日本は何によって外国人労働者に選ばれる国になるのか

●外国人が日本を選ぶ理由が議論されていない

「日本は、外国人労働者によって選ばれる国にならなければならない」という文言をよく聞く。韓国や台湾など、他のアジア諸国との外国人労働者争奪競争を意識したもので、そのためには、外国人労働者への法的保護を強め、これまでより働きやすい環境を整えることが必要、といった論調がみられる。

しかし、重要なことが一つ抜けている。すなわち、外国人労働者は何をもって日本を選ぶのか、その理由についての議論が全く見られないのである。

このこと一つとっても、昨今の外国人労働者をめぐる議論が、日本側、彼らを活用する側からの視点からしか行われていない、極めて一方向的な議論に終始していることが分かる。そう、政府も民間も、誰も外国人労働者側のことなんか本気で考えていないのだ。自分たちの人手不足が解消すれば、誰でもいいというような状況なのである。

なぜ外国人労働者は日本に来たいのか。他国ではなく、日本を選ぶのか。あるいは逆に、何を売りにすれば、彼らは自分たちの就労先として日本を選ぶのか。この辺りを、しっかりと調査した形跡はうかがえない。

外国人労働者への法的保護を強め、これまでより働きやすい環境を整えることは、もちろん重要である。その場合には、どれだけ他国よりも法的保護を強めるのか、働きやすい環境を整えるのか、ちゃんとアピールする必要があるのではないか。

地域おこしの一環で新産品開発・販売促進を試みる際、どこもかしこも同じような饅頭や漬物を作ってしまう、という批判をよく聞く。そのときに、他の類似製品と何が違うのか、同じ種類であればどのように他より優れているのか、説明できなければ、その新産品はアピールできない。お客さんから選ばれる商品にはならない。

もし政府が、選ばれる国になるために外国人労働者への法的保護を強め、これまでより働きやすい環境を整えるというなら、他国よりも優れている点をきちんとアピールすべきなのである。

もっとも、外国人労働者が、そういった点を重視して日本を選ぶかどうかは、やはり確認しなければ分からない。ただ、昨今のメディア報道や私自身のインドネシア人技能実習生・元実習生らとの関わりのなかから、見えてきたことがある。

高い賃金を理由に日本を選ぶ者もたしかにいる。でも、それ以上に、彼らが日本にあこがれる理由があるのだ。

それは、日本の高い技術・技能を学びたい、という理由である。

●日本で技術・技能を学びたい

彼らの頭のなかには、1970~1980年代の高度経済成長を成し遂げた日本のイメージがあり、それを体化させた日本製品の高品質への尊敬がある。彼ら自身、そうした日本製品を手にし、あるいは手にできなくとも、羨望のまなざしで日本製品を見ながら育ってきた。

時代は変わり、我々日本にいる者たちは、彼らのあこがれたそれは過去の日本であり、実際には多くの技術や技能における熟練が失われ、技の継承が難しい時代になっていることを知っている。家電製品を見るまでもなく、韓国や台湾や中国がもはや世界市場で重要な地位を占め、日本もそれら市場プレーヤーの一つに過ぎなくなったことは、国家としては悲しく寂しいことであろうが、急速に変化する時代のなかで、その現実をきちんと受け入れなければならない。

そこで、過去の日本にまだあこがれを抱き、それを学べるのではないかと思って日本を選ぶとするならば、受入側はどうすべきなのか。

もはや後継者はいないと思って継承を諦めていた技術や技能を、もう一度、引っ張り出してきて、彼らに教え込むことはできないだろうか。

発展を急いだ国々では、釘やネジを正確に造ったり、ハサミをきちんと研いだり、道具や工具や産業機械を自前で製造・管理したり、建築の際に安全に作業する手順など、そうした基礎的な部分が疎かなまま、最先端技術やIT/AIへ一気に飛びつこうとしている様子がある。何かあったときに、ベーシックへ戻って自前で問題を解決できる技術や技能が求められているはずである。

もっとも、それは外国人労働者だけでなく、日本人労働者でも同様なのだが・・・。しかし、日本人労働者がそうした現場に来たがらないという現実もある。日本人が見つからないから外国人、という安易だが背に腹は代えられない状況がある。

日本で技術や技能を学びたい、という外国人労働者が来たなら、受入側は彼らにきちんと教えてくれるだろうか。そうあってほしいと思うのだが。

●日本で学んだ技術や技能を活かすために

日本へ行ったら技術や技能が学べる、としても、日本で学んだ技術や技能が、外国人労働者の祖国や地元で生かされなければ意味はない。

そこで、外国人労働者が日本へ来る前に、できれば地元の政府や企業の関係者を交えて、日本でどのような技術や技能を学んでくるのが帰国後に地域への貢献になるのかを話し合い、適任な候補を選抜し、彼に地域からの期待を背負う形で日本の受入企業で学んでもらう、という道筋をつけるべきだと考える。

日本の受入企業側も、そうした使命をもって受け入れた外国人労働者を手荒に扱うことはできないはずだ。なぜなら、受入企業が長年培ってきた技術や技能を尊敬し、それを学ぼうとする稀有な人材は、いまや日本のなかで探し出すことが難しいからである。だったら、受入企業を敬う外国人労働者に対して、それを託し、たとえ日本でなくとも、世界のどこかで匠の技が伝承され、世の中に役立てるような形で伝承されていくことを望むはずだと思うからである。

もしこれが実現できるならば、技能実習制度は本当の意味での技能実習となり、技能実習生を受け入れて育てた企業は、収益や利潤だけではない、技術・技能教育機関として、日本の地域のなかに存続していく価値を持つことになる。地域に企業が残っていくための一つの方策として、本来的な意味での技能実習制度が活用できるのではないか。そうした企業を表彰し、指導者企業という称号を与えて行政が存続を支援する政策を採ることも有用である。

そしてまた、受入企業が当たり前だと思っている日常的な作業を再評価し、それが技術・技能修得プロセスをきちんと踏んでいることを「見える化」させることも重要であろう。それによって、作業の意味付けがより深まり、本当の意味での技能実習と意識できるようになるはずである。

●本当の技能実習で、日本を人材育成のコアに

私自身は今後、以上のようなことを実現させたい。技能実習制度を本当の意味での技能実習にする。そのことが、日本を他国から差別化し、技術や技能を学びに来る人材を引き付けたい。技能実習を通じて、アジアにおける人材育成のコアとしての役割を日本が果たすように促したい。

インドネシアの地方の現場と日本の地方の現場の両方を知る自分だからこそ、その両者のニーズをつなぎ合わせ、両方の地方にとってウィン=ウィンになるような仕組みづくりを試みたい。

地方政府や地元企業家と一緒に、技術や技能を学ぶ意欲と使命感を持った人材を発掘・選抜。その技術・技能を教え人を育てられる日本の受入企業を見つけてつなぐ。日本での技能実習プロセスをしっかりモニタリング。祖国へ帰国後、その人材が地域の現場で何をするのか、学んだ技術や技能はどのように活かされているのかについて、地方政府や地元企業家と一緒にずっとモニタリングしていく。

●だから私はインドネシアの地方へ行く

だからこそ、私はインドネシアの地方へ行く。自分たちの地方をどうしていきたいのか、真剣に考え、行動しようとしている地方へ行く。その地方が直面する様々な課題は、日本の地方のそれと本質的に変わるものではない。その課題を解決・緩和するためにどのような人材をどのように育成していくか。

それは、単なる数合わせではない。日本側で不足する人数を揃えて調達すればいい、という話ではない。地方の期待を背負った大事な人材を日本でしっかり育てる、ということなのである。前にブログで触れた、固有名詞で捉える世界なのである。

技能実習制度を本当の技能実習にする。これは、かつて日本の専門家が海外へ出て行って人材育成を行ったこととは逆に、外国から来た研修生に対して日本の受入企業が指導し、日本で人材育成を行う、ということである。これまでに海外での様々な人材育成のノウハウを蓄積してきたJICAやAOTSなどの政府機関が、技能実習制度を本当の技能実習とすることに役割を果たせる可能性があるのではないか。

●介護・看護でも、農業でも必要な人材育成

以上の話は製造業をイメージしていたが、介護・看護や農業でも同様である。

急速な高齢化が進むアジアでは、遠くない将来、多くの介護・看護人材が必要になる。日本は、そうした介護・看護人材を量的に育成するだけでなく、いずれ各国で介護・看護人材を育成できる指導者的人材を育てて輩出することを考えるべきである。今、日本で受入れている介護・看護人材をそのような目で育てていくことが求められてくる。

農業でも、技能実習では単なる労働力ではなく、農業経営のできる人材育成と位置づけるべきである。農業労働者ではなく農業経営者となった彼らは、帰国後、自分の農村でのリーダー的存在となり、村づくりや産品振興の先頭に立って、地域のために活躍できる人材となっていくはずである。

●特定技能は「労働者」、技能実習と明確に分ける

2019年4月から始まった特定技能は、研修生ではなく「労働者」という色彩が濃い。単純労働も可能という解釈であり、単に高賃金を求める外国人労働者は、こちらのカテゴリーに含まれていくことだろう。

ただ、少なからぬ企業は、特定技能では転職が認められることから、3年間縛り付けられる技能実習を選好するものとみられる。だとするならば、ここではっきり、技術や技能を教えて人材育成するならば技能実習、人手不足解消のための労働者として雇うならば特定技能、と分けるべきと考える。

そして、技能実習をきちんと行う企業は、たとえ経営が厳しくとも、人材育成企業として行政が称え、政策的な優遇措置を採って地域に存続させる。一方、労働者として特定技能ビザで雇った外国人労働者は、日本人労働者と同様の権利を認め、転職もやむなしとする。

もっとも、特定技能ビザで雇ったとしても、技術や技能の修得を図り、技能国家試験の上級に合格させるなど、人材育成に貢献した企業は、技能実習の場合と同様に、人材育成企業として行政が支え、地域に存続させることを考えるべきであろう。

●人材育成を通じて送り出し国の地方と日本の地方をウィン=ウィンに

日本が外国人労働者に選ばれる国になるために、外国人労働者への法的保護を強めたり、これまでより働きやすい環境を整えることは基本中の基本である。そして、技術・技能を学びたいという彼らも、いつまで過去の日本へのあこがれを抱き続けるかは定かでない。日本が彼らに選ばれる理由をもっと真剣に考える必要がある。

そして、彼らの評価が変わらない今のうちに、送り出し国の地方にとっても、受け入れる日本の地方にとっても、地域活性化の観点からウィン=ウィンとなるような事例・仕組みづくりを始めることに意味がある。

ここに書いたことは、理想論かもしれない。でも、ことインドネシアに関して、インドネシアと日本とをつなぐプロとして、私はそれを実現させたい。興味を持たれた方は、是非、ご連絡いただきたい。

そして、彼ら外国人労働者が単なる人手としてではなく、地域活性化にとっても戦力として生かしていける可能性について、別途、このブログで論じることにしたい。

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