【ぐろーかる日記】ソトベタウィ宮本のソトベタウィは本格派だった

前々から行こう行こうと思って行けてなかった「ソトベタウィ宮本」へ、7月25日、ようやく行ってきました。

ソトベタウィというのは、ソト(Soto)というインドネシア(主にジャワ)の実だくさんスープの一種で、もともとのジャカルタ地域の地元民であるベタウィ(Betawi)族が編み出したスープです。その特徴は、ココナッツミルクを使い、具には牛肉やトマトが入ります。

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スラウェシとジャカルタへ出張(2019年8月4~7日)

弊社は、石川県庁訪問団に同行し、インドネシアの農業の現況を見るために、南スラウェシ州(ワジョ県、マカッサル市)及びジャカルタを訪問しました。石川県は、今後、ワジョ県を中心とする、農業開発に関する長期的な協力関係の構築を提案しました。

石川県はとくに、農業機械化、農民を対象とする研修、農業面の所得向上に貢献したいと考えています。

よりどりインドネシア親睦交流会開催(2019年8月3日)

2019年8月3日、ジャカルタのBatik Kuring Restaurantにて、よりどりインドネシア親睦交流会を開催しました。出席者は5名でしたが、イスラム、LGBT、ジャカルタ暴動、ジョコウィとプラボウォ和解の背景と今後など、様々な話題を自由に語り合う機会となりました。

今後は、日本人とインドネシア人の両方が一緒に共通話題を話し合える、新たな親睦交流会も企画・開催したいと考えています。

ジャカルタ出張(2018年9月4-6日)

今回は、関西・アジア環境・省エネビジネス交流推進フォーラム(Team E-Kansai)のインドネシアコーディネーターとして、ジャカルタを訪れました。

Team E-Kansai: http://team-e-kansai.jp/

今回の主な仕事は、日本とインドネシアの企業間での、排水・下水処理技術に関するビジネスマッチングセミナー(9/5)を実施することで、今回のセミナーは、インドネシア食品飲料実業家協会(GAPMMI)との協力で実施しました。

また、在留邦人向けのネットワークカフェ(9/4)では、「2019年大統領選挙と今後のインドネシア経済」と題して講演しました。その様子は、9月6日付「じゃかるた新聞」にも掲載されました。

水と環境に関するジャカルタ出張(1/29-2/3)

1月29日から2月3日まで、関西・アジア環境・省エネビジネス交流推進フォーラム(Team E-Kansai)及び近畿経済産業局の用務で、ジャカルタに出張しました。私自身は、このフォーラムのインドネシアに関するコーディネーターとして参加しました。

我々は、インドネシア食品飲料工業会(GAPMMI)と面会し、工場における水及び排水管理について話し合い,、現状を見るため、会員企業2社の工場訪問を行いました。

本フォーラムでは、2018年9月にGAPMMIと合同で、水・排水・環境管理技術に関するセミナーをジャカルタで開催する計画です。

インドネシア出張(10/11-31)

2017年10月11〜30日、インドネシアです。

日程は、ジャカルタ(10/11-13)、カラワン(10/14-15)、ジャカルタ(10/16-17)、チアンジュール(10/18-19)、ジャカルタ(10/20-22)、ピンラン(10/23-24)、バンタエン(10/25-27)、ジャカルタ(10/28-30)です。今回は、インドネシア農業の現状についての情報収集です。帰国は10/31。

ご都合のよろしい方、インドネシアで是非お会いしましょう。

 

【インドネシア政経ウォッチ】第149回 テロ対策の光と陰(2016年3月25日)

1月14日に首都ジャカルタの中心部でテロ事件が起こってから、2カ月余りが過ぎた。社会は平穏を取り戻したかに見えるが、その裏で、テロ対策警察特殊部隊(Densus 88)がテロリスト掃討作戦を強化している。

その標的の一つは、サントソ・グループである。サントソは、国内で唯一、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う「東インドネシア・ムジャヒディン」という名の組織を率い、2012 年12 月から中スラウェシ州ポソ県の山岳地帯グヌン・ビルでゲリラ活動を行っている。

今年3月、警察は軍と合同で2,200人を投入し、サントソの逮捕を目的とした「ティノンバラ作戦」を実行した。この作戦で爆弾などの証拠品を押収したほか、中国籍のウィグル族の男性2名が射殺された。彼らは15年に合流したとみられ、ISへの共鳴の広範な国際化を示唆する。

世界で最大のイスラム人口を抱えるインドネシアはISを敵視し、テロリスト・ネットワーク細胞の摘発などの成果を上げてきた。Densus 88 の貢献度は極めて高い。しかし、その一方で、Densus 88 のテロ対策が行き過ぎであるとの批判も根強い。

3月8日、中ジャワ州クラトン県で、モスクで夕方 の礼拝をしていたシヨノ氏がDensus 88 に拘束された。 彼はテロ組織ジュマア・イスラミア(JI)のメンバ ーで、火器製造の役目を果たしたとの容疑だった。当初は従順だったが、その後、急に反抗したため、3月 11 日、Densus 88 のメンバーが正当防衛として彼を殺 害した。

シヨノ氏の容疑は検証されず、誤認だった可能性が あるとして、中ジャワ州の学生らが抗議行動を起こした。国家人権委員会や国会もシヨノ氏殺害事件に注目 し、Densus 88 による行き過ぎを非難するとともに、人権侵害の可能性を危惧する声明を発した。警察は、シヨノ氏の扱いに不備があった可能性を示唆しつつも、テロ容疑者に対する処置で人権侵害ではないとの立場 を示している。

Densus 88 を軸とするテロ対策は不可欠だが、一歩間違うと、それが逆にISへの共感を強めてしまう可能性もあることに留意する必要がある。

 

(2016年3月25日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第145回 ジャカルタ・テロ事件の黒幕は誰か(2016年1月28日)

2016 年1月14日の白昼に首都ジャカルタの中心部、サリナデパートやスカイラインビル周辺で起きた爆弾テロ事件は、市民に大きな衝撃を与えた。

警察は当初、シリア在住で過激派組織「イスラム国」(IS)に合流したとされるバフルン・ナイム氏を首謀者と断定し、シリアからテロ資金が送金されていたとも発表した。東南アジアでは「ハティバ・ヌサンタラ」というISの下部組織が活動を始めており、ナイム氏はそのトップの座をフィリピン・グループと競っているという話だった。

ところが、その後の捜査で、ヌサカンバンガン刑務所に収監されているアマン・アブドゥルラフマン服役囚が事件の黒幕として浮上してきた。今回の実行犯の4人が昨年12 月にヌサカンバンガン刑務所でアマン服役囚と面会し、テロを実行すべき時期などに関して指示を仰いだというのである。

アマン服役囚は、2004 年にデポック市の自宅で爆弾事件を起こした後、10 年にアチェでの軍事訓練に関与した疑いで禁固9年の刑を受けた。彼自身が実際にテロを実行したことはないが、彼の教えを受けた信奉者が細胞ネットワークを作ってきた可能性がある。各地での自爆テロ事件では、実行犯の指導者として彼の名前が頻繁に上がった。

警察によると、アマン服役囚は14 年4月にオンラインでIS指導者へ忠誠を誓った。中東では、ISはアルカイーダ系のヌスラ戦線と対立するが、インドネシアでは必ずしも両者は峻別されない。これまでジュマア・イスラミヤなど国内イスラム過激派の支柱とされてきたアブバカル・バワシル師もIS支持を明言している。ただし、アマン服役囚とバワシル師は面識がないようである。

もしそうならば、今回のテロ事件は、国内のISシンパが独自に引き起こし、それをISが後追いで称賛したものかもしれない。今後、国内のISシンパとシリアへ渡ったインドネシア人ISメンバーとの接点がどのような形で現れてくるのか。警察は、シリアからの帰国者への監視強化と国内の細胞ネットワーク摘発に全力を尽くすことになる。

 

(2016年1月28日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第144回 機会の不平等が所得格差の拡大を促す(2016年1月14日)

2015年12月初め、世界銀行は『インドネシアの格差拡大』と題する報告を発表し、「不平等の拡大を放置すれば、経済成長と貧困削減を遅らせ、紛争のリスクを高める」と今後のインドネシアに対して警鐘を鳴らした。

世銀報告によると、所得格差を図る指数であるジニ係数(ゼロに近いほど平等、1に近いほど不平等)は、スハルト時代の1990年代前半までは0.3台前半で安定し、アジア通貨危機とスハルト退陣を経た2000年に0.3と最低になったが、その後じりじりと上昇し、2014年には0.41と過去最大になった。

今回の世銀報告によると、インドネシアの所得格差は個々人では乗り越えられない問題、すなわち、その出自によって、教育や保健などのサービス機会が不平等であることが重大要因である。子どもが産まれる前の栄養、浄水、衛生、保健サービスへのアクセスなど、スタートライン時点の不平等が将来の不平等を促すのである。

たしかに、日本と比べても、インドネシアでは教育、保健などのサービス提供で市場原理がより貫徹してきた。外国で高度な教育や医療を受ける高所得者層がいる一方で、貧困層は学校や保健所にすら行く金銭的余裕がない。

機会の不平等については、世銀報告の指摘以上の問題がある。その一端は学校教育にある。公立校でも入学時に政府高官や国営企業幹部などの子弟枠が暗黙に制定されていたり、有力者のコネによる不正入試が横行したりと、教育を受ける機会や成績評価が不公正な状態がある。子どもたちは、社会へ出る前に機会の不平等を学校の中で学んでしまう。

さらに、首都ジャカルタでは薄れたが、地方では今も昔からの身分階層意識とそれに基づく差別が根強く残り、機会の不平等を再生産する。

過去の経験からすると、経済が低成長になり、失業が増え始めると所得格差が社会問題化し、イスラムへの期待が高まり、それを利用して外資や華人を敵視する空気が台頭する。この観点から、5%前後の成長に留まるインドネシア経済を注視する必要がある。

 

(2016年1月14日執筆)

 

ジャカルタのテロ事件をイスラムで語ってはならない

どうしても、これを言わなければならない。

1月14日に起こったジャカルタのテロ事件。実家のある福島と友人との面会がある郡山とをJR普通電車で移動する合間に、事件の速報をiPadで追いかけていた。

かつて私は、事件の起こったスターバックスの入るビル内のオフィスに通い、毎日のようにあの付近を徒歩で歩き回っていた。仕事の合間、知人との待ち合わせのため、あのスタバで何度時間を過ごしたことか。向かいのサリナは、地下のヘローで毎日の食料品を買ったり、フードコートで食事をしたり、お気に入りの南インド料理屋でドーサを食べたり、本当に馴染みの日常的な場所であった。あの界隈の色々な人々の顔が思い浮かんできた。

断片的な情報を速報的にまとめたものは、ツイッターとフェイスブックで発信した。犯人がBahrun Naimだとすると、思想・信条的なものもさることながら、かつて警察にひどい拷問を受け、その恨みを晴らすことが動機の一つとなっていることも考えられる。

2002年10月に起こったバリ島での爆弾テロ事件のときのことを思い出す。犯人がイスラム過激派であることが知られたとき、インドネシアのイスラム教徒の人々のショックは計り知れないものだった。まさか、自分の信じている宗教を信じている者がこんな卑劣な事件を起こすとは、と。ショックが大きすぎて、自分がイスラム教徒であることを深く内省する者も少なくなかった様子がうかがえた。

今にして思うと、当時のインドネシアのイスラム教徒にとっては、一種のアイデンティティ危機だったのかもしれない。しかし、自己との辛い対話を経て、インドネシアの人々はそれを乗り越えていった。

そのきっかけは、2004年から10年間政権を担当したユドヨノ大統領(当時)の毅然とした態度だったと思う。ユドヨノ大統領は、宗教と暴力事件とを明確に区別したのである。テロ事件は犯罪である。宗教とは関係がない。そう断言して、テロ犯を徹底的に摘発すると宣言した。そして、国家警察にテロ対策特別部隊をつくり、ときには人権抑圧の批判を受けながらも、執念深く、これでもかこれでもかと摘発を続けていった。

余談だが、かなり昔に、上記と同様の発言を聞いたことがある。1997年9月、当時私の住んでいた南スラウェシ州ウジュンパンダン(現在のマカッサル)で反華人暴動が起こった。経済的に裕福な華人に対して貧しいイスラム教徒が怒ったという説明が流れていたとき、軍のウィラブアナ師団のアグム・グムラール司令官(後に運輸大臣、政治国防調整大臣などを歴任)が「これは華人への反発などではない。ただの犯罪だ!」と強調した。ただ、今に至るまで、暴動の真相は公には明らかにされず、暴動を扇動した犯人も捕まっていない。

その後も、ジャカルタなど各地で、爆弾テロ事件が頻発した。インドネシアの人々はそれらの経験を踏まえながら、暴力テロと宗教を明確に分けて考えられるようになった。かつてのように、アイデンティティ危機に悩む人々はもはやいない。誰も、たとえテロ犯が「イスラムの名の下に」と言っても、テロ犯を支持する者はまずいない。インドネシアでテロ事件を起こしても、国民を分断させることはもはや難しい。この15年で、インドネシアはたしかに変わったのである。

テロ犯は標的を間違えている。イスラム教徒を味方に引き付けたいならば、インドネシアでテロ事件を起こしても効果はない。個人的なストレスや社会への恨みを晴らそうと暴力に走る者がいても、それは単なる腹いせ以上のものではない。政治家などがこうした者を政治的に利用することがない限り、彼らはただの犯罪者に留まる。

そんなことを思いながら、福島の実家でテレビ・ニュースを見ていた。イスラム人口が大半のインドネシアでなぜテロが起こるのか、的を得た説明はなかった。そして相変わらず、イスラムだからテロが起こる、インドネシアは危険だ、とイメージさせるような、ワンパターンの処理がなされていた。初めてジャカルタに来たばかりと思しき記者が、現場近くでおどおどしながら、東京のデスクの意向に合わせたかのような話をしていることに強烈な違和感を覚えた。

なぜイスラム人口が大半のインドネシアでなぜテロが起こるのか。理由は明確である。テロ犯にとってインドネシアは敵だからである。それは、テロ犯の宗教・信条的背景が何であれ、インドネシアがテロ犯を徹底的に摘発し、抹消しようとしているからである。それはイスラムだからでもなんでもない。人々が楽しく安らかに笑いながら過ごす生活をいきなり勝手に脅かす犯罪者を許さない、という人間として当たり前のことをインドネシアが行っているからである。

とくに日本のメディアにお願いしたい。ジャカルタのテロ事件をイスラムで語ってはならない。我々は、テロを憎むインドネシアの大多数の人々、世界中の大多数の人々と共にあることを示さなければならない。

 

【インドネシア政経ウォッチ】第139回 高速鉄道事業をめぐる顛末(2015年10月8日)

ジャカルタ~バンドン間の高速鉄道事業をめぐる日中の受注競争は、結局、中国に軍配が上がった。ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は、いったんは双方案を白紙にし、中速鉄道として再提案を受けると表明していたが、最後にそれを翻した。

当然、日本政府は反発した。受注できなかったからというよりも、インドネシア側の対応に誠意と一貫性がなかったからである。地元メディアは、早くも「二国間の信頼関係に影響を及ぼす」との懸念を伝えている。

そもそも本件は、日本による事前調査は行われたものの、中期計画に組み込まれるような緊急性の高い案件ではなかった。政府から「実施するなら国家予算や政府保証なしで」という条件が付いたのはその表れである。

実は、4月時点で中国・インドネシアの国営企業が本件でコンソーシアム(企業連合)を組むことが内定していた。インドネシア幹事の国営建設ウィジャヤ・カルヤ(ウィカ)は7月、このために3兆ルピア(約 256 億円)の政府追加出資を求めた。リニ国営企業大臣は10 月5日、ウィカに4兆ルピアの政府追加出資を行うと発表したが、高速鉄道建設関連ではないとわざわざ強調している。

リニ大臣によると、事業実施に当たって中国との合弁企業を設立し、インドネシア側が60%出資する。また、返済40年(支払猶予10年)、年利2%で、 国営銀行3行が中国開発銀行から50億米ドル(約6,000億円= 30%は元建て)を借り入れる。

国家予算から国営企業へ政府追加出資があり、国営銀行が仮に返済できない場合には政府の後ろ盾がある。「国家予算も政府保証もない」という条件を満たすかといえば、実は微妙なのではないか。

日本側の不満を受けて、テテン・マスドゥキ大統領府長官は、「日本側にはまだ投資可能な案件が多々あ る」と弁明したが、その例のなかに、ジャカルタ~スラバヤ間の高速鉄道が含まれていた。今回のジャカル タ~バンドン間とは別なのか。中国の動きを見ながら、日本もインドネシア側のニーズをしっかり汲み取りつつ、戦略を練っていく必要がある。

 

(2015年10月6日執筆)

 

【インドネシア政経ウォッチ】第135回 タンジュンプリオク港での貨物滞留問題(2015年8月13日)

現政権の政策課題の一つが物流改善である。なかでも、ジャカルタのタンジュンプリオク港での貨物滞留時間をどう短縮するかが重要課題と位置付けられている。

6月半ば、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領はタンジュンプリオク港をアポなしで訪問し、「滞留時間が長すぎる」として、同港を管轄する国営港湾運営会社プラブハン・インドネシア(ペリンド)2の幹部を叱責した。滞留時間自体は、今年2月に8~9日だ ったのが 5.5 日へ短縮したが、目標の4.7日を達成していないためである。ジョコウィ大統領によれば、滞留時間長期化による経済損失は年約740 兆ルピア(約72 兆円)に達する。

なぜ滞留時間が長くなるのか。政府側も企業側も双方に原因をなすりつけている。政府側の税関は、企業側の書類不備により、通関前手続が目標の2.7日を超える3.6日となっていることを理由に挙げる。また、港内での貨物保管費用が外部倉庫利用よりも廉価のため、輸入業者の43%が港内に貨物をわざと滞留させているという。

商業省は、タンジュンプリオク港内での貨物保管を禁止することを検討し始めた。一方企業側は、ペリンド2が新設したタンジュンプリオク港のクレーンが中国製で不良品のため、搬出入効率が低下したと主張する。さらに、同型クレーン利用の義務付けが事業競争監視委員会(KPPU)から独占禁止法違反とされて50億ルピアの罰金が課されたほか、クレーン購入に関する汚職疑惑があり、汚職撲滅委員会(KPK)の捜査対象となった。

通関手続や書類作成には、18省庁・政府機関による114 種類の許認可が存在する。ここで迅速に済ませるため不法行為が起こりやすくなる。先週、国家警察は、輸入割当(クオータ)偽装と贈賄容疑で国内最大の塩輸入業者を逮捕するとともに、収賄・資金洗浄容疑で 商業省貿易総局らを逮捕した。警察は他省庁・政府機関からも逮捕者が出るとみている。

タンジュンプリオク港での貨物滞留問題には、政府側と企業側の双方の思惑が複雑に絡み合っている。ジョコウィ政権が抜本的な改革へ切り込めるかどうか注目される。

 

(2015年8月5日執筆)

 

ジャカルタで福島の桃と梨に出会う

9月3日、福島の桃と梨のプロモーション・イベントがジャカルタであるというので、物見遊山的に行ってきた。前日、友人のフェイスブックに情報が載っていたので、「地元出身者としては、これは行かずにはいられない」と行ってきた次第である。

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知人の加藤ひろあきさんの手慣れたバイリンガルMCで、イベントはつつがなく進んでいく。プレゼンはちょっと専門的で細かったかなという印象だが、福島県庁やJA新福島の方々が、実際に持ってきた桃や梨を手に、一生懸命プロモーションしている姿が嬉しかった。口下手でお人よしの福島人は、何かを売り込むときの押しの強さが今ひとつ、なので。

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第2部に移ると、ジャカルタの日本料理店・鳳月の高井料理長が、巧みな語りを入れながら、福島の桃や梨を素材にした素敵なデザートを作っていく。そこには、素材への慈しみが感じられ、きっと、福島の桃も梨も、彼に慈しまれて幸せなのではないか、なんて思ってしまうのであった。

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いくつかのデザート、そして、何よりもはるばる福島からやってきた桃たちや梨たちに、ジャカルタで会えるなんて、本当にありがたく、幸せな気分だった。

このイベントには、インドネシアで最も有名な料理研究家であるウィリアム・ウォンソ氏も出席していたので、名刺交換をして、お知り合いになっていただいた。彼は、プレゼンのときから熱心に説明を聞き、実際に福島の桃と梨を食し、その美味しさに驚嘆していた。

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この桃と梨、ジャカルタの高級スーパーであるランチマーケットで9月半ばまで販売されるとのこと。桃や梨という、インドネシアではあまり馴染みのない果物がどのようにマーケットに受け入れられるのか。おそらく、生食のほか、洋菓子などの素材としても注目されるかもしれない。

豊かになってきたインドネシアでは、シェフやパティシエになりたい若者が増えてくると予想される。日本では考えもつかないような、斬新な発想で、福島の桃や梨を使った一品が現れると面白い。

福島人としては、桃や梨に日本の他の生産地との違いを明確に出す戦略が取れればと思うが、それをどのように進めていけばよいのか。桃太郎といえば岡山、のような何かが欲しい。うーん、それは、福島県庁の方やJA新福島の方といろいろ楽しく考えてみたい。

と言いつつ、9月8日に帰国して、今は日本。

 

日系企業でワークショップ実施

一週間前になるが、9月2日、ジャカルタから少し離れた日系企業で、インドネシア人従業員を対象にした1日ワークショップを実施した。

参加したのは、同企業のスーパーバイザークラスの中堅職員24名。同社の日本人幹部からは、近い将来、日本人職員に代わって会社の中核を担ってもらいたい人材である。

今回のワークショップでは、会社経営の観点から自分たちは何をすべきか、それをどう行っていくかというテーマで進めた。

いつものように、会社のなかのよい点とよくない点を挙げてもらって、取り組むべき課題を明らかにしたうえで、その課題解決のために何をするかを具体的に議論する方向で進めようとした。

ところが・・・。というか、予想どおり・・・。

よくない点を挙げてもらったら、結局、会社への不平・不満が噴出した。そのほとんどは、日本人職員の存在に対する不満であった。

しかし、ちょっと議論を促すと、果たしてそうした日本人への不平・不満が事実に基づいたものであるのか、単なる彼らの思い込みによるものなのではないか、ということに参加者が気がついた。彼らが良くないと考える根本が事実でなかったら・・・。そして、事実かどうかを確かめるためには、日本人側とのコミュニケーションを取らなければならないことに気がついた。

ではどうするか。日本人側への要求ではなく、自分たちがどうするか。それを議論してもらった。その結果、彼らは一つのあるプロポーザル案を作り始め、それを人事部を通じて日本人幹部へ提出することになった。

ずいぶんと議論し、整然としたワークショップにはならなかったが、彼ら自身が自分たちで考えたこの時点でのプロポーザル案をまとめられたことで、ワークショップとしての一つの形を保つことができた。

後は、彼らのプロポーザルが社内でどう扱われるか、である。個人的に楽しみである。

2015-09-02 17.06.19

 

【インドネシア政経ウォッチ】第132回 ジャカルタで複数のLRT建設計画(2015年6月25日)

ジャカルタの渋滞解消のための次世代交通輸送システム(LRT)建設計画が、中央政府と州政府からそれぞれ発表された。

6月15日、国営建設会社アディカルヤ社が発表した計画は、第1期として東ブカシ〜チャワン〜クニンガン〜ドゥクアタス間とチャワン〜チブブール間を建設し、2018年開業を目指す。第1期工事の総工費は12.56兆ルピア(約1,170億円)である 。

その30%(3.77兆ルピア)を自社株で、2.09兆ルピアを2015年の新規株式発行で、1.68兆ルピアを政府資本注入または他のパートナーを組む国営企業から調達する。国営企業省はすでに1.4兆ルピアの政府資本注入に同意した。

一方、ジャカルタ首都特別州のアホック州知事は6月8日、州が計画するLRT7路線のうち、クラパガディン〜クバヨラン・ラマ間(1号線)建設のため、2015年度州補正予算から5,000億ルピアを投じることを明らかにした。

州のLRTは、ほかにタナアバン〜プロマス間、ジョグロ〜タナアバン間、クラパガディン〜プシン間、プシン〜スカルノハッタ空港間、チュンパカプティ〜アンチョル間など6路線が計画され、上記アディカルヤ社のLRTと接続する。

LRT建設計画で懸念されるのは、資金調達である。アディカルヤ社のLRT建設の資金計画では、まだ5.02兆ルピアの調達先が未公表である。国営企業省の支持を受けたが、運輸省が未承認のため、現時点では大統領まで上がっていない。

また、ジャカルタ首都特別州の計画でも、州議会への説明はこれからで、州予算で賄うにしても今後継続的に資金調達が可能かどうかは明らかではない。アディカルヤ社が州のLRT建設も担う可能性もある。

資金計画に不安を残すなかで、LRT事業に中国からの資金を活用する可能性が示唆されている。3月のジョコウィ大統領の訪中時に、国営企業が担うインフラ関連16事業へ中国開発銀行が238億ドルの融資を行うことに合意したが、アディカルヤ社はこの国営企業のなかに含まれている。

ジャカルタのLRT建設は本当に着工するのか。やはり中国に頼ることになるのか。

 

 

【スラバヤの風-14】スラバヤは物語を持っている

スラバヤでは、自分の街を愛する人々に多く出会う。「ジャカルタに行ってみたけれど数ヵ月でスラバヤへ戻ってきた」という人によく会うし、ものすごく優秀な人材なのにスラバヤからジャカルタへ行こうとしない者がいたりする。

街中には100年以上前に建てられた素敵なコロニアル風の建物がいくつも残り、今もその多くは現役である。スラバヤの古い写真を収集して保存する運動をしている団体や、自分たちの祖先の跡をたどる街歩きをする華人系のグループなどもある。

スラバヤは「英雄の町」とも呼ばれる。それは、1945年8月の独立宣言の後、再侵入してきたオランダなどの連合軍へ、全国で最初に市民蜂起した歴史を背景としている。そんな歴史もまた、スラバヤっ子が自分の街に誇りを持つ所以なのかもしれない。

10月末、スラバヤの街に関わる様々な人々や事象を書き留めた『スラバヤは物語を持っている』という本が出版された。著者はダハナ・アディ(通称・イプン)というフリーランスのジャーナリストで、11月2日の出版記念セミナーには私も顔を出した。

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本の中身は、昔にスラバヤで流行った様々な映画、戦時中に日本軍がプロパガンダで利用したことで知られるスリムラットと呼ばれる大衆娯楽劇、オランダで活躍した「ティルマン・ブラザース」というインドネシア人バンド、インドネシアン・ポップスの先駆者ゴンブロー、伝説的なジャズ音楽家ブビ・チェン、マス川のほとりを歩いた際の見聞録、トゥリ市場やジュアンダ空港の歴史など、スラバヤゆかりの人々や事象を取り上げている。この本は第1巻と銘打っており、今後続刊が期待される。

イプンは「次世代の子供たちにスラバヤをもっとよく知り、愛し、誇りを持ってもらいたいので、この本を書いた」と語る。私としては、そうしたイプンの活動自体に敬意を表する。と同時に、様々な人々が持つそれぞれのスラバヤの物語が生まれることも期待してしまう。

たとえば、以前住んでいたマカッサルでは2007年、若者たちがマカッサルに関わる様々な事象を調べた『マカッサル0キロメートル』という本を出版した。その後、一般市民が自分の身の回りの事象を調べて書いたエッセイから成る『パニンクル』という投稿サイトが生まれ、既存メディアに対抗する市民ジャーナリズムの先駆けとなった。

スラバヤではどうだろうか。イプンが語る「スラバヤ」を人々が受け止めるだけでなく、人々もまた自分たちの「スラバヤ」を自ら紡いでゆく。その結果、『スラバヤは物語を持っている』はより豊かになり、スラバヤの人々みんなのものとなっていくことだろう。

 

(2013年11月29日執筆)

 

 

【インドネシア政経ウォッチ】第123回 追加提案予算で法外なマークアップ(2015年3月12日)

ジャカルタ首都特別州のアホック州知事と州議会との間の対立が先鋭化している。先週、アホック州知事が州議会による追加提案予算の中身を暴露する事態が起きた。

例えば、州内8郡・56区すべてに無停電装置(UPS)を配置する予算は1台42億ルピア(約3,900万円)、中学校21校へは同60億ルピアが計上された。UPSはパソコンなどの電源確保に使われ、通常でも200万ルピア程度であることからすれば、法外なマークアップとなる。ほかにもアホック州知事の開発思想に関する3巻本の出版予算に30億ルピアが計上された。

アホック州知事が確認すると、担当部局長や郡長・区長などは全く知らない提案であった。アホック州知事自身が開発思想の3巻本の出版を提案するはずもなかった。

州政府と州議会は2015年度予算の総枠を73兆ルピアとすることで1月初旬に合意した。これを受け、アホック州知事は各部局に対して州議会からの追加予算提案を認めないよう指示した。州議会本会議での予算審議が終了し、予算案の数字を電子予算システムへ入力する間際になって、州議会は前述の事例を含む8兆8,000億ルピアの追加予算をひそかに提案してきた。実は、予算審議終了後に州議会が追加提案予算を出すのは長年の慣例となっていた。

アホック州知事は、州議会からの追加提案予算を含まない当初予算案を中央政府(内務省)へ提出した。しかし、内務省はこの予算案を差し戻し、州議会の同意を求めた。州議会を無視して当初予算案を内務省へ提出したアホック州知事に対して、州議会はその責任を問いただす質問権の行使を決めた。一方、アホック州知事は、州議会による追加提案予算に汚職の疑いがあるとして汚職撲滅委員会(KPK)へと報告した。

不正を追及するアホック州知事に対して、州議会は議会制民主主義にのっとった手続き論を唱える。しかし、制度や手続きを悪用した不正資金づくりの一端が見える形となった。

【インドネシア政経ウォッチ】第114回 スラバヤでテロ警戒の声明(2015年1月8日)

新年早々の1月3日、アメリカ大使館は、エアアジア機墜落事故の遺族が悲しみにくれる東ジャワ州スラバヤに住む在留アメリカ人に対してテロへの警戒を呼びかける声明を発表した。スラバヤの米系ホテル、銀行に対する潜在的な脅威がある、という内容である。

スラバヤは「インドネシアの治安状況を判断するバロメーター都市」と治安当局から認知されている。スラバヤ警察は、ときにデモ対策のために首都ジャカルタへ派遣されるほど一目置かれており、スラバヤが平穏であればインドネシアも平穏であるとされる。そのスラバヤでテロへの警戒がアメリカ大使館から呼びかけられるのは異例と言ってよい。

その背景には、インドネシア国内で最近、過激派「イスラム国」へ親近感を抱く者たちが表面に現れ始めたことがある。過去にアルカイダやジュマア・イスラミヤ(JI)などイスラム過激派組織に関わった人物らがイスラム国へ合流し始めている。

スラバヤでは、昨年1月と8月にテロリストが逮捕された。とくに、8月に逮捕されたアブ・フィダは、インドネシア人56人をシリアへ送ってイスラム国に合流させようとした。加えて彼は、2002年にテロリストの大物であるアズハリやヌルディン・トップをかくまったほか、中スラウェシ州ポソで軍事訓練を行うサントソ・グループとも関係することが分かった。

国家警察によると、昨年12月にポソで逮捕した4人のテロリストはイスラム国メンバーと認められた。アメリカ大使館は、イスラム国支持者の隠れた拠点となりうるスラバヤで、ポソのサントソ・グループと連携した何らかの動きが起こるという情報をつかんだ可能性がある。

大統領選挙でプラボウォ=ハッタ組についた福祉正義党(PKS)のアニス・マッタ党首は昨年8月、「わずか30万人のイスラム国に40カ国が宣戦するのは大げさだ」と述べた。すぐにPKSは「イスラム国を支持せず」と火消しに走ったが、プラボウォ支持のデモにイスラム国の旗が現れたことと併せ、ジョコウィ政権がイスラム国と関連づけてプラボウォ側をたたくのではないかとの見方もある。

【インドネシア政経ウォッチ】第103回 宗教をめぐる新たな動き(2014年10月9日)

ジョコウィ次期大統領がジャカルタ特別州知事を辞任し、規定に従って同州のアホック副州知事が州知事に昇格する。しかし、イスラム擁護戦線(FPI)などイスラム強硬派の一部が、アホックの昇格に反対するデモを繰り返している。彼のこれまでの言動が過激で思慮を欠くということのほか、華人でキリスト教徒ということを反対の理由としている。

先のジャカルタ特別州知事選の際にも、FPIなどはジョコウィと組んだアホックに対して同様の批判を行ったが、選挙結果を左右することはなかった。アホック自身、かつて9割以上の住民がイスラム教徒であるバンカブリトゥン州東ブリトゥン県知事を務め、在任中に多数のモスクを建設したことで大きな支持を得ていた。

しかし、FPIなどの行動には一貫性がない。FPIはアホックを批判する一方で、新たに選出されたゴルカル党のスティヤ・ノバント国会議長(キリスト教徒)はむしろ歓迎している。イスラム教を建前にしているが、ただ単に「アホックが嫌いだ」という感情的な理由で動いていることの証左である。FPIなどがアホックを批判するのは、彼が地方首長選挙法に反対して、所属していたグリンドラ党を離党したことも関係があるはずである。

アホックは「身分証明証の宗教欄をなくすべき」とも主張し、それを支持する知識人らも現れた。ジョコウィ新政権構想でも、一時、宗教省を廃止する案が有力視されたが、時期尚早として見送られた。宗教欄や宗教省の廃止論の背景には、宗教の政治利用だけでなく、アフマディヤなどイスラム教少数派への多数派からの迫害を防ぐ意味がある。

他方、政府内には、宗教の定義自体を緩めようという見直し論も出ている。宗教省は、規定の6宗教以外の地方宗教についても、信仰ではなく宗教として認める可能性を探るため、実態調査を開始する。「唯一神信仰」という建国五原則(パンチャシラ)の第一原則との食い違いの問題はあり得るが、注目すべき動きである。

【インドネシア政経ウォッチ】第99回 カキリマの合法化(2014年9月11日)

ジャカルタ首都特別州は、カキリマと呼ばれる移動式屋台や露店の合法化を開始した。カキリマとは5本足という意味で、移動式屋台にある2つの車輪、営業場所で屋台を固定する支え棒、それに人間の足2本、の5本の「足」があることから「カキリマ」と呼ばれる。カキリマは、都市雑業層、いわゆるインフォーマル・セクターを象徴する存在である。

州政府は、カキリマに対して事業内容票の作成、州営バンクDKIへの預金口座開設、デビットカード機能付きの会員証の作成を求め、それを満たせば、カキリマを正式の商業活動として認めることとした。カキリマはこれまで1日5,000ルピア(約45円)の場所代をクルラハン(地区)治安秩序員へ現金で支払ってきたが、今後それは、州利用者負担金(retribusi)として、デビットカードによる自動引き落としの形で支払うことになった。

インフォーマル・セクターに属するカキリマは、正式の営業許可も場所の使用許可もなしに活動し、それが故にいつでも警察の取り締まりの対象になるという恐怖感を持つとともに、警察に対抗して彼らを守る「ならず者集団」(プレマン)に金を払ってでも従属せざるを得ない、という弱い立場にあった。参入障壁の低いカキリマは、こうしてなかなか近代的な商業活動へ育つことが難しかった。

そこへ行政が介入した。州政府がカキリマを強制排除せず、フォーマル・セクターへ導く役目を果たし始めた。カキリマの営業上の権利を守る一方、そのために必要な義務を果たすよう求めている。たとえば、先の条件が満たせなければ、カキリマの営業は認められない。また、歩道や公園でのカキリマの営業は認めない方向で、シンガポールのように特定の場所へカキリマを移転させていくことが予想される。

これは、ジョコウィ=アホックのコンビが率いるジャカルタ首都特別州で起こっている変化の一コマである。果たして、ジョコウィ次期大統領の下で、こうした変化が全国各地で見られるようになるのだろうか。

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