高知県のデビューゲート

高知県では、1次産業×2次産業×3次産業の6次産業化を推進している。

そして、6次産業化を目指す企業や団体に対して、スタートアップ研修、実践研修、アップグレード研修の機会を提供している。

実践研修を終え、県外への販売拡大を目指す企業や団体には、アップグレード研修を施し、そこで実際に試作した製品の試験販売の場として、「デビューゲート」を設けている。

デビューゲートは、農産物直売所+スーパーマーケット+県産加工製品販売所を統合した「とさのさと」の県産加工製品販売所「セレクトマーケット」の一角にある。デビューゲートの名前は「いっちょういったん」である。

この「いっちょういったん」に並べられた加工製品は、6次産業化製品とされるものである。色々なアイディアの詰まった興味深い製品が並べられている。その一方で、本当にマーケットでの需要に呼応したものなのか、あるいは需要を掘り起こせるものなのか、多少疑問を感じる製品も少なくなかった。

また、アップグレード研修の成果として一緒くたに並べることが、果たして来客者の興味を引くのか、という点も気になった。

県としてそのような場を提供すること自体は評価できるが、同時に、6次産業化という名における現時点での振興策の限界も感じられた。既存の研修の枠を超えるような製品が生まれることも必要で、研修する側の発想や視野の広さも吟味されていく必要を感じた。

これらはあくまでも、個人的な感想です。

また食べに来たい、高知の鯛塩ラーメン

夜の部も終わり、でも少しまだ物足りない・・・という感じだったので、高知市内の帯屋町アーケードへ出かけて、ラーメン屋さんを探した。

細麺であっさりした味で、コッテリしていない、さっぱり系のが食べたかった。

そして、入ってみたのが、Nayutaというアルファベットの名前のお店。この店、塩ラーメンが名物の店らしかったので、鯛塩ラーメンを注文。

透き通ったスープに、絶妙の茹で具合のストレート麺。

シャキッとしたカイワレやネギが上にのり、丁寧に作られた絶品のチャーシューとのコントラスト。

シンプルだが、しっかりと鯛塩のスープ。

相当にレベルの高い塩ラーメンだった。

そうそう、こういうのを食べたかったんですよ!

次回、高知に来る機会があったら、また必ず食べに来よ!

そう呟いたら、店のお姉さんに「じゃあ、次回はカウンターに座って、色々お話聞かせてね」と言われた。

高知での行きつけの店になれるといいな。

仁淀ブルーの沈下橋

透明度が高く、青色の水が特徴の仁淀川。高知県を流れる仁淀川は、流域面積1,560 km、長さ124 kmの、吉野川・四万十川に次ぐ四国第三の河川である。

その青い水の色は「仁淀ブルー」とも呼ばれ、2012年から7年連続で水質ランキング日本一を維持している。

今日(2019/11/06)は空の色が青く、まさにきれいな秋空。その空の色が川面に映っているためだろうか、仁淀川の色は青かった。

でも、インターネット上でみかけるような見事なコバルトブルーの水の色は、もっと上流へ行かないと見えないのだろう。

先の写真は、越知町の浅尾沈下橋の上から撮ったものである。下の写真は、その沈下橋。

沈下橋には欄干がなく、洪水時には、敢えて橋の上を川が越水することを促し、沈む構造になっている。もちろん、橋がみえなくなるので、洪水時に通行はできなくなる。これも高知の先達たちの知恵なのか。

沈下橋の向こうの山の中腹には、柵らしいものがみえる。鳥獣対策として、イノシシが入ってこないようにするための柵で、この集落一帯は、実はその柵で囲われているということだった。

夕方、横倉山の山頂近く、織田公園にある展望台から、越知町の全景を眺めた。

仁淀川は頻繁に氾濫するため、町周辺では米作や露地野菜栽培が主となり、ビニールハウスを活用した施設園芸は盛んではない、という町役場の方の説明が本当に納得できる光景だった。

そして、街の中心部を蛇行する仁淀川は、夕闇の中で、やはり青く光っていた。

この高知県の山間の越知町が、柑橘類とコーヒーで、インドネシアの中アチェ県とつながる動きをみせてくるかもしれない。

13年ぶりに馬路村を訪ねて思ったこと

9月8日から、本邦研修の一環として、インドネシアから招聘した地方政府の役人の方々と一緒に、高知県に来ています。

9月8日は、高知龍馬空港に着いてすぐ、馬路村へ向かいました。私自身、馬路村を訪れるのは、2003年以来、13年ぶりのことでした。

当時、2004年にJICA短期専門家として、日本の地域おこしの事例をインドネシアで紹介するために、馬路村を訪れ、馬路村農協でヒアリングを行い、馬路温泉に1泊しました。ゆず関連商品を2万円ほど買い込み、それをかついで、インドネシアのポンティアナク、マカッサル、メダン、ジャカルタでのJICAセミナーで、馬路村の話をしたのでした。

農地に恵まれない馬路村は、1970年代に主要産業の林業が衰退し、米も野菜もほとんど生産できない状況の中で、地域資源として活用できそうなのは自生のゆずしかなく、ゆずの加工に村の将来を賭ける選択をしたのでした。自生のゆずは不格好で商品価値を見出せないものでしたが、見方を変えれば、無農薬で化学肥料も使っておらず、加工原料として安心安全のものでした。マイナスをプラスに変える発想の転換で、馬路村はゆずの加工を進め、多種多様な加工品を作り上げていきました。

人口わずか1200人の山村がどうやって地域おこしを進めていったのか。馬路村の話は、日本でも、インドネシアでも、多くの村々に希望と勇気を与えるものでした。

今回、13年ぶりに訪問した馬路村は、さらなる発展を遂げていました。前回、1箇所だったゆずの加工工場は5箇所に増え、そのうちの1つは見学コースも備えた立派な施設となっていました。営林署の跡地は「ゆずの森」と呼ばれる素敵な森として整備されていました。13年前、始まったばかりのパン屋はまだあり、より素敵な店になっていました。

しかし、13年経って、村の人口は930人に減っていました。人口は減っているのに、馬路村農協の生産規模・多角化はさらに進んだ様子で、機械化はもちろんのこと、村外からの労働力の受け入れも必要な状態になっているようでした。

馬路村のゆずグッズのファンは日本中に広がり、その評判は揺るぎないものとなっています。その一方で、馬路村がブランド化され、そのファンが増え、需要が拡大すると、馬路村農協の生産体制は、それへの対応を益々進めなければならなくなっているように見えました。村の人口減の中で、機械化を究極まで高め、従業員の生産性も上げていかなければならない、効率性をもっと追求しなければならない・・・。

そんなことを思いながら、ちょっと無理をしているのではないか、と思ってしまいました。通りすがりのよそ者の無責任な感想にすぎないですし、懸命に活動されている方々を決して批判するつもりはないのですが、そんなことを思ってしまったのです。そして、馬路村にそれを強いているのは、マーケットであり、我々消費者の行動なのではないか、と思うに至りました。

村の人口が減り、村の生き残りをかけて、市場需要に呼応して懸命に生産をしているうちに、自分たちのできる能力の限界にまで至ってしまってはいないか。市場の圧力は、それでもまだ馬路村に生産増を強いていくのではないかと危惧します。

「日本全国の心のふるさと」になろうとしてきた馬路村の人々が、市場からのプレッシャーでストレスを感じ、生活の幸福感を味わえないようになってしまったら、やはりまずいのではないか。ワーク・ライフ・バランスは、人間だけでなく、地域にも当てはまるのではないか。

地域おこしの成功事例として取り上げられてきたからこそ、その潮流からはずれてしまうことへの恐怖もあるかもしれません。でも、大好きな馬路村には、あまり頑張り過ぎて欲しくはありません。

村のキャパシティに見合った適正な規模で、市場に踊らされることなく、持続性を最大限に重視しながら、人々が幸せを感じられる悠々とした経済活動を主体的に行っていってほしいのです。

こんなことを言っても、それは、通りすがりのよそ者の、馬路村の現実をおそらく踏まえていない、勝手な感想に過ぎません。何か誤ったことを述べてしまったとすれば、深くお詫び申し上げます。

高知らしさと言えば・・・

6月24日は、高知で用務がありました。午前中は、越知町役場で会議があり、午後は高知県庁で2件、小さな会議がありました。

会議の中でいろいろな話題が出ましたが、「高知らしさって、なんだろう?」という話が結果的には中心だったような気がします。
例えば、高知の水産業は、多品種少量が特徴だそうで、いろいろな種類の水産物が少量ずつ獲れるということです。でも、県は、水産物の輸出促進を新たな政策として掲げているので、輸出の成果をあげなければならないのです。とすれば、量でかせげないので、個々の水産物の価値を上げるしかありません。
高知らしさを生かすような形での戦略を立てなければならないのに、まずは輸出ありき、成果を出せ、といわれた職員たちのちょっと困った様子がうかがえました。チャレンジ!ではあるのですが。
高知らしさと言えば、今日、お昼を食べたひろめ市場も挙げられるのではないでしょうか。フードコートのように、真ん中に食卓が置かれ、それを囲むように色々な飲食店があって、昼間からアルコールを楽しんでいる、その大らかで楽しい雰囲気がまさに「高知らしさ」ではないか、と思ったのです。
昼食でいただいたのは、鰹のたたき定食。ここのは、醤油ダレではなく、塩たたき。鰹のたたきも高知らしさを表しています。
「高知で一番うまいたたきを食べさせる店」と自分で看板に書いてしまうところも高知らしさかもしれません。でも、ここのは本当に美味かったのです。以前食べた、有名高級割烹のたたきよりも美味しかったのです。
相席になっても、笑顔で応じてくださる方々。ひろめ市場は、飾り気のない、フツーの庶民的な雰囲気にあふれた、人間味のある場所でした。きっと、昼からずっと夜までここで呑んだくれる人たちもいて、そんな様子を店の人たちが温かく見守ってくれているような、そんな場所のような気がしました。
人の温かさ、という意味では、高知龍馬空港で見た電話もそうでした。
これは鏡ではありません。セキュリティチェックを終えて出発ロビーに入った方と、見送りに来た方とが、ガラス越しに話のできる電話なのです。
ちょうど、おじいちゃん、おばあちゃん、小さい子供たちが、これから飛行機に乗る若い男女二人を見送りに来ていました。パパとママなのか、おじちゃんとおばちゃんなのか、それはわかりませんが、電話をとって、名残惜しそうにバイバイを繰り返していたのが、とても微笑ましい光景でした。
些細なことですが、この電話も、何となく高知らしさを表しているなあ、と思いました。