小松理虔著『新復興論』を読了

購入して読み始めたのはずいぶん前だったが、ようやく本日(5/17)、小松理虔著『新復興論』を読了した。

あいにくまだ同氏とは面識はないが、東日本大震災後の彼の活動は興味深く、ツイッターなどにおいて、自分で勝手に追いかけていた。
私自身、福島のことを考える際、「復興」という言葉を素直に受け止められなかったり、様々な現象を「福島」という地名で一般化されてしまうことに強い違和感をずっと感じていた。
自分の出身地である福島市における福島の人々と、いわき市を含む浜通りの「福島」の人々との微妙な心理的距離や、福島市在住の人々によるあたかも自分が福島全体を代表しているかのような言動が跋扈するなかで、インドネシアなど海外とも深く付き合ってしまって、福島については出戻りのような自分が自分の立ち位置をどこに置いたらいいのか、悩み続けるなかで、小松氏の発信になんとなく親近感を抱いていた。
『新復興論』は、よそからの借り物ではない、小松氏が地元での生活経験のなかから、自分の言葉で自分の思想を編み出していくプロセスを経ながら書き上げたもので、二者択一の単純な議論や政治性を排除した、他の専門家の真似のできない内容だと感じた。
とくに、リアリティとの関わり方に関して、地域づくりにおけるコミュニティデザイナーとアーティストとの役割の違いを明確にしていた点に思わずうなづいた。
いくつもの珠玉の言葉があった。いくつか自分なりにまとめてみる。
「アーティストは事実を伝えるのではなく、真実を翻訳するのだ」という古川日出男氏の言葉の引用。アーティストは課題を提示する人であり、そこには、現状に対する批判精神が込められているのが当然である。アーティストが社会的課題を解決するのではない。行政などの意図に応じて作品制作を行うなど、リアリティに囚われすぎると弊害が生じる。土地の歴史や文化を掘り起こし、そこだから存在するものを大事にする。それを進めるにもアートの力が有効である。
原発を含む福島のエネルギーをめぐる歴史は、外部から求められての「敢えての依存」が時が経つにつれて「無意識の依存」へ変わっていった歴史であった。それに伴って、福島では、自らが犠牲となって国策に貢献したのにその後結果的に差別を受けるという「方法的差別」を繰り返してきた。そうした福島と同様の経験を持つ人々は世界中に存在する。アートを通じて、それら世界の様々な場所で闘っている人々と連帯すべきだ。
外部者を排除した地域づくりは前に進められない。様々な人々に関わってもらうには、まじめの度合いを下げるしかない。復興事業の多くはまじめに行われすぎている。まじめの度合いを下げるのにアートの役割がある。徹底して楽しむこと、そして小さく展開すること。不まじめさによって、予期せず偶然に誰かへ情報が誤配され、その誤配から全く新しい何かが生まれる可能性がある。ゆるさの効用がある。
原発事故を障害として捉える。治癒して元に戻るケガではなく。障害としての原発事故をむしろ価値と捉え、共存を図る。
この最後の障害論は、まさに、今の新型コロナウィルス感染拡大の現状にも当てはまるものだろう。そうだとするならば、地域づくりの場合と同様、アートにも、閉鎖状態を和ませる以上の、何らかの果たせる役割があるような気がする。また、まじめすぎるのもよくないのかもしれない。
『新復興論』は地域づくりの現場に関わる方々はもちろん、地域づくりを教える教師やそれを学ぶ学生にとっても示唆の大きい内容である。そして、それぞれの経験に照らして、地域づくりにおける自分なりの思想や考え方を見つける良い材料になるものと思う。
小松氏の今後の活動や言論についても、引き続き注目していきたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください