【インドネシア政経ウォッチ】第130回 ペトラル解散の裏にある深い闇(2015年5月28日)

インドネシアのジョコ・ウィドド政権は5月13日、石油マフィア撲滅策の一環として、国営石油会社(プルタミナ)の子会社で香港に本社のあるプルタミナ・エネルギー貿易会社(ペトラル)を解散させた。ペトラルはこれまで、シンガポールの子会社を通じて原油・石油製品の輸出入を取り仕切ってきたが、その機能は、プルタミナ本社の内部ユニットである統合サプライチェーン(ISC)が担うことで、マージンコストが大幅に削減できるとみている。

ユドヨノ前政権でもペトラル解散への動きはあったが、実現できなかった。スディルマン・エネルギー鉱物資源相は「大統領府が支持しなかったため」と発言したが、それに対してユドヨノ前大統領が激怒した。ユドヨノ氏はツイッターで、「大統領府にペトラル解散の提案が出されたことはないし、ブディヨノ前副大統領を含む当時の閣僚5人に聞いたがその事実はない」と反論し、名誉毀損(きそん)だと息巻いた。

ユドヨノ時代のペトラルは事実上、シンガポールの「ガソリン・ゴッドファーザー」と呼ばれた貿易商リザル・ハリド氏が牛耳っていた。リザル氏は、ハッタ前調整相(経済)、エネ鉱省幹部、プルタミナ幹部らと近く、ユドヨノ氏周辺との関係さえうわさされた。大統領選挙でハッタ氏が副大統領に立候補した際、対抗馬のジョコ大統領候補を中傷する大量のタブロイド紙が出回ったが、その資金源はリザル氏だったと報じられている。

一方、ジョコ政権下で石油マフィア撲滅を指揮するアリ・スマルノ氏は、闘争民主党のメガワティ党首が大統領だった時代にプルタミナ社長を務めた人物で、リニ国営企業大臣の実兄である。アリ氏は当時、ペトラルを縮小してISCを主導させたが、偽原油輸入疑惑を起こし、ユドヨノ政権下でプルタミナ社長職を更迭された。スディルマン・エネ鉱相は当時アリ氏の部下で、プルタミナのサプライチェーン管理部長だった。

石油マフィア撲滅を名目としたペトラル解散の裏には、深い闇がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第129回 外国・民間資金頼みのインフラ整備(2015年5月7日)

ジョコ・ウィドド政権における2015~19年の中期開発計画(RPJMN)は5月中に策定予定だが、その概要が明らかになり始めている。注目されるのは、インフラ整備予算である。

政府によると、19年までに必要なインフラ整備向け投資は5,519兆ルピア(約4,200億米ドル=約50兆円)であり、うち442兆ルピア(約340億米ドル)を外国借款で賄う。外国借款の68%に当たる299兆ルピア(約230億米ドル)は公共事業・公営住宅省向けで、浄水・衛生(約50億米ドル)、高速道路(約30億米ドル)、橋梁・道路ネットワーク(約20億米ドル)、洪水対策(約16億米ドル)などに配分される。

ところが、民間調査機関である経済金融開発研究所(INDEF)によると、上記5年間のインフラ整備への国家予算額は1,178兆ルピアに過ぎない。この数字が本当ならば、残りの3,899兆ルピアを外国借款と国家予算以外から調達しなければならない。

実際、ジョコ政権下では、ジャカルタ=スラバヤ間の高速鉄道建設、スマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島での鉄道建設、ジャカルタの地下鉄建設、港湾整備、発電所建設など、さまざまな大プロジェクトがぶち上げられている。しかし、そのほとんどは、民間資金のみか官民パートナーシップ(PPP)で賄うことが想定されている。ジョコ政権も、大規模インフラ整備に国家予算を充当しない方針を維持したままである。

ジョコ大統領は、国際会議の場でこれらインフラ事業への投資を外国投資家へ積極的に呼び掛けている。一方で、アジア・アフリカ会議60周年総会では、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、アジア開発銀行(ADB)などの既存国際機関による従来の援助スキームを批判する演説を行った。

インドネシアは、中国が提唱するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の本部誘致を目指すなど、中国寄りの姿勢を鮮明にしつつある。実際、中国の習近平主席からは、中国の2つの国営銀行を通じて、インドネシアのインフラ投資向けに500億米ドル(約650兆ルピア)という巨額な借款供与を提示された。中国重視を印象づけながらも、中国に対抗する日本などから政府借款以外の民間資金供与をさらに促す戦術を採っているものとみられる。

【インドネシア政経ウォッチ】第128回 大統領は政党の下僕なのか(2015年4月23日)

闘争民主党(PDIP)は4月9~12日に全国党大会を開催し、メガワティ現党首が再選された。メガワティ体制は2019年まで続き、今回もまた、メガワティの党というイメージを払拭(ふっしょく)することがなかった。それどころか、娘のプアン氏と息子のプラナンダ氏が中央執行委員会の役員に選出され、メガワティ・ファミリーの政党という性格はむしろ強まったといえる。

この全国党大会には、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領も出席したが、大統領としての演説はなかった。ジョコウィ氏はPDIPの一般党員に過ぎないというのが理由だが、政党の全国大会で大統領が出席したのに演説しなかったというのは極めて異例であり、PDIPは大統領職を誹謗(ひぼう)したとの批判が巻き起こった。

しかし、メガワティ党首やその側近は、従来から「一般党員であるジョコウィ大統領は、PDIPの下僕である」との発言を撤回しようとしなかった。今回の党首就任演説でメガワティ党首は、あたかも自分が真の大統領であるかのような表現さえ使った。

娘のプアン氏はジョコウィ内閣の人材開発・文化調整大臣であり、ジョコウィ大統領からPDIPの要職を離れることを再三求められたにもかかわらず、それを無視してきたばかりか、今回の全国党大会で再び党の要職に就いた。ジョコウィ大統領はメガワティ・ファミリーから完全に見下される形となった。

国家警察長官人事などをめぐって、メガワティ党首やPDIPにはジョコウィ大統領が自分の思うように動いてくれないことへの強いいら立ちがある。しかし、PDIPは、ジョコウィ大統領が政党批判層を取り込んだからこそ大統領選挙に勝利したことを無視し続けている。

ジョコウィ大統領がPDIPの一般党員である限り、メガワティ党首らの大統領職に対する侮蔑は続き、政党の下僕というイメージを払拭することは難しい。ジョコウィ大統領が離党して新党をつくるという期待もあるが、ジョコウィ大統領への失望が無党派層などで急速に広まれば、それも難しくなるだろう。ジョコウィ政権は予想以上に短命で終わるのだろうか。

【インドネシア政経ウォッチ】第127回 企業移転と地方の投資誘致競争(2015年4月9日)

交通渋滞、洪水、コスト上昇、労働争議など投資環境の悪化を嫌う企業が、ジャカルタ周辺から他の地域への企業移転、工場増設に動いている。

その主力は国内企業である。2014年の州別の国内からの直接投資(DDI)実績で、第1位は、38兆1,320億ルピア(約3,530億円)の東ジャワ州である。東ジャワ州は、実は12年から第1位を占めている。西ジャワ州は海外からの直接投資(FDI)実績で第1位だが、DDIでは東ジャワ州に次ぐ第2位となっている。また、中ジャワ州も13年から投資実績が急増している。

一方、ここ数年のジャワ島における各県・市の最低賃金上昇率を見ると、工業団地の集中する州都周辺・北海岸が高く、それ以外の南部では相対的に低い。州内で「南北問題」とでもいうべき経済格差が拡大する気配がある。その最低賃金水準が低い南部へ労働集約型産業の投資が進出を加速しているのである。

例えば、中ジャワ州南東部のボヨラリ県のDDI実績は、12年は1,056件・2,733億ルピア、13年は938件・1兆1,217億ルピア、14年は804件・1兆1,704億ルピアと急増したが、その大半は繊維・縫製関連投資である。中には、ボヨラリ県から周辺の別の県へ企業移転・工場増設するケースさえ出ている。FDIでも、韓国系のパン・ブラザース・グループが先導する形で、他の韓国系繊維企業が企業移転先を物色している。

こうした状況下で、中ジャワ州や東ジャワ州の各県・市では、首長が率先して用地買収や従業員確保に当たったり、許認可手続きの簡素化を進めたりして、投資誘致競争を繰り広げている。投資許認可手続きのワンストップ・サービスはすでに各県・市が導入しており、各手続きの料金と所要日数は明記され、その低料金化と日数短縮で競い合う。中には、手続きをすべてオンラインで行い、許可証発行の最終手続き時にオリジナル書類を提出すればよいところもある。

各県・市と投資調整庁(BKPM)とのオンライン化も始まり、地方の投資誘致競争にいっそう拍車がかかりそうである。

【インドネシア政経ウォッチ】第126回 違法漁船との戦いは続く(2015年4月2日)

汚職撲滅をめぐって、政治エリートらから揺さぶりをかけられているジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権だが、外国漁船や密輸などの違法者との戦いも続いている。

ジョコウィ政権は、水産資源確保と国内水産業の振興を目的に、外国漁船の違法操業を取り締まり、違法漁船を海上で焼失させるなど激しい対応を見せている。そんな中、先週、マルク州のアンボン地裁は、パプア州南部のメラウケ沖で拿捕(だほ)され、アンボンへ護送された違法操業の漁船を、わずか2億ルピア(約185万円)という少額の罰金で釈放する判決を下し、スシ海洋・水産相が激怒する事件があった。

この漁船は4,306載貨重量トン(DWT)の大型漁船で、23人の中国人乗組員の乗るパナマ船籍の日本製漁船である。操業許可(SLO)を持たない違法操業で、船内には900トンの冷凍鮮魚・エビが積まれ、捕獲が禁止されているフカなどのほか、密輸品と思われる中国製品も搭載していた。

海洋・水産省によると、2004年に中国船としてインドネシア海域に入ったことがあるが、今回はパナマの国旗を掲げて入った。インドネシア海軍はこの船の侵入を把握できていなかったが、船舶モニタリングシステム(VMS)を意図的に切っていた可能性がある。実際、14年11月11日にフィリピンでこの船のVMSが確認された後、消息を絶ち、14年12月27日に拿捕された後、VMSが確認されている。

中国は、東インドネシア海域での水産資源開発に意欲を見せており、とくにマルク州では、大型水産加工基地建設などの構想が報じられている。証拠はないが、マルク州のアンボン地裁の判決は、こうした中国の動きを背景になされたものとも考えられる。

こうした問題は、中央政府が摘発に乗り出しても、地方レベルで隠蔽(いんぺい)または軽視される傾向がある。しかし、司法は地方分権化の対象ではなく、中央の権限である。地方レベルで違法者との癒着をどう断つかが大きな課題になる。

【インドネシア政経ウォッチ】第125回 IS共感者の伸長を警戒(2015年3月26日)

3月初め、インドネシアからトルコへのツアー客のうち16人が行方不明となり、その後、シリア国境で彼らがトルコ警察に拘束されるという事件が起こった。16人はトルコからシリアへ入国し、過激派組織「イスラム国(IS)」に合流する計画だった疑いが強いと報じられた。

国家テロ対策庁によると、ISへ合流したインドネシア人はすでに514名を数え、うち7人は死亡、十数人はインドネシアへすでに帰国している。国家警察テロ対策特殊部隊は、先週までに、ISへの渡航をほう助した疑いでジャカルタ、南タンゲラン、ボゴール、ブカシで5人を逮捕したほか、国内の19団体をIS支持団体とみなしている。警察によると、彼らは中スラウェシ州ポソ県を訓練場所とし、2月23日にデポックのショッピングセンターで起きた爆発事件などテロ行為を引き起こし始めた。

ISへ合流する者のなかには、過去にインドネシアでのイスラム国家樹立を目指した反政府主義者の子孫が含まれる。彼らは、2000年代前半にジュマー・イスラミヤ(JI)などの名称で呼ばれたイスラム過激派グループにも関わったが、テロ対策の強化で活動が下火となった後、その代替としてISへの共感を高めた。JIの指導者とされるアブ・バカル・バシル受刑者やポソを拠点とするサントソ・グループなどもIS支持を表明した。

金融取引分析報告センター(PPATK)によると、15年2月時点で、IS関連資金とみられる数十万米ドルの海外資金が中東やオーストラリアから流入したと見られるほか、国内でも、IS支持者のビジネスにより約70億ルピア(約6,500万円)が流れているとみられる。フェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用した巧みな勧誘も盛んである。

政府は、IS共感者が急速に増える傾向があるとして、警察による取り締まりを強化するとともに、IS合流者の旅券取り消しを含むテロ対策法の代用執行政令を準備中である。経済の低迷、所得格差の拡大、揺さぶられるジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権という状況下で、IS共感者の伸長を注意深く見ていく必要がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第124回 政府はアグン派をゴルカル党の正統と判断(2015年3月19日)

2014年総選挙(国会議員選挙)で第二党となったゴルカル党は、大統領選挙でプラボウォ=ハッタ組を支持したアブリザル・バクリ派と、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)=カラ組を支持したアグン・ラクソノ派との間で分裂した。双方が正統性を主張してきたが、3月10日、ヤソナ法務・人権大臣がアグン派をゴルカル党の正統と判断したことで一応決着した。

先の大統領選挙では、ゴルカル党のアブリザル・バクリ党首は、ジョコウィ氏と組んだ元党首のユスフ・カラ氏を応援せず、ゴルカル党と直接の関係がないプラボウォ=ハッタ組を支持すると党決定した。悲願だった正副大統領いずれの候補にもなれなかったゴルカル党のアブリザル党首をプラボウォ=ハッタ組が厚遇で陣営に迎え入れたためである。アブリザル党首はこの決定に背いた党幹部を除名するなど厳しい姿勢を示したため、アグン・ラクソノ副党首が反発し、アブリザル降ろしへ動いた。

14年11月にアブリザル派がバリで党大会を開催してアブリザル党首の再任を決めると、すぐ後の12月にはアグン派がジャカルタで党大会を開催し、アグン副党首を党首に選任した。両派は互いに相手方の違法性を訴える裁判を起こしたが、いずれも訴えは却下された。そこでアグン派は、正統性を明確にするためのゴルカル党最高審議会の開催を求め、審議はされたものの、正統性について明確な判断は避けられた。ヤソナ法務・人権大臣の判断はその後に出されたのである。

ヤソナ大臣は闘争民主党員で、大臣就任前は、プラボウォ=ハッタ組を支持する国会の「紅白連合」に最も厳しく対峙(たいじ)した国会議員だった。当然、今回の判断の裏には、ジョコウィ政権安定のために、ゴルカル党を与党へ組み入れる戦略があるはずである。

もっとも、国会ゴルカル会派議員91人中、アグン派は6人にすぎない。アブリザル派は、ヤソナ大臣の判断に猛反発するとともに、アグン派による党大会開催における参加党員水増しの文書偽造を警察へ訴えるなど、徹底抗戦の構えである。

【インドネシア政経ウォッチ】第123回 追加提案予算で法外なマークアップ(2015年3月12日)

ジャカルタ首都特別州のアホック州知事と州議会との間の対立が先鋭化している。先週、アホック州知事が州議会による追加提案予算の中身を暴露する事態が起きた。

例えば、州内8郡・56区すべてに無停電装置(UPS)を配置する予算は1台42億ルピア(約3,900万円)、中学校21校へは同60億ルピアが計上された。UPSはパソコンなどの電源確保に使われ、通常でも200万ルピア程度であることからすれば、法外なマークアップとなる。ほかにもアホック州知事の開発思想に関する3巻本の出版予算に30億ルピアが計上された。

アホック州知事が確認すると、担当部局長や郡長・区長などは全く知らない提案であった。アホック州知事自身が開発思想の3巻本の出版を提案するはずもなかった。

州政府と州議会は2015年度予算の総枠を73兆ルピアとすることで1月初旬に合意した。これを受け、アホック州知事は各部局に対して州議会からの追加予算提案を認めないよう指示した。州議会本会議での予算審議が終了し、予算案の数字を電子予算システムへ入力する間際になって、州議会は前述の事例を含む8兆8,000億ルピアの追加予算をひそかに提案してきた。実は、予算審議終了後に州議会が追加提案予算を出すのは長年の慣例となっていた。

アホック州知事は、州議会からの追加提案予算を含まない当初予算案を中央政府(内務省)へ提出した。しかし、内務省はこの予算案を差し戻し、州議会の同意を求めた。州議会を無視して当初予算案を内務省へ提出したアホック州知事に対して、州議会はその責任を問いただす質問権の行使を決めた。一方、アホック州知事は、州議会による追加提案予算に汚職の疑いがあるとして汚職撲滅委員会(KPK)へと報告した。

不正を追及するアホック州知事に対して、州議会は議会制民主主義にのっとった手続き論を唱える。しかし、制度や手続きを悪用した不正資金づくりの一端が見える形となった。

【インドネシア政経ウォッチ】第122回 外国漁船取り締まりの裏側(2015年3月5日)

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は、インドネシア海域の水産資源確保を目的に、外国漁船の操業を厳しく監視し、ときには違法操業の外国漁船を沈没させる措置も取っている。辣腕(らつわん)をふるうのは、航空会社スシ・エアの元社長でかつ水産物商でもあるスシ海洋・水産相である。

スシ大臣は、海洋・水産相令『2014年第56号』に基づき、14年11月3日から15年4月30日まで、外国漁船への操業許可の交付を停止し、総トン数30トン以上のすべての外国漁船に対する操業許可を再チェックしている。同時に、外国漁船のインドネシア領海内への立ち入りも禁止した。この「モラトリアム」措置の有効期間は延長の可能性がある。

「モラトリアム」措置の影響で、これまでインドネシア国旗を掲げ、インドネシア船籍に見せかけて操業してきた外国漁船の多くが姿を消した。週刊誌『テンポ』によると、これらの船の乗組員のほとんどは外国人であるが、そうした外国漁船を使っていたのは外国資本ではなく、実はインドネシア国内の実業家であった。

『テンポ』は、そうした実業家として、アルタグラハ・グループ総帥のトミー・ウィナタ氏、中ジャワ州スマラン出身のテックス・スルヤウィジャヤ氏、元ジャヤンティ・グループ総帥のブルハン・ウレイ氏に加えて、海洋・水産省のフスニ・マンガバラニ前漁獲総局長の名前を挙げている。外国漁船の多くがタイや中国の漁船であり、『テンポ』は、タイのバンコク周辺や中国福建省でインドネシア語名の残った漁船を確認している。

今回の外国漁船の操業停止措置に対しては、「国内の水産資源を外国による略奪から守った」と歓迎する意見が聞かれる。その一方で、外国漁船が買い付けに来なくなったので、水産物が売れなくなったと嘆く業者も少なくない。

外国漁船の実態を把握することは政策立案の観点から重要である。しかし、水産物の生産・販売が滞り、供給不足をきたす可能性もある。「モラトリアム」が単にナショナリズムを煽(あお)るだけの結果に終わらないことを願うばかりである。

【インドネシア政経ウォッチ】第121回 汚職撲滅委員会はつぶされるのか(2015年2月27日)

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は先週、唯一の国家警察長官候補だったブディ・グナワン警察教育訓練所長の任命を見送り、バドゥロディン国家警察長官代行を長官候補に改めて指名した。同時に、ブディ氏を汚職容疑者に指定した汚職撲滅委員会(KPK)のアブラハム・サマド委員長とバンバン・ウィジョヤント副委員長を更迭し、タウフィックラフマン・ルキ元KPK委員長、インドリアント・セノ・アジ弁護士、ジョハン・ブディKPK元報道官の3人をKPK委員長代行に任命した。はた目には、警察とKPKへのけんか両成敗となった。

KPKがブディ氏を汚職容疑者に指定したのは、同氏の非常識に多い銀行口座残高、親族への不審な送金、偽造身分証明証(KTP)での銀行口座開設の疑いなどによる。KPKはブディ氏が警察教育訓練所長の職権を使い、警察官の内部昇進に絡む賄賂を求めた可能性があるとも見ている。

他方、警察は、重箱の隅をつつくように、KPK正副委員長の過去から犯罪者として立件できそうな事由を見つけ出した。サマド委員長はパスポート不正申請、ウィジャヤント副委員長は裁判での偽証強要、との容疑で逮捕・勾留した。併せて、警察等から出向したKPK捜査員が拳銃等をまだ所持しているとの理由で逮捕に踏み切る可能性を匂わせている。

3人のKPK委員長代行のうち、ルキ氏とセノ氏の任命には批判が噴出している。ルキ氏はKPKが汚職捜査中の企業で重役を務める。セノ氏は以前、汚職容疑者を弁護してKPKと厳しく対決した。両者とも、KPKによるブディ氏の容疑者指定は不適切との南ジャカルタ地裁の判決を支持し、ブディ氏の件をKPKではなく警察へ委ねるべきとしている。

刑法第77条によると、裁判で適切かどうかを判断できるのは逮捕、勾留、捜査中止、控訴中止であり、容疑者指定は含まれない。しかし、南ジャカルタ地裁の判決を受けて、汚職容疑者が続々とKPKによる容疑者指定への異議申し立てを開始した。KPKは外からも中からも圧力を受けており、このままつぶされるのではないかとの懸念が広まり始めた。

【インドネシア政経ウォッチ】第120回 ブディ氏はなぜ大統領に対し強気だったか(2015年2月20日)

汚職撲滅委員会(KPK)が、唯一の次期国家警察長官候補であるブディ・グナワン警察教育訓練所長を汚職容疑者に認定したのは適切だったのか。ブディ氏側の不服申し立てを受けた予備裁判が南ジャカルタ地裁で行われ、2月16日、容疑者認定は不適切との判決が下された。法的にブディ氏の国家警察長官任命への障害はなくなったかにみえた。

しかし、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は18日、ブディ氏を任命せず、バドゥロディン長官代行を長官候補に指名した。同時に、サマド長官らKPK幹部を更迭し、代行3人を指名した。ジョコウィ大統領は、所属する闘争民主党(PDIP)を敵に回す覚悟で決断したのである。

なぜ、ブディ氏は大統領に対して強気だったのか。彼は「ジョコウィ氏の大統領選挙不正の証拠を出せる」と脅しとも取れる発言さえしている。実は 、ブディ氏はPDIPのメガワティ党首が副大統領(1999~2001年)・大統領(2001~2004年)だったときの護衛官だったのである。メガワティ党首の信頼が厚いブディ氏からは、一般党員にすぎないジョコウィ大統領を見下す様子さえうかがえる。

過去に次のような事件があった。 1999年総選挙で第一党となったPDIPのメガワティ党首は、国民協議会による大統領選出で民族覚醒党(PKB)のアブドゥラフマン・ワヒド(グス・ドゥル)党首に敗れ、副大統領に甘んじた。グス・ドゥル大統領は、東ジャワ州での紛争対応に問題があったとして、当時のビマントロ国家警察長官を解任したが、ビマントロ氏はそれを拒否し、警察が内部分裂した。その後、警察、軍、国会に背を向けられたグス・ドゥル大統領が解任され、メガワティ副大統領が念願の大統領に就任、ビマントロ氏は国家警察長官の任を継続した。

ブディ氏は当時、メガワティ大統領の護衛官としてその動きの中にいた。ちなみに、ユドヨノ前大統領が任命し、ジョコウィ大統領が任期途中で更迭したスタルマン前国家警察長官は当時、グス・ドゥル大統領の護衛官だった。メガワティ歴史劇場はまだ進行中なのである。

【インドネシア政経ウォッチ】第119回 再び現れた「国民車」の亡霊(2015年2月12日)

警察と汚職撲滅委員会(KPK)との対立が激しくなる中、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は東南アジア諸国を歴訪した。そして、最初の訪問国マレーシアで、「国民車」という亡霊が再び現れることになった。

マレーシアのプロトン・ホールディングス社とインドネシアのアディプルカサ・チトラ・レスタリ(ACL)社との間で協定書が結ばれ、インドネシアでの国民車開発・製造に関する協力がうたわれたのである。調印式にはジョコウィ大統領、マレーシアのナジブ首相、プロトンの創設者であるマハティール元首相が出席した。

インドネシアは1970年代から自動車製造の国産化を目指してきた。ハビビ元副大統領が進めた小型車マレオ。90年代後半にスハルト元大統領の三男トミー氏が大統領からの特別措置で韓国車を「国民車」に仕立てあげようとしたティモール。ほかにもビマンタラ、マチャン、カンチルなどが試みられたが、いずれも失敗に終わり、今に至るまで、自動車製造のほとんどを日系メーカーが占める構造は盤石のままである。

ジョコウィ大統領自身も、中ジャワ州ソロ市長時代に、地元の実業高校生が造った自動車をエスエムカーと名づけ、「国民車」として広めようとした。しかし、彼はまだ認めていないが、それは、東ジャワ州スラバヤから調達した中国からの輸入部品を使った自動車組立実習の成果に過ぎないことがのちに暴露された。

インドネシア側パートナーであるACL社の社長は、メガワティ闘争民主党党首の側近で、ジョコウィ大統領の当選に尽力したヘンドロプリヨノ元国家情報庁長官であるが、ACL社がペーパーカンパニーである可能性も指摘されている。ジョコウィ大統領は、民間=民間のビジネスであり、政府として特別扱いはしないと明言した。

協定書に基づき、プロトン=ACLは6カ月間の事前調査を行うとしている。東南アジア諸国連合(ASEAN)経済共同体(AEC)の発足を前に、プロトンがインドネシア市場へ食い込みたいのは間違いない。しかし、それに引っ付くインドネシア側には、「国民車」という亡霊しか見えてこない。

【インドネシア政経ウォッチ】第118回 地方首長直接選挙制を堅持(2015年2月5日)

インドネシアの地方首長選挙は、間接選挙制に変更するという動きがあったが、結局、従来通り、国民による直接選挙制が堅持された。ただし、内容に不備があるとの指摘がある。

国会は1月20日、地方首長選挙に関する法律代用政令『2014年第1号』および地方行政に関する法律代用政令『14年第2号』を法律として承認し、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が署名した。

振り返ると、14年9月25日、国会は、地方議会が地方首長を選ぶ地方首長選挙法、および地方議会に地方首長選出の権限を与えた地方行政法を可決した。間接選挙を支持したのは大統領選挙で敗北したプラボウォ=ハッタ組であり、国会での議席上の優位を生かし、ジョコウィ新政権に圧力をかける狙いがあった。

しかし、ユドヨノ大統領(当時)が同年10月2日、地方首長直接選挙を維持させるため、両法の執行を停止する2つの法律代用政令を発出した。政権の安定を図りたいジョコウィ大統領は、時間をかけて国会各会派を説得し、何とか直接選挙制を堅持させることができた。

説得が奏功したのは、国会各会派がこれらの法案を政治的駆け引きの道具として使ってきたためである。すなわち、各会派は賛成・反対の立場をその時々に応じて変え、一貫した主張を持たなかった。国の将来を見据えた本気の議論ではなく、党利党略の一環でしかないことがあらためて露呈した。政治家の機会主義的態度は今後も続くであろう。

もっとも、内容には不備が見られる。新法では、首長のみが直接選挙で選ばれ、副首長は当選した首長が推薦して任命される(第171条)。これまで当選後に正副首長が相互離反する場合が多発したためだが、従来のような正副ペアによって、地域内で拮抗(きっこう)する宗教・種族等を包含するのは難しくなり、対立抗争が増える懸念がある。他方、正副ペアでの立候補を示唆する条文(第40条)も残る。

ほかにも、憲法裁判所と最高裁判所のどちらが、選挙結果の異議申し立てを審議するのか明確でない。国会各会派は、早くも法律改正の必要を唱えている。

【インドネシア政経ウォッチ】第117回 ジャワ高速鉄道事業の中断(2015年1月29日)

国家開発計画庁(バペナス)のアンドリノフ・チャニアゴ長官は1月14日、日本企業と進めている20事業の投資案件のうち、3事業を中断して事業内容の再検討を行うと発表した。併せて、その3事業のなかに、日本の新幹線方式の導入を検討してきたジャワ高速鉄道事業が入ることを明らかにした。

ジャワ高速鉄道事業では、ジャカルタ特別州~東ジャワ州スラバヤ間の全長約730キロメートルのうちのジャカルタ~西ジャワ州バンドン間の約140キロメートルに関する実現可能性調査が2014年1月からすでに進行中である。ジャカルタ~バンドン間の敷設費用は約5,000億円、20年完成、所要時間は37分、運賃は20万ルピア(約1,880円)と想定された。全線開通時のルートは、ジャカルタ~バンドン~チレボン~中ジャワ州スマラン~スラバヤと計画された。

ジャワ高速鉄道事業は、ユドヨノ政権下で前向きに検討されていたが、国鉄クレタ・アピは当時からすでに消極的な姿勢を示していた。続くジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権で、国鉄のジョナン社長が運輸相に就任したことも、ジャワ高速鉄道事業中断の大きな要因といえるかもしれない。

ジョナン大臣は、ジャワ高速鉄道事業に使う予算をジャワ以外での鉄道建設・整備に充てる意向を表明した。スマトラやカリマンタンでの石炭輸送や鉄道複線化のほか、スラウェシやパプアでの鉄道建設を進める。これは、経済開発における地域間格差の解消、ジャワ以外でのインフラ整備の優先、という現政権の基本路線を基にしている。外部資金の活用も債務負担増につながるとして難色を示している。もっとも、これらジャワ島外の鉄道整備・建設の費用対効果が十分かどうかは甚だ疑問である。

他方、ジャワ高速鉄道事業には中国が強い参入意欲を見せている。それを受けて、ジョコウィ大統領は14年11月に中国企業を招いたほか、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で訪中した際、北京~天津間の高速鉄道に試乗した。それは日本が実現可能性調査を実施中の出来事であり、今後の展開を注意深く見守る必要がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第116回 国家警察長官の任命をめぐる確執(2015年1月22日)

国家警察長官の任命をめぐって、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が大きく揺さぶられている。

国家警察委員会の推薦を受けて、ジョコウィ大統領は1月9日、唯一の国家警察長官候補としてブディ・グナワン警察教育訓練所長を国会へ提示した。

ところが1月13日、汚職撲滅委員会(KPK)はブディ氏を不正資金の流れの証拠が複数あるとして汚職容疑者に断定した。にもかかわらず、国会は15日、民主党会派を除く全会派が同氏の国家警察長官就任に賛成した。結局、ジョコウィ大統領はブディ氏の任命を凍結し、バドゥロディン副長官を長官代行とした。これについては、前職の解任・新職の任命凍結のなかで代行とした手続論にさっそく批判が出ている。ともかく、汚職容疑者が警察トップになるという事態はいったん避けられた。

KPKはなぜこの時期にブディ氏を容疑者にしたのか。一部のメディアは、KPKのサマド委員長の政治的復讐のためと見る。サマド氏は先の大統領選挙の際、ジョコウィ候補と組む副大統領候補としてユスフ・カラ氏と競ったが、最後はカラ氏が副大統領候補になった。その際、サマド氏を外すよう強く進言したのが、闘争民主党(PDIP)のメガワティ党首が大統領だったときの副官のブディ氏だった。今回、サマド氏はその復讐を企てたというのである。

実は、まだ10月まで任期の残るスタルマン国家警察長官を解任する理由が明確でない。ユドヨノ前大統領が任命したスタルマン氏は、特に際立った問題を引き起こしていない。もっとも、スタルマン氏は前任が対立したKPKとの関係を改善し、汚職撲滅に協力する姿勢を見せていた。

ジョコウィ大統領を攻撃する絶好の機会にもかかわらず、国会反主流派までもがブディ氏の国家警察長官就任に賛成したのも不思議である。しかし、「誰が国会を汚職疑惑から守ってくれるのか」と考えれば、その疑問も解ける。

国政運営の観点から、汚職撲滅のトーンを事実上抑えざるを得なくなったジョコウィ大統領の苦悩が見て取れる。

【インドネシア政経ウォッチ】第115回 分配重視論への警戒(2015年1月15日)

ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は、前半は成長よりも構造改革に取り組み、その成果を後半の成長につなげるというシナリオを描いている。すなわち、今後5年間の経済成長率を2015年の5.8%から19年には8%に引き上げるとともに、階層間の所得格差の指数であるジニ係数を0.41から0.39へ引き下げるとしている。

成長か分配か。これはインドネシアの経済開発論争の中心テーマである。過去50年を振り返ると、経済状況が苦境のときに成長重視論が強くなり、経済成長が進むと分配重視論が強くなる傾向がある。成長重視論は市場メカニズムの役割を強調するもので、インドネシア大学経済学部を中心としたアメリカ留学組が論陣を張った。

一方、分配重視論は貧困層への配慮を強調する立場であり、主にガジャマダ大学の農村経済学者らが論陣を張り、欧米流の手法に批判的な態度を示してきた。とくに外資に対しては、成長重視論は開放・活用を、分配重視論は制限・警戒を主張している。

構造改革の必要性はこれら両者に認知されているものの、その内容には違いがある。成長重視論は効率性を柱とした構造改革で、市場メカニズムが動くことで市場の逸脱を正せるとする。一方、分配重視論は公正性を重視した構造改革で、貧富格差の是正のために市場メカニズムを抑制して格差縮小を図るべきであると主張する。

分配重視論者のなかには、ユドヨノ政権の過去10年は成長重視だったが、ジョコウィ政権は分配重視に転換させると期待する向きもある。彼らは、長期的には資本収益率が経済成長率よりも大きくなり、富の偏在による経済的不平等が高まると論じる、トマ・ピケティの『21世紀の資本論』の議論をジョコウィ政権の姿勢にかぶせているように見える。

過去を振り返ると、分配重視論が前面に出てきたときには、富裕層(とくに華人)への反発、イスラムの政治利用傾向、社会不安の拡大が見られた。世界経済や治安情勢の動き次第では、これらが再起する可能性も念頭に置く必要がある。

【インドネシア政経ウォッチ】第114回 スラバヤでテロ警戒の声明(2015年1月8日)

新年早々の1月3日、アメリカ大使館は、エアアジア機墜落事故の遺族が悲しみにくれる東ジャワ州スラバヤに住む在留アメリカ人に対してテロへの警戒を呼びかける声明を発表した。スラバヤの米系ホテル、銀行に対する潜在的な脅威がある、という内容である。

スラバヤは「インドネシアの治安状況を判断するバロメーター都市」と治安当局から認知されている。スラバヤ警察は、ときにデモ対策のために首都ジャカルタへ派遣されるほど一目置かれており、スラバヤが平穏であればインドネシアも平穏であるとされる。そのスラバヤでテロへの警戒がアメリカ大使館から呼びかけられるのは異例と言ってよい。

その背景には、インドネシア国内で最近、過激派「イスラム国」へ親近感を抱く者たちが表面に現れ始めたことがある。過去にアルカイダやジュマア・イスラミヤ(JI)などイスラム過激派組織に関わった人物らがイスラム国へ合流し始めている。

スラバヤでは、昨年1月と8月にテロリストが逮捕された。とくに、8月に逮捕されたアブ・フィダは、インドネシア人56人をシリアへ送ってイスラム国に合流させようとした。加えて彼は、2002年にテロリストの大物であるアズハリやヌルディン・トップをかくまったほか、中スラウェシ州ポソで軍事訓練を行うサントソ・グループとも関係することが分かった。

国家警察によると、昨年12月にポソで逮捕した4人のテロリストはイスラム国メンバーと認められた。アメリカ大使館は、イスラム国支持者の隠れた拠点となりうるスラバヤで、ポソのサントソ・グループと連携した何らかの動きが起こるという情報をつかんだ可能性がある。

大統領選挙でプラボウォ=ハッタ組についた福祉正義党(PKS)のアニス・マッタ党首は昨年8月、「わずか30万人のイスラム国に40カ国が宣戦するのは大げさだ」と述べた。すぐにPKSは「イスラム国を支持せず」と火消しに走ったが、プラボウォ支持のデモにイスラム国の旗が現れたことと併せ、ジョコウィ政権がイスラム国と関連づけてプラボウォ側をたたくのではないかとの見方もある。

【インドネシア政経ウォッチ】第113回 パプア・パニアイ県での殺害事件の背景(2014年12月12日)

パプア州パニアイ県で住民の殺害事件が起きた。12月7日夜、無灯火の自動車が丘の上を通った際、それを見た青年たちが無灯火をとがめた。自動車に乗っていた者たちは仲間を連れて引き返し、とがめた青年たちに暴行し、仲間の一人が発砲した。8日朝、500人前後の住民が軍の詰め所や警察署に押しかけ、その際に4人の住民が射殺された。

この事件をきっかけとして、地元のキリスト教指導者の一部が、12月27日にセンタニ県で開催される全国クリスマス祝賀式典へのジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領の出席を拒否する声明を発表した。ジョコウィ大統領が事件に対する遺憾の意を表明せず、事態の深刻さを理解していないという理由からである。もっとも、インドネシア・キリスト協会(GKI)は、大統領の出席拒否は個人的な意見にすぎないとして、大統領の出席を歓迎するとしている。

軍や警察は、インドネシアからの分離独立を掲げる自由パプア運動(OPM)が関与した可能性をにおわせているが、GKIはそれを否定している。OPMを持ち出すのは、パプアで何か起きた際に治安当局が採る常とう手段である。それどころか、地元の軍や警察がOPMへ武器や銃器を横流ししているとの報道が依然なされる一方、OPMは単なる犯罪集団にすぎないという見方が警察から出されたことがある。軍や警察に反抗する勢力に安易にOPMというレッテルを貼るケースが頻繁にあることが想像できる。

殺害事件直前の8日未明、事件現場近くの総選挙委員会(KPU)事務所が焼かれるという事件も起こった。大統領選挙結果をめぐる憲法裁判所の審議で、グリンドラ党パニアイ支部長ノベラさんが住民代表として「パニアイ県で投票が行われなかった」と証人陳述したが、選挙結果をめぐる対立が今も未解決な様子である。

パニアイ県では不法な金採掘が盛んに行われ、それを軍・警察が保護していると言われ、それに絡む殺害事件も発生したことがある。ノベラさんも金採掘ビジネスに関わる。パニアイ県での殺害事件の背景には、様々な思惑が絡み合っている。

【インドネシア政経ウォッチ】第112回 政党の内部分裂の歴史とアブリザル氏(2014年12月11日)

インドネシアでは政党の内部分裂がよくある。為政者側が分裂をけしかけ、反対勢力を非主流派にし、政権基盤を安定化させる。ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権もそれを踏襲しているのか。

先の大統領選挙でジョコウィ氏支持かプラボウォ氏支持かで割れた各政党は、ジョコウィ政権発足後も内部分裂を深めている。分裂と比較的無縁だったゴルカル党も、反ジョコウィのアブリザル・バクリ党首派と親ジョコウィのアグン・ラクソノ副党首派に分かれ、双方が党大会を開き、執行部を選出するという異常事態となった。

ゴルカル党内では、アブリザル党首の強引な党運営への批判と総選挙で劣勢に終わった責任を問う声が上がった。しかし、アブリザル氏はそれを無視し、党首再選のために2015年1月開催予定だった党大会を14年11月へ繰り上げ実施し、満場一致で再び党首となった。

アブリザル党首は内部分裂に縁がある。10年のインドネシア商工会議所(カディン)会頭選挙で、資金力に物を言わせて腹心のスルヨ・バンバン・スリスト氏を会頭に据え、自身の大統領立候補のためにカディンを政治的に活用できる体制を敷いた。そうした動きを抑えるため、カディン内部でスルヨ執行部を否定する別のカディンが結成され、内部分裂した。

スルヨ氏率いるカディン執行部が目の敵としたのが、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長(当時)である。彼は今、カラ副大統領の顧問として政権内にいる。そして、労組デモ解決のためにソフィヤン氏が頼りにしたのは、ゴルカル党幹部でパンチャシラ青年組織代表のヨリス・ヤレワイ氏で、彼は分裂したインドネシア労働組合総連合(KSPSI)総裁でもある。そのヨリス氏は今、アグン・ラクソノ派に属し、反アブリザルの急先鋒(きゅうせんぽう)だ。

すなわち、アブリザル氏の権力への異常な執念は、それを阻止しようとしてきたソフィヤン氏やヨリス氏との長い戦いの結果、生み出されたのである。それ故、アブリザル氏はプラボウォ氏と組み、紅白連合に固執し、ジョコウィ大統領やカラ副大統領を支えるソフィヤン氏に対抗し続けているのである。

【インドネシア政経ウォッチ】第111回 人権活動家ムニール殺人犯の釈放(2014年12月4日)

11月28日、一人の男が刑務所から釈放された。ちょうど10年前の2004年9月7日、著名な人権活動家であったムニール氏を殺害したとされるポリカルプス服役囚である。彼は05年、禁錮20年の判決を受けたが控訴し、13年の最高裁において禁錮14年へ減刑となった。そして今回、刑期を6年残し、条件付きで釈放されたのである。

ムニール氏は、インドネシアからオランダへ向かう途中で殺害された。遺体から青酸カリが検出され、当初、乗っていたガルーダ航空機内で出されたジュースに混入されたと見られていた。このため、ガルーダの重役らの事件への関与が疑われた。その後、トランジット中のシンガポールの空港で食べた食べ物に混入された可能性が有力となり、食事をムニール氏と同席したガルーダの非番パイロットであるポリカルプス服役囚が実行犯と断定されたのである。

政府に批判的なムニール氏の殺害は、当初から政府当局が指示したとの見方が強かった。当時、国家情報庁(BIN)副長官だったムフディ退役陸軍少将が頻繁にポリカルプス服役囚へ電話していたことから、08年6月に事件の黒幕として逮捕されたが、結局、証拠不十分で半年後に釈放された。

ムフディ氏は諜報畑の将校で、大統領選挙に立候補したプラボウォ退役陸軍中将に昔から寄り添い、プラボウォ氏が立ち上げたグリンドラ党の副党首も務めていた。しかし、大統領選挙直前の14年5月、ムフディ氏は突如、選挙でジョコウィ氏支持を表明し、プラボウォ陣営を去った。

ムニール氏殺害事件は、ユドヨノ政権誕生直前のメガワティ政権の時代に起きた。当時のBIN長官だったヘンドロプリヨノ退役陸軍中将はメガワティ氏に近く、数々の人権侵害の首謀者としてムニール氏らから強く批判されていた。そのヘンドロプリヨノ氏は今、ジョコウィ政権を支える実力者の一人となっている。

「過去の人権侵害問題にメスを入れる」と選挙中に約束したジョコウィ大統領は、早くも言行不一致との批判を受け始めた。

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