどの考えがあるが、コメ生産の零細性を変える抜本的な農地改革に取り組めるかどうかが注目される。

【インドネシア政経ウォッチ】第67回 農家世帯数の大幅な減少(2013年12月12日)

中央統計局は12月2日、2013年農業センサス結果の概要を発表した。農業センサスは10年に1度実施され、前回は03年である。この10年間、インドネシアは中進国へ向けて経済成長を続けてきたが、その陰で、農家世帯総数は03年の3,123万世帯から13年には2,614万世帯へ大きく減少した。

特に減少が顕著なのは野菜・果物と畜産である。野菜・果物は、03年の1,694万世帯から1,060万世帯へ、畜産も1,860万世帯から1,297万世帯へ急減した。経済が豊かになると、コメなどの主食を補う野菜・果物や畜産品の消費が伸びるはずだが、インドネシアではそれらの担い手が減り、輸入品への依存を高めている。

他方、興味深いことに、米作は1,421万世帯から1,415万世帯へとほとんど減っていない(注:農家1世帯が米作と野菜・果物など複数に従事する場合を含むため、農家世帯総数は他の総和より小さくなる)。

耕地面積が0.5ヘクタール未満の小農は、03年の1,902万世帯から13年には1,425万世帯へと、これも大きく減少した。とりわけ、ジャワ島での減少が顕著で、中ジャワ州で132万世帯、西ジャワ州で120万世帯、東ジャワ州で114万世帯も減少した。その結果、農家1世帯当たりの平均耕地所有面積は03年の0.41ヘクタールから13年には0.89ヘクタールへ増加した。経済成長に伴い、農村から多くの労働力が都市へ吸収され、農地の細分化に歯止めがかかってきた様子がうかがえる。

近年、特にジャワの農村では、若い世代が農業を継がないことが問題となっている。農業人口の減少を生産性向上で補うため、人口が多くて無理といわれたジャワ島でも機械化が検討され始めている。実際、中ジャワ州バンジャルヌガラ県は、韓国との協力で農業機械化を試行し始めた。

まさに、1970年代の高度経済成長期の日本の農村をほうふつとさせるような光景だが、農協のような、機械化を支えるファイナンス面の準備はまだない。このままいけば、15年の東南アジア諸国連合(ASEAN)経済自由化により、インドネシアがさらに農産物を輸入に依存していくことは確実である。

【インドネシア政経ウォッチ】第49回 コメの輸入は是か非か(2013年 8月 1日)

踊り場に来たと言われるインドネシア経済。経済成長率見込みが下方修正され、予想インフレ率が大きく上昇する中、異常気象に伴う農業生産の減退が心配されている。しかし、コメ生産について言えば、政府は自給を達成できると楽観視している。

2012年のコメ生産はモミ米換算で6,905万トン、精米換算で4,005万トンであった。現在、インドネシア人1人当たりのコメの消費量は年間139キログラムであり、単純に人口を掛け合わせると、コメの年間消費量は3,405万トンとなり、約600万トンの余剰となる計算である。他方、貯蔵米の理想的な比率は全生産量の15%程度とされるが、現在、食糧調達公社(Bulog)が保有する貯蔵米は約200万トン程度にすぎない。

総量ではコメの自給を十分達成しているが、Bulogの保有する貯蔵米は不十分である。コメの輸入を通じて貯蔵米を増やすべきかどうか、政府内でも激しい論争が起こった。

3月、Bulogを監督するイスカン国営企業相は「コメの輸入は不要」と述べたが、ギタ貿易相は4月に、ミャンマーから50万トンのコメを輸入すると発表した。ミャンマーからのコメ輸入は、インドネシアからの肥料輸出とのバーター契約に基づくものである。インドネシアの国営企業はミャンマーへの投資を本格化させようとしており、その一環としての肥料輸出という性格がある。

政府はコメの消費量を減らし、トウモロコシなど他の食糧への転換を促している。同時に、炭水化物主体の食生活を多様化し、タンパク質の摂取を高める方策を打ち出した。日本人の2倍のコメを消費するインドネシア人がそれを10%減らすだけで、十分な貯蔵米を確保できる。コメの自給は決して難しい話ではない。

しかし、コメの輸入は別の論理で動く。様々な利権も絡む。コメの輸入は不要と発言したはずのイスカン大臣は、「輸入するならベトナムからにすべき」とも語ったが、これは不可解である。貿易自由化を錦の御旗に、コメの輸入を継続しようとする動きは続くものと見られる。

 

http://news.nna.jp/cgi-bin/asia/asia_kijidsp.cgi?id=20130801idr020A

※これらの記事は、アジア経済ビジネス情報を発信するNNA(株式会社エヌ・エヌ・エー)の許可を得て掲載しております。

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