9月4日のジャカルタでの講演のお知らせ

2018年9月4日午後6時から、「2019年大統領選挙の行方と今後のインドネシア経済」と題して久々にジャカルタで講演します。

場所は Hotel Atlet Century Park で、来年の大統領選挙についての私なりの見方などを披露いたします。

講演会終了後の懇親会(立食式)は、当初有料(4000円程度)ということでしたが、結局、無料となりました!!

お手数ですが、参加ご希望の方は、gec-teamekansai@gec.jp 宛に、9/4ネットワーキングカフェ参加希望という題目で、会社・団体名、電話番号、参加者氏名、Eメールアドレスを明記したメールをお送りください。

多くの方々にご参集いただき、久々にお会いできることをとても楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

カカオ農園ツアーに行ってきました

今年も、8月18〜25日、ダリケー社のカカオ農園ツアーに行ってきました。

同社アドバイザー及び引率スタッフとしてこのツアーに参加するのは毎年恒例行事で、今回で5回目になります。今回も、30人近い参加者と一緒に過ごしました。

8月18日にマカッサルに到着し、19日に、目的地の西スラウェシ州ポレワリへ向かいます。所要時間は約5時間、途中のパレパレで昼食をとりました。

ポレワリに到着後、自己紹介セッションの後、夜は、地元のポレワリ・マンダール県主催の夕食会。あいにく、主催の観光局と懇意にされていた県職員が急逝されたため、夕食会へ出席した県政府関係者はごく一部となりました。

20日は、午前中、ポレワリでのダリケー社の取り組みについて詳しく説明があり、いかにカカオ農家と信頼関係を作り、発酵カカオを生産する仕組みを築いてきたかを参加者に理解してもらいました。

午後、参加者は、実際にカカオ農園を訪問し、カカオについての説明を受け、カカオの実を収穫したり、カカオの苗を記念植樹したりしました。毎度のことですが、参加者の後を子供たちがたくさんついていきます。

農園で働く若者がカカオ農園内のヤシの木にスルスルと登って、上から落とされたヤシからココナッツジュースが参加者に振る舞われ、ココナッツジュースを飲み干すと、そのヤシガラを割り、おばさんが煮詰めていたヤシ砂糖を中の果肉と一緒に食べてもらいました。参加者は、ココナッツジュースのヤシとヤシ砂糖のヤシが別の種類であることなどを知りました。

記念写真の後、村の集落の中を歩いていきます。人々が集落できれいに住まわれていることが印象的な様子でした。その後、ダリケー社のワークショップで、カカオが発酵する様子や、天日乾燥や選別を行う様子を見学しました。発酵カカオの中に手を入れて、高熱を発生している様子も体験しました。

21日は、朝早く、ホテルの近くの市場を散策した後、小学校で、小学6年生とともに、カカオ豆からチョコレートを作るワークショップでした。ツアー参加者と小学生混合の5つのグループに分かれ、カカオ豆の皮むき競争や石臼でのカカオのすりつぶし競争などを行いました。

小学生の中にはカカオ農家の子供もいましたが、カカオ豆からチョコレートができるという体験はみんな初めてでした。このワークショップは昨年に引き続いてのものでしたが、大いに盛り上がりました。砂糖を入れる前のチョコレートの苦さとともに、自分たちで作ったことの嬉しさが伝わってきました。

21日の午後は、地元でビーン・トゥー・バーのチョコレートを作っている若者や自分の農園で栽培・処理したコーヒーを栽培する若者と出会いました。

22日は、イスラム教の犠牲祭「イドゥル・アドハ」で祝日でした。21日の夜は、松明を持った子供たちが道を練り歩いたり、キラキラした装飾をつけた車が行き交うタクビランを目の当たりにしました。

今回の初めての試みとして、ツアー参加者は、ダリケー社が用意した、地元ポレワリのカカオ豆などで作られた様々なチョコレートの味見比べ、テイスティングを楽しみました。そして、思いがけず、ポレワリ・マンダール県知事公邸での犠牲祭のオープンハウスに参加者全員が招かれ、県知事との歓談のひとときと食事を楽しみました。

午後は、ダリケー社のカカオマスとサゴ椰子デンプンを組み合わせたお菓子などを作っている地元のNGO「P4S」を訪問し、そのお菓子の実演を体験しました。

その後、参加者の中から若手女子4名、男子2名が、地元芸能の「踊る馬」に挑戦しました。地元マンダール風の化粧や髪型、衣装をまとい、楽団の音楽によって「踊る」馬の上にまたがって歩きます。彼らにとって、二度とない経験となりました。

23日は、朝、ポレワリを出発して一路マカッサルへ。マカッサルでは、幸運にも、世界3大夕陽の一つを堪能できました。

24日は、午前中、参加者によるツアーへの振り返りを行ってもらいました。様々な感想が述べられましたが、少なからぬ参加者が印象に残ったのは、ツアー中にいただいた、カカオ農家での食事の美味しさでした。

マカッサル市内のトアルコ・トラジャ・カフェで、自慢のコーヒーと日本風の洋食ランチを楽しみ、ショッピングセンターで土産物を購入した後、空港へ向かい、帰国の途につきました。

日本のダリケー社製品を含むチョコレート愛好者・消費者と、その原料であるカカオを生産するインドネシア・ポレワリのカカオ農家とが直接出会うこのツアーは、チョコレートを通じた消費者と生産者とをつなぐ旅でもありました。

ツアー参加者はカカオのことを知ると同時に、カカオ農家に対して感謝の気持ちを示しました。カカオ農家は、彼らからの感謝の気持ちを、より品質の良い、発酵カカオを生産する意欲につなげていました。

カカオ農家からは、気候変動で2050年にはカカオが生産できなくなるのではないかとの不安が示されました。すると、ツアー参加者からは、そうならないように、私たちが支える、カカオ農家がカカオを作れなくなったら本当に困る、という声が上がりました。

カカオ農家の幸せなしに美味しいチョコレートはありえない。そんな純粋な気持ちを共有できたなら嬉しいことです。生産者と消費者とをつなげるこのツアー、地道に続けていきたいと改めて思いました。

今回参加できなかった皆さま、このブログを読んで興味を持たれた皆さま、来年はぜひ参加をご検討ください!

今年もカカオツアーのお手伝いをします

筆者の毎年の恒例行事の一つが、8月のカカオツアーです。京都の(チョコレート屋というよりも)カカオ屋のダリケー株式会社が企画する、カカオ農園訪問ツアーのお手伝いをしているのです。

2014年から始まり、今年で5回目になりますが、筆者は、ダリケー株式会社のアドバイザーとして、毎年、日本からのチョコレート愛好者や学生さんなどを、西スラウェシ州ポレワリ・マンダール県へお連れしています。

このツアーの最大の売りは、カカオ農家とチョコレート消費者との出会い、です。

私たちはチョコレートを食べますが、その原材料のカカオがどういうもので、どのような工程を経てチョコレートになるかをよく知っているわけではありません。いわんや、カカオを作っている農家さんの様子を具体的に想像できる人は、決して多くないと思います。

一方、カカオ農家さんは、カカオを栽培して収穫し、商人に売るところまではわかりますが、それがどのような商品になり、どのように消費しているか、想像できない方がほとんどです。自分のカカオがチョコレートになると言っても、ピンとこないのが現状です。

そこで、両者をつなげて、カカオからチョコレートになるまで、どんな風になっているのかを、オープンにわかってもらうのがいいだろう、と考えたわけです。

日本のチョコレート愛好者や学生が、ポレワリのカカオ農家の農園を直接訪れ、カカオの木はどんなものなのか、どのように実がなるのか、実の中はどうなっているか、カカオの木の生えている土はどんな状態か、などなど、現場で実際に観察します。

自分が大好きなチョコレートが、こうしたカカオから始まっていることが実感できます。

そして、ツアー参加者には、カカオを作ってくださっている農家の方々への尊敬と感謝の念が湧いてきます。

一方、カカオ農家の側はどうでしょうか。

カカオ農家にとって、自分の作ったカカオがチョコレートというものになって、それが大好きな人々が日本から来てくれている、しかも「ありがとう」と言ってくれる。それが、とても嬉しいのだそうです。

そして、カカオ農家は、土づくりや発酵プロセスに十分配慮した、より良いカカオを作ろうとするモティベーションが上がる、ということです。

昨年からは、ツアー参加者が地元の小学生と一緒に、素朴な方法で、カカオ豆からチョコレートを作るワークショップも始めました。グループに分かれて競争することもあり、このワークショップがとにかく盛り上がります。

地元の小学生の親の多くは、カカオ農家です。でも、カカオがどうやってチョコレートになるかを知ることはありませんでした。

多くのカカオ買い付け業者やチョコレート製造者は、カカオ農家にはカカオさえ供給して貰えばよく、チョコレートになるまでの過程を知ってもらおうとする理由はありませんでした。

このツアー参加者が地元の小学生とチョコレート作りを体験することで、カカオ生産地の子どもたちが最終製品を知るという、とても大事な変化を起こし始めることができたと思います。

こうした体験をする小学生が増えていった暁には、カカオ農家の子どもから世界的なショコラティエが生まれる、そんなことを実現させてみたい、と本気で思っています。

今年は、どんな相互化学反応を起こすカカオツアーになるでしょうか。

今年のツアーに参加できなかったあなた、ぜひ、来年の8月にはこのツアーに参加してみてください。

なお、毎年連続で参加されても、必ず新しい何かがありますので、マンネリにはなりませんよ。

そして、このツアーを通じて、カカオ農家の家ごはんがこんなに美味しいのか、という驚きも必ず生まれます。

今年のツアーの様子、できるだけお知らせするようにしたいと思っています。乞うご期待。

ツアーではこんな状況にもなります。
何が起こっているのやら。お楽しみに。

インドネシアの正副大統領候補ペア決定、その人物像は?

2018年8月10日、来年のインドネシア大統領選挙に立候補する正副大統領候補ペア2組は、正式に選挙委員会(KPU)へ届出をしました。今回は、とくに、副大統領候補の人物像について書いてみたいと思います。
インドネシアでは、2014年から有権者による直接投票で大統領を選ぶ直接選挙が5年ごとに行われています。また、立候補は、大統領候補と副大統領候補のペアとしての立候補になります。
さらに、実際の次の大統領選挙は来年、2019年4月17日に投票が行われます。今回からは、国会(DPR)、地方代議会(DPD)、州議会(DPRD Provinsi)、県議会(DPRD Kabupaten)/市議会(DPRD Kota)の議会議員選挙も同じ投票日の統一選挙になりました。
前回(2014年)までは、議会議員選挙が終わってから大統領選挙となるため、議会議員選挙の結果を見ながら立候補者を選べたのですが、今回からは、一年近く前に決めることになりました。
今回、立候補を届け出たのは、ジョコ・ウィドド大統領候補(現職)=マルフ・アミン副大統領候補のペアと、プラボウォ・スビアント大統領候補=サンディアガ・ウノ副大統領候補のペア、の2ペアです。この両者の一騎打ちとなる見込みです。
大統領候補は、ジョコウィとプラボウォという、前回2014年選挙と同じ対決となりましたが、副大統領候補は新顔です。どんな人物なのでしょうか。
++++++++++
現職のジョコウィと組むマルフ・アミンは、いわば、最高位のイスラム指導者という立場の人物です。イスラム知識人の集合体であり、イスラムの教義に基づいたファトワ(布告)を出し、ハラルか否かを決定する機関である、インドネシア・ウラマー評議会(MUI)の最高指導者であるとともに、イスラム社会団体として国内最多の会員数を持つナフダトゥール・ウラマ(NU)評議会議長(Rais Aam)を務めています。
一方、グリンドラ党のプラボウォ党首と組むサンディアガ・ウノは、現在、ジャカルタ首都特別州副知事を務めていますが、かねてから有望視されてきた若手実業家で、サラトガ・グループなどの総帥でした。ジャカルタの州副知事に就任してから、わずか7カ月で辞職し、副大統領候補となりました。プラボウォと同じグリンドラ党の幹部でもあります。
すでに報じられているように、近年、インドネシアではイスラムの政治利用と過激なイスラム思想の浸透が大きな問題となってきました。
これまで、ジョコウィ政権は、多数派であるイスラムの利益を軽視しているとして、たびたび非難されてきました。先のジャカルタ首都特別州知事選挙では、キリスト教徒のアホック前知事がイスラム教を冒涜したとの容疑をかけられ、数万人のイスラム教徒を動員したデモ等で圧力をかけられ、アホックは落選し、しかも有罪判決を受けて刑務所に収監されました。
アホックは、ジョコウィが大統領就任前にジャカルタ首都特別州知事だった時の副知事であり、アホックへの批判はジョコウィへの批判でもありました。
ジョコウィにとって、こうしたイスラムの政治利用を軽く見ることはできないという判断になり、次期副大統領候補は、イスラム教徒票をまとめられる人物でなければならないという判断になったようです。そして、おそらくそのためには、今、最も安心できる候補として、マルフ・アミンを選んだのでした。
他方、プラボウォは、そうしたイスラムの政治利用を通じて、ジョコウィと対決しようと動いてきました。実際、アホックを蹴落とす大勢のデモは、プラボウォを支持する者たちによって主導されました。今回も、副大統領候補を決める前に、イスラム指導者たちを集めて、副大統領候補に誰がふさわしいか、推薦させるという手法を使いました。そして、2名のイスラム指導者が候補として上がりました。
ところが、プラボウォはその2名のイスラム指導者ではなく、同じグリンドラ党の幹部であるサンディアガ・ウノを副大統領候補に決めました。巷では、サンディアガ・ウノが選挙資金提供を申し出たという噂が流れており、前回同様、選挙資金確保に苦しむプラボウォにとっては、資金のないイスラム指導者よりもサンディアガ・ウノを選好した、というふうに見られています。
++++++++++
ここに、非常に面白い対照、反転が見られます。
すなわち、イスラムからの批判を受けそうなジョコウィ側がマルフ・アミンを副大統領候補とし、むしろイスラムを政治利用して得票を確保しようとする一方、これまでイスラムを政治利用してジョコウィを貶めようとしてきたプラボウォ側が、推薦されたイスラム指導者ではなく自党の元実業家サンディアガ・ウノを副大統領候補にする、という展開だからです。
イスラムをシンボルとして使うのは、当初からそうしてきたプラボウォ側ではなく、ジョコウィ側、という反転です。
ここで、さらに興味深い疑問があります。二つ挙げておきます。
第1に、マルフ・アミンは、実は、アホックを貶めたイスラム教徒動員デモの首謀者の一人なのです。彼がトップのMUIは、「アホックがイスラム教を冒涜した」と見なしました。あのデモは、アホックの先にジョコウィを見据えていました。すなわち、本丸はジョコウィだったのです。その彼が、なぜ今、ジョコウィと組むのでしょうか。
第2に、サンディアガ・ウノはもともと、政治にはほとんど興味を示さない実業家でした。ところが、2015年に突如、グリンドラ党へ入党し、政治の世界へ入ります。そして、すぐにジャカルタ首都特別州知事選挙へ副知事候補(当初は知事候補でした)として立候補して当選します。なぜ彼は政治の世界へ入り、プラボウォとタグを組んだのでしょうか。
これらについては、今、色々と調べていて、いくつかの面白い事実がわかってきました。ここではまだまとめきれませんが、それも含めて、次の、8月22日以降に発行予定の情報マガジン「よりどりインドネシア」第28号(有料)のなかで、今回の正副大統領候補決定の背景について、詳しく述べてみたいと思います。

よりどりインドネシア第26号でなぜ州知事選挙に注目するのか

先週後半から今週前半にかけて、勉強会用資料作成や原稿執筆など3本の用務に追われ、ブログ更新を怠っておりましたが、よろよろと再開します。

その3本の用務の一つが、「よりどりインドネシア」第26号の発行(7/23)でした。

第25号と第26号では、17州の州知事選挙の結果について、各州ごとに分析を試みました。細かく見てみると、なかなか興味深い現象が垣間見られました。

現在のインドネシアのジョコウィ大統領が、ソロ市長→ジャカルタ首都特別州知事→大統領という足跡を示したのですが、これが政治家の一つの上昇モデルになっているように見えるのです。

県知事・市長→州知事という流れは昔からありましたが、ジョコウィ以前は、州知事→内務省高官または国会議員、というのがほとんどでした。基本的に、地方政府は内務省の下にあり、州知事といえども内務省高官の下という認識だったからです。

なぜ変化が起きたのかというと・・・。

それは地方首長直接選挙と地方分権化によるものです。地方首長は、かつては地方議会で選出し、大統領や内務省の眼鏡にかなった人物でないと就任できませんでした。今では、もちろん、住民による直接選挙で当選した地方首長は、大統領や内務省の審査を受ける必要はありません。

民主化した(とされる)インドネシアでは、大統領と言えども、住民が直接選挙で選んだという正統性を覆すことはできません。

ここで重要なことは、地方首長選挙が公明正大に公正に行われる、ということです。SNSなどの発達で、かつてのような密室での操作ができにくい状況になっていることは注目されます。不正は行われているかもしれませんが、どこでそれが起こりうるかは大体分かっており、集計段階でおかしな票の動きがあれば、メディアなどが騒いで、公にされます。

インドネシアではこれまで、選挙結果に関して、政界を揺るがすような大混乱は起こっていません。収拾がつかないような混乱がまれに起こっても、必ず白黒がついています。選挙は、見る限り、正しく行われているとみなしてよいかもしれません。

今回の州知事選挙では、現職で落選したケースが目立ちました。現職は自分の再選に向けて公的予算を内々に活用することもでき、立場上、相当に有利なはずですが、落選するのはなぜか。カネや利権のばら撒きが効果を果たしていないのではないか。

やはり、住民は現職の実績を見ているのだと思いました。とくに、中央政府や他の地方政府から評価され、たくさんの視察を受け入れ、善政事例としてメディアで頻繁に取り上げられるような地方首長は、本当のところは分かりませんが、住民から見て、実績のある地方首長と見なされることでしょう。

だから、県知事や市長でも、そのような名声を得た者が州知事選挙に立つと、有能な人物として注目されるのです。そして、州知事で注目されると、その次へ、という道筋が立ってきますそれは、現職のジョコウィ大統領がたどった道でもあります。

また、大臣経験者や国会議員があえて地方首長選挙に立候補する、という現象も起こっています。昔は考えられなかったことです。彼らもまた、地方首長としての経験と実績を引っ提げて、その他大勢の内閣や国会を経由せず、一気に上を目指そうとしているのかもしれません。

2019年大統領選挙はまだ早いとしても、次の2024年までに、どんな新しい指導者が現れてくるか。行政府の長として、一国一城の主の経験、換言すれば、経営者としての経験をもった実績を積み上げた(とされる)地方首長が、台頭してくるのではないでしょうか。

そう、これは、15年ぐらい前まで、あれだけ寄ってたかって批判し、無理だと言われた地方分権化や地方首長直接選挙のプラスの成果なのです。

そうした意味で、筆者は、地方首長のこれからのパフォーマンスに大いに注目していきます。

よりどりインドネシア1周年、無料公開中

2017年7月、いくつものインドネシアを知るためのウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」を発汗して、1年が経ちました。

このマガジンは、毎月2回、毎月7日頃と22日頃に発行してきましたので、2018年7月9日発行分で第25号となりました。

「よりどりインドネシア」は、以下のサイトから読者登録のうえ、購読することが可能です。購読料金は、1カ月あたり810円(税込)で、当該サイトから登録すると、クレジットカードから毎月引き落としとなります。申し込み後1カ月は無料購読期間となります。

また、銀行振込による支払いをご希望の場合には、振込先口座をお知らせします。この場合、6カ月分または12カ月分をまとめてお支払いただきます。お支払確認後、毎回、PDF版を指定のメールアドレス宛に送らせていただきます。申し込み後1カ月は無料購読期間となります。

今回、発行開始1周年を記念して、最新の第25号は、7月22日までの期間限定で、無料にて全文公開していますので、ご覧ください。

PDF版の第25号は、7月22日まで、以下から閲覧・ダウンロード可能です。この機会に、ぜひ、ご一読いただき、購読をご検討いただければ幸いです。

  よりどりインドネシア第25号(PDF版)(7/22で無料公開を終了しました)

なお、インドネシアの基本情報をわかりやすく解説した無料ブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」も始めました。合わせて、ご一読ください。

  インドネシアまちゃむまちゃむ

以上、よろしくお願いいたします。

新ブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」始めました

2018年7月1日より、この個人ブログ「ぐろーかる日記」とは別に、新しいブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」を始めましたので、お知らせします。

 インドネシアまちゃむまちゃむ

まちゃむまちゃむ(macam-macam)というのは、色々、様々、という意味のインドネシア語(マレー語)です。「インドネシアいろいろ」という意味です。

どうして、この新しいブログを始めたのか。

インドネシアのことをもっと多くの方に知ってもらうには、できるだけやさしく、インドネシアのことを説明する必要があると思ったのです。

とくに、インドネシアは一つではなく、多種多様で、いくつものインドネシアがある、ということを伝えたいと思いました。

そして、実際に、インドネシアへ旅したり、インドネシアで生活したりする方々に必要な基本情報や、役に立つ情報をわかりやすく解説したい、と思いました。

いくつものインドネシアを知り、歩き、楽しむための情報、と銘打っています。

1〜2日に1回程度、様々なトピックを取り上げていく予定です。

すでに取り上げたトピックは以下のとおりです。

インドネシアに長く深く関わっている方々でも、もう一度確認しておきたいような情報も解説していきます。

まだインドネシアについて知らない方々にも、わかりやすいような書きぶりを目指します。「インドネシアまちゃむまちゃむ」でインドネシアに興味を持って、行ってみたくなったり、実際に行ってみたりされるといいな、と思います。

どうぞ、よろしくお付き合いください!

●筆者のブログ等の仕訳

個人ブログ「ぐろーかる日記」(無料。このブログです)
インドネシアだけでなく、日常的なことや日本の地域づくりのことも含め、自分なりにいろいろ思ったことや考えたことなどを自由に書きつづっていきます。

ブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」(無料)
いくつものインドネシアを知り、歩き、楽しむための基本情報を、誰にでも、できるだけわかりやすく、解説していきます。

情報マガジン「よりどりインドネシア」(有料購読)
いくつものインドネシアをより深く知るための情報を提供するとともに、独自の角度から分析した記事をまとめて、毎月7・22日頃の2回、発行します。購読申込後、1カ月間の無料期間を経て、有料購読期間となります。1カ月あたりの購読料は810円(税込)、クレジットカードからの引き落とし、または銀行振込(この場合はPDF版を毎回送付)での支払いをお願いしています。

どうか、お気軽にご笑覧いただけますよう、よろしくお願いいたします。

インドネシア統一地方首長選挙速報からの感想

6月27日は、インドネシアでの統一地方首長選挙の投票日で、数日前に急遽、全国で休日となりました。今回は、17州、115県、39市の計171自治体で地方首長選挙があり、とくに大きな混乱もなく、投票日を終えることになりました。

早速、いくつもの民間調査会社がクイック・カウントと称する、選挙結果速報を出してきました。今回は、どの調査会社もおおよそ同じような結果を示しており、大勢はほぼ決まりつつあるように思われます。

そんな状況を見ながら、ツイッター(@daengkm)にて、以下のような連続ツイートで個人的な感想を書きましたので、まとめて掲載します。ご参考まで。

+ + + + + + + + + +
6/27投票のマカッサル市長選挙は、ほぼ全ての政党が推した候補者ペアを「空箱」が破る結果になる見込み。2020年に再選挙。選挙の詳細については以下を参照ください。
マカッサル市長選挙で「空箱」に敗れた唯一の候補ペアのポスター
こちらの記事も、よろしければご参照ください。
地方首長選挙で「空箱」と戦う(松井和久) | よりどりインドネシア
6/27投票の南スラウェシ州知事選挙は、2人のヌルディンが競う予想通りの展開だったが、前バンタエン県知事のヌルディン・アブドゥラ氏がゴルカル党幹部でサッカークラブのドンのヌルディン・ハリド氏を破り初当選する見込み。前者は九州大学で博士号を取り、日本と深い関係。

6/27投票の東ジャワ州知事選挙は、ナフダトゥール・ウラマ(NU)出身のコフィファ前社会大臣が当選。彼女と組んだ副知事候補で前トゥレンガレク県知事のエミル氏は立命館アジア太平洋大学にて博士号取得。

今後のインドネシアとの日本のアプローチは、中央政界だけでなく、日本と関わりを持つ地方首長をターゲットにしていくのが良い。ジョコウィ現大統領のように、一国一城の主を経験した地方首長から大統領へ登りつめるケースが出てくる。今注目されている有望政治家はみな地方首長なのである。

6/27投票の西ジャワ州知事選挙で、現在トップなのは、前バンドゥン市長のカミル氏。彼も、今後の活躍が期待されている地方政治家の一人。
東ジャワ州知事選挙で勝利確実のコフィファ、中ジャワ州知事選挙で勝利確実のガンジャルは、いずれも政党人として国会議員だったのが地方首長へ転身。中ジャワ州知事選挙でガンジャルに敗れたスディルマン・サイドは元エネルギー鉱産資源大臣でやはり中央から地方へ。
スハルト時代後の地方分権化が進行したインドネシアで、今、地方で実績を上げて中央へ向かう政治家の流れと、中央で経験を積んで地方へ向かう(いずれまた中央を目指す?)流れとがクロスしている。ジャカルタのアニス知事も後者で、教育文化大臣から知事へ。
地方首長として目立つような実績を積み、名声を得た者は、改革派とみなされ、既存政治に飽きやすい人々に今後の政治への期待を抱かせる。スラバヤ市長のリスマ、バンドゥン市長だったカミル、バンタエン県知事だったヌルディンらは、皆、そのように注目されてきた政治家である。
他にも、西ヌサトゥンガラ州知事だったザイヌル氏、バニュワンギ県知事のアブドゥル・アナス氏なども注目株。旧来的な地方ボスとしての地方首長という側面は完全に否定できないにせよ、良い統治や特色あるユニークな政策を展開できる地方首長に経営者としての能力を見出せるようになった観がある。

天理を初めて訪問した

6月11日、天理大学でゲスト講義を行うため、初めて、天理を訪問しました。

大阪から近鉄で、大和八木と平端で乗り換えて、平端から近鉄天理線に乗り、終着が近鉄天理駅。ホームが4本もある、立派なターミナル駅でした。

ときにはきっと、天理教の信者さんたちでホームに人が溢れるのでしょう。とにかく、大きくて立派な終着駅でした。

駅を降りて、少々町歩き。と、不思議な町の案内図がありました。おやさと案内図、とあります。

地図の中に、「水口」「名東」「兵神」といった名前の書かれた広い区画があります。これらは、信者の方のための宿泊施設である詰所のある場所のようです。

通りの両側にこうした詰所がいくつもあり、かなり古い建物もあれば、回収して綺麗な建物もあります。
ちょうどお昼時だったので、何か食べたかったのですが、天理の名物というものが分かりません。とりあえず、良さそうと思って入ったのが、とんかつ屋のとんよし本店。名物というカツ丼を食べました。

一番少ない「並」でこのボリューム。ご飯の上にサクサクのカツが2枚のっています。これに中、大とあるのですが、店のいたるところに貼られた色紙などを見て納得しました。

いうまでもなく、天理大学や天理高校の御用達の店だったのです。スポーツで有名な彼らを支えているのがこの店、なのでした。

近鉄天理駅の前では、誰も立ち止まって聴く人がいないのに、ひたすら自分の身の上話をし続ける信者や、踊るように祈りを捧げる信者がいました。

さて、天理大学のO先生が迎えに来てくださって、キャンパスへ向かいました。授業まで時間があるので、入ったのが、天理大学参考館。ここの展示は、なかなか面白いものでした。

天理教会が世界で布教活動を行った際に、各地で収集してきた相当に貴重な品々が展示されています。いずれも年代物で、おそらく50年以上前のものが相当あり、そのコレクションはなかなかのものです。

例えば、ニューギニア島のセピック川流域地区の仮面のコレクション。

これもかなり古いものです。こんな大きいものをたくさん収集し、よくここまで運んできたものだ、と思います。

他にも色々と珍しい貴重なものがあり、好奇心がどんどん刺激されてくるのですが、講義を行う時間が迫ってきたので、泣く泣く参考館を後にしました。

たぶん、また来るでしょうな。ここはほんとに楽しい!楽しい!

一般公開されているので、皆さんにもお勧めします!

そして、この後、「キャリアデザイン2」という講座のなかで、インドネシアの社会ビジネスを題材に、援助からビジネスへ、経済ビジネスから社会ビジネスへ、という講義を行いました。内容は割愛します。

バトゥの温泉リゾート

インドネシアから帰国して、色々とバタバタ過ごしていたこともあり、ブログ更新がおろそかになってしまいました。

今週は、福島市に滞在し、明後日締切の法人税申告の準備を慌てて進めているとことです。個人事業主のときと比べて、なんと書類の多いこと。とはいえ、まだ法人設立して1年なので、複雑なことは何もやっておらず、何となく済ませられそうな目途が経ちました。

ということで、書き忘れていたネタを書いてみます。

福島市とインドネシア・東ジャワ州のバトゥ市は農業分野での協力を進めていく意向を示しており、それが果たして末永く続く事業となれるかどうか、1年かけて調べていくチームに参加しています。

このチームで先日までバトゥへ行ったのですが、噂の温泉リゾートが立派にオープンしておりました。

何といっても、この光景。鳥居が日本の象徴なのでしょうか。これは、広島の宮島がモデルなのかな?

鳥居の立つ池の周りを囲むように、コテージ風の部屋が立ち並んでいます。中は3部屋ぐらいあって、大勢で泊まれるスタイル。

各部屋には専用の露天風呂。ただし、使用できるのは、夜6~11時まで。

これらの部屋には、大阪、広島、島根、名古屋といった名前が付けられています。

そして、売りの温泉、大浴場。その名は「元気(な)温泉」でした。

男湯と女湯に分かれ、大浴場に向かい、湯に浸かりました。決して熱くはないのですが、長く入っていると少しずつ体が温まってきます。

入れるのは午後2時以降。1時間の貸し切りもできるので、チームの男女が分かれて、貸し切り風呂を楽しみました。

全身裸になれない方向けに、下半身だけを覆う、タイツのようなものが用意されていましたが、我々は、そんなものをつけずに、そのままお湯に浸かりました。

温泉自体はかけ流しという感じでもなさそうで、温泉特有のにおいや滑りもなく、あまり特徴のないお湯ですが、まあ、それなりに楽しめました。

平日は空いているようで、料金も割引になっています。日本食レストラン「伏見」というのもありますが、けっこう激しくオーダー間違いしてくれて、可愛いもんでした。

というわけで、バトゥにも温泉あります、です。

スラバヤで1泊、蟹カレーを食べる

5月15日、バトゥでの用務を終えて、スラバヤに1泊しています。16日の朝、ジャカルタへ向けてスラバヤを発ちます。

この間、スラバヤでは、複数の家族による自爆テロ事件が5月13・14日の2日間に相次ぎました。家族全員で自爆テロを行うという、これまでにない新しい形のテロが起きてしまいました。

この種のテロは、どこで起こるか分からないという恐怖があります。道行く人が突然何かするのではないか。目の前の人が爆弾を抱えているのではないか。そんな不安はなかなか払拭できるものではありません。

また、顔を隠し、眼だけ出して長いイスラムの服装をしている女性が不審者としてみられ、いくつかの場所で入場を断られたりする話も聞こえてきます。

いつ何時、誰がテロを引き起こすか分からない・・・。街中の見知らぬ人々を信用できなくなっている。実際の自爆テロで数十人の方々が犠牲になったのに加えて、今、スラバヤの街中では、そうした不信感が大きくなっている印象を受けました。

暴動のように、物理的に目に見える形で騒ぎが大きくなっている場合には、できるだけそのような場所を回避することが望ましいことは言うまでもありません。

しかし、テロ事件のように、いつどこで誰が起こすのか分からない、運命によっては防ぎようのない状況に陥るものは、予防措置として、周辺の不審者に注意を払うような行動を採らざるを得なくなり、精神的に落ち着かない状況が続いていきます。

たとえ、周辺の様子を絶えず不審なものはないかと注意を払い続けたとしても、それを察知して確実に防げるとは思えないからです。

そんなことを色々考えながら、スラバヤに1泊することにしました。周辺状況を自分なりによく観察し、大丈夫だと判断して、夕食を食べに出かけました。

行く先は、久々に食べたかった、Hai Nanの蟹カレー。

店は営業していましたが、中は閑散としていて、普通なら午後8時には満席となるのに、ガラガラのままでした。それでも、お客さんが来てくれたのは嬉しいらしく、フロアマネージャーは笑顔で対応してくれました。もちろん、蟹カレーは、いつも通りの美味しさで、大満足でした。

見えない恐怖を感じながらも、普段通りの生活を続け、スラバヤは決してテロに屈しないことを静かに示し続けること。今のスラバヤの人々にできることは、やはりそういうことなのだと思います。

スラバヤでこんな事件が起こってしまった、と市民に率直に謝り、先頭に立って現場を歩き、被害者を慰問するスラバヤ市のリスマ市長の姿から、人々は前を向く勇気をもらっているように見えます。街中には「テロに屈しない」「スラバヤのために祈る」といった手書きの横断幕が掲げられていました。

今回の自爆テロ犯は、必ずしも貧しい家族ではなかったと見られています。貧しさだけがテロへ走らせるのではなく、心が満たされない、社会から疎外された、そんな精神的な部分にカルトのささやきが忍び込んでくるのでしょうか。

SDGsが目指す誰も見捨てない社会は、所得向上だけを目的とするのではなく、こうした精神的な面をどのように内包していくかも問われています。それは、やはり、人が人を信用できる、知らない人でも信頼できるような、いわゆる信頼社会をどう作っていくか、ということと関わってくるものと考えます。

自分たちの身の回りから始められることは何か。きっと、一人ずつ、自分の信頼できる他人を増やしていく。そのためには、自分も他人から信頼される人間になっていく。もう一度、一つずつ、社会を作り直していく必要を認識させられているのかもしれません。

スラバヤの3教会自爆テロに思うこと

滞在先の東ジャワ州バトゥ市で5月13日朝、同州の州都スラバヤ市の3つの教会で自爆テロがあったとの報道を知りました。その後も、用務の合間、報道を追いかけていました。

5月13日は日曜日で、日曜の朝のキリスト教の教会と言えば、もちろん日曜礼拝があります。たくさんの信者が集まる日曜礼拝の時間を狙った事件でした。

警察発表によると、3つの自爆テロは、ISに合流してシリアから戻った一家族による犯行だったとのことです(注:後に、警察は、「シリアへは行っていなかった」と訂正しました)。父親、母親と二人の幼児、息子2人が別々の教会を襲い、多数の人々を巻き添えにして、自爆しました。

この事件で注目される点が3点あります。

第1に、複数箇所への同時多発自爆テロだったということです。同時多発テロを行うには、複数のテロリストが連絡を取り合いながら犯行するものですが、どこかでその兆候を治安当局に見つけられると、中止となるか単発で終わります。同時多発テロは、それが起こればテロへの恐怖は一気に増します。治安当局は、テロリスト間の情報の傍受でそれを未然に防いできたものと思われます。

でも、今回は、同時多発テロが起こりました。それは、第2に、犯行が一家族によって行われたためです。

一つの思想に染まった家族が、実行してしまった今回のケースは、幼児や10代の子どもを引き連れて実行された点で、世界に大きな衝撃を与えています。なぜ、この家族はこのような犯行を行うに至ってしまったのか、そこへ至るまでに何かできなかったのか。社会からの疎外感が彼らを過激思想・カルトへ走らせたとしたら、それはなぜなのか。

過激行為を未然に防ぐためにも、社会が考えなければならない課題のようにも思えます。

そして第3に、場所がスラバヤだったということ。スラバヤの治安の良さは、警察の能力の高さと評価されてきました。ジャカルタで何か事態が起こると、スラバヤから警察が応援に派遣されることが常でした。スラバヤの治安状況がインドネシアのそれのバロメーターともみられてきました。

そのスラバヤで今回の事件が起こったということは、治安面を見ていくうえで大きな意味を持ちます。すなわち、スラバヤがバロメーターであるという前提が正しければ、この種の事件はインドネシアのどこでも起こり得ることになるからです。その意味で、スラバヤの警察のプライドを大きく傷つける事件でもありました。

筆者が危惧するのは、こうした流れを利用しようとする政治勢力が現れてくることです。とりわけ、現段階で再選が有望と見られる現大統領を追い落とすためには、どんな手段でも活用したい勢力が、このような事件を利用して世間に恐怖心を煽って自分たちへの支持を半ば強制するのではないか、という危惧です。

もっとも、現時点では、活動禁止処分を受けたHTIも含め、自爆テロを厳しく批判する声明が次々に出されています。他方、SNS上でテロを支持・擁護するような発言を見かけたら警察へ告発する、というような動きが早くも始まっています。

こうした自由で公正な発言や議論を妨げるような動きは、政治的に対立するどちらからも現れてくるものと見られます。

スラバヤの悲劇に対して、インドネシア各地で連帯の表明が相次いでいます。それは、亡くなった方への追悼、負傷者への献血に駆けつける市民、宗教の違いを超えた集会の実施など、またたく間に広がっていきました。

今日、一連の動きを追いかけながら、時々泣きそうになる自分が居ました。そして、3年間住んだスラバヤのことが、自分にとっても大切な場所になっていたことに改めて気づきました。

友人や知人の安否を確認し、無事の知らせにホッとしている自分。そして、友人から送られてきた、まったく客のいないギャラクシーモールの写真に、今回の事件の市民へ与えた心理的影響の大きさを感じずにはいられませんでした。

筆者はスラバヤを信じています。スラバヤが今回の事件で揺らぐことはない。スラバヤはスラバヤであり続ける、と。今後も、スラバヤの友人や知人を信じ続け、彼らと会うためにスラバヤに行き続けること、を誓います。

声とノイズ、言葉の力、詩の文化

先週のマカッサル国際作家フェスティバルに出席した後、数日間帰国し、今また、インドネシアに来ています。ちょっと時間の空いた黄昏どきのジャカルタで、マカッサル国際作家フェスティバルを振り返っています。

声とノイズ、というテーマは、単なる意味どおりの声とノイズだけでなく、声がノイズに変わって無視されると同時に、ノイズが声に変わって世論を動かしていく、という両面性を意識する機会となりました。

我々が聞いていると思っている声は誰の声なのか、ノイズに埋もれさせてはいけない声とは何なのか、忘れ去られた声は全てノイズだったのか、色んなことを思います。ただ、確実にひとつ言えることは、声は決してひとつではない、という当たり前の事実であり、もし声が一つしか聞こえないとするならば、様々な声を聞こうとしない、聞こえないと思っている、聞いてはいけないと思っている、明らかに社会が自らを押し殺している状態に他ならないのではないか。

マカッサル国際作家フェスティバルでは、実にたくさんの参加者が即興で自作の詩を読みました。誰かのものではなく、自作の詩を。自作の詩を声を出して人々の前で読む、朗読するということは、自分の声を出していることに他ならず、それが朗読として成立しているのは、その声を聴く人々がちゃんと存在しているからです。

そして、その詩に社会への不満や不正への怒りが込められ、共感した聴衆が声を上げ、拍手をして反応する。それはまさに、声が出ている、届いている空間でした。

彼らの詩に込められているのは、まさに言葉の力。その言葉にそれぞれの詩を作った自分の魂が込められ、それが声として発せられ、聴衆に届いていく。マカッサル国際作家フェスティバルの空間は、そうした言葉の力をまだまだ信じられると確信できる空間でした。

福島から参加してくださった和合亮一さんは、そうしたなかで日本語で自作の詩を朗読しました。日本で最も朗読している詩人と自称する彼ですが、時として、自分を環境に合わせてしまっているのではないか、という気持ちがあったそうです。

自作の詩を誰もが読める空間に和合さんが遭遇したとき、何が起こるかは個人的にある程度想像していました。そして、和合さんには、思う存分朗読してほしい、爆発してくださってもいい、と申し上げました。

和合さんの日本語の詩を聴衆が理解できたとは思いません。でも、今回、言葉の力は意味の理解以上のものを含むのだということを、和合さんの眼前で理解しました。朗読の力は。想像以上のものでした。自分で声を出す者どうしの、言葉の力と力を投げ受けしあう同士の、生き生きした空間が生まれていました。

それは、ある意味、いい意味で、福島を理解してもらいたい、というレベルをいつのまにか超えていたように思います。和合さんの興奮する姿がとても新鮮に見えました。

日本における自作の詩の朗読の世界は、こんな空間を作れているでしょうか。

自分たちの声を出し、それを聴こうとする人々との相互反応が起こる社会は、何となく、まだまだ大丈夫、健全だと思ったのです。たしかに、マカッサル国際作家フェスティバルがそんな空間を作り続けることに一役買っている、と確信しました。

5月5日の夜、フェスティバルのフィナーレで、壇上に上がった主宰者のリリ・ユリアンティが「壇上からはライトで皆さんの姿が分からない。携帯電話を持っている人はそのライトをつけて、降ってほしい」と呼びかけました。そして、無数のライトが壇上のリリに向かって振られました。

その光景は、とても美しいものでした。

ノイズではない、一人一人の声が携帯電話の光となって、互いの存在を認め合っているかのように感じられたからです。

こんな光景を日本で、福島でつくりたい。恥ずかしがることなく、自分の思いを、自分の考えを、自作の詩を、声に出せる、そしてそれに耳を傾けてくれる人々のいる空間。和合さんを福島から招いたことで、そんなことを思い始めた、今回のマカッサル国際作家フェスティバルでした。

マカッサル国際作家フェスティバルで和合亮一さんが熱演

今回のマカッサル国際作家フェスティバル(5/2-5)には、日本から福島市在住の詩人である和合亮一さんにご参加いただきました。わずか3日間の滞在でしたが、3回も詩の朗読をされました。

和合さんは、5月3日にマカッサルに到着し、早速、夕方5時からの「コップ一杯の詩」と題する、コーヒーを飲みながら参加者が自由に詩を読みあう野外での催しに飛び入り参加しました。

和合さんの朗読は、いつもエネルギッシュなのですが、早速、全開、という感じでした。参加者たちは、初めて見る和合さんの詩の朗読スタイルに圧倒されていました。そして、歓声と大きな拍手。日本語で詠まれた詩の内容は理解できなくとも、何かが通じた瞬間が続きました。

翌4日は、国立ハサヌディン大学で、福島をテーマとしたセッションが行われ、私も和合さんとともに出席しました。

和合さんは、2011年3月から現在に至るまでに自分が見たこと、感じたことを中心に話を進め、現時点での「二度目の喪失」という現実をどう捉えるかが重要であることを強調しました。

「二度目の喪失」というのは、これまで帰還するために頑張ってきた人々、福島の復興のために貢献したいと意欲を燃やしてきた若者たち、こうした人々が、7年経って現実を見たときに、「やはり無理なのか」と諦めにも似た喪失感を深く感じ、傷つき、引きこもりや鬱になってしまうのを見てしまった現実でした。

避難した場所から自分のふるさとへ戻れるのか戻れないのか。原発事故後の処理・廃炉は本当に進めるのか進めないのか。政府の放つ「復興」という言葉によって、それが不明確なままの状態が続き、それが「二度目の喪失」を招いているのではないか、という問いでした。

我々にできることは何か。それは、そうした人々の胸の内をしっかりと聞いて受け止めることだ、と和合さんは言います。そして、それなしに前へ進むことはできないのではないか、と問いかけます。寄り添う、という言葉の重い意味を和合さんは真摯に受け止めている、と感じました。

和合さんは、そうした態度を詩という媒体を通じて、自分なりに世の中に対して発信していこうとしているのだと改めて思いました。本質を忘れてはならない。私自身の活動を振り返り、改めて思うことでした。

そして、この日も、和合さんは夕方から、「コップ一杯の詩」に参加しました。前日を上回るすごい数の観客が、どんなパフォーマンスをするのか、見守っています。そして、その観客の期待を上回る詩の朗読パフォーマンスを、和合さんは見せつけるのでした。

このときに読んだ「鬼」という詩を、たまたまインドネシア語に訳していたのですが、「コップ一杯の詩」の司会をしている若手詩人のイベさんが読みたいというので、読んでもらいました。

彼なりのパフォーマンスで観客を引き付け、和合さんの詩は、インドネシア語に訳してもやはり何かを伝えていると実感しました。

和合さんは、こんなに聴衆の反応がいい詩の朗読の機会はなかった、と興奮していました。詩が社会批判の一端を担うインドネシアの状況に驚き、詩を愛する若者が次々に自作の詩を読んでいく様子から、何かを感じていた様子でした。

4日の夜、和合さんは壇上に上がり、未来神楽第5番「狼」の一部を朗読しました。

和合さんがどんなパフォーマンスをするのか、観衆は興味津々で、びっくりするほどたくさんの人々が会場に集まっていました。そして、和合さんはまたも、観衆に強烈な印象を残す詩の朗読パフォーマンスを全力で行いました。

そう全力。和合さんのパフォーマンスは全力でした。そして、それは、マカッサル国際作家フェスティバルという「場」がそれを引き出していたと感じました。

すごいものを見てしまった・・・。

日本語で通した和合さんの詩が、正確に理解されたわけではありません。しかし、マカッサルの観衆に強烈な何かを残していました。マカッサルの地で、和合さんは、自分でも想像できないほど、パワーアップしていました。

「場」の力。それを改めて思い知った、という感が強いです。

マカッサル国際作家フェスティバル2018のテーマは「声とノイズ」

5月2日、マカッサル国際作家フェスティバル2018が開幕しました。

今回のテーマは、「声とノイズ」。

1998年5月のスハルト政権崩壊から20年、そして2018年地方首長選挙、2019年大統領選挙という政治の季節を迎えましたが、それに伴う声とノイズが入り混じった状況が現れています。

オープニング・イベントで、主宰者のリリ・ユリアンティは、壇上の光の当たるところにいる自分を権力者に、その光の当たらない暗闇にいる観客を市民になぞらえ、光の当たる権力者の声のみが聞こえ、暗闇にいる市民の声はノイズとして無視されているのが現状だ、と演説を始めました。

過去20年のインドネシアでは、その市民が声を上げる存在としての力をつけてきたのであり、このマカッサル国際作家フェスティバルこそが、文学を通じてノイズではない声を上げる運動体となってきたのだ、としました。

そして、そうした市民が、権力者によって無視され、消されてきた歴史的事実にもう一度光を当て、真実を語っていくことが重要であると説きました。

権力者によって、無視され、忘れさせられてきた過去。その一例として、取り上げられたのが、インドネシア独立後、最初のマカッサル市長、女性市長となったサラスワティ・ダウドの話でした。本イベントにおいて、大学生が彼女の物語をショートフィルムにまとめたものが上映されました。

サラスワティ・ダウドが女性市長になったと言っても、当時の市長は現在のようなものとは違い、5人ぐらいがいつでも交代できるような性格の地位だったようです。しかし、現在、歴代のマカッサル市長の名前のなかに、聡明で優秀だったとされるサラスワティ・ダウドの名前は現れてこないのです。マカッサルではほとんど知られていない存在なのです。

それはなぜなのか。

端的に言えば、彼女はその後、インドネシア共産党の傘下組織であるインドネシア女性運動(GERWANI)に関わったことで、スハルト時代に敵視され、投獄され、釈放された後も監視される、という人生を送ったからでした。

マカッサル初の市長はの女性市長だった、という事実が覆い隠され、忘れ去られてしまっていた、ということを、改めてすくい上げたのは、市民による事実の探求でした。

リリは今回も、フツーの市民が声を上げること、それができるコミュニティを作っていくことの重要性を訴えました。たとえ権力が光の当たらぬ市民を無視しようとしても、フツーの市民が正しい事実を声をあげて主張していける社会を作るために、人間の心に訴えかける力を持つ文学の力を信じて、こうしたコミュニティを強くしていく、という決意を表明しました。

筆者がマカッサル国際作家フェスティバルに来る理由の一つは、こうした健全な批判精神を持ったフツーの市民のコミュニティが、ここではまだまだ力を保ち、声を上げていけているという実感を確認するためでもあります。

そして、マカッサルから、今の日本を振り返るのです。日本でそのようなフツーの市民のコミュニティが強くなっていけているのか、と。

さらに、今回のオープニング・イベントでは、声とノイズを象徴する、新しい視点に気づかされました。

第1に、手話通訳が配置されたことです(写真右下)。声をいう意味が、ろう者にとっては手話であること。手話を声として位置付けることに気づかされました。

そして第2に、手話による詩の朗読がありました。

とても美しい「朗読」でした。手話が理解できたなら、もっと深く理解できたことでしょう。それは紛れもなく、彼らの「声」でした。音を発することのない「声」。それは、権力者と同じように、我々が無視していたかもしれない「声」でした。

耳に聞こえる声だけでなく、手話による声をも声として捉えていく。フツーの市民の声のなかに、手話も含めていくことがフツーに意識されていくことも重要である、というメッセージが込められていました。

今回の「声とノイズ」というテーマ、なかなか深いものを感じた第1日目となりました。

予告:マカッサル国際作家フェスティバルに和合亮一氏が参加

インドネシア・スラウェシ島にある都市マカッサル。筆者ものべ8年半住んでいた、人口100万人のこの地方都市では、2011年から「マカッサル国際作家フェスティバル」(MIWF)が開催されています。

今年は8回目、5月2~5日、海に近いロッテルダム要塞公園をメイン会場とし、市内各所にサブ会場を設け、様々なセッションが繰り広げられます。下の写真は、昨年のフェスティバルの様子です。

マカッサルやその他のインドネシア国内のほか、オーストラリア、シンガポールなどの海外から様々な文学者が出席し、知的刺激に満ちた活発な活動が繰り広げられます。

筆者は、これまでほぼ毎年出席し、その様子は、ブログでこれまで紹介してきました。以下に、昨年のフェスティバルに関する記事のリンクを貼っておきます。

 国際作家フェスティバル、テーマは多様性

 2つのセッションでパネリスト

 動く動く移動図書館ほか

 国際作家フェスティバルのフィナーレ

今年のテーマは、Voice and Noise、です。2018年の統一地方首長選挙、2019年の大統領選挙と、政治の騒がしい季節を迎える中で、市民社会が批判的かつ明確な声を上げ続けていくことが必要だ、という主張を出していきます。

そして、今年のフェスティバルには、福島の詩人・和合亮一氏に参加していただくことになりました。和合氏には、フェスティバルのなかで、震災後から現在に至る福島の声を伝えていただき、詩の朗読もお願いする予定です。

上の写真は今年2月、マカッサル国際作家フェスティバルの主宰者であるリリ・ユリアンティさんを福島にお連れし、和合氏と面会したときのものです。
ちなみに、和合氏については、『現代詩手帖』2018年4月号で特集が組まれています。
福島とインドネシアをつなぐ・・・。今回はマカッサルですが。これが第1弾です。
併せて、実は、今年、マカッサルから文学者を福島へ招聘する計画もあります。
今回、和合氏が伝える福島がマカッサルでどう受け止められるか、そして和合氏はマカッサルから何を感じて福島へ何を持ち帰るのか。

筆者が震災後、ずっと願っていた、和合氏のインドネシアへの招聘を実現できることになり、言葉に表せない喜びと、何が起こるかとワクワクする気持ちが湧いてきます。

もちろん、来週開催のマカッサル国際作家フェスティバルの様子は、本ブログでしっかりお伝えしていきます。乞うご期待。

よりどりインドネシア第20号を発行

4月23日、情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」第20号を発行しました。以下のサイトにて、読者登録のうえ、ご覧になれます。

 よりどりインドネシア第20号

「よりどりインドネシア」は、いくつものインドネシアを日本社会にもっと知ってもらうことを目的に、毎月2回、私が発行しているウェブマガジンです。

今回の「よりどり」は、以下の4本です。

ジョコウィ大統領は2018年3月26日付大統領令2018年第20号に署名し、外国人就業に関する規制緩和を実施しました。また、これに関連して、インドネシア国内の大学において、外国人教員の長期正式雇用を進める方針を打ち出しました。今回の措置は、中国人就業者の増加と絡んでいる部分があるため、「ジョコウィ政権は中国寄り」との批判をさらに強める可能性があります。本稿では、そうした背景と問題について解説しました。
中ジャワ州ウォノソボ在住の神道さんの好評連載の第4回です。今回は、神道さんの日常生活のなかで出会う人々の「暗闇」に対する感覚を取り上げています。我々現代の日本人の明るさに関する感覚との違いを感じていらっしゃいますが、もしかすると、それは昔の日本人が持っていた「暗闇」の感覚に近いものがあるのかもしれません。神道さんの名調子と合わせて、ぜひ、ご一読ください。
インドネシア在住でインドネシアの歌の好きな方ならよくご存じの「リソーイ」。この曲の作曲者がナフム・シトゥモランだということをご存知の方は、どれほどいらっしゃるでしょうか。私も今回初めて知った、ナフム・シトゥモランの生涯について、先週発売の『テンポ』の記事を参考に書いてみました。今後も、「忘れられたインドネシア人」を発掘し、取り上げていきます。
「よりどり」では、筆者がインドネシアで食べてきた美味しいものを色々紹介していますが、今回は、ボゴールで食べたマカロニ入り焼きグラタン、マカロニ・パンガンです。ボゴールに行かれたら、ぜひ、MPへ立ち寄ってみてください。
「よりどりインドネシア」は、ウェブサイトからクレジットカードにて読者登録いただく方法以外に、銀行振込も可能です(6か月分または1年分まとめてのお支払いとなります)。銀行振込の場合は、毎回、PDF版を指定メールアドレスへ送らせていただきます。請求書、領収証も発行いたします。
また、皆さんからの「いくつものインドネシア」に関する原稿の投稿も募集しております(薄謝ですが原稿料もお支払いします)。
なお、第0号から第19号までのバックナンバーは、こちらからご覧いただけます。
 バックナンバー
引き続き、「よりどりインドネシア」をよろしくお願いいたします。

著名なジャズサックス奏者MALTA氏をインドネシア大使に紹介(動画付)

ひょんなことで、4月12日、日本の著名なジャズ・サックス奏者であるMALTA氏を在日インドネシア大使に紹介する機会を得ました。

MALTA氏と言えば、1970年代から活躍してきたサックス奏者であり、間もなく70歳になる今も、もちろん第一線のプレイヤーとして、各地を飛び回って意欲的な演奏活動を行っています。同時に、東京芸術大学や大阪芸術大学で教鞭をとる一方、全国各地で若手演奏家や子供たち向けにジャズ・サックスを指導して回ってもいます。

 MALTA Official Website

その意欲的な活動を見ていると、頭が下がる思いです。生涯現役を地でいくかっこいい先輩の一人と位置づけました。

筆者はMALTA氏自身を以前から存じておりましたが、実際にお近づきになったのは、昨年11月11日、大分県佐伯市での彼のコンサートでした。そのときの模様は、過去に本ブログの以下の記事で書きました(よろしければご一読ください)。

 音楽で街を魅力的に!音泉街を目指す佐伯の試みは始まったばかり

佐伯では昨年、さいきミュージックアートクラブという市民団体ができ、音楽を通じてまちおこしを進めているのですが、その第1回コンサートの演者として、MALTA氏が登場したのでした。

大分県の一番南端、宮崎県との県境にある佐伯で、MALTA氏の知名度もさほど高くない場所にもかかわらず、コンサートは大いに盛り上がり、成功裏に終えることができました。

MALTA氏のサックスを聴いて体が元気になった、という方がいるという噂も聞きましたが、本当に、体中がスイングしながらどんどん元気になっていくような、そんなMALTA氏の演奏でした。

ちなみに、MALTA氏も佐伯が気に入った様子で、今年9月22日、再び、さいきミュージックアートクラブ主催でMALTA氏のコンサートが実現するそうです。

**********

そんなMALTA氏が今、インドネシアに興味を持ち始めています。とくに、新しい若手ジャズ・ミュージシャンが続々と頭角を現し、アジア有数のジャズの盛んな場所として、注目されています。

MALTA氏は佐伯でのコンサートをきっかけに、さいきミュージックアートクラブの中心メンバーの一人である山中浩氏と親交を重ね、インドネシアに日系工場を持つ山中氏からインドネシアの魅力を教えられ、さらに興味を深めたようです。

そこで、MALTA氏側から「インドネシア大使館へご挨拶にうかがいたい」という相談を筆者が受け、今回の訪問につながったのでした。

在日インドネシア大使館のアリフィン大使は我々を大歓迎してくださいました。

大使ご自身もジャズがお好きとのことで、ご自分のスマホを取り出し、昔の級友らが結成して活動しているセミプロのジャズバンドや、史上最年少でグラミー賞を獲得したインドネシア人ジャズ・ピアニストのジョイ・アレクサンダー氏(15歳)などの映像をMALTA氏にお見せしては、楽しそうに英語で会話が弾んでいました。

そうしているうちに、大使から「今、ここでサックスを吹かれないんですか」という呼びかけがあり、なんと、MALTA氏は、大使の前で生のサックス演奏までしてしまうのでした。これには、大使も本当に大喜びの様子で、書記官にサックス演奏の様子をスマホで動画に撮らせ、すぐに友人たちへ動画を送るのでした。

わずか30分の面会ではありましたが、初対面にもかかわらず、アリフィン大使に大変歓迎していただき、ここに改めて感謝の意を表する次第です。

MALTA氏は、これまでの経験に基づいた自分の演奏を通じて、日本とインドネシアのさらなる友好関係深化に寄与したいと考えており、インドネシアで演奏の機会があることを願っています。

そして、演奏の機会があれば、併せて、インドネシアの子どもたちや若者たちにサックス演奏のレッスンなどもしてみたいそうです。

MALTA氏は縁やつながりをとても大切にされる方で、一度、インドネシアで演奏できたら、次からは毎年、インドネシアで演奏を続けていきたいとのことです。実際、佐伯には、昨年に続き、今年もコンサートを開催し、「毎年佐伯へ来る」とおっしゃっています。

たとえば、9月8~9日に予定されているジャカルタ・ジャパンまつり(JJM)などに出演できたらいいのではないか、と、元JJM関係者の一人だった筆者としては、個人的に思うのですが、いかがなものでしょうか。

このような機会を通じて、日本とインドネシアをつなげようとする方々のお手伝いができることをとても嬉しく思っています。まだまだ、つなげていきますよ!

(本ブログの内容は近日中にインドネシア語ブログでも発信する予定です)

会社設立1周年を迎えました

2018年4月11日、福島市に松井グローカル合同会社という名の一人会社を設立して1年が経ちました。個人事業主は廃業し、今はこの法人1本です。会社を設立したものの、活動自体は、個人事業主時代とあまり変わらないまま、1年が経ったというのが実状です。

福島市の弊社オフィス前で咲く満開の八重桜

法人を設立して、法務局、税務署、県庁、市役所のほか、健康保険や厚生年金の手続も行い、一人会社とはいえ、法人として必要な手続を曲がりなりにも進めてきました。

まだまだ収入基盤が固まらず、企業としての安定性を作っていくのはこれからです。しかも、自分がやりたいと思っている活動は、どれもが利益第一ではないものばかりで、どのように収入基盤を固めていくのか、まだしばらくは試行錯誤を続けていくことになりそうです。

営業活動をほとんどしてこなかったことも反省材料です。でも、これは、意義のある仕事を求めながら、少しずつ増やしていきたいと考えています。

そうは言うものの、4月になって、今まで仕込んできたものが動き始めたように思えます。

まず、念願の、福島とインドネシアとをつなげる事業が、今年、少なくとも3本、動かせそうです。分野としては、それぞれ農業、教育、文化に関係します。40年ぶりの福島出戻り組として、福島の外の世界への窓としての役割を自覚し、福島に新しい価値を付加できるように活動していきたいと思います。

インドネシア人技能実習生の活用に関するコンサルティングも開始します。幸運にも、福島や東北に所在するインドネシア人技能実習生ネットワークやインドネシア人の方々と知り合い始めており、より有意義な活動を展開していく基礎ができ始めました。

インドネシア人技能実習生の関連では、ほかにも、ある日系企業と組んで、活動する計画があります。詳細が固まっていくなかで、またお知らせできると思います。

地域づくりや地域おこしに関する活動にも、関わっていきます。地域の方々自身が自分たちの足元を見つめ、主体的に地域に関わっていけるような気づきを促す、教えないコンサルティングに磨きをかけていきます。

そのほか、福島以外の日本の地方とインドネシアの地方とをつなげる事業にも関わります。ただ単につなげるだけではなく、そのつながりから創り出されるモノやコトの価値を意識しながら、つなげた後も、しっかりとサポートしていきたいと思っています。

当面は一人で活動していきますが、状況次第では、社員を雇用することも考えていく必要が出てくるかもしれません。また、日本、インドネシア、その他世界の他社と組んで、事業を行っていくことも、考えていきたいです。

なお、福島の弊社と同じ敷地内にある古民家の活用について、様々な人々が安心して活用できる、福島市のパブリック・スペースとして、整えていく考えです。私自身も、いくつかイベントを考えていますが、皆さんのなかで、古民家を使ったイベントや活動をご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

そんなわけで、1年前よりも、色々わくわくするような展開になりそうな予感があります。まだまだヨチヨチ歩きではありますが、皆様からのご指導・ご鞭撻、そして協働のほどをよろしくお願い申し上げます。

面白いこと、楽しいことをしていきたい、です!

よりどりインドネシア第19号を発行

4月8日、情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」第19号を発行しました。以下のサイトにて、読者登録のうえ、ご覧いただけます。

 よりどりインドネシア第19号

「よりどりインドネシア」は、いくつものインドネシアを日本社会にもっと知ってもらうことを目的に、毎月2回、私が発行しているウェブマガジンです。

今回の「よりどり」は、以下の4本です。

大統領選挙とスクマワティの詩の波紋(松井和久)
スカルノ初代大統領の娘であるスクマワティの読んだ詩が政治的な波紋を呼んでいます。その顛末を説明しました。

スラバヤの新バスは運賃をゴミでも支払える(松井和久)
公共交通機関が退化した町スラバヤ。4月に運行を開始する新バスは運賃をゴミでも支払える!?どういうことなのでしょうか。



ロンボクだより(6):「恋人と一緒に登っていいですか?」(岡本みどり)
今回の岡本みどりさんのロンボクだよりは、恋人とリンジャニ山へ登れるかという問題です。



ソロのナシ・リウェットの思い出(松井和久)
ソロの名物ナシ・リウェット。スラバヤ行きの列車に乗る前に、何とか味わえた経験談を書きました。



「よりどりインドネシア」は、ウェブサイトからクレジットカードにて読者登録いただく方法以外に、銀行振込も可能です(6か月分または1年分まとめてのお支払いとなります)。銀行振込の場合は、毎回、PDF版を指定メールアドレスへ送らせていただきます。請求書、領収証も発行いたします。

また、皆さんからの「いくつものインドネシア」に関する原稿の投稿も募集しております(薄謝ですが原稿料もお支払いします)。

なお、第0号から第18号までのバックナンバーは、こちらからご覧いただけます。

 バックナンバー


引き続き、「よりどりインドネシア」をよろしくお願いいたします。

1 2 3 4 5 6 12